■⑯ 4.2関西座談会に集って下さった皆様の思いと私たちの決意(H28.4.2~4.6)

 先日4月2日、満開の桜と快晴の青空のもと、「庶民の国」大関西で、第2回座談会を行なうことが出来ました。師匠池田先生を思い、今の創価を憂う皆様の強き一念と祈りに守られ、当日は無事故、大成功で終えることができました。座談会に参加して下さった皆様、また全国から無事故、大成功の題目を送って下さった同志の皆様、本当に、本当にありがとうございました。
 また事前に大阪の同志の方から、様々なご意見、ご提案を頂き、学会歌は「常勝の空」を歌わせて頂き、第2部は率直に話せる懇談の場とさせて頂くなど、大変充実した内容となりました。本当に、本当にありがとうございました。
 会場に着くと、なんと横浜座談会に参加して下さった神奈川、静岡の同志の方々が駆け付けて下さり、嬉しい再会をすることができました。さらに九州福岡県からは新幹線で、四国香川県からは長距離バスで長時間かけてご参加下さった同志の方々もいらっしゃいました。遠方から貴重なお時間を割いてお越し頂き、本当に申し訳なく思うと共に、本当にありがたい思いで一杯になりました。
 和室の会場は、40名を越える会員同志の皆様の熱気に包まれ、自然と座談の花が咲きました。

 最初に、庶民の代表として一婦人部員の滝川光子さんが話をされました。
 光子さんは、ガンとの壮絶な戦いの中で吹き荒れる苦難に立ち向かい、まさに命懸けで師の仰せを貫いてこられた半生に渡る正義の闘争を力強く語られました。
 かつて光子さんは、本部職員である神奈川の大幹部2人と話す機会があった。この時、2人の幹部に原田会長への言づてとして、“原田会長に、息子たちの解任を決めた理由を説明して頂きたい”とお願いした。すると、その職員幹部は真顔で、「いいですか!会長は偉い人なんです!わかりますか!」と言い放つ。光子さんは衝撃を受けながらも、とっさに『そうは思いません!』と答える。すると、その職員幹部は絶句し青ざめたという。
 その光子さんの大幹部への毅然たる態度に、万雷の拍手喝采が巻き起る。対話なき官僚主義と化した本部に対する正義の怒りに、固く握った手を震わせる方もいました。
 光子さんは最後に、こう語る。
 「何としても、私は原田会長と対話するまで諦めません!師匠が望まれる対話のある創価に変革するまで、私は絶対に、絶対に生き続けます!」と。
 皆、感動で目を赤くし、力一杯の拍手を送る。
 私自身、偉大なる創価の母の戦いに尊敬と感動の思いが込み上げ、師弟に生き抜く弟子の誓いの姿に涙が出ました。

 そして横浜座談会に続き、関西座談会でも活動報告をお願いさせて頂きました天野達志さんがお話をして下さいました。
 安保法施行日であった先日3月29日、天野さんは国会前のデモに参加し、自分で縫って作成した巨大な三色旗を掲げて、安保法制反対を叫ばれた。
 常に先駆の戦いを起こされる天野さんは、師匠の絶対平和の思想を訴え続ける。師匠の仰せに照らし、“間違っているものは間違っている”と叫ぶ天野さんの勇気の声に、参加者から「そうだ!」との怒りの声が何度も響き渡り、場内は戦う熱気に包まれていった。
 そして、話の最後に力強く語られる。
 「なぜ、同志が苦しめられるのか。ここ数年の学会と公明党、安保を含む様々な問題に、悩み苦しむ同志がいます。私たちは、その元凶が何かを徹底して見抜いていかなければなりません。」と。
 賛同の拍手はしばらく鳴りやまなかった。必死なひとりの創価を思う真剣な叫びは正義の火種となって、同志の心に勇気の炎を点火し続けるのである。その天野さんの姿に、ただただ師のために信念を貫いて戦い続ける弟子の生き方を学ばせて頂きました。

