●⑬ 私たちに対する質問について

 現在、前回のブログに対して、直接電話やメールでたくさんのご意見を頂戴しています。
 様々なご意見を頂いていますが、ご意見を下さった皆さんの真心に、本当に感謝しかありません。

 最初に、私たちが同志から多額の借金をしていることについて話したいと思います。
 ブログにも書きましたが、これはすべて私たち3人の至らなさゆえであり、お借りしている同志5家族の皆さんには本当に申し訳ないと思っております。
 8月までに懲戒解雇の不当・無効を証明し、少しずつ全額返金する決意です。

 また、「なぜ、仕事をしないのか。」「仕事をしないことは信仰者として間違っている」というご意見もありました。
 今、私たちはほぼ毎日、ブログと裁判書面の作成のために、朝から晩までパソコンに向かっています。また、あらゆる創価を憂える同志とのメール、電話、直接お会いしてやり取りをしています。あっという間に一日が過ぎ去っていきます。
 それ以外にも、座談会やサイレントアピールを開催することになれば、その会場探しや登壇者との打ち合わせ、原稿作り、横断幕の作成など準備をします。
 朝は5時15分に起き、6時から7時半まで勤行・唱題を行ない、8時から作業を始めます。昼食と夕食で約30分ずつ休憩しますが、あとはトイレ休憩ぐらいで夜10時過ぎまで、パソコンに向かっています。眼精疲労なのかオレンジ色の鼻水が出ることもあります。
 休日についても、ほぼ同じスケジュールでパソコンに向かって、作業をしています。

 ブログの作成は、1週間に1本ぐらいのペースでアップしていますが、私たちにとっては簡単な作業ではありません。
 そもそも文章を書く以前に、闘いの方向性を練り上げ決定します。その上で何を話題に取り上げるのか、それをどういった角度で書くのが良いかなど、何度も悩み抜き作成します。
 大筋が決まると3人で役割分担をします。ブログの全体の流れを作る人や、資料などを集める人に分かれ進めます。
 資料集めでは、例えば座談会報告のブログでは、記録のビデオを見て、反訳を起こします。ブログにあげる以上、当然無責任なことは書けません。また、師匠の御指導は多岐にわたり、伝えたい主旨の根拠である師匠のご指導を調べるのも時間がかかります。
 ブログの全体の文章を作る人が一段完成させると、2番目の人が見直します。その後、1番手と2番手で納得がいくまで話し合います。意見が相違した部分は特に重要です。考えが違う中には、必ず新たな発見があり、問題の本質を深めさせてもらえるからです。
 1、2番手が納得できるところまで来ると、次に3番手の人が見ます。3番手によって気づく点も多くあり、ブログの内容自体を見直さなければならなくなったり、大きく構成を入れ替えたりすることもあります。
 一つのブログをつくることに、本当に多くの時間と労力がかかる現状があります。
 私たちは不甲斐なくも先が見えている訳ではありません。創価変革という目的を果たすために、どうするべきか、常に暗中模索を続けながら、それでも恐れずに勇気を出して具体的に一歩一歩行動を起こしているのが実情です。

 また裁判書面の作成も、実際に膨大な時間がかかる作業です。
 現在、学会本部と係争中の裁判は、「平成23年の譴責処分」と「平成21年から平成24年にかけて行なわれた3人で7回に及ぶ配転命令」に対する裁判です。
 現状、まだ被告創価学会が訴状に対する認否をしていないにも関わらず、既に双方あわせて裁判資料(準備書面、証拠等)が1000頁以上になっております。
 3人それぞれに特有の事情があるため、誰か一人が代表で進めることはできません。つまり3人とも、各々特有の事案と向き合う時間が必要となります。
 自分の事情については、自分にしか分かりません。そのため、各々が過去の記録(メール、手紙、録音、手帳)を振り返り、客観的な事実を吐きだしていく必要があります。
 前訴である解雇裁判での書面も数千頁にわたっており、それらを資料として毎回確認しながら準備書面の作成と証拠集めを進める必要があり、事実確認だけでも本当に時間と労力がかかる実情があります。
 解雇に至るまで、10年に渡る学会本部や本部の最高幹部たちとの間でなされたやり取りがあり、その経緯は膨大な内容のため、代理人である同志一人に全てを任せることは不可能です。
 当事者である自分達が一つ一つ確認しながら吐きだした事実をベースに、弁護士の同志と話し合って、準備書面の大筋の方向性を決め、各々が各々の主張の文章を作成しており、相当な時間がかかる実情があります。

