第14 職員懲罰委員会が作成した『懲戒の対象となる言動』に対する弁明(H23.6.30~H23.8.16)

「不幸の源を塞げ!世の濁乱の根を断て!『破邪』なくして『立正』はない。心の底から民衆の幸福を思うからこそ、勇敢に邪悪と戦うのだ。戦わないのは無慈悲であり、戦えないのは臆病である。」(名誉会長指導)

己の「力」を何に使うのか
暴力なのか 武力なのか

私は
私の「力」の全てを
平和のため
人間の幸福のために尽くしたい
邪悪を破り
正義を貫き
人間の信頼を結ぶために
勇気を出して対話する

自分が自分を支配し
正しく生き抜くこと
そこに
私の
私にしかできない挑戦がある

他人との戦いではない
己の弱き心との戦いである
悪を見たならば 断固戦い抜く
権力の抑圧にも 断固屈しない
ここに
創価三代の師匠の精神がある
ならば
私は
いよいよ勇気を出し
命をかけて声を上げゆく!


 平成23年6月30日の懲罰委員会の面談が終わり、私たちは各々地方に戻り、毎晩、弁明書の作成に取り掛かった。手渡された『懲戒の対象となる言動』と向き合い、必死に題目をあげる。
 懲罰委員会を動かした本部最高幹部たちの意図は、はっきりとは分からない。しかし、「懲罰」を与えることで、本部職員や学会本部の不正に対して声を上げる私たちを威圧し、口を封じようとしているように感じてならない。
 振り返れば振り返るほど、本当におかしな面談であった。

 あまりにも、こちらの話を聞こうとしない問答無用の面談のやり方に、小平は尋ねた。
 「池田先生は(この懲罰委員会の動きを)ご存じなんですか?」と。
 しかし熊本懲罰委員会委員長は、「あの、あなたとね、今は別に論争する場じゃないから。」と言って小平の質問には答えない。
 小平にはその熊本委員長の様子が、ただ話を誤魔化しているように感じられた。
 この熊本委員長の振る舞いから、師匠には何も伝わっていないことを感じる。本部の最高幹部たちが、重大な本部の問題を師匠には何も報告せず、逆に懲罰委員会を使って隠そうとする。今や本部は、一部の幹部のやりたい放題になっていることを感じてならない。

 『懲戒の対象となる言動』には、私たちが本部最高幹部に懇談をお願いしたり、師匠の秘書に手紙を渡そうとしたりする行為が、1年半も前のものまで遡って列記されている。小平は原田会長以下最高幹部ら6名に対する行為を12項目、滝川は5名に対する行為を6項目、野口は4名に対する行為を8項目取り上げられている。
 懲罰委員会は、これらの『懲戒の対象となる言動』の各項目は、“書面に記載されている相手方最高幹部の証言をもとに、懲罰委員会が作った”と説明していた。しかし、私たちに対しては、事前には一言も事実確認をしてもらえることはなかった。一方当事者の話だけを聞いて作成した項目である。
 あり得ないと思った。このようなやり方は、不公平な手続きであると感じざるを得ない。
 また、処分の対象となった各項目は、全ての項目において事実が間違っているか、または“原田会長に対し面談を迫った”、“長谷川本部長(現・理事長)と口論となった”、“青森事務総長に面談を迫った”など、私たちの行為が誇張・歪曲化され、不当な評価がなされている。

 例えば『懲戒の対象となる言動』には、平成21年11月24日の出来事が取り上げられている。
 同日朝8時20分頃、小平、野口、茨城氏の3人は、長谷川本部長の執務場所である創価文化会館2階の総合センターを訪ねた。そして、朝の勤行会が終り、席へ戻ろうとしていた長谷川本部長に声を掛け、事前に用意してきた面談の約束を取るための手紙を渡し、速やかに退出しようとした。しかし、長谷川本部長から「何で今ごろ来たんだ」と叱責され、その場で10分ほど長谷川本部長の話をお聞きすることとなった。
 まず、この日、滝川はその場に行っていない。しかし、『懲戒の対象となる言動』では、この日、滝川もその場にいたこととされているのである。平日の朝であり、滝川は勤務先の横浜池田講堂に通常通り出勤しており、明らかに「嘘」であった。滝川は、「嘘」の事実によって懲罰を受ける危険にさらされてしまっているのである。
 また、この出来事について、小平に対する『懲戒の対象となる言動』には、
「貴殿が,茨城氏,滝川清志氏,野口裕介氏と4人で事前の約束なく,役員室を訪問して,執務中の長谷川本部長に対し面談を迫った結果,長谷川本部長と口論になった」と記載されていた。
 しかし、これは長谷川本部長とのやり取りの事実を著しく歪曲するものであった。

