第17 職員懲罰委員会から「譴責処分」の通知(H23.10.5)

「悪と戦わなければ、悪を容認し、悪に加担するのと同じである。それは、すでに師弟を忘れ、信心を食い破られた姿だ。その根底は、『臆病』であり、『保身』であり、『背信』である。その『心の毒気』は、いつしか蔓延し、尊き信心の和合を壊していく。
 『もう、これくらいでいいだろう』──そんな中途半端な心が毛筋ほどでもあれば、悪の根を断ち切ることなどできない。毒気は断じて一掃し、吹き払わねばならない。
 『戦う心』が清浄な伝統をつくる。最後の最後まで、邪悪をすべて根絶するまで、正義を叫び抜く。この戦う学会精神を、身をもって未来に継承していただきたい。」(名誉会長指導)

 職員懲罰委員会の面談

 懲罰委員会から招集された私たちは、平成23年10月5日、午後1時45分に創価学会世界青年会館1階のロビーに向かった。
 青年会館のロビーに着くと、私たちを呼び出した懲罰委員会事務局の長崎氏が待っている。野口は長崎氏に、「なぜ面談の日時しか伝えず、呼び出しの理由を教えて頂けないのか。この懲罰委員会のやり方を疑問に思わないのか」と尋ねる。しかし、長崎氏は、「俺は別に疑問に思わないな」と平然と答える。
 しばらくすると、懲罰委員会事務局の神戸氏が私たちを呼びに来た。
 「では小平さん、移動をお願いします」
 まず小平が会議室に案内される。
 中に入ると、前回6月30日の懲罰委員会の面談同様、懲罰委員7名が一列に並んで座っていた。真ん中には、懲罰委員長の熊本氏、そして一番左隅に、前回は出席していなかった婦人部最高幹部の松江女史が座っていた。
 懲罰委員が座る列の前に、テーブルを挟んで1つだけ椅子が用意されている。小平はそこに座るように指示される。
 小平が着席すると、熊本委員長が小平の名前を確認して面談は始まる。
 熊本委員長は、「えー本日は、懲罰委員会として審議し、出した結論について、懲戒処分の通知をこれから小平さんに行ないます。」と、処分の通知文を読み始めた。

「①平成21年11月2日の昼、貴殿は、茨城氏と2名で、食堂の出口において、谷川佳樹事務総長に対し面談を迫り、谷川事務総長が断っても、さらに面談を迫った。
 ②平成21年11月4日、貴殿は、職場朝礼終了後に、突然、原田稔会長に対し面談を迫った。
 ③・・・・・・・・・・」

 熊本委員長は淡々と懲戒対象行為を読み上げた。
 そして最後に、
「貴殿の上記①ないし⑨の所為は、職場の人間関係に軋轢を生じさせ、職場環境を悪化させるものであり、職場の秩序保持を定めた就業規則第33条(服務上の注意事項)第2号『互いに協力しあい、より完璧をめざして勤務に励むこと』に違反するものであり、・・・・・。
 よって、当法人は、職員懲罰委員会の審議を経たうえで、貴殿を就業規則第70条(懲戒の種類・方法)第1号の始末書を取り、反省を求める『譴責』処分とします。その旨ここに通知します。平成23年10月5日、創価学会理事長正木正明。」と、一気に読み上げた。
 そして、「はい、じゃあ、これをお渡ししますので。」と処分通知書が手渡される。
 小平は「譴責処分」との結論を聞き、怒りが込み上げてならなかった。
 むろん排除するための懲罰委員会からの呼び出しである。懲戒解雇という最悪の事態を覚悟していただけに、解雇ではなかったことに対する安堵もあった。
 しかし、そもそも本部職員の問題を報告、相談するために、然るべき最高幹部に「面談を求めた」、「手紙を渡した」というだけで懲戒解雇に出来ないことは当然と言えば当然である。
 小平は懲戒になるような行動は何一つしていない。
 職場での小平は、自分のやるべき業務を拒否した訳でもないし、勤務態度が怠慢であった訳でもない。むしろ任された業務を真剣に取り組み、同僚や上司から信頼され、愚直に業務に励んでいた。
 平成21年の年末には永年勤続10年表彰も受けている。職場の秩序を侵害するようなことを何もしていない。
 小平はただただ無実の会員に罪を着せ、役職解任にまで追い込んだ学会本部のやり方、そして本部職員の問題を隠蔽し続ける本部指導監査委員会と本部執行部の問題を看過できなかっただけである。
 だからこそ、最高幹部である本部執行部に相談したいと思い、声をかけたり、手紙を書いたりしてきたのである。
 むしろ建設的な意見を伝えることは創価学会の発展につながると信じ、一回一回、勇気の声を上げてきたのである。
 それにもかかわらず、「互いに協力しあい、より完璧をめざして勤務に励むこと」に反していると結論された。
 しかも、前回の面談で渡された「懲戒の対象となる言動」という書面に書かれた行為に対して、合計4通の弁明書を提出してきたが、結局、事実に基づいて詳細に書いた弁明内容に対して、懲罰委員会からは一度の確認もなかった。そして、小平が弁明書に書いた内容は一つも採用されなかったのである。このやり方はどう考えてもおかしいと思えてならなかった。

