●① 8・20「横浜座談会」の報告

 先日8月20日、横浜市のかながわ県民センターに創価を憂える同志60名が全国から集い合い、横浜座談会が盛大に開催された。当日、朝から降りしきっていた雨も、開催時刻の13時前には上がり、雲の切れ間からは太陽が顔を覗かせた。
 今年2月から開始して5回目となる座談会は、2部形式で行なった。
 第1部では新進気鋭の憲法学者である首都大学東京の木村草太教授に「安保法制と憲法」のご講演と質疑応答をしていただいた。木村教授は憲法学者としての学問的見地から、終始丁寧に分かり易く話をしてくださった。
 冒頭、安保法制に対するご自身の立場を明確に表明される。
 「安保法制については、大変問題がまだまだ残されていると考えている」
 「自分は“早く直せ”という立場である」と。

 木村教授は安保法制が成立するまでの経緯から話をされ、徐々に話に熱を帯びていく。
 昨年5月に安保法案が国会に提出された時の“提出の仕方”に触れ、「あの法案の提出の仕方は極めて卑劣なやり方でした」と怒気を含んで語り始める。
 なぜ“卑劣”なのか。それは「性質が異なり、内容がまったくそれぞれ異なっている11本の法案を2つにまとめて国会に提案したから」ということであった。
 それらの法案の中には相当に危険なものが含まれていたにもかかわらず、まとめて一度に提出されたため、法案賛成派と反対派が法案全体の中で別々のところで議論することになってしまったという。
 法案賛成派はある箇所を指して「これは必要であろう。だから通す必要がある」と主張する。
 反対する側は別の箇所を指して「明らかに違憲な部分や危険な部分がある。全部抱き合わせとなっているから、全部をまとめて否決しないといけない」と反論する。
 こうした状況から、議論がまったく噛み合わなくなったという。
 また、法案自体が余りにも膨大で分かりづらく、マスメディアも国民も「なんだかよく分からない」という状態にさせられてしまったのだと語られた。

 本来、法案審議は一つ一つ個別になされて然るべきである。しかし、まともに議論させないようにするためか、安倍内閣は11本の法案を抱き合わせて一度に提出したのだ。
 国民が理解し納得するためのプロセスを著しく欠落させた、独裁的な自公政権の法案審議の進め方をあらためて知り、参加者の顔に怒りが滲み出る。

 続いて木村教授は、昨年6月の衆議院の憲法審査会で、参考人として招致された憲法学者3人が口をそろえ、安保法制について「違憲である」と表明した時の話をされる。
 自民党から推薦を受けた長谷部恭男教授の基本的な説明は、「これまで政府は、集団的自衛権は全て違憲だと言ってきた。しかし、今回は条件を付ければ合憲だと言っている。なぜ、全部違憲だったものが条件を付ければ合憲なのかよく分からない。論理において従来の政府の解釈と整合性が取れていない」というものだったと解説される。
 さらに木村教授は、長谷部教授の話を巧みな譬えで分かりやすく説明されるのである。
 「『この会場は禁煙です』とこれまで言ってきたのに、『この会場は禁煙なのだが、セブンスターに限るという条件を付ければ吸っていい』というのは明らかに理屈としておかしい訳であります」
 明快でユーモアあふれる話に、会場から笑いと納得の声が起こった。

 さらに、昨年7月の衆議院の中央公聴会では木村教授ご自身が公述人として招聘され、「安保法制と憲法との関係」について意見を述べられた時の話をされる。
 木村教授はこう語る。
 「安保法制の存立危機事態(※注)の条文が9条違反という人もいる。しかし私は、9条違反とかの以前に、“そもそも意味が分からないので違憲ではないか”と話したのです。“意味が分からない”というのは立派な違憲の根拠です」
 きっぱりと断言される、斬新かつ抜本的な発言であった。
 教授の話に熱がこもっていく。
 「常識的に考えてください。『“赤っぽい”信号は渡ってはならない』と書いていた時に、“赤っぽい”ではなんだか分からない。そういう法律は作ってはならないのです。“赤”なら“赤”とちゃんと書なきゃいけない訳です。
 今回の存立危機事態は、いわば『日本の危機っぽい時には武力行使をして良い』という条文であって、そんな条文はそもそも条文として意味が分からない。だから、『意味が分かるように解釈の基準を統一して発表するか、条文の文言自体を改めるかして下さい』という話を(公聴会で)したんです。
 やっぱりこの法案というのはおかしい!」
 まやかしの安保法制を一刀両断にする明快な話であった。
 一時間の講演はあっという間に終わり、場内からは惜しみない拍手が送られた。