 まず「事前の約束なく」とあり、事前に約束していないことが問題であるかのように書かれている。しかし、この日の3人の行為は、そもそも「面談をして頂けるよう、事前に約束を取るために席まで伺った」行為だった。最高幹部の一人である長谷川本部長に対し、自らが足を運ばずに、最初から電話やメールで面談のアポイントを取るようなことは、明らかに社会常識に反する行動である。だからこそ、直接、席に伺ったのである。それも、多忙な長谷川本部長に時間を取らせないよう、事前に面談をして欲しい理由を手紙に書き、その手紙を渡せれば退室する予定であった。長谷川本部長に手紙を読んでもらった上で、話を聞いて頂けるかどうかを判断して頂きたいと考えていたのである。
 その「事前の約束をお願いする行為」すら、懲罰対象行為とされていたのである。この行為で懲罰を受けるならば、長谷川本部長に懇談をお願いする方法は無い。

 また、「執務中の長谷川本部長に対し面談を迫った」と記載されている。しかし、訪問した時間帯は朝の勤行会後の就業時間開始前である。長谷川本部長が着席する以前に立ち話で終わっており、長谷川本部長が「執務に入る」前に私たちは退室している。「執務中」であったとするには無理がある。
 3人は、ただ長谷川本部長に面談の約束を取るための手紙を渡そうとしただけであり、“その時”、“その場で”長谷川本部長に“面談を迫った”事実はない。

 そのうえ、「長谷川本部長と口論になった」事実もない。3人は長谷川本部長に手紙を渡そうとしたところ、長谷川本部長が叱責し始めたのである。3人は長谷川本部長の話を聞きつつ、誤解がある箇所については誤解を解こうと応答したに過ぎない。そもそも手紙を渡そうとし、その手紙を最後に受け取って下さった一連の流れが、懲罰の対象となるような「口論」に発展するはずがない。

 このように、『懲戒の対象となる言動』には事実が著しく歪曲されていたため、私たちは必死に弁明書に経緯と事実を記載した。書かなければ、懲罰が下される。

 連日夜遅くまで弁明書を書きながら思った。そもそも、長谷川本部長は、師匠から職員の不正を報告する窓口(ヘルプライン)として全職員の前で指名された人物である。私たちが罰を覚悟で師匠に内部通報する行為に対して拒否すること自体、師匠の仰せに真っ向から反しているではないか。
 師匠は全職員に向けて、「次の百年のため、悪い職員がいたら報告しなさい」、「何かあれば、長谷川本部長に言いなさい。そうすれば私の所にくるから。ちゃんと調査します。でも嘘があったら厳しくするよ。そうじゃないと公平じゃないからね。」と明確に指示をされていた。
 懲罰委員会が、3人が平成21年11月24日に長谷川本部長のもとを訪れた行為を懲罰の対象行為に挙げた理由は、3人の行為を懲戒処分にあたるとすることで、“長谷川本部長が師匠の指示に反して、学会本部の問題を師匠に報告しなかった事実”を正当化するためではないか。絶対におかしい。

 また、野口に対する『懲戒の対象となる言動』には、師匠の秘書であり御子息の宮城第一庶務室次長(副会長)との平成22年3月8日のやり取りが取り上げられている。
 同日の本部全体朝礼前の8時45分頃、野口は、学会本部のエレベーター内で、宮城副会長に対し、同月1日に渡していた師匠宛ての手紙を、師匠にお渡ししてもらえたかを尋ねた。
 しかし、宮城副会長は、「渡せるわけがない。」、「そんなことばかりやっているから反逆者のように見られるんだ。」と野口を叱責するという出来事があった。

 ところが、野口の『懲戒の対象となる言動』には、
「平成22年3月8日の朝,貴殿は,宮城副会長に対して,池田名誉会長に手紙を渡したかどうか執拗に食い下がったこと。」と記載されている。
 しかし、このとき野口は1階から5階に上がるエレベーター内で、宮城副会長とわずか1分弱のヒソヒソ話のようなやり取りをしたに過ぎない。「執拗に食い下がった」事実はないのである。