 ご意見の中には、弁護士をもっと立てるべきだとの意見も直接頂戴しています。
 しかし正直、弁護士を何人も立てるお金はありません。また、例え何人立てても、10年間に渡る経緯や宗教内部の背景を理解してもらうことは大変難しいと思えてなりません。もちろん悩んだ時にはベテラン弁護士の方に相談しています。しかし、一般社会とは異なる性質が学会本部の中にはあり、正確に理解して頂くことは難しいことを感じてきました。
 同志以外の弁護士を立てた時にそのことを痛切に体験してきました。
 「工夫をすれば伝わるでしょう。」「働いて弁護士にまかせれば良いじゃない」
 そうした意見や批判はあるでしょう。しかし何度も話し合い、考え、戦ってきた結果、今私たちが証拠を集め、書面をつくり、代理人の弁護士に見てもらうやり方が一番良い書面をつくる戦いだと感じています。

 『何か仕事を開始しながら、今の闘いを継続していく。』 
 こう思ったことは何度もあります。また、そう行動を起こそうともしました。
 私たちは、会員同志の正義を証明できずに解雇となり、不甲斐なくも解雇無効の裁判にも負けました。
 この時、私たちはすでにお金を貸してくれていた同志たちから、これ以上お金を借りることは出来ないと考えました。
 そして、これまで共に闘ってきた同志たちに集まって頂き、自分達の考えを伝えました。

 集まって下さった同志の皆さんに伝えました。
小平 「不甲斐なくも解雇裁判に負けてしまいました。これ以上、借金はできないと思い、アルバイトをしながら闘いを進めようと思っています。」
 私は共に戦ってきた同志の皆が賛同してくれると思っていました。すると、それを聞いていた同志が言いました。

同志 「これだけの闘いを、他に誰が出来ると思っているの。朝から晩まで目を真っ赤にしてパソコンに向かい、本部に勤めていた時よりも働いて。」
小平 「働きながらでも絶対にやり抜いて見せます。」
滝川 「絶対にやり抜きます。」
 同志は首をかしげる。
「これからは順番にパソコンに向かって戦いますっていうことかい。」
 野口が答える。
「午前中や午後、また交代で戦いながらやり抜きます。」

 自分達はこれまで散々同志に甘えてきた。不甲斐なくも裁判に負けた自分達が、働きながら闘うことは当然の選択だと思った。
 しかし、同志はこう問いかける。
「もう苦しい生活は嫌だってことかい?」
 滝川はそんなことはないと思った。
「違います。先生にすべてをかける心に変わりはありません。」
 同志は、野口に尋ねる。
「子どもにはいつも貰い物の服を着させ、妻の服はリサイクル。借金は日に日に多くなる。こんな、生活はもう嫌だっていうことかい?」
野口 「そんなことはありません。僕は恵まれ過ぎていると反省しているんです。」
同志 「いやいや、僕はそうは思わない。君たちは切り詰めて、切り詰めて生活している今がもう苦しくなったんだ。だから、働いて楽になりたいだけだ。」

 同志の言葉を必死に否定したい私たちがいた。
 働くことは楽な選択ではない。むしろ、これまで以上に苦しい闘いになることを覚悟して決断した思いを、何とか同志に分かってもらいたい。
 滝川は同志を見つめ、決意を伝える。
「違います。皆さん働きながら戦っています。信心即生活というのは先生の指導でもあります。指導通りでなければ勝てないと思います。」
 同志の中に無言の空気が流れる。
 静寂を破るように小平は語る。
「解雇無効裁判に負けたのなら働こうと3人で思っていました。これ以上みなさんに迷惑はかけられません。またお金を借りて甘えることはできません。」
 野口も必死に思いを伝える。
「僕たちは同志に甘えすぎです。」
 同志は黙ったまま私たちを見つめる。皆の無言は続いた。

 張りつめた空気のなか、同志が意を決して話し始める。
「とにかく、僕には全く理解できない。本部でこれだけ汚いことに出合い、それでも忍耐し続け、そして解雇された。解雇した執行部は正義の人。された君たちは悪人。こんな本部の末期状態を体験して、働くための理由が信心即生活かい。」
 小平は同志が自分の気持ちを理解してくれていないと思った。
「違います。働くことで多くの会員の方にも戦いを理解してもらえると思うんです。」
同志 「働くことで理解される・・・・・?
君たちは学会本部でこの問題に出合った意味を全く理解していない。多くの人に理解されたいから戦っているのかい。」
野口 「理解してもらいたいです。」
 その場に集った同志全員が、私たちの言動に違和感を持っていることだけは伝わってくる。
 そして、同志は声を絞り出すように話した。
「信心即生活・・・・今がどんな状況か・・・・・・働きたいなら働けばいい。自分たちの好きなようにやれば良い。」