 引き続いて木村教授への質疑応答に移った。
 すぐに会場前方に座っていた壮年の方が手を上げる。その壮年の方は自衛隊法について勉強してきたと話し質問する。
 「自衛隊法95条の改正についてですが、『新三要件』や公明党がしきりに主張している『歯止め』には繋がらないのではないでしょうか。むしろ、武力行使に発展してしまうのではないかと懸念しているがどうでしょうか」
 安保法制の問題点を具体的に突く質問であった。
 木村教授は、端的に回答される。
 「自衛隊法95条の2は、『武器等防護』というもので、自衛隊が武器を使用できる局面、場面というのは自衛隊法で細かく限定されているが、今回その中に『外国軍の武器など防護』というのが加わり、その『武器など』の中に『船』とか『飛行機』も入る訳です。防護というのは、あくまで海賊やテロリストの時を想定しているが、実際、飛んで来るミサイルがどこから出てきたのかっていうのは分からないから、なし崩し的に武力行使に巻き込まれる危険というのは、95条の2には当然あると言うことではないかと思います」
 明快な話に、会場前列に座るご婦人は大きく頷きながら聞いている。真剣にノートにメモを取る壮年もいた。

 続いて、場内役員に着いていた地元同志の兵庫(仮名)さんが質問する。
 「今回の法案の中で、変えなければいけなかったところについて教えて頂ければと思います」
 皆が聞きたいと思う核心に迫る質問であった。
 木村教授は理路整然と答えられる。
 「まず、自衛隊法76条の存立危機事態条項というのは、削除した方が私は良いと思います。削除しても実際には個別的自衛権が発動するような場面でしか使えないような条文になっている訳ですから、何も不利益もないだろうと思います。
 また自衛隊法95条の2は、厳密に任務を限定した形で防護をするという形にした方が良い。今のままの条文だと楽すぎると思います。また、後方支援で弾薬の提供とか、戦闘機給油を認めたところは、これはもう最優先で直した方が良いと思います」

 全部で8名の方が質問され、木村教授はすべての質問に明快に答えられていった。
 その中で、ある壮年の方は、「これからの憲法を学ぶ学生たちが、『どうせ解釈改憲するんだから・・・』との認識で法律を学び、弁護士などになっていくのではないか」と、危惧している心情を語った。
 またある青年の方は、「権力を使う人は良くわからない状態を作っておきたいのではないでしょうか。それに対抗していくには、原典を大切にし、物事の筋を理解・尊重し、また『武力のない世界は素晴らしい』というような理想を持っていくことも重要だと思います」と、未来に希望を抱く深き思いを語られた。
 皆、話す方も聞く方も真剣であった。
 真剣だからこそ、日本の未来、創価の未来を危惧しているのである。師匠の仰せに違う安保法制の問題を、我が問題として悩み抜かれる姿がそこにあった。
 「心して政治を監視せよ」との三代の師匠の精神を懸命に実践しようと行動する模範の弟子の精神を学ばせていただく思いだった。
 あっという間に、30分間の質疑応答の時間は終了する。
 大変にご多忙な中、1時間半にわたり丁寧で分かり易い、御講演と質問会をして下さった木村教授に万雷の拍手が送られ、第一部は大成功で終了する。