 師匠の御子息であり、秘書でもある宮城副会長に私たちの報告(本部の問題)が伝われば、宮城副会長の判断を通じて、師匠に私たちの報告(本部の問題)が届く可能性がある。
 ゆえに、懲罰委員会は私たちが宮城副会長に接触したことを罰することで、私たちが宮城副会長に近づく行為自体を禁止し、私たちの報告(本部の問題)が師匠に届くことを防ごうとしたのであろう。問題行為として取り上げるには、あまりに強引なやり方であると感じてならなかった。

 懲罰委員会は、『懲戒の対象となる言動』のすべての項目で虚偽や誇張・歪曲化した事実を書き綴り、私たちが問題行動を取っていたかのように作出している。私たちの正当な行為(内部通報)を封じようとしていると感じてならない。

 私たちは、必死に題目をあげながら、弁明書に向き合い続けた。
 自分がいかなる懲罰を受けようとも、弟子として“間違っているものは間違っていると叫ぶこと”が出来なくなったならば、自分は職員である資格は無い。
 本部職員の根本は、師の仰せに照らし正しいのか間違っているのかである。それが行動の基準、規範として問われるべきである。懲罰委員会の審査であってもそれは例外ではない。

 「後世のために申し上げておくが、幹部が威張ったり、堕落して、そのために会員が犠牲になるような組織だけはつくってはいけない。
 どこまでも、人間性あふれる幹部であり、組織であり、普遍の法に則った学会であらねばならない。
 もしも、仏法に違背するような幹部が出れば、きっぱりと正しい意見を言い切っていくべきである。その人が本当に学会を守る人である。」(名誉会長指導)

 私たちは、懲罰委員会に余すことなく真実を伝えるため、自分たちが師匠の仰せを胸に必死に行動してきたこと、そして本部最高幹部が師匠の仰せに反する言動を繰り返してきた事実を書き綴る。
 そして、約1か月かけて弁明書を書き上げ、平成23年7月26日から31日にかけて、各々職員局の長崎氏宛に送付したのである。

 懲罰委員会へ追加の書面を書く

 弁明書を出してから、私たちは毎日必死に御本尊に祈り続けた。題目をあげれば上げるほど、職場の権力を恣意的に使い、「本部職員の不正」、そして「不正を隠蔽しようとする本部の不正」に声を上げる人間の口を封じようとするような、学会本部の強圧的なやり方に疑問を感じてならなかった。しかも、その方法は「嘘」や「事実を誇張・歪曲化」し、人を陥れるやり方であって、悪意を感じざるを得ない。そもそも対話ができないのだ。対話さえできれば何の問題もない。しかしそれができないことが問題なのだ。
 また、私たちは自分たちを懲罰委員会にかけた人間(発起人)が誰なのかさえ、知らされていない。見えない相手に懲戒を与えられる状況となり、見えないその相手に応戦している。それ自体、明らかにおかしい。
 私たちは、“誰から「懲罰の対象にすべきである」という話があったのか”を面談の場で熊本懲罰委員長に尋ねた。しかし、熊本委員長から、「どこからということをあなたに申し上げる必要はございません。」と言われ、私たちを懲罰委員会にかけた発起人さえ教えてもらえなかったのである。

 こうした面談のやり方は、私たちが平成20年の本部指導監査委員会から受けた扱いと同じであるように感じてならなかった。
 「誰が私たちを訴え(発起人)、それはどのような内容(証言)なのか」を説明せずに、抽象的な事柄で陳述書の提出を要求する。そして、「誰が委員会のメンバー(審判)なのか」、「一体何を問題視しているのか(争点)」についてさえ、一切説明されることなく、密室的に進められてしまう。
 さらに、私たちが陳述書に書いた事実や質問項目に対して、まったく回答も説明もなされない。そして結論だけ伝えられて終えられてしまうのである。

 何度題目をあげて考えてみても、このような本部のやり方は公平厳正ではないと感じざるを得ない。
 自分たちがすべて正しいなどとは思っていない。しかし、公正に判断するための公式機関が、弱い立場の人間の話を聞かずに、本部の最高幹部にとって都合がよい結論に偏ってしまうのであれば、それはおかしいと声を上げなければならない。
 たとえ本部の公式機関であっても、師匠の御指導に照らし、間違っていることは間違っていると伝えなければならない。“本部が決めたことだから”、と問題を曖昧にして終えてしまえば、それこそ組織の硬直化、官僚化はまぬがれないと感じてならない。

