■② 学会本部の師匠利用の実態と私たちの決意

 先日の学会本部前での「サイレントアピール」について

 平成27年12月14日付けの当ブログで書きましたが、私たちは、平成27年12月21日(月)に、創価学会本部の前で「サイレントアピール」を行ないました。
 創価学会が安保法制を容認し続けていることは、創価三代の師匠の精神に違背する暴挙である。そのことを、学会本部と本部職員に訴えるためです。
 初回である今回は、多数の本部職員が出勤する時間帯の朝7時30分から9時までの1時間半、信濃町駅から広宣流布大誓堂に向かう通りの歩道で行ないました。その後、朝9時から9時30分までは、広宣流布大誓堂前の歩道(公道)に立ちました。
 そして自作した2つの「横断幕」に、
『安保法制の容認について「師匠の了承」の有無を公表すべき』
『安保法制の容認は創価三代に違背している』
とのメッセージを掲げました。

 当日、一人でも多くの本部職員に訴えたいとの決意で、3人で横断幕を掲げて立ちました。
 多くの職員が、眉間に皺を寄せながら、私たちとは目も合わせずに横を通過していきました。中には、横断幕を掲げて立っているのが私たちであることに気付くと、途端に、目を背ける職員や、睨みつけてくる職員もいました。私たちと同期の愛知全国男子部長は、私たちを避けるように、途中でUターンして迂回するなど、不審な動きをしていました。
 創価学会の外郭団体である日光警備保障の警備員も複数人来て、終始私たちを監視し続けていました。そのうち2人の警備員は、同じ地元組織の同世代の男子部員でした。
 また、地元ナンバーのミニバンが、私たちの前をゆっくり通過しましたが、その際、後部座席のカーテンの隙間から私たちをカメラで撮影している姿が見えました。本部に都合の悪い人間は反逆者である。だから、その反逆者を監視する。その動きを見つめながら、本部に師匠はいないことを感じてなりませんでした。

 しかし、そうした中でも、私たちの前を通りがかったご婦人は、「ブログを見ています。頑張ってください。」と一言声を掛けて下さいました。また、道端の男性からは「俺も反対なんだよ。最近の公明党は問題だと思っている。」と近づき伝えて下さいました。
 立ち止まって横断幕を見ながら頷く子連れのお母さんや、「チラシは無いの?」と尋ねてこられる年配の方もおりました。
 大きな模造紙を掲げ異様な姿に見えるだろう私たちに、寒い中、励ましの声をかけて下さる。今の創価学会を取り巻く現状の中で、私たちに声をかけることが、どれほど勇気あることか。
 その心に、ただただ感謝しかありませんでした。「師匠は民衆の心の中に厳然とおられる」心からそう感じてなりませんでした。
 そして、職員の中にも、「風邪をひかないようにね」と優しい言葉をかけてくれた先輩職員もいました。本当に嬉しく思いました。
 本部職員の皆が皆、本部執行部の方針に心から納得している訳ではない。師匠が表に出られなくなった今、学会本部の中では、本部執行部の指示に盲目的に従う職員と、そうでない職員の二つに大きく分かれているように感じます。
 今の本部執行部のやり方は、師匠の仰せとは異なると感じている職員が少なからずいるのだと。

 そもそも、安保法制の考え方は、戦力・武力を前提として「抑止力(暴力的手段)」を使い、「平和」を築こうとするものです。
 これは、創価三代の師匠が命がけで訴えてきた「対話(平和的手段)」によって「絶対的平和」を築く考え方とは真逆であり、三代の精神を崩壊させる暴挙であることは明らかです。

 本来、これほど重大な決断をするのであれば、創価三代の師匠である池田先生の「了承」を取り、その了承された意味を、内外に伝えていくことは必須です。なぜなら、“先生が安保法制を容認することなどあり得るはずがない”と思うのは、弟子として至極当然だからです。
 しかし、学会本部は、「安保法制」に対する師匠の「了承」については一切公表していない。
 それに対し、新「勤行要典」の制定は、宗教の教義についての内容だからとでも言いたいのか、本部は師匠からの「了承」を取ったとして、聖教新聞に公表している。(むろんこの了承についての先生の具体的なスピーチもメッセージもない。)
 しかしどう考えても、安保法制「容認」という創価学会の根幹に関わる問題と、時と共に形を変えてきた「勤行要典」の変更という事案とを比べたならば、安保法制容認は創価の存在に関わる重要すぎる問題である。しかし、これ程重要な問題である安保法制容認については師匠の「了承」は公表しない。