 小平は必死に訴えた。
 「処分をする上で今言われた文章の中に、嘘・捏造がありまして、どこが嘘・捏造かは前回の弁明書でも伝えさせて頂いています」
 「創価学会の公式機関として結論をする以上、どのように判断したのかを一つ一つ通知して頂かなければ、この処分自体、不当に当たるのではないかと感じております。」と。
 しかし、熊本委員長は、
 「お出し頂いた弁明書については、すべてそれぞれ読んで頂き、関係者にもきちんと調査をし、その上で、あなたの一つ一つの言動が職場の人間関係に軋轢を生じさせる言動であったときちんと判断した。」と。
 熊本委員長は“きちんと判断した”と言うのである。
 しかし、もしそうであるならば、小平が弁明書で書いた事実を排斥した理由をしっかり説明すべきではないのか。また、相手方に当たる最高幹部がどのように証言したのかを公表すべきではないのか。
 しかし、判断理由を一切説明せず、ただ結論だけが伝えられる。これでどうして納得出来るというのだろうか。

 小平は尋ねる。「軋轢を生じさせるというのは、具体的にどこの部分の事でしょうか」と。
 しかし熊本委員長は、「どこの部分じゃなくて、そこに書いてある言動すべてです。一つ一つ。そこに書いてあるでしょ。」と小平の質問に答えようとしない。
 熊本委員長は終始、「創価学会の機関として検討し、その所属の一員であるあなたに対して出した結論です。だから、この処分通知にきちんと従って下さい。」と、結論に従わせようとするばかりであった。

 このまま終わるわけにはいかない。懲罰委員会は師匠のご子息であり秘書でもある宮城氏に小平が手紙を渡してきた行為すらも懲罰に当たるとされているのである。しかし、宮城氏は小平が渡そうとした手紙を自分から受け取っている事実がある。これは間違いのない事実である。

 小平は尋ねる。「宮城さんにも確認されましたか?」
 熊本委員長「関係者には、確認しました。」
 小平「宮城さんは受け取って頂いているんですよ。受け取って頂いて、『分かりました。ありがとう』って。」
 すると熊本委員長はニヤニヤして小馬鹿にしたように笑うのである。
 小平は悔しさに体が震えた。
 小平は真剣に伝える。「笑わないで下さい、委員長!」
 するとさらに馬鹿にしたように笑いながら
 熊本委員長は言う。「笑うよ!」
 小平は必死に「嘘があるんですよ!」と訴え続ける。
 しかし、熊本委員長は「ふっ、そっ、それはあなたの意見。」と鼻で笑う。
 小平 「発起人はどなたが発起人なんですか?」
 委員長「そんなこと、答える必要はないんです。」
 小平 「こちらが、弁明して伝えた内容もあるじゃないですか?その内容については、どのように判断をされたんですか?」
 委員長「お答えする必要はありません。」
 小平 「何でですか!」
 委員長「非公開です。」
 都合が悪いことを問われれば全て「非公開」。こんな論理が通用するならば、いくらでも勝手な判断が出来る。
 小平 「それだったら、一方の言い分だけ聞いていれば、こういうこと出来ちゃうじゃないですか!」
 委員長「そんなことありません。両方きちんと聞いた上で、判断しています。」
 小平 「だからどのように、検討したのか教えて下さい」
 委員長「だからその検討した内容というのは、あなたにお答えする必要はないんです。それだけの『権威』を持っているんです!」
 最後は、『権威』と言うのである。権威を振りかざして終わらせたのである。