 続いて、私たちも「今後の決意と目標」を話させて頂き、「師匠に敵対する執行部の退陣」を断じて成し遂げることを宣言させて頂きました。
 そして最後に、全国から集われた皆様全員で、師弟の魂こもる関西の歌『常勝の空』を大合唱し、第1部は大成功で幕を閉じました。

 第1部が終了すると、同じ思いで集われた皆様の間に自然と対話の花が咲く。
 すると事前に懇談会のご提案をして下さった壮年の方が、参加者全員に向かって勇気の自己紹介をされる。そして「気楽に一緒にお話ししませんか!」と呼び掛けると、一気に会場は一体感に包まれた。
 会場には、横浜座談会の時と同じように会場の役員として着いていた同志も参加した。平成20年の監査で共に役職解任となった地元の同志である木本秀信氏や兵庫氏、京都氏、そして京都氏が折伏した親友ご夫妻と、野口の妻桃子さんである。懇談的な雰囲気のまま第2部に移る。

 滝川が、「皆さん、『本音の国』大阪での座談会ということで率直にお話が出来ればと思います。皆様の方から第2部の懇談会をどうやって進めるか、ご提案などありますか。」と投げかける。
 すると、さすがに対話の国・関西である。壮年の方が手を上げながら、「質疑応答をやってから、参加者同士の交流会というのはどうですか。」と具体的な提案を出して下さった。
 滝川「それでいきましょう!質問がある方はいらっしゃいますか!」
 すぐさま、会場中央に座られていた男性から手が挙がる。
 「そもそも3人が解雇、除名にまでなった一番最初の発端とは何だったんですか。」との質問であった。

 私たちは、平成14年以降の私たちが学生部を不自然な形で卒業となっていった流れについて話した。
 
 私たちがなぜ声を上げたのか。それは、本部職員が、1000人が参加する会合の場で繰り返し、私たちや会員のことを名指しで「前体制はおかしかった。部員をいじめた。」「前体制は暗黒時代だった。」と誹謗する事件が起こったからである。
 私たちや会員たちは不当に誹謗されたことから、その本部職員たちにやむなく対話を求め、同志誹謗、名誉毀損行為をやめるように声を上げざるを得なかったことを説明する。

 すると、平成20年の監査に従わなかったことで役職解任処分となった一会員である京都氏が、意を決して話し始める。
 「その本部職員から名指しで誹謗されたのが私です。」
 京都氏は必死に説明する。
 「実は当時、本部職員の彼らが意見を言うようになってしまったのは、一番年上だった私のせいだということで、グループのリーダーだと言われ、会合で名指しで批判されたんです。その学生部で起こった批判が組織を通じて男子部である私の所まで伝わって来ました。その状況を知った職員の彼らが批判をやめるべきだ、対話をするべきだと声を上げたら、学会本部から『組織内組織』だと言われたんです。」と。
 さらに、
 「しかも私は職員の彼らよりも先に除名になりました。本部は、彼らの後ろ盾に誰かがいるんだという形を作るんです。それで、『この人間さえいなければ、職員の彼らが声を上げるのをやめるのではないか』という形を作るために、私は地区の座談会に数回出ただけで除名です。」と。
 平成20年の本部指導監査委員会は、小平より一つ年上の一会員である京都氏を「組織内組織のリーダー」であると認定する。そして本部職員の不正に声を上げた私たちや会員達に誓約を迫ったのである。学会本部は、私たちや会員たちが、京都氏から洗脳されて声を上げているとのストーリーを作出する。そして、私たちや会員たちに「京都氏に近づいてはいけない。連絡をしてはいけない」と話し、元凶が一会員である京都氏であるとして、無実の罪を負わせたのである。
 権力者に従わない人間、意見をする人間を一括りにし、“組織の秩序を乱すグループ” “会に迷惑を及ぼすグループ”であるとのレッテルを貼って処罰する。
 古今東西、権力者の常套手段である。
 こうして、一番年上の京都氏が犠牲となったのである。
 参加者の一人が、「つまり、黒幕にされたんだ。」と言うと、会場の皆様も深く頷く。ある婦人は「本当にとんでもない!」と怒りを顕わにする。