 第2部では7・3の学会本部前サイレントアピールに参加された2組の方々に体験談をお話しいただいた。
 はじめに、師匠の仰せに反する今の公明党に怒りの声を上げ続ける千葉県のご夫妻がリレー体験を話して下さった。
 最初にご婦人が登壇される。
 東日本大震災が起こり、原発の恐ろしさを目の当たりにしたご婦人は、“公明党は被災者の味方になり、率先して原発廃炉・廃止へ間違いなく進む”と期待し、信じていた。
 ところが、公明党議員が“原発輸出が国際貢献になる”と発言したことで、大きなショックを受ける。
 さらにその後、公明党が特定秘密保護法の成立に賛成・可決したことで、ご婦人は公明党を支援したことを心から後悔したという。
 そして公明党が集団的自衛権の行使を認める閣議決定に加担した時、ご婦人の後悔は怒りに変わっていった。
 「地元組織に、公明支援をやめることを伝えました!」
 さらに昨年、自公政権によって安保法案が強行採決されると、ご婦人の怒りは頂点に達する。
 「地上から悲惨の二字を無くしたいと世界平和を一番願い、行動されてきた池田先生が容認されるはずがないのです!」
 ご婦人は、長年自宅に貼っていた公明党のポスターを撤去し、選挙一色の会合への参加も控えるようにしたという。それから国会前デモに参加するなど、不屈の「安保反対」の戦いを続けて来られた。
 ご婦人は力強く決意を語る。
 「池田先生のつくられた創価を護るべく、現在の権力側についた公明党と、それを支援させる学会執行部への抗議の戦いを、皆様と共に続けていきたいと思っています!」
 会場から割れんばかり拍手が巻き起こった。

 続いて夫である壮年の方が登壇される。
 その壮年の方は、東日本大震災以降、公明党・斉藤鉄夫議員の“原発を再稼働しなければ経済が二流、三流になる”との発言や、石井啓一政調会長の“原発輸出が国際貢献になる”との発言に怒りを燃やした。
 そして公明支援をやめ、脱原発のデモに参加するようになったと語る。
 さらに地元組織の会合では、公明党が進める原発再稼働に反対した。
 すると地元幹部から、「会合で原発の話はするな!会合で政治の話はするな!」と制されたというのである。
 しかし、その壮年の方の公明党に対する怒りはおさまらない。
 師匠の平和思想に違背した安保法制を容認する公明党に対し、怒りの声を上げ続け、国会前デモ等に参加し、7・3サイレントアピールにも共に立たれたのである。
 信念に生き抜くその壮年の方は、最後にキング牧師の言葉で話を結んだ。
 「人間にとって最も重い罪は、悪人の暴力ではなく善人の沈黙と無関心である!」
 ただただ師匠の仰せ通りの学会本部に変革するために、諦めずに戦い続けるご夫妻の体験談に、感動と共感の拍手が鳴りやまなかった。