 創価学会の誕生は、初代会長牧口先生・二代会長戸田先生が全生命をかけ「戦争に反対」した、迫害の歴史から始まる。初代は軍部権力に反対し獄死。二代は「悲惨の二字」をなくす大闘争。会員ならば、誰もが知るところである。創価学会は「人間を手段とする」権力の魔性による迫害からうまれた。その権力の魔性の象徴とも言える「戦争」、この歴史を繰り返さぬために、三代である池田先生は平和実現に向けて公明党を誕生させた。
 しかしその公明党は安保法制を推進し、学会本部は安保法制を容認し法案は成立。三代の師匠が命をかけて戦い抜いてきた歴史を、本部は師匠の「了承」なしに容認し、成立させ、破壊したのである。
 もはや、三代の師匠に対する、あってはならぬ弟子の裏切りである。
 しかし聖教新聞には、師匠は今回の安保問題を知ってか、知らないのか、連日に渡って「わが友に贈る」、「新・人間革命」、各種会合への「メッセージ」が掲載される。師匠はご健在であり、御意志も健在であるかのように。
 だが、不思議なことに、師匠の指導、メッセージには、これだけ多くの会員が声をあげているにも関わらず、一切安保法制には触れられない。全く触れないのである。三代の創価の精神を破壊する問題であるにも関わらず。
 もはや、師匠は何をお考えになっているのか、誰の目から見ても不自然すぎる状況である。

 私たちが学会本部に対して、“安保法制容認がおかしい”とのサイレントアピールを計画した理由。それは、本部が安保法制を容認したという結果によって、今現在、師匠の書かれているあらゆるメッセージ(新人間革命・その他出版物など)には、「師匠のご意志が無い」と確信したからです。
 今まで「師匠のご意志がある」中で、師匠に代って代筆されてきたメッセージには、大きな意味と大きな価値、そして厳然たる師匠のお心がそこにはあった。
 しかし、本部が安保法制を容認し、創価三代の師に違背したその瞬間から、師匠のご意志の無い代筆は、師匠を利用し、本部の裏切りを正当化する手段として使われているものになっている。
 なぜなら安保法制に不安を抱える多くの会員さんは、現在、先生のメッセージや写真が、聖教新聞や出版物に掲載されることで、「やはり師匠はご健在である。」「師匠がおられるならば間違いはない。」「政治のことだから、師匠がご健在ならばきっと、大きな意味があるのではないか」と安心される。
 本部はその純粋な会員の心を利用した。選挙に勝つために。
 「師匠は御健在である。ゆえに本部に間違いはない。」
 昭和54年の裏切りを彷彿とさせる本部の「安保法制容認」という問題は、師匠のメッセージが新聞や出版物に掲載されればされるほど、会員の安心と共に風化していく。

 「師匠の意志無き」代筆。
 もはや、師匠を装った代筆は、本部の背信行為を正当化するための先生利用となっている。権力の魔性に命をかけて戦いを挑んだ三代、その精神に違背した「選挙協力」からの安保法制容認。そこに三代のお心は微塵も感じない。

 これまで、師匠の仕事のやり方を見させて頂いてきたこと

 私たちは、学生時代に、師匠の仕事のお手伝いを行なう「池田学校」(グループ)に所属していたり、本部職員に採用されてからは、師匠の仕事を任される「会員奉仕局」という職場に所属したりしていた。そこで、師匠がご自身の仕事を弟子に託されている実態を見て来た。

