第18 職員懲罰委員会の譴責処分通知に対する私たちの行動(H23.10.5~H23.10.19)

<この度の4月14日から続く九州・熊本、大分地方を襲った大地震におきまして、犠牲になられた方々とご遺族の皆様にお悔やみ申し上げるとともに、被災されたすべての方々に心よりお見舞い申し上げます。
未だ余震が続いており、一日も早く地震がおさまることと、皆様のご無事を真剣にお祈り申し上げます。>


 職員懲罰委員会の譴責処分通知に対する私たちの行動

「平和の道も、友好の道も、すべては、勇気ある対話から始まる。
 初代会長・牧口常三郎は、獄中にあって、取り調べの予審判事にも、『さあ、討論しよう!』と言って、堂々と仏法を説いた。第二代会長・戸田城聖も、時の首相であろうが、いかなる権力者であろうが、恐れなく、仏法への大確信を語り抜いている。
 社交辞令の語らいにとどまっていれば、本当の友情は生まれない。勇気の対話があってこそ、魂の打ち合いと共鳴があり、相互理解も、深き友情も培われていくのだ。」(名誉会長指導)


 平成23年10月5日、懲罰委員会の結論通知の面談を終えた私たちは、平成20年の本部監査の時から共に苦難を乗り越えてきた故郷の同志のもとへ向かう。
 その日、同志は私たちの懲戒処分を案じ、ずっと題目を送ってくれていたのである。
 “生涯、創価のために命を懸けて戦い抜こう!生きるも死ぬも一緒だ!”と誓い合った不二の同志である。もし私たちが懲戒解雇されるようなことがあったならば、自らも仕事を辞め、皆で協力し合って働こうとまで伝えてくれていた。
 むろん、私たちはたとえ自分が解雇になったとしても、それは自分の問題であり、同志が夢を叶えて勝ち取った今の仕事を絶対に辞めてもらう訳にはいかない。
 しかし、本気で自身の職を懸けてでも、友の戦いを我が戦いとし、友の苦しみを我が苦しみとして戦う同志の真心に支えられ、今日まで戦ってくることが出来た。

 同志の家に到着すると、小平は懲罰委員会から通知された結果を伝えた。
 「皆さん、お題目を送って下さり本当にありがとうございました。結果は解雇ではなく、譴責処分という始末書の提出を求められる処分でした。」
 その報告に平成21年に共に役職解任となった会員の兵庫氏が「解雇ではなかった。本当に先生と御本尊が護って下さった。しかし始末書とは・・・」と、安堵の中にも懲戒処分が下されたことに皆、憤りが滲み出ていた。

 続いて滝川が怒りを込めて話す。
 「本当に問答無用の通知でした。本当にこれほどまでにと思うほど厳しい面談でした。事実と食い違ったおかしい箇所を指摘しても、全く聞き入れてくれません。こちらが幾ら説明を求めても『答える必要はない』の一点張りで、全く答えてくれない。あんな独裁的なやり方が許されていいはずがない!」

 野口も悔しさを噛みしめながら話す。
 「そもそも、僕が執行部に面談を求めたことが、『職場の人間関係に軋轢を生じさせ、職場環境を悪化させる』と言われたけれど、真逆の判断です。僕らは、レッテルを貼る執行部との間に軋轢を生じさせたくないから対話を求めたのに、そこを全く汲み取ってもらえない。全部、執行部寄りに判断されているとしか思えない!」
 さらに滝川が語る。
 「本当に無理のある結論だと思う。長谷川本部長(現理事長)は師匠への報告の窓口に命じられていた。だから師匠への報告をお願いしたのに、その行為まで懲罰の対象とされた。これでは執行部にとって不都合な報告を、誰も師匠にご報告することなんかできやしない!」

 すると平成21年に共に役職解任となった会員の木本秀信氏が口を開く。
 「本部執行部にとってよほど都合が悪いから、口封じをするために始末書を書かせて終わらせたい、そんな意図が見え見えだ。要は執行部が、自分たちの不正を隠したいがために下した処分じゃないか!」
 それを聞いた小平が憤りをあらわにする。
 「本当にその通りだよ!悪に加担する始末書なんか絶対に書けるはずはない!」