 さらに、私たち(グループ)と繋がりがあると学会本部からレッテルを貼られた同志が、次々と自らが処分されてきた体験を語る。
 「私と妻は、聖教新聞の減部を拒否する本部職員に対話を求めた結果、活動禁止の処分にされ、最後は除名されました。」
 「僕は、その本部職員から『偏執狂』と罵倒されたため対話を求めたら、同じく除名になりました。」
 「私は、その夫の処分理由を聞くために、その本部職員に対話を求めたらわずか9日で活動禁止処分とされ、結果、私も除名です。」
 そして、野口の妻の桃子さんも語る。
 「私もその本部職員に同志が処分された理由を尋ねたのですが、『ちゃんとした教育を受けてますか』『おつむが普通じゃない』などと散々侮辱され、今は無期限の幹部への連絡禁止という処分を受けています。」
 すると参加者の壮年の方から、「それは人権問題だ!」との怒りの声が上がり、場内はどよめいた。

 続いて参加者の皆様が次々と、お一人お一人が現場組織で感じられている苦悩について語られ始める。
 大阪の壮年の方が話し始める。
 「私の地区で安保反対の声を上げた婦人部が座談会に誘われなくなった。私の所にも本部長と区長が来て『波風たたさんといてくれや』と言われました。」と。
 さらに、ご夫妻で参加された方も、「安保を容認する公明党の不支持を表明した途端に、地区部長が見知らぬ幹部を連れて訪問してきました。その後、座談会や本幹のお知らせも来なくなったのに、地元の幹部は公明党のチラシだけは置いていくんです。」と、苦しみを必死に堪えながら語って下さった。

 同志を馬鹿にするどころか、さらに利用までしようとするその冷酷な仕打ちに怒りが込み上げた。
 今の創価学会は本当にどうしてしまったのか。対話をし、納得して前進していくことに力を注ぐことが、師匠の仰る創価ではないのか。それを「波風立てるな」と言い、勇気の声を上げた会員が組織からつま弾きにされていく。
 会員が「先生の言われていることと違うのではないか?」と公明党の安保推進に疑問を抱いている。それにもかかわらず、なぜ、納得するまで話し合おうとしないのか。
 公明党を支援しない人間を無視し、会合に誘わないなど、まさに権力の横暴である! 幹部の怠慢であり、師に対する冒涜である!
 師のお心を思うと、私は怒りに体が震えてならなかった。

 さらに、前方に座られていた男性が私たちに聞きたいことがあると言われ、立ち上がられた。
 「素朴な質問ですが、池田先生は今どうされていると思いますか?」「何で先生の健康状態が発表されないのでしょうか?」と。
 私たちは、池田先生の健康状態を正確には知らない。
 しかし、一つ言えることは、本部執行部は“先生がお元気だ”ということを作出し、師匠を利用して自分達がやりたいようにやっているように感じるということであった。そのことを男性にお答えさせて頂く。
 すると、ある壮年の方が声を上げる。
 「師匠がどんな状況であれ、私たちには真実を知る権利があるはずです!」
 「仮に師匠がご病気でも、私はそれを知っていいはずです。先生は大師匠であり、たとえ御病気でも私たちを励ます命が必ずあるのです。」と。
 まさに真実の弟子の叫びである。
 参加者から一斉に、「そうだ!その通りだ!」との歓声が上がった。
 さらに次々と声が上がる。
 共に戦い抜いてきた同志が叫んだ。
 「時が来たらと言う人がいる。しかし、時は自らが作り出さない限り、時は来ない!師匠の時間がないんです!」
 すると関西の庶民が次々と語り始める。
 「そうだよ!だから全国の会員が本部に声を上げなあかんねん!」
 「今が池田先生から私たちへの最終試験です!本物の弟子かどうか、誰が立ち上がるのかという最終試験だと私は思ってます!」
 会場は、満場一致の大喝采と力強い拍手が沸き起こった。