 嫌な空気が流れ、その場は終わりました。
 しかし、私たちは正しいと信じることをしました。アルバイト先を選びました。理解してもらえない同志には、その戦う姿で理解してもらおうと思ったのです。
 アルバイト初日、野口は建設現場で必死に働きました。帰ってから3時間、ブログ作業で分担された箇所を作るためパソコンに向かう。
 この時、体を休めること以外で、はじめて創価の問題から離れた時間を過ごしました。働いてお金を稼ぐ。充実感がありました。なんだか良く寝ることもできました。
 そして、アルバイト二日目のお昼、現場で野口は自分で作った弁当を食べていました。食べていると、目の前に同志がいるのです。
 アルバイト先に現れたのです。同志は仕事のはずなのに、私の目の前に現れたのです。
 私はなぜ同志が現場にいるのか理解できませんでした。同志は私の前に立ちこう言うのです。
「なんでこんなところで時間を使っているの。なんで今なの。創価が、先生の創価がこんなにおかしくなっているのに、なんで今なの。」
 同志はずっと自分が働くところを見ていた。そしてさらに伝えるのです。
「のぐっちゃん、信心即生活、今この指導で末期状態の創価は変わるのかい?先生が今の君の姿を見て喜んで下さっているのかい!」
 同志は目に涙をためて何度も語り続けるのです。
「誰かが犠牲になってでも行動しなければもう創価は変わらない!今、師匠が生きている。こんな創価になっても生きて下さっている。ここで時間を使うことが、僕らが体験してきた意味なのかい。」

野口 「これ以上、甘えてはいけないと・・・」

 同志の目に涙が溜まっている。
「なんで逃げる!なんで創価の現状が分からない!今、変えなければ創価は変わらない!先生の時間がないんだよ!!」
 自分の肩を掴み同志は涙を流しながら何度も叫ぶのだ。 
「時間がないんだ!職員として内部で苦しんだ人でなければ本部は変えられない!如蓮華在水じゃないか!お金なんて返さなくていい!皆で出し合って戦えるところまでやるんだよ!」
 気づくと妻の桃子が立っている。妻も一緒に来ていたのだ。野口は茫然とした。なんだか涙がでてきた。
 桃子は自分をまっすぐ見て言う。

桃子 「貸してもらえるなら、貸してもらえるところまでとことんやろうよ。時間を全部、創価のために使おうよ。甘えているって言われたら、甘えていますって言えば良いじゃない。甘えても、甘えても創価のため、先生のために生きようよ。」

 妻が一番苦労している。ご近所に頭を下げ、服をもらったり子どもの自転車をもらったり。風邪をひいても病院にも行かず、お金をできるだけかけずにご飯をつくる。子どもたちはボロボロの自転車を取り合い大切に乗っている。その極貧の生活に、妻は一度も愚痴ったことはない。「なんだか生活力がつくね」と明るく笑うのだ。
 信心をして幸せになると友を信じて入会した妻。
 なのに長女が生まれたら自分は解雇。職員の支部長には「ちゃんとした教育受けてますか」「おつむが普通じゃない」と暴言を浴びせられる。そして信じた友は除名。今では自分の戦いによって同志に頭を下げてお金を借りて生活。
 それでも、“創価に時間を尽くすのは今だ”と妻は言う。
 野口の目から涙が溢れた。
 そんな自分に同志は叫び続けるのだ。
「のぐっちゃん!誰かが行動を起こさないと、誰かが、誰かが動かないと創価は変わらない!!僕ら全員、まだ貯金がある。全員の生活ができなくなってない。これは僕ら全員の戦いだ!弟子の戦いだ!創価のために時間を使うんだよ!」
 桃子が涙声で言う。
「私は幸せだよ。先生のため、同志のために生きれるんだもの。やれるところまで、できるところまで、甘えて甘えて甘えきって、納得できるまでやろうよ。」

 野口は泣いた。またも間違ってしまったと思った。自分はまた逃げたんだと思った。

 「働くべきだ。」「働かないこと自体がエリートだ。」「それは信心即生活ではない。」「社会人として甘えている」
 批判は当然です。先生の指導から自分は外れているからです。

 しかし、この時自分は、本部職員になった自分が学会本部で体験した使命と責任からまたしても逃げようとしたのだと思ったのです。
 むろん、こう思うこと自体が「逃げている」と批判する方もいるでしょう。

 しかし私はこれだけは伝えさせてもらいたい。
 “私に命をかけて守ってくれる。そういう友にお金を借り、友とその子供たちに苦しい生活をさせてまで闘いを進めるというのは、毎日毎日本当に苦しい”と。