 もう御一方、栃木県で勇気の声を上げ続けるご婦人が体験談を話される。
 入信50年以上のご婦人は、高等部の時に初めて池田先生にお会いし、先生から「『2000年』の8月15日にまたみんなで集まろう」と呼び掛けて頂いたことを若き日の胸に刻んだ。
 そして、先生のご指導を真剣に学ぶ中で、「もし、将来、創価学会が大変なことになったときには、立場は違っていても、一主婦でもいい、創価学会を守って欲しい」との御指導に出会った。
 ご婦人は思った。“これなら自分にもできる”――その日からこの御指導が、ご婦人と先生との約束になった。
 しかし昭和54年、池田先生が第三代会長を辞任される。
 途端に、地元組織の幹部の腐敗堕落の実態が浮き彫りになっていった。
 酒で団結する悪い習慣が当たり前のようになっていき、酒を飲める人が幹部として登用され、婦人部は接待役にさせられたという。さらには、聖教新聞の啓蒙、折伏、選挙の戦いは数字が何より優先という組織に変わっていったという。
 ご婦人は師匠との誓いを果たし抜くため、一人、組織改革に立ち上がる
 しかし、組織幹部からの容赦ない暴言の数々を浴びせられるのである。
 「学会の組織はピラミッドなんだよ。先生が一番上にいて、我々は先生に直接ご指導を受けられないから、あなたは地区幹事なんだから、婦人部の1ランク上の支部幹部か2ランク上の本部幹部に指導を受けなさい」
 「壮年部大会は酒を出さなければ人は集まらない。うるさいことを言うのはあなただけだ」
 「あなた、そんな偉そうなことを言いたいのなら、上の幹部になってから言いなさい」
 さらに、婦人部幹部の中には突然ご婦人の家を訪ね、「あんたはいつも、いつも逆らってばかりで。いい加減にしなさい!」と怒鳴る人や、陰で組織中に「あの人(ご婦人)は『魔』だから」と言いふらす人もいたという。
 仲の良かった同志からも、「あなたと仲良くしていると幹部に嫌われる」と言われ、ご婦人は心を痛めたという。
 唯一の支えは、毎月の同時中継の画面を通してお会いする池田先生とその御指導だけだった。
 そして、待ちに待っていた「2000年」の9月15日、ご婦人は2000年会のメンバーとして、創価大学での総会で師匠池田先生とお会いすることができた。
 先生は「国家権力と戦う人は、国家権力から迫害を受けるんだ。三代会長はみんな牢獄に入った。君たちも一回くらい入ってきなさい!」と壇上に並ぶ秋谷会長(当時)らに厳しく言われたという。そして、「2000年会の皆さん、よく来たね、ありがとう」と何度も言って下さったという。
 ご婦人は心の中で、“先生、ありがとうございました!創価学会を守るという約束を、きっと果たしていきます!”と誓われたという。
 「これが私の原点です」と、堂々と語られるご婦人の目には涙が浮かんでいた。
 さらに、ご婦人は正義の怒りに燃えながら訴える。
 「今の学会の状況は、かつて山崎正友とその関係者、学会の幹部が先生を辞任にまで追い込み、その後も先生と学会員に多くの苦しみを与えた『54年問題』『宗門問題』に重なると感じています。言いたいことも言えないような組織なんて、創価の組織じゃないですよね!」
 場内からは、「そうだ!そうだ!」と一斉に声が上がり、大拍手が沸き起こった。
 最後にご婦人は決意を語る。
 「目を覚ましてほしい!サイレントアピールに参加された皆さんも同じ思いだったと思います。志を一つにした同志の皆さんと一緒に、先生の創価学会を取り戻せる戦いが出来るなら、私は何でもしたいと思っています!よろしくお願いします!」
 あまりに純粋な信心に皆が心を打たれた。ハンカチで涙を拭うご婦人もいた。共戦の決意漲る万雷の拍手が、しばし鳴りやまなかった。

 このあと私たちも時間を頂き、懲戒解雇の原因にもなった、「金銭横領疑惑」の主犯格とされている職員水戸(仮名)による会員への暴言に始まる除名処分事件(今回のブログ「前篇」の内容)について話をさせていただいた。

 会合終了後、会場やロビーは、語り合う同志の皆様の熱気に包まれていた。
 “なんとしても師匠の創価を護るんだ!”――その瞳は使命と希望に燃えていた。
 8・20「横浜座談会」は大成功に終わった。
 横浜からの帰り道、第三京浜を車で走っていると、目の前に大勝利の虹が晴れやかに架かっていた。
 創価の主役はどこまでも民衆である!
 何としても学会本部を根本から変革しなければならない。
 腐敗堕落した本部執行部を退陣させ、民衆の創価を取り戻すのだ!
 師匠が築かれた創価を取り戻すのだ!
 「いよいよこれからだ!」
 私たちは虹を見つめながら、さらなる決意を約し合った。


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※注 存立危機事態
集団的自衛権を使う際の前提になる三つの条件(武力行使の新3要件)の一つで、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」。ほかの前提条件として、「国民を守るために他に適当な手段がない」「必要最小限度の実力行使にとどまる」ことがある。






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プロフィール

Author:創価学会元職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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プライバシーに配慮し、登場人物は会長・理事長を除き、地名を使って仮名にしています
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