第21 原田会長との対話を実現するために11通目となる手紙を送る(H23.11~H23.11.18)

 平成23年10月5日付で「譴責処分」の通知をされてから、早くも1か月が経過しようとしていた。
 処分通知書に書かれた懲戒対象行為は、6月30日に手渡された『懲戒の対象となる言動』との書面に書かれていた行為がほぼそっくりそのままコピー&ペーストされた代物であった。
 懲罰委員会は審査に3ヶ月以上もかけておきながら、私たちが弁明した内容について、一つも私たちに確認することすらせず、結果的に私たちの弁明内容を全くと言っていいほど排斥したのである。
 懲罰委員会は、学会本部の公式機関であるにもかかわらず、公平厳正に審査するという最低限の手続きすら踏んでいない。

 むろん、自分がすべて正しいと思っている訳ではない。発展途上で未完成の自分であり、死ぬまで人間革命に挑戦し続ける決意である。
 しかし、処分通知書には、私たちが本部執行部に対話を求めた行為が、「職場の人間関係に軋轢を生じさせ、職場環境を悪化させるものであり、(中略)就業規則第33条第2号『互いに協力しあい、より完璧を目指して勤務に励むこと』に違反する」と評価されているのである。
 “一度でいいから、胸襟を開いて話し合いをしたい。創価の問題点について話しをさせて欲しい。もし反省すべき点があれば真摯に反省をし、人間革命に挑戦していきたい。だからこそ、対話をさせて欲しい。”
 そう対話を懇願する行為を
「人間関係に軋轢を生じさせ、職場環境を悪化させる」
「互いに協力しあうことに反し、より完璧を目指して勤務に励むことに反する」
と判断したのである。
 それでは一体、その生じた軋轢や職場環境の悪化とは具体的にどのようなことなのか、それには一切触れられていない。

 しかしながら、創価の中で、対話が「懲罰」とされてしまう。
 学会本部は、一体どうしてしまったのか。なぜ、こんなにも血の通わないような、機械的な組織になってしまったのか。
 もはや、今の学会本部は冷たい官僚主義に陥り、人間よりも組織秩序を守ることを優先する組織主義、事なかれ主義の毒に侵された末期状態だと思えてならなかった。
 師匠は、こうした学会本部の腐敗堕落の体質と人知れず戦い続けてこられたのだ。そう思うと、絶対に負ける訳にはいかないとの思いが胸の奥から込み上げ、感謝の思いが溢れてくる。

 そもそも、無実の会員を犠牲にし、本部職員幹部の不正を隠蔽するという偏頗な監査委員会の結論を、原田会長が了承したことに大きな問題があったのである。
 ゆえに私たちは、原田会長にこれまで10通の手紙を書き、直接手渡すなどして丁寧に面談をお願いし続けてきた。
 その中で、たった一度だけ、原田会長が私たちと対話をするために、前向きな話をされた時があった。

 それは、平成22年9月26日、小平と茨城氏が面談のアポを取るための手紙を持って配転先の福岡県と広島県から上京し、創価文化会館2階の総合センターにある会長席を訪ねた時のことである。
 この時、原田会長は小平に、「私と話したいならば、役員室でアポを取りなさい」と明確に伝えたのである。
 “やっと、やっと原田会長と対話ができる!”小平は、一縷の希望を感じた。
 私たちは、原田会長が伝えてくれた「役員室でアポを取りなさい」との言葉を信じた。そして、それ以降、役員室に5通、計41頁に渡りアポを取るための手紙を提出してきたのである。
 ところが、なぜか、一向にアポイントは取れないのだ。

 そればかりか、なんと私たちは懲罰委員会に呼び出され、原田会長に対話を懇願した行為まで懲罰対象行為とされたのである。
 あまりに問答無用である。何度祈り、考えても、滅茶苦茶である。

 「アポを取りなさい」と言いながら、アポを取るために手紙を書いて渡しに行った行為が懲罰にかけられた。
 しかも、その行為を懲罰委員会に問題として伝えた証言者は、「アポを取りなさい」と言った原田会長本人だと、懲罰委員から聞かされるのである。

 自分は本部職員である。何があっても本部を信じ、幹部そして執行部を信じ抜いてきた。幹部の振る舞いに、疑問を抱く時があっても、そう感じる自分は信仰が浅いのだと思ってきた。また、仮に誤解があれば、誠実に真実を伝えれば分かって頂けると信じてきた。配置転換をされ、本部から追いやられても、それでも自分は執行部を信じ抜いてきた。