 まさに“懲罰委員会には権威があるから従え!”まさに問答無用である。
 
 結局、小平が聞きたかったことには一切答えず、1週間後の10月12日までに始末書の提出を求められ、通知は終えられた。
 
 次に野口が呼び出される。
 野口が会議室に入り席に着くと、熊本委員長は一気に処分内容を読み上げる。
 「①平成21年11月11日、貴殿は・・・」
 野口に対する懲戒対象行為として8項目が読み上げられた。そして最後に、「貴殿を、就業規則第70条第1号の〈始末書を取り、反省を求める譴責処分〉とします。」との結論が通知される。

 8項目の中には、原田会長の代理として本部指導監査委員会の問題の調査に動いていた本部連絡局の松山局次長が、突然野口に絡み、散々野口を罵倒した行為が、なぜか野口の責任となり懲戒の対象とされている項目もあった。

 かつて私たちの親が、私たちの役職解任処分を見るに見かねて原田会長に手紙を書いたことがあった。その時原田会長は、調査と対応を連絡局の那覇局長と松山次長に命じた。しかし、松山次長たちは一部の親にしか連絡をしなかったため、親たちは困惑し2通目の手紙を原田会長に出す。ところがそれに気分を害した松山次長と那覇局長は、「座談会週間で忙しかった」と言い訳を始め、なんと調査の打ち切りを原田会長に申し出たのである。さらには、原田会長もそれを容認してしまうという信じられないことがあった。
 それ以来、松山次長は何とか調査を続けてほしいと思う野口の挨拶を無視するようになった。
 そして、半年ほど過ぎたある日、突然、松山次長から野口に声をかけ、「茨城君は広島に行くらしいね。買ったばかりの家はどうするんだ?奥さんも広島に行くのかな?」と尋ねてきた。松山次長が調査を打ち切りにしなければ、滝川、小平、茨城氏が配置転換されずに済んだかもしれなかった。
 野口は丁寧に、「なぜ茨城さん本人ではなく僕に聞くのですか?」と尋ねた。
 すると松山次長は形相を変え、「お前は何なんだよ!聞いちゃいけないのかよ!なんかお前、開き直ってるな!ふざけてる。悪鬼入其身なんだよ!」と怒鳴り始めたのである。
 野口は、「松山さん、何でそんなことを言うんですか。」となだめる。
 しかし松山次長は、「お前は悪鬼入其身だ。この親不孝者。職員なんてよくやってられるな。それでお金をもらってるんだろ。職員辞めろよ。消えろ。俺の前に二度と顔を見せるな。」と散々罵倒したのである。
 さらには松山氏の部下がいる前で野口を指さし、「こいつおかしいんだよ!」「消えろ!邪魔なんだよ!職員辞めろ!帰れ!」と罵声を浴びせ続けた。本当にありえないパワハラの言動であった。
 野口は松山次長と一度しっかり話し合わなければならないと思った。そして、勇気を出して松山次長に電話し、謝罪と説明を求めたのである。
 しかし、懲罰委員会はその野口の行為に懲罰を下したのである。
 松山次長のパワハラは罰せられず、パワハラを受けたことに対して謝罪と説明を求めた野口の行為が逆に懲罰となったのである。

 野口は熊本委員長に必死に訴える。
 野口、「私としては、人間関係に軋轢を生じさせたくないからこそ、お話を聞いて頂きたいとお願いしました。そこは汲み取って頂けないのでしょうか。」と。
 しかし熊本委員長は、「これが職員懲罰委員会としての結論です。」「その審議内容については、これは非公開ですから、あなたにお答えする必要は無いんです。」と冷たく突き放す。
 野口は、弁明書に書いた内容がどのように判断されたのか、何度も説明を求める。
 しかし、熊本委員長は、「審議内容は非公開です。」「あなたにお伝えする必要はない。」と繰り返すのである。
 すると、書記の役割のはずの大分職員局長が突然、割り込んでくる。
 たった一人の懲罰対象者を排除しようと熊本委員長を必死に守るのである。