 すると、興奮する小平に、京都氏が冷静に伝える。
 「僕も今回の結論は明らかにおかしいと思うし、職員のみんなが始末書を書けない気持ちは当然だと思う。対話を求めたら懲罰なんて、一般の社会で考えたらあり得ない。でも、大事なことはすぐに一つの結論を出して他の選択肢を排除するのではなく、全ての選択を一つ一つ具体的に考えることではないだろうか。『師匠ならばどうなされるのか。』師を通して自分を見つめ、皆で何が正義の行動か悩み話し合うことではないだろうか。
 そのためには、本部が提示した始末書を書くという選択もしっかり入れながら具体的に考えたい。」

 同志の怒りは相当なはずである。
 地方に配転されることが決まった時、荷物をまとめ羽田空港に向かった。同志は車で羽田まで見送ってくれた。搭乗口に向かい、荷物のチェックを受け、見送る同志に挨拶をしようと振り返った時、皆が泣きながら手を振っていた。
 そしてこう叫んでくれたのである。
 「ダイラさん!!師のために!生きるも死ぬも一緒だ!!」
 同志の涙の叫びを自分は一生忘れることはない。

 同志は皆が怒りをあらわにする中、正しい選択をするために、冷静になって「師匠ならばどうされるのか」という弟子としての原点を忘れてはいけないことを改めて伝えてくれたのである。

 小平はその真心を感じながら伝える。
 「そうですね。確かに、師匠が居られる本部です。その本部が出した始末書の提出という選択肢がどういう選択なのか、自分の中では有り得ないと思い、具体的には考えてはいなかったです。ただ、事実じゃないことが事実と判断されてしまっている。反省しろって言われても。僕は上司から“役員に面談を求めてはいけない”なんて注意は本当に受けていないんです。」と、苦悶の表情を浮かべる。
 すると野口が話し始める。
 「僕も、職場の先輩からパワハラを受けたのに、こちらが反省しなければいけないというのがおかしいと思っています。僕が始末書を書けば、パワハラ発言をした松山次長の方が正しかったことになるのかと思うと、本当に書くことが正しいのかどうか。疑問でなりません。」
 皆が頷きながら聞いている。
 それでも皆で、始末書を書いた場合には師匠に何が違背し、何が裏切りとなるのかを考えて話し合う。結論ありきの話し合いではない。あらゆる選択を受け入れそして何が正義なのかを考え抜くのだ。

 木本氏が滝川に視線を向け、「タッキーはどうなの?面談ではどんな話をされたの?」と尋ねる。
 考え込んでいた滝川が答える。
 「そうだね、もし始末書を書いて出すとしたら、僕が原田会長に面談をお願いしたことも、間違っていたから反省しますってことになる。でも、僕は原田会長に手紙を差し出しただけで、いきなり『反省したのか!』って怒鳴られて、それでその周辺にいた人達がざわついたというのが事実だよ。それでも僕が職場環境を悪化させたことになるのかい?いや、それを認めたら僕は自分に嘘をつくことになる。師匠に嘘をつくことになる。」

 木本氏は深く頷きながら
 「いや確かにそうだね。むしろ職場環境を悪化させたのは原田会長の怒鳴り声の方だよね。」
 黙って聞いていた兵庫氏も「最初にきもっちゃんが言っていたように、相手が常軌を逸した行動をとったからこそ、口封じをするために始末書を書かせて終わらせたい。それが本質だ。」

 すると、一度冷静になって考えることを提案した京都氏も皆の話を聞き、小平に伝える。
 「実際に始末書を書こうと考えれば考えるほど、なぜ書けないのかという理由が具体的に出てくる。その理由も、極めて常識的な振る舞いであり、師の仰せを護る行動であったがゆえに、逆に懲罰になった。
 ならば、始末書を書けないと一蹴するより、始末書を書けない具体的な理由を、できる限り根拠を示しながら、さらに誠実に懲罰委員会に伝え抜く戦いが大事ではないだろうか。
 『懲罰委員会に伝えても何も変わらない。』そう思う気持ちは誰もが持っているかもしれない。でも、それでも師匠の本部だよ。最後の最後まで弟子として、馬鹿正直だと言われようが、本部を信じ、人を信じ抜いて誠実な戦いを最後までやり抜くことが弟子として正しい生き方ではないだろうか。」