 私たちは、懲罰委員会に対し、追加で書面を提出することを考える。
 その書面に記載した内容は、以下の4点である。
 (内容を簡単にまとめる)

 1点目、『「嘘」を使って私たちを懲罰にかけた発起人に対する厳格なる「処罰」を要望すること』
 「発起人の行為」は嘘と誇張を持って私たちを懲罰にかけようとするものであり、もはや犯罪行為である。したがって、私たちを懲罰にかけた「発起人」こそ、懲罰委員会にかけるべきである。また「発起人」が誰であるのかを私たちは知る権利がある。

 2点目、『原田会長と対話をさせて頂きたいこと』
 これまで原田会長には合計9回にわたって手紙を書いてきた。原田会長から「役員室で面談のアポイントを取るように」と指示された以降だけでも、面談の希望を役員室の徳島部長に相談しながら4回にわたって提出してきた。しかし、一度も話を聞いていただける機会はなく、原田会長とのやり取り自体が懲罰の対象行為とされている。
 創価学会は、「対話の創価」である。私たちに間違っている点があるならば、率直な対話によって具体的に伝えて頂きたい。

 3点目、『不当な異動人事の撤回を求めること』
 私たちに対する地方への配置転換は、青森事務総長が説明した「業務交流人事」ではない。
 これまでに、小平は九州最高幹部の愛媛副理事長から、「前提として君(小平)が職員を続けるのであれば、僕は白紙で見守っていきたいとの思いがあって九州に受け入れた」と伝えられ、野口は某管理第一部長から、「今回の人事異動は組織の問題が理由です。会長、先輩の指導を聞けない人間に、池田先生周りの仕事をさせられないと上が判断した」と伝えられた。
 これらの言葉から、私たちに対して行なわれた異動人事は、“私たちを本部から、そして師匠から遠ざけようとする目的で行なわれた”と言わざるを得ないものである。
 また、平成21年4月の職員規律委員会の結論では、本部指導監査委員会が取り上げた私たちの行為について、「職員として問題なし。」、「職場でどうのこうのする問題ではない。」としていた。それにも関わらず、監査が取り上げた私たちの行為を理由に職員人事を行なうことは不当であり、今すぐ撤回すべきである。

 4点目、『会員に対する「役職解任」について、撤回を要望すること』
 本部指導監査委員会の誓約書に誓約しなかった会員4名(京都氏、兵庫氏、木本秀信氏、島根氏)は、役職解任になった。その決定について、本部指導監査委員会の岩手副委員長(副会長)からは、「解任は会長が決めたんだから会長に行け」と言われ、会員に処分を通知した高知副会長からは、「解任は本部が決め、会長が了承したんだ」と言われた。
 しかし、原田会長に処分を了承した理由を聞こうとしても、原田会長は一度も対話に応じて頂けない。本来、処分理由について説明をしない理由はないはずである。
 そもそも、会員4名は、本部職員である和歌山氏、公明党職員の佐賀氏に誹謗中傷された被害者であり、本来、役職解任される理由などない。原田会長をはじめとする最高幹部の対応から、会員4名の役職解任は不当なものであったと言わざるを得ない。

 以上の4点について明確な回答と処罰、処分撤回を要望した。また、今回の懲罰委員会における私たちへの「懲罰」についても、その根拠を書面で示して頂き、内容を明確にして頂くことをお願いした。

 滝川は4人を代表し、平成23年8月16日付けで職員懲罰委員会宛てに、追加の弁明書を郵送する。
 今回、懲罰委員会が自分に対して下そうとしている結論は、私たちを学会本部から排除する目的があるように感じてならない。今の本部は、師匠のお心とあまりに違いすぎる。
 そう感じれば感じるほど、師匠の仰せに反すると思うことは、断固言い切っていかなければならない。我が身を守れば、創価が護れぬ。我が身を守れば、師匠が護れぬ。
 御本尊様、どうか我が身を守ろうとする僅かな命も絶ち切らせてほしい。弱き自分を乗り越えたい。
 祈れば祈るほど、師匠への感謝に自然と涙がこぼれてくる。正義のために、正義のために死んでやる!我が命を断じて捧げぬいて!!



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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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