 しかし、こんな、こんな、騙し討ちのようなやり方はあっていいのか。
 師匠の創価の中で許されて良いのか。

 題目を上げては、悔しさに涙が溢れご本尊が見えなくなる。
 もっとうまく生きろということなのだろうか。
 自分は間違っているのだろうか。
 自分は弱い。見て見ぬ振りをしたほうが良いと言うことなのか。

 題目を上げなければ前には進めなかった。

 すると、師匠の厳格なご指導が蘇ってくる。
 
「いかなる組織も、大きくなり、根幹の精神を忘れると、いつしか、冷たい官僚主義、事なかれ主義がはびこっていく。要領よく、戦っている格好だけ見せる。派閥をつくって気に入らない人間をいじめる。陰でこそこそ悪事を働く──そういう人間が、のさばりだすものである。」(名誉会長指導)

『創価学会は「会長が上、会員は下」とんでもない間違いです。本末転倒です。これはもう、そうなった場合には、創価学会も邪教です。』(名誉会長指導)

 師匠の温かな言葉に感謝が込み上げてくる。
 “幸せだ!自分は本当に幸せだ!
 ただただ、自身の人生を、悔いなく、偽りなく、最後の最後まで誠実に生き抜きたい!!
 師のため!創価のために!“
 
 原田会長の振る舞いは、池田先生を永遠の師匠と仰ぐ創価学会の会長として、絶対に許されない!
 師匠がお知りになられたならば、烈火の如く激怒されるように感じてならない!
 ならば!弟子として!相手が会長であったとしても“間違っていることは間違っている”と厳然と伝えることが、正しい行動ではないのか!

 『たとえ、会長であっても、特別な存在ではないのだ!』

 師のこれまでの厳命に照らせば、もし遠慮や臆病から何も言えない弟子であったならば、自分が創価を邪教にさせてしまう「悪」になってしまうと思えてならない!

 私たちは、更なる苦難があっても断じて退かない覚悟を決め、原田会長に手紙を書くことを決意する。
 題目を唱える声に力が入る。
 “自分は絶対に諦めることはない!創価を邪教にさせてはならない!”
 真剣に祈り抜きながら、原田会長への11通目となる手紙を書き綴る。

≪ 会長、なぜ私を「懲罰」にかけたのでしょうか。
  私の行為を懲罰にかけた会長の考えを聞かせて頂きたいと思うのは極めて常識的ではないでしょうか。≫
≪ 原田会長、そもそも対話をして頂ければ終わった話なのです。私は「解任を解いて欲しい」などと微塵も思っていないことを伝え続けてきたはずです。今の本部、創価の現状を直接お伝えさせて頂くことが願いだと伝え続けてきたはずです。
  なぜ、なぜ、無視なのでしょうか。なぜこの対応なのでしょうか。
  原田会長が解任処分を下した、無実の会員は未だ「反逆者」とのレッテルを貼られています。こうした会員、またその家族はそれでも歯を食いしばり戦っているのです。
  会長が「解任」の理由を説明するということは、処分を下した責任者として当然のことではないでしょうか。会長が責任を果たしさえすれば終わる話なのです。私がお伝えしていることは決して難しいことではないのです。≫

さらに、
≪ 師匠の弟子として、考えて頂きたい。
  一度も対話に応じられることもなく、手紙と要望書を10通以上出しても一切無視。それでも会長の話を信じ対話を求めたならば、今度は公式処分として「懲罰」が与えられる。師匠がこんなやりかたを褒めるでしょうか。「よくやった」と話すでしょうか。私には「おまえは何をやっているんだ!!」と師匠が怒鳴られ悲しまれる姿が思い浮かぶのです。
  私は何があろうが一生涯、真実と正義を叫び続けます。師匠が褒め続けて頂ける行動をとり続けます。
  会長、もう無視はやめて頂きたい。速やかな返答をお待ちしております。
  私は弟子として、嘘とは断固戦い続けます。≫と、覚悟の思いを綴った。

 平成23年11月9日、私たちは連名で原田会長宛に手紙を郵送する。
 何としても、原田会長との対話を実現させるために必死に祈りに祈る。
 創価の中で、これほどまでにおかしなことに出会わせて頂いた意味を考えると、創価を変革していくことが自身の為すべき使命なのではないかと感じてならない。
 己の魂の支配者は常に己自身である。
 自分は偉大な師匠の弟子として、死ぬまで正義を叫び抜く人生を生きるのだ!