 小平と滝川が10年に渡って所属した会員奉仕局では、師匠から会員の方々に対して贈られる師匠の「書籍」や「和歌」、「押印和紙」に、師匠の印鑑(「大作」印)やデート印(「2009.3.16」などの日付印)を押すという業務をさせて頂いた。
 一つ一つ、師匠の代わりに押印させて頂く重責を感じつつ、胸中で題目をあげながら貴重な業務をさせて頂いた。
 会員奉仕局への指示元であり、師匠の秘書業務を担う第一庶務には、師匠の代行で、「メッセージ」を作るチームがあった。そのチームは、全国、全世界の会員の方々に師匠からのメッセージを発信する。
 全世界に広がるSGIでは、一日に何百という数の会合が開かれる。日本の組織だけを考えても、全国の分県・総区・分区の組織数を考えれば、創価学会の一日の会合の数がどれだけ多いかは、想像がつく。小平と滝川は、第一庶務のそのチームが会合へのメッセージを作成している現場を見て来た。
 毎日の聖教新聞の「新・人間革命」や「わが友に贈る」も、師匠は弟子に一任されている。聖教新聞社の記者から下書きの内容が送られ、第一庶務の中心者がチェックをして完成させる。
 また、師匠と世界の識者との対談集の作成も、師匠から弟子に任されるようになっている。小平は、師匠と対談集を編まれている、ローマクラブのヴァイツゼッカー博士と平成25年12月17日に名古屋でお会いした。その後、氏とメールでやり取りをし、「池田名誉会長との対談集は、直接名誉会長と会って作っている訳ではなく、ドイツSGIが間に入ってくれて作っている。池田先生とは数年前に創価大学の卒業式で一度会っただけなのです。」と教えて下さった。
 こうした師匠と海外の識者との「対談集」についても、実際は師匠が聖教の局長、部長クラスの新聞記者に著書の大方針を伝え、その後は担当した弟子(記者)が作成している。
 私たちが知る限りでも「会合等へのメッセージ」「新・人間革命」「わが友に贈る」「対談集」などは、師匠が弟子に作成を託されている実態があった。

 師匠の執筆活動や対話の活動、会員への激励のスケールは非常に大きく、百人を超える本部職員が陰で行なっていた。
 師匠が未来永劫に渡る弟子のため、広布のために原理原則を書き遺して下さっている。そこには厳然と師匠の御意志と精神があった。師匠の御意志と精神には「会員の幸福」しかなかった。ゆえに、師匠の御意志のある代筆されたメッセージには、感動と、正義と真実があった。

 師匠が意思表示されているとは思えない学会本部の実態

 しかし、私たちはここ数年、聖教新聞などの内容の変化に、不自然さを感じてきた。
 以前は、師匠の「長編詩」や「随筆」が聖教新聞の2、3面を見開きで使って連載されていたが、今は皆無となっている。

 聖教新聞に連載の「新・人間革命」についても、昔は命から込み上げる感動があった。そこには、師匠のご意志が入っていると感じられるものだった。
 しかし、最近の「新・人間革命」では、過去の事実が淡々と時系列に沿って書かれている印象があり、命が揺さぶられるような内容が少なくなっているように感じてならない。
 大白蓮華の「池田名誉会長の御書講義」も、本年11月号では「退転者に見られる共通点」との小見出しを付けるなど、マイナス面の見出しとなり、威圧的な表現が使われている。内容的にも、歴史的事実の記述や、語句の意味の説明が多くなり、創造的な内容が少なくなってきているように感じてならない。
 また、平成26年以降、本部幹部会が毎月の開催から2カ月に一度となった。師匠が、「勝利のリズムをつくりゆく回転軸が、毎月の『本部幹部会』である」(平成10年8月26日付け聖教新聞掲載、随筆 新・人間革命「本部幹部会とともに」)と言われてきた本部幹部会を理由もなく変更していく流れも明らかにおかしいと感じてならなかった。

 そして、本部に師匠の意思が無いことを確信した今回の安保問題だった。
 平成26年5月17日、学会本部は、安保法制に対して、
 「私どもの集団的自衛権に関する基本的な考え方は、これまで積み上げられてきた憲法第9条についての政府見解を支持しております。したがって、集団的自衛権を限定的にせよ行使するという場合には、本来、憲法改正手続きを経るべきであると思っております。」(平成26年5月17日付け産経新聞)と見解を表明する。
 この学会本部の公式見解は、これまで三代の師匠が築き上げてきた平和思想に適ったものであり、師匠の精神、ご意志が感じられるものだった。
 ところが、その1か月半後の同年7月1日、学会本部は突然、
 「公明党が、憲法9条の平和主義を堅持するために努力したことは理解しています」との見解を表明したのである。
 まるで手のひらを返すように。
 これは憲法9条の解釈を変更して集団的自衛権行使を容認する閣議決定を行なった公明党を擁護する発言だった。

 会員であるならば誰もが、学会本部が憲法解釈変更に対する見解を変えたことを知った時、おかしいと感じたはずである。
 なぜなら、安保法制の容認は、師匠がこれまで貫かれてきた絶対平和主義の思想に明らかに矛盾するものだからです。師の思想に間違いなく違背しているからです。