 「野口さん!いずれにしても、弁明書を2か月間かけて審議した結論で、今日は通知の場なんです。」と。

 そして、始末書を10月12日までに提出するように指示し、はやく面談を終えようとするのである。
 
 野口は思う。自分は職員として、組織の秩序を維持するために本部の決定に従うべきであるとの考えも承知している。しかし真に組織の秩序を守るとは、師匠の指導を実践することではないのか!
 「不正を見たならば、声を上げよ!」これが師匠の指導である!
 ならば、その実践こそが、真に創価を発展させ、組織の秩序を守ることになるのではないか!
 このまま始末書を提出すれば、松山次長のパワハラ行為をも容認することになる。それは、力を持った人間に従えば守られ、従わなければ排除されるという本部の「力の論理」を、結果的に認めることになる。
 それは師への裏切りである!
 しかし始末書の提出を拒めば、これまで以上に苦しい状況に置かれることは容易に想像がつく。
 野口は葛藤した。
 しかし、苦しい時にはいつも師匠の声が聞こえてくる。

「たとえどんなに小さなことであっても、同志を苦しめる悪を、絶対に見逃してはならない。放っておけば、その毒気が、いつしか全体に蔓延して、清浄な和合の世界が破壊されてしまう。」(名誉会長指導)
「沈黙は敗北である。悪に対して、おとなしいのは、悪である。正義を叫び抜くことだ。」(名誉会長指導)

 野口は意を決して話しはじめた「(始末書を)出さない場合はどうなるんでしょうか?」
 熊本委員長「それは別途、出さなかったということをどう対処するか。それはそれでまた検討することになります。」
 野口、「次の段階ということですか。」
 熊本委員長、「そうです。」

 監査のときと同じやり方である。またしても従うまで処分を下そうとするやり方である。
 ただ“本部の決定に従えばよい”という「対話の創価」とは真逆の考えに怒りが込み上げてくる。野口は怒りに体が震えた。

 そして、野口は委員長を見つめて語った。

 野口「話を聞いて頂けない懲罰委員会のやり方を、先生が正しいとおっしゃるんでしょうか。」
 すると熊本は、何の躊躇もなく平然と言いのけたのである。

 熊本「おっしゃります。」

 ここまでおかしなやり方をしておきながら、「師匠が正しいと仰る」と言えるのである。これが本部の公式機関である。
 もはや懲罰委員会には師匠のお心は一切ない。

 師匠の精神が蔑ろにされ、対話のない学会本部の深刻な実態を、野口は改めて感じたのである。

 懲罰委員会の杜撰な調査と面談

 最後に、滝川が呼び出された。
 熊本委員長は、滝川が席に着くなり淡々と通知書に書かれた各項目を読み上げ、最後に「始末書を取り、反省を求める譴責処分とします。」との結論を言い渡す。
 黙って聞いていた滝川は、受け取った『懲戒処分通知書』に目を落とし、懲戒の対象行為とされた項目をよくよく確認する。
 そこには、前回の6月30日の面談で渡された『懲戒の対象となる言動』という書面に書かれてあった項目が、一つ削られていたからである。

 6月30日の面談の際、滝川の『懲戒の対象となる言動』の第一項目には、滝川が小平、野口と一緒に学会本部の長谷川本部長(現・理事長)に手紙を渡しに行った場面が取り上げられていた。
 しかし、その日は平日であり、滝川はいつも通り職場である横浜池田講堂に出勤していたのである。つまり滝川はその場に行っていない。
 それにもかかわらず、滝川が平日の朝に学会本部の長谷川本部長を訪ねたことにされ、『懲戒の対象となる言動』に挙げられていたのである。
 一体、懲罰委員会はどのような調査をしているのか。
 確認すればすぐに分かるような嘘の供述で、懲罰にかけてしまうことは問題ではないのか。
 疑問に思った滝川は、熊本委員長に尋ねた。
 すると、熊本委員長は「提示された『懲戒の対象となる言動』に嘘があったならば、証言者がどんな立場であれ、懲罰委員会として問題にする」と明言したのである。