 師匠が仰る「対話の創価」の民衆座談会であった。
 本来、こうした自由闊達な議論ができる世界が創価学会だったはずである。「師の思いはこうではないか」例えそれが自分の師弟観と違う意見であっても率直に意見を出し合い、「対話」という階段を登りながら、師のお心へと近づこうとする。こうした師を思い、師の心を求める対話によって創価の組織は強くなっていったのだ。
 そこには上も下もない、皆が偉大なる弟子として平等の世界である。私自身、創価の世界は「師弟」という一人一人が主役の世界であることを、あらためて学ばせて頂く思いだった。
 そして、創価変革に立ち上がる同志の真実の座談会を、さらに各地で開催していくことを皆で約し合い、関西座談会の第2部が終了となった。

 地元の神奈川県に戻った私は、翌4月3日(日)と前日2日(土)付の聖教新聞を開く。すると2面に、『SGI会長と共に 新時代を創る』との記事が掲載されていた。
 そこには、「わが師・戸田先生の祥月命日を前に、師弟原点の地・大田区の文化会館で、懇ろに報恩感謝の勤行を行った(3月30日)。」と書かれ、さらには、師匠が「さくら」「森ケ崎海岸」「大楠公」の曲をピアノで弾いたかのように書かれている。またしても師匠が利用されている。

 私の脳裏に座談会での皆様の声が蘇ってくる。
 「なぜ師匠の健康状態が発表されないのか!」
 「今、師匠の健康状態はどうなっているのか!」と。

 むろん多くの会員の方々が、池田先生にお元気であって欲しいと願っている。私自身も、いつまでも師匠にお元気であって頂きたいと思っている。
 しかし、師匠がお元気で、物事をご判断できる状態にあったならば、今の学会本部が安保法を容認する動きに対して黙っていることはあるのだろうか。
 絶対平和主義者の師匠が、全国の会員がこれほどまでに悩み苦しまれている安保法制の問題について、一言も言及しないことなどあるのだろうか。
 いや、到底考えられない。いや絶対にあり得ないのだ!

 ならば師匠は今、ご判断ができない状態にあるのではないかと考えるのは、当然過ぎるほど自然なことである。
 それにもかかわらず、聖教新聞には連日のように、師匠が大田池田文化や品川文化、創価大学に行かれたと書かれ、さも「お元気」であるかのように報道され続けているのである。
 しかし写真で見る師匠は表情がない。本当に歩くことが出来るのか。はたしてお話をされることは出来るのだろうか。まして安保のことについて物事をご判断できる状態にあるのだろうか。
 現場の会員の方々は、そうした不安を抱えていながら誰にも言えずに苦しんでいるのである。その生の声を、私は関西座談会で聞かせて頂いた。
 創価を憂い、師を思う真実の弟子が心から知りたいのは、ありのままの師匠の健康状態である。

 ならば、関西座談会で同志の皆様と語り合った、「師匠の状況を公開するべきである」との現場の声を、私は何としても本部執行部、全本部職員に届けなければならない!

 師匠が最も大切にされているのは現場で戦う学会員の生の声である。幹部が会員の声を聞かなくなった時、創価は滅びるのだ!
 それが師の教えである!
 ならば、学会本部に会員の声を届けることこそ我が使命である!

 同志の方々が伝えて下さった現場の声を、厳然と本部に突き付ける戦いを、わが使命としてやらせて頂きたい!