 無責任な懲罰委員会関係者の対応

 この頃、懲罰委員会に対して、始末書を書く上での質問書面を3通送っていたが、その回答はまったく来ていなかった。
 そのため私たちは懲罰委員会関係者に、“何とか質問書面に対する回答をもらえないでしょうか”と、電話で問い合わせをし続けていた。
 しかし、懲罰委員会の熊本委員長は、電話をかけても一切出ない。留守電に折り返しをお願いしても全く反応はない。
 完全無視の状態となってしまっていたのである。

 11月11日、やむなく小平は、懲罰委員会事務局の長崎氏に電話をする。
 長崎氏が電話に出る。
 小平は、「長崎さん、なぜ、懲罰委員会から書面に対する返答がないのか、委員長に確認して頂けないでしょうか。懲罰委員会の進め方は、おかしいと思います。」と必死に伝える。
 しかし長崎氏は、弱々しく、「私はやることをやった。熊本委員長本人に言ってください。」と答えるのみ。
 その熊本委員長が電話に一切出ないから、長崎氏にかけているのだ!
 歯がゆい思いをしながらも小平は懸命に訴える。
 「ちょっと待ってください。長崎さんは懲罰委員会の事務局員のはずです。懲罰委員会としての責任があるはずです。熊本委員長が一切電話に出てくれないことをおかしいと思わないのですか?」と。
 すると長崎氏は、さらに、か細い声で、「そのような内容なら私は忙しいので。」と言って電話を切ってしまう。
 それ以降、長崎氏も小平の電話に出なくなってしまったのである。

 11月16日には、滝川が熊本委員長の職場である本部連絡局に電話をする。
 しかし、電話に出た連絡局の職員からは、「熊本委員長は不在なので、直接電話してください」と伝えられる。
 滝川は言われた通り、熊本委員長の業務用携帯に電話をする。しかし出ない。留守電に残すが、折り返しの電話もなかった。

 やむなく滝川は、熊本委員長にメールを送る。
≪連絡局の方より、熊本さんが不在のため直接電話することを伝えられています。しかし、着信してもすぐ留守電に切り替わってしまいます。
 熊本さんから留守電に対するご返事は今まで一度も頂けていません。話も聞かずに最初から一切無視なのでしょうか。
 熊本さんが何度も言われた「あなたにお答えする必要はありません」との言葉は、全く説明責任を果たしていないと思うのです。≫
≪対話を懇願すること、その内容の手紙を渡すことを「懲戒処分」にしてしまったことは、誰が聞いても「無理がある」と感じると思うのです。
 ましてや「池田先生がこのことを知られたならば」と考えると、何が正しい振る舞いなのか一目瞭然なのではないでしょうか。
 組織内では一時的に通用するかにみえる権威だけでは、本当の意味で組織を守ることは出来ません。≫と。

 それでも熊本委員長から返答が来ることはなかった。
 もはや、「たらい回し」の状態である。
 しかしここで妥協してしまえば、ただ始末書を提出しなかったという既成事実だけが残り、「譴責処分に従わない職員」というレッテルだけが貼られるのだ。
 正しいと信じることを貫くならば、中途半端であってはならない!

 滝川は、11月18日、意を決して、熊本委員長に再度メールを送る。
≪一度もお電話に出られないためメールにて失礼します。
 熊本さんは「自分はもうやるべきことはやった」と考えているのでしょうか。
 この強引な「始末書」という結論を出されたのは、間違いなく熊本さんなのです。
 ゆえに、始末書に関係する質問については熊本さんが責任者であるのは誰でも分かることだと思うのです。≫
≪組織の秩序を守るためという理由は、師匠の仰せを守ることなくして正しい選択にはならないと思うのです。
 熊本さんがお応えにならないならば、やはり原田会長や青森事務総長にお聞きするしかないのでしょうか。
 その前にあらためてもう一度お伝えさせて頂きます。
 熊本さん、対話をお願い致します。≫

 しかしその後も、一度も熊本委員長から連絡が来ることはなかった。
 徐々に、熊本委員長ら懲罰委員会の関係者や、大分職員局長ら職員局の職員が、電話にも出なければメールにすら反応しない状況になっていく。こうした無視に、学会本部が官僚化・硬直化していることを嫌が上にも実感させられる。
 『建設は死闘、破壊は一瞬』である。
 今叫ばなければ、本当に取り返しのつかないことになる!
 壁の高さに臆し、諦めの一念に負けるならば、師匠が教えてくれた創価の生き方を自ら捨てることになる。時は今しかない!いつかではない、断固、今である!






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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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