 同志と話し合う中で、始末書を書きたくても書けない理由があり、それを伝え抜く戦いこそ、自身が納得できる弟子の戦いであることが明確になったのである。

「正義と真実を、厳然と言い切っていくことだ。人々の心を変えるのは、その勇気ある一念である。最後に勝つための力は、『忍耐』と『気迫』である。」(名誉会長指導)

 小平はあらためて、同じ思いを共有する同志の存在のありがたさを痛感し、感謝の気持ちを伝える。
 「本当に同志との語らいなくして、正しいものが何なのかは分からないですね。みんな本当にありがとう。」
 誰かが正しい答えを持っている訳ではない。これまでも一つ一つ皆で話し合いながら、正しい道を考え、見つけ出し、選択してきたのだ。
 私たちは、間違った懲罰委員会の結論に対して、始末書を書かないことが正しいと思った。しかし、「書かない」のではない。「書けない」のだ。ゆえにその理由を伝え抜こう。相手の仏性を、そして我が胸中に居られる師匠に嘘偽りなく。最後の最後まで師の仰せ通り、真実を伝え抜くんだ!

 懲罰委員の松江女史を信じて対話を求める決意をする

 さらに滝川が話し始める。
 「一つ気になったことがあったんだけど、懲罰委員の松江さんの挙動なんだけど、何かおかしくなかったかい?」と。

 滝川は自分の面談を振り返りながら話す。
 「松江さんは、前回の面談にはいなかったけど、今回の通知の場から懲罰委員として参加していたよね。
 僕が職場で受けたパワハラの事実について話し始めると、それまでただ黙ってうつむいていた松江さんが突然顔を上げ、横並びに座っていた熊本委員長にパッと視線を向けたんだ。その表情は初めて聞く話に困惑していたように見えた。
 僕は弁明書に、職場上司や本部職員の地元組織の最高幹部たちから、地方への配転を迫られたり、辞表を持ってこいと脅されたりしたパワハラを受けた事実を詳しく書いたんだ。
 だから松江さんが本当に僕の弁明書を読んでくれたのか気になっている。もし読んでいないのであれば、それこそ杜撰な委員会だよ。」と。

 通知の場に顔を出すだけで、一部の人間が決めた結論にただ盲目的に従うだけの懲罰委員であるならば、本当に茶番劇の懲罰委員会である。

 小平も結論通知の場を思い出しながら話す。
 「確かに松江さんは僕の面談でも終始下を向いていた。僕が『この判断に本当に納得されたのですか』と聞いたら、『はい、委員会で決まりました』と言っていたけど、その声と表情は暗かった。」
 続いて野口が語る。
 「今回、委員として初めて女性が入っていたから気にはなりました。先生は女性の意見が大事だと何度も仰っているし、松江さんは、本当は今回の結論をおかしいと思っているのかもしれない。」

 すると、私たちの話を聞いていた京都氏が話し始める。
 「松江さんが何を思い、どう考えていたのか実際のところ分からない。でも、もし皆が感じたように、松江さんが少しでも懲罰委員会のやり方に疑問を感じているのなら、松江さんに直接手紙を書いて一度話を聞いてもらうことはできないのか。」

 続いて、木本氏が語る。
 「懲罰委員会の判断に葛藤している人であれば、話を聞いてくれる可能性はあるかもしれない。」

 続けて兵庫氏が
 「僕も、松江さんに手紙を書くことは重要だと思う。松江さんの手紙と懲罰委員会への手紙、本当に大変な戦いになるが・・・」

 滝川が話す。
 「大変ではないです。命が喜んでいます!本当に確かにそうです。松江さんにはすべてを知って頂いた上で、弟子として判断してもらいたい。気になることは全部やりたい。」と思いを語る。

 一つのことを成し遂げるために、皆が話し合い納得して進む世界を、師匠は一人一人との対話によって築いて下さったのだとあらためて思う。

 私たちは、対話を通して弟子が弟子を折伏する思いで、松江女史に手紙を書くことを決意する。そして、「始末書を提出することが出来ない理由について」書面を作成するため、小平と野口は羽田空港からそれぞれ九州・四国のアパートに向かった。
 やはり同志がいつものように搭乗口まで送ってくれる。本当にただただ感謝しかない。もっともっと戦わねば!