 働いていた時、私は少し気持ちが楽になれました。
 「アルバイトをする」と同志に語った時、私は「信心即生活」を利用しました。私は毎日10時間以上にも渡ってパソコンに向かい、創価の問題と戦うことから理由をつけ、逃げたと思いました。
 情けない敗残兵の姿でした。

 私たちは話し合いました。そして、勇気を奮い起こして同志たちにもう一度話しました。
「苦しいですが甘えさせてもらいたいです。師匠のため同志のために戦い抜きます」
 すると同志は言う。
「甘えてなんかいない。甘えるほうが苦しい。そんなことが分からない僕らではないよ。でもね、僕らはこんなにもおかしなことに出合えたんだ。そして先生が表舞台に出なくなった、本部の実態を知ったんだ。創価のこの末期の現状を体験し、師匠の命に限りがあることを知りながら、創価変革以外に時間を使うべきではない。」
 同志が続ける。
「僕らがやるんだよ!全部ひっくり返すんだよ!!時間はないんだ!僕らの世代でやるんだよ!あっという間に時間が過ぎてきたじゃないか。体が動くときに、動いて、動いて、たくさん創価を憂いている人に会うんだよ。今の創価に苦しんでいる人に会って団結するんだよ。そして変えるんだ!」

 本来、一番苦しいのは同志のはずだ。
 同志は、学会本部から一連の川崎の問題の首謀者(元凶)に仕立て上げられた。
 本部を信じる地元の組織の学会員は、同志がまるで人間ではないかのように、「カリスマのリーダー」といって馬鹿にした。
 実の母親からは、突然メールがきた。
 そこには「あなたを祈り殺す」と書かれていた。さらに、「あなたが除名になったことが、私の永遠の生命の最大の汚点だ」とも伝えられた。
 それでも、同志は「功徳だよ」と笑顔で話す。
 ただただ師匠池田先生を、その思想をお護りするための難だと。
 しかし、同志を一番苦しめたのは、他の何でもない、生死を共にすると誓い合った同志であるはずの私たち職員だった。
 職員特有の特別意識・エリート感覚を克服できない私たちは、本部の権威・権力を恐れ、本部からの処分に一々恐れる情けない自分達だった。
 しかし同志は、私たちが学会本部の悪に屈服しそうになると、涙を流して叱咤激励してくれた。

 私たちは、“諦め、闘いから逃げることが最大の敗北である。もう絶対に己の職員としての使命から逃げない”と固く固く誓い、唇をかんだ。
 最後に同志が語ってくれた。
「とにかく、3人は日中創価変革のこの闘いを全力で進めてほしい。お金は全部この闘いに使う。3人が解雇になった時にも伝えたが、お金は今世で返せなければ来世で返すのでも良い。大事なのはお金ではない。職員も民間も、お互いボロボロになるまで闘い抜こうよ。絶対に師匠のための創価に変革するんだよ!」
 私たちはとっさに、「借りたお金は絶対に絶対に返します。」と応えました。

 これが私たち3人の真実の歴史です。私たちはずっとずっと同志に守られながら闘わせて頂いているのです。
 私たちの願いはただ一つ、師匠が生きておられる今この時を、悔いなく創価変革のために時間を使いたいという一点です。

 時に自分達は情けないことに「楽になりたい」と想像する時もあります。
 「普通に就職し、一般的な生活を送る。」
 「自分の友人や知人に、師匠や創価の素晴らしさを語っていく。」
 こうした誘惑に駆られることがあります。
 しかし、師匠の仰せを守るべき最高権力者である本部執行部の悪をこれほどまで体験しながら、その悪と向き合わず変革を懸けて闘わない人生は、師弟の敗北であると思えてなりません。

 職員であった自分は、創価を変革し同志を始めとする会員同志の無実と正義を証明する使命と責任があると思っています。

 師匠は今年89歳になられました。
 師匠の命のお時間には限りがあります。
 本当に至らない私たちですが、今はただただ師匠のため、創価の変革のために、この身を奉仕させて頂きたいと思っています。


(その他のお問い合わせ)
・創価変革の闘いの活動諸経費としてカンパを募る行為が、軽犯罪法に違反するのではないかとのお問い合わせがありました。
 警察に確認したところ、「軽犯罪法1条22号の『こじき』行為とは、道路上などで、金品を募る行為について、その目的が私的に生活費として使用する目的である場合である。今回の相談内容は、講演会や勉強会など社会的な活動をする目的のカンパであり、生活費目的ではないため、軽犯罪法違反に該当することはありません。」との明確な回答でした。




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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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