 社会的にも安保法制の話題は広がりを見せる。国会周辺などで12万人ものデモが起こる。日本中で知らない人間がいないほどの問題となっていく。
 そして、創価学会員の中でも、“師匠の仰せに反する”として、創価大学の教員たちが安保法案反対の署名を募る声を上げる。
 また、一人の勇気ある学会員が公明党本部に9177筆もの安保法案の白紙撤回を求める署名を届けたこと、さらに安保法制反対の意思を示して公明党を離党までして師匠の正義を訴え続けている愛知県の町議会議員の方のことなども、大々的に報道されていく。
 しかし、本年8月、学会員が三色旗を掲げて安保法制反対のデモに参加していることが報道されると、学会本部は
 「法案をめぐる会員の集会や動きは関知せず、公認したものでもありません。当会の名前と三色旗が政治的に利用されることは大変遺憾です」(平成27年8月30日付け東京新聞朝刊)とコメントしたのである。
 已むに已まれぬ気持ちで、勇気の行動を起こした会員を、あろうことか冷たく非難したのである。
 学会員は、三代の精神を護るために懸命に声をあげた。絶対に正義である。それにも関わらず、学会本部から遺憾の矛先とされたのである。
 あまりに、おかしい。むしろ、立憲主義に反し、なし崩し的に憲法第9条の解釈変更を行なったことについて、公明党が明解な説明が出来ていないことが問題なのである。本部が遺憾の矛先を向けるべきは、学会員ではない。公明党である。全く的外れと言わざるを得ない。

 もはや、学会本部のこの冷たいコメントには、「会員こそわが命」とされる師匠のご意志が明らかに入っていないと感じざるを得ない。師匠は、完全に意見が言えないところに追いやられているか、御病気のため、ご自身の意志が表明できない状態にあるという危惧を抱かずにはいられなかった。
 
 さらに、平成27年9月2日には、師匠の御友人であり、「平和学の父」であるヨハン・ガルトゥング博士が「安全保障関連法に反対する創価大学・創価女子短期大学関係者有志の会」に対して、声明文を寄せられた。
 安保法案反対について
 「私の古くからの友人である池田大作氏に呼びかけます。」と。
共闘を願うメッセージを送られたのである。
 しかし師匠からは、このガルトゥング博士の呼びかけに対して、未だに何ら反応もされていない。

  (名誉会長指導)「一度結んだ友情は絶対に裏切らない」

 師匠がともに対談集も編まれた「平和学の父」である知己からのメッセージ。一人の会員に命をかけられる師匠が、友人からのメッセージを無視されることなど絶対に、絶対に考えられない。

 さらなる驚きは、平成27年11月17日、執行部の新体制人事が発表され、74歳の原田会長の続投が決定する。
 任期は78歳まで。前の会長であった秋谷氏でさえ、76歳で会長の任を終えている。同時に理事長が、61歳の正木氏から74歳の長谷川氏に交代となり、一回り以上も高齢化する。
 この人事が、師匠が望まれる青年学会の人事なのか。
 その人事を聖教新聞で読んだ時、なぜか自然と涙がでた。一番青年を愛し、青年学会を目指されていた師匠を思い、涙が止まらなかった。

 今、師匠は、ご自身の意志を表明出来ない御容体にあるのではないかと考えざるを得なかった。いや、そうした容体であれ、ご健在であれ、すべては御仏意であり、師匠は弟子に一切を託したのだ。
 ならば、今こそ弟子が声をあげる時ではないか。54年を断じて繰り返してはならない、そう感じてならなかった。

 しかし、未だに聖教では、連日に渡り、池田先生のメッセージが掲載されるのである。
 もはや、これ以上、師匠を利用するのは止めるべきである。師匠を利用するにはもう限界がきている。
 師匠をこれ以上利用することは、師匠の顔に泥を塗りつけることになる。ただただ会員を思い、会員に命を捧げ、会員のために生き抜いた師匠。もう御意志なき代筆はやめるべきである!
 師匠を使うのではなく、三代の精神を護るためにはどうすれば良いのかを考え抜く、その時が来ているのだ!
 これ以上、師匠を使い、自らを護る本部に、師匠の精神はない!!