 「始末書を提出することが出来ない理由について」を提出する

 小平は、さっそく譴責処分通知の内容について考える。

 その中には、私たちは就業規則の「服務上の注意事項」である「互いに協力しあい、より完璧をめざして勤務に励むこと」(就業規則第33条第2号)に違反したとされた。
 その理由は、私たちが本部執行部らに対話のアポイントを求めた行為や池田名誉会長秘書らに池田名誉会長への手紙を託した行為が、「職場の人間関係に軋轢を生じさせ、職場環境を悪化させるもの」だという。
 しかし、小平は職場の人間関係にむしろ軋轢を起こしてはならないと思ったからこそ、本部執行部たちに私たちに対する誤解と偏見を解きたいとの思いで対話の懇願をした。むしろ、人間関係を保つために行動してきたのである。
 
 さらに小平は、上司である管理局長から、「創価学会の役員に面談を要請するようなことはやめるように」との注意を受けたとされ、「勤務中は所属上長の指示に従い職務に専念し、責任ある仕事をすること」(就業規則第33条第1号)に違反したとされた。
 しかし、事実、小平は管理局長から、「創価学会の役員に面談を要請するようなことはやめるように」との注意を受けていないのである。
 小平は弁明書でそのことを記載していたが、全く看過され、小平は嘘の内容で懲罰を下された。
 そのため小平は結論通知の場でそのことを熊本委員長に説明を求めた。しかし、熊本委員長は「そこに書いてあります」「君に話す必要は無い!」と言い、全く具体的な説明を避けたのである。
 こんな結論で、こんなやり方で、どうして納得して「始末書」を提出できると言うのか。

 小平は、具体的に始末書を提出することが出来ない理由について書面を書く。

「池田先生が『どんな環境にあろうとも対話の旗だけはおろしてはならない』とご指導下さったように、嘘や批判をする相手に対し『話を聞いてほしい』と懇願することは、軋轢を生じさせることにはならず、むしろ、軋轢を生じさせないための、ただ唯一の方法なのではないでしょうか。」

 そして、事実誤認の箇所についても具体的に質問する。
「管理局長から受けた『指示』について、その『指示』は『宮城副会長に手紙を渡す行為』についての指示はありました。しかし、『他の創価学会の役員に面談を要請するようなことはやめるように』との指示は受けておりません。そのことは弁明書で、明確にお伝えしております。
 『指示』を受けていないにも関わらず、なぜ私の行為が『指示に従わなかったこと』になっているのでしょうか。」と。

 私たちは各々、“始末書を書けない理由”を書面に書き、10月11日付で懲罰委員会に郵送したのである。

 どこまでも創価の問題を自分の問題と捉える責任感があるかどうかが問われている。これだけのおかしな本部の実態を見ておいて、言うべき事を言わない事は弟子として最も卑怯な生き方である!

「自分(池田先生)が正論を言っても、聞いてもらえない局面は、いくらでもあった。
 だが『広布の責任感』においては、立場や役職の上下は関係ない。平等だ。
 自分(池田先生)がいれば『先生!』『先生!』と叫び抜き、いずこであれ、師弟一体の勝利の息吹を満々とみなぎらせてみせる!
 広宣流布の輝く大道を開いてみせる!
 この一人立つ勇気が、師恩に報いる第一の要件だ。」(名誉会長指導)