 早速、横断幕の作成に取り掛かる。
 今回、掲げるメッセージは、

 「池田先生の健康状態を 本部は詳しく 公表するべき!」
とした。

 前回掲げた、
 「安保法制を容認し 師匠に敵対する 執行部は退陣せよ!」
とのメッセージと共に、立つことを決める。

 4月6日朝、信濃町の学会本部前に到着しサイレントアピールを行なう。
 会員同志の思いを乗せた横断幕を掲げ、本部職員の出勤時間である7時半から8時50分まで、私たち3人で学会本部前に立たせて頂いた。
 早速、いつものように日光警備の警備員が自転車で駆け付け、私たちを遠目で監視する。
 そして信濃町駅から、次々と職員が出勤してくる。
 小平の同期入職の男子職員が目の前を通り過ぎる。
 小平は、「おはよう!」と声をかける。しかし、その男子職員はうつむいたまま完全に無視をして通り過ぎていく。
 私は怒りが込み上げた。
 これは私だけの声では無い、多くの同志が抱いている必死の声だ!
 また、同世代の別の男子職員がこちらに向かって歩いて来る。しかし、私たちの存在に気付くとUターンをして迂回をしていく。
 ほとんどの職員は目も合わさず無視をして通り過ぎていく。
 皆、「池田先生の健康状態を 本部は詳しく 公表するべき!」との横断幕の文字を見て、顔を引きつらせている。まるで、私たちが触れてはいけないことに触れているかのように目を背け、足早に過ぎていくのである。

 曲がりなりにも職員であるならば、“違うなら違う。正しいなら正しい。”との明確な態度を示すべきではないのか。対話をしてくれるなら、私たちは喜んで現在の創価について話し合いたいのだ。
 しかし、やはり見て見ぬふりである。無視である。
 今の学会本部には、この“事なかれ主義”が蔓延しているとあらためて感じてならない。
 重大な安保の問題を誤魔化し続けられる今の本部職員の生命状態は、師匠のご健康状態が公開されていないことにも違和感すら無いのだろうか。
 いやむしろ、今の学会本部ではそれを知ろうと声を上げれば間違いなく迫害を受けることになる。難を起こすことになる。ゆえに職員にとってタブーとなっている雰囲気さえ感じる。

 30分ほどすると、本部職員ではない一人の男性が駅から歩いて来る。横断幕の文字を見て、男性はにこやかに笑いながらオッケーサインをして下さった。
 私たちは「ありがとうございます!」と笑顔で応えた。すると、「池田先生の健康状態を 本部は詳しく 公表するべき!」との横断幕を指さしながら、「本当にそうだよな!」と一言。無言の本部職員が沢山歩いている中で堂々たる声が響く。
 これこそ、民衆の声である!
 正義は民衆の中にあるのだ!
 名もなき庶民こそ王者である!

 「創価の主役は名もなき民衆である!」
 師匠が私たちにあらためて教えて下さっているようだった。
 私たちは心から思う。
 「必ずこの学会本部前で、師匠に向けての民衆の正義の声を届かせたい!」
 そのためには、各地に行かせて頂きながら、同志と同志の心を着実に繋げゆく座談会を行なっていく地道な戦いこそ重要だと思えてならなかった。

 第2回の関西座談会は、西日本を始めとする不屈の同志の皆様と善の連帯を築かせて頂くことができました。
 そして次は、いよいよ第3回、「青葉の誓い」に生き抜く東日本の地で同志の方々と善の連帯を築かせて頂きたいと思います。
 そして今日ここに、創価を憂う同志の皆様と共に、さらなる善の連帯を拡大していくために、第3回の座談会を4月29日(金・祝日)の14時から、「東北の地」で行なわせて頂くことを決意させて頂きます!

「苦難の烈風に叩きつけられ、倒れ伏した大地から、
 敢然と頭を上げ、立ち上がる姿をもって、
学会への理解と共感の輪を広げてきたのが、東北の同志である!」(新・人間革命)

 先生!先生!
 私たち池田門下は、師の仰せ通り!“民衆が主役の創価” “対話の創価”に必ず変えていきます!
 師匠がご存命の今この時に、師匠が仰る、民衆が下から上を変えていく歴史を断じて築いて参りたい!


第4回サイレントアピール(駅前)20160406






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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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