 学会本部の師匠利用の実態と私たちの決意

 先日12月9日、聖教新聞に師匠が東京の大田池田文化会館を訪問され、展示を観賞されたという記事が掲載されていた。しかし、師匠の御写真は一枚も紹介されない。全国の会員の方々が心待ちにしているのは、お元気な師匠のお姿を聖教新聞紙上で拝見することである。
 それでも、明年2016年の聖教新聞元旦号から、『新・人間革命』の新たな章「常楽」がスタートする予定となっている。新聞には会合などに対する師匠からのメッセージを掲載し、明年の元旦号からは『新・人間革命』の連載も再開するという。

 師匠はご健在で『新・人間革命』の御執筆を再開される。多くの学会員が喜ぶ。
 そして、徐々に本部が三代の精神を裏切った「安保法制容認」を忘れていく。三色旗を掲げデモに参加した会員、公明党を離党した議員、創価大学の教職員や学生ら多くの会員が、師匠の精神を護ろうと「容認」に反対の声をあげたことが風化されていく。
 そして、師匠はご友人への返事もなく、安保法制反対を貫き迫害される会員への言葉もなく、『新・人間革命』の連載を再開。
 師匠を矢面に立たせることで本部への批判をかわす。青年学会を目指された、師匠のお心を失った人事の矛盾すらかわしていく。

 そして、明年夏には選挙がある。支援の戦いがはじまる。純粋に信仰活動に取り組む会員さんに公明党を支援するよう働きかけ、会員さんは支援活動を信仰の戦いと捉え、懸命に友人に支援をお願いする。

 本部はただただ選挙に勝つために。そして創価学会の勢力を示すために。そのために、師匠を表に立たせ、会員の真心を利用する。

 今の私たちは本部職員でもなければ、会員でもない。しかし、本部の前で模造紙を掲げて立った時、師匠はどこまでも我が胸中におられることを感じ、感動が込み上げてきた。このために本部の職員であったのだと思い、感謝に心が震えた。睨みつける職員の姿に、師匠はやはり私たち弟子の胸中で、永遠の師匠として厳然とおられるのだと感じたのです。
 そして、私たちは師匠が築いて来られた正義の歴史に泥を塗るような本部のやり方を、絶対に「容認」してはならないと思ったのです。

 ゆえに、真正面から声を上げる時が来たんだと思ったのです。
 私たちは、これからも学会本部、そして本部執行部に対して、「安保法制を容認することは三代の師匠に違背する」こと、「安保法制を容認することについて『師匠の了承』を得たのかどうかを公表すべきである」ことを訴え続けていかなければならないと思っています。
 もし、学会本部そして本部執行部が、“師匠を利用していない”と言うのであれば、師匠のご意志が分かるビデオメッセージや音声メッセージで『師匠の了承』を示すべきだと考えます。

 それが出来ないのであれば、学会本部の安保法制容認は、選挙協力のために会員を手段とした、権力の魔性に敗北した姿である。ゆえに、師弟の声を上げなければならないと思っています。
 明年も私たちは声を上げ続けます。そして、第2回目のサイレントアピールを、平成28年1月9日(土)に学会本部前にて行なうことを考えています。


先生!
私はまだ本部に師匠がおられると思い
声をあげるべきではないのでしょうか

先生!
師の精神を護るために
会員が傷ついています
誤解をうけ迫害をうけています
私は本部のやり方を
認めるべきでしょうか

先生!
私は師匠がご健在であることに
疑問も不安も抱えることなく
本部のやり方を
認めるべきなのでしょうか

先生!先生!

師匠ならば断じて仰る

あなたが時を創りなさい!
あなたが正義でありなさい!
あなたが創価でありなさい!
あなたが納得して生きなさい!
ならば
今こそ、師匠を胸に行動を起こす時である!
今世の弟子の使命を断固果たす時である!

師は厳然と
わが胸中におられる
師の仰せ通りに生き抜くかぎり
己の中に
「永遠の師匠」が
輝き続ける

真っ暗な闇に覆われようとも
師の一言一句が
私の進むべき道を
照らし出す

「永遠の師匠」
それを決めるのは己である
わが行動である

私は
師が築き上げた
平和の城を守るため
今こそ
三代の旗を掲げて立ち
勇気の声を上げ抜く!
三代の精神を護ることが
私の生きる目的であると
胸を張りながら!
叫び抜くのだ!!
三代の精神を護れ!と力の限り!


第1回サイレントアピール(駅前2)20151221(拡大)



第1回サイレントアピール(大誓堂前)20151221
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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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