 “嘘があったならば懲罰委員会として問題にする”
 その言葉を聞いた滝川は、懲罰委員会宛の弁明書に以下のように書いた。
 「少し調べればすぐに虚偽と判明する内容にもかかわらず、懲罰にかけるためにあまりに杜撰な証言をもって職員懲罰委員会という創価学会本部の最重要機関を動かした人物こそ、懲罰委員会にかけるべきであると思うのです。
 虚偽の内容で一職員を懲罰にかけようとした責任はあまりに重大であり、一般職員には出来ない芸当であります。
 この権力の乱用を一度許してしまえば、組織において一部の特別な立場の人間に左右される創価学会になってしまう。」と。

 そして、今回の面談で、このことについてはどうしても確認しなければならないと思っていたのである。嘘の内容で懲罰にかけた発起人の責任問題を、懲罰委員会に取り上げてもらわなければならない。

 滝川は、「最後に一つ、お伺いしたいのは、僕はこの出された懲戒の対象に対して、第一項目で僕はいなかったにもかかわらず、なぜそこは・・・」と話を切り出す。
 しかし熊本委員長は、滝川が言い終わらないうちに、「そこは抜いてます」と言葉を被せる。
 そして、「それはあなたの言うとおり、その場にはいなかった。だから、その項目は外しています。」と必死に誤魔化し始めたのである。

 あまりにも言っていることとやっていることが違い過ぎると思った。
 前回の面談で、“嘘があったならば懲罰委員会として問題にする”と言っていた熊本委員長の言葉は嘘だったことになる。
 しかも懲罰委員会は、発起人を懲罰にかけるどころか、発起人が誰なのかさえ明かさないのである。
 滝川は、さらに話を続けようとする。
 しかし、咄嗟に、書記役の大分職員局長が割り込んでくる。
 「滝川さん、これ以上ちょっと時間がないんで、ね、あのー、10月の12日、提出して頂けることを待ってますから。」
 そして強引に通知は終了されてしまう。
 滝川は、悔しさに身体を震わせながら、目の前に並ぶ懲罰委員に向かって伝えた。
 滝川「僕はここに一人でも対話が出来る人がいると思っていました。」
 大分職員局長「ご苦労様。」

 こうして、懲罰委員会の審査は終えられる。

 審査後、受け取った通知書の内容をもう一度確認する。
 すると6月30日の段階で「懲戒の対象となる言動」とされた私たちの行為は、ほぼそのまま「懲戒の対象」として通知書に書かれている。まさに“コピペ通知書”である。「はじめから結論ありき」の審査であったことは明白であった。
 その審査に対し、懲罰委員会は、自己の非を認め謝罪するように迫る始末書の提出を要求してきたのである。

 間違っていないと思っていることに対して謝らせ、再発防止を誓わせる。
 そして、これに従わねば、「本部の決定に従わなかった」とレッテルが貼られ、そのレッテルは従うまで剥がされることはない。あの監査の時とまったく同じやり方である。
 審議内容を一切明かさない密室的なやり方。
 独善的であり、力と権威を振りかざすやり方。

 もはや、師匠の創価にあってこれを容認したならば、弟子として今世を生きる意味を失うことになる。
 負けられぬ!断じて負けられぬ!

「他人ではない。自分である。大事なのは、わが信念に生き抜くことだ。
 人がどう評価しようと、自分は正義のため、妙法のため、民衆のために生き抜いていく。これが学会精神である。真実の信仰なのである。」(名誉会長指導)

 私たちはこの不当な譴責処分と懲罰委員会のやり方に従うことは出来ないと思った。
 ゆえにその後、懲罰委員会に対して問い合わせをしていくことになる。

 そうした渦中に、聖教新聞社の前代未聞の金銭横領疑惑の関係者とされる水戸氏が、一会員の聖教新聞減部の申出を断り、さらに信仰心を否定するという事件が惹起していくのである。
 この明らかに狂った職員水戸氏の振る舞い、そして水戸氏を擁護する本部職員のやり方に対し、私たちは本部執行部に対応を求めて連絡をしていく。
 しかしそうした連絡行為を理由に、私たちは懲戒解雇を下されていくのである。





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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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