 小平は御本尊の前で真剣に祈った。
 「この問題に出会った意味と己の使命を果たさせて下さい!断じて我が身を、創価をより良くするために使わせて頂きたい!」

 婦人部最高幹部の松江懲罰委員に手紙を出す

 滝川は松江女史への手紙を書くために、毎日必死に祈り、考え続けていた。
 あらためて処分通知の面談を振り返る。
 あの日、ただ一人の婦人部で、懲罰委員として参加していた松江女史。
 男性の懲罰委員の誰もが押し黙り、能面のような表情でただ座っている中で、たった一人松江女史だけは滝川の話に、心が動揺するような反応を見せていた姿が印象的だった。
 滝川は松江女史との対話を断じて実現させる思いで、渾身の手紙を綴る。

「松江さん、私は思うのです。『組織の秩序を守るため』といって、本部職員の不正行為を知りながら本部が隠ぺいを重ねる行為を、黙って見過ごすことだけはどうしても出来ないのです。なぜならば、本部職員が無実の会員を犠牲にしている事実がある限り、そこと向き合わなければ、師匠が言われる『会員一人一人が創価学会である』との精神を本部職員が破壊し、創価そのものを破壊することになってしまうと確信するからです。
 三重全国男子部長の女性問題しかり、聖教職員らによる金銭使い込み事件しかり、これら師匠を裏切ってしまった弟子の不祥事は、すべて『不正を目の当たりにしたにもかかわらず声を上げるときに上げなかった弟子の保身』にあると思うのです。
『声を上げるべき時に上げなかった』命とは、結局師匠を守るよりも自分を守ろうとしているだけに過ぎません。
 この命こそが、昭和54年に師匠を会長辞任に追い込んだ弟子の裏切りの命であると私は感じるのです。だからこそ、弟子としてこの問題と戦い続けなければならないのです。職員の不正に対して、間違ったものは間違っていると声を上げ続ける以外に、弟子の勝利は無いと思っているのです。静岡青年部長が私に語った、『矛盾があっても、職員なんだから職員を守るんだ』との馴れ合いは、本部を権威化し、真実よりも利害を優先させる創価にしてしまうと感じるのです。
 師匠亡き後の創価において、民衆の創価を守り抜く本物の弟子がいるかどうか、私たち一人一人が権威によらぬ正義を求める本物の弟子かどうかが、今こそ問われていると思うのです。師匠との誓いを果たせなかった昭和54年の弟子の戦いは未だに続いていると感じるのです。私は終わっていないと思っています。」と。

 さらに、こう綴る。
「私は今回の懲罰委員会の処分を師匠が正しいと仰るとは到底思えません。むしろ、『始末書』を書くことは職員の不祥事を隠すための『嘘』を認める行為であり、間違いなく師匠が知られたならば激怒される問題だと確信するのです。
 本部職員の不正を知りながら『問題となることを師匠に知られる前に隠蔽する』行為に加担することは、師匠への反逆行為になると感じるからこそ、私は『始末書』を書くことが出来ないのです。
 松江さん、どうか真実を知って頂いてから判断をして頂きたいのです。
 松江さん、一度私たちの話を聞いて頂いてから判断して頂きたいのです。
 本部の公式機関である委員会が決めたから『正しいのではないか』と結論づける前に、一度直接、話を聞いて頂きたいのです。聞いて頂いた上で松江さんが私に懲戒処分を与えるならば、私は喜んで受ける覚悟です。
 決して松江さんにご迷惑が掛からないよう、あくまでも個人的にお会いさせて頂きたいと思っております。ご多忙を極める中、大変に恐縮ですが、どうかご連絡を頂けますようお願い致します。」
 と書き綴った。

 平成23年10月19日、私たちは松江女史に手紙を出す。

 目の前の一人の心を信じ抜き、その一人を大事にしていく。師匠から教わった仏法者の生き方である。
 自分に力があるなどとは微塵も思わない。しかし、どこまでも人間の可能性を信じ、師匠ならばどうなされるかを考えながら、ただただ悔いなくやり抜く以外に我が人生はないのだ!
 ならばこそ、対話を拒否する「力の論理」に一歩も引いてはならない!
 そして、対話を諦めようとする自分との戦いに断固として負けてはならない!
 私たちは、同志と共に、松江女史との対話が実現し、そこから希望の活路が開かれることを必死に祈り続けるのである。




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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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