第13 職員懲罰委員会の面談の実態(H23.6.27~H23.6.30)

「苦難に遭うことが、不幸なのではない。苦難に負けることが不幸なのだ。ゆえに、何ものにも負けない強さこそが、信心の極意であり、永遠の勝利と幸福の土台となるのだ。」(名誉会長指導)

「瞬間」と「永遠」
「今世」と「来世」
三世を貫く 我が生命

その命を見つめる時
真の幸福とは何かを考える

勇気・勝利・努力・忍耐

何が重要か
考え抜けば抜くほど

むしろ
そのすべては
苦難に負けず
逆境に負けず
宿命に負けない
あなたを創るため

「負けない」それが強さ
「負けない」それが信仰
「負けない」それが幸福

「負けない」あなたに太陽が昇り
「負けない」あなたに師が微笑む

私は今日も永遠なる命をみつめ
「負けない」一歩を踏み出す


 平成23年6月27日、職員局人事部で職員懲罰委員会事務局の長崎担当部長から、小平、滝川、野口、茨城氏に突然、電話があった。電話の内容は“3日後の6月30日に信濃町の創価学会世界青年会館に来るように”と、職員懲罰委員会から招集がかかったというものである。
 私たちは各々、懲罰委員会が取り上げた自分の行為が何なのか、確認した。しかし、長崎氏は、「内容については私には分かりませんが、来て頂ければ分かると思います。」と、それ以上の説明は断わる。

 平日の業務時間中、突然電話一本での呼び出し。わずか3日後に学会本部に上京して来るように言い渡される。むろん呼び出す理由の説明はない。「懲罰委員会」からの理由も分からない呼び出し。実に恐ろしいものである。
 また、九州や四国から東京の本部まで行くとなると、1日職場を空けなければならない。それぞれの業務の都合は全く聞かれない。
 「懲罰」という名目で呼び出すならば、せめて懲罰にかけられている内容を書面等で説明するのが社会通念ではなかろうか。「いつ」、「何の行為」が問題になっているのか、懲罰事由が事前に分からなければ、そもそも弁明の準備すらできない。たとえ事実関係を問われても正確な返答すら出来ないではないか。
 平成20年に行われた本部指導監査委員会では、一回の面談だけで結論が出されている。そう考えると、懲罰委員会も一回の面談で懲罰が決まる可能性は否定できない。最低でも何が問題とされたのか、何について質問されるのかだけは知った上で、懲罰されるか、されないかという面談の場に臨みたい。

 6月28日、小平は長崎担当部長から、職員懲罰委員会の委員長が本部連絡局主事で副会長の熊本氏であることを聞き、熊本委員長に電話をする。
 小平が招集の理由、内容を確認すると、熊本委員長は「来て頂ければ分かります。今は答えられません」と返答する。
 小平は訴えた「事前に懲戒の嫌疑がかけられている内容を通知して頂くことは当然の事ではないでしょうか。そうでなければ、懲罰委員会規程に書かれている『弁明の機会を与える』ということにはならないのではないのでしょうか」と。
 しかし、熊本委員長は、「これは業務命令です。職場からの業務命令です。今までもそうしてきました。」と。
 熊本委員長の返答は、小平の質問に対する答えになっていない。
 小平は焦る。そして必死に訴える。「これはパワハラではないでしょうか。処分のために呼びつけ内容すら知らせない、精神的苦痛は相当なものです。」と。
 しかし、熊本委員長は笑いながら、「大丈夫です。大丈夫です。心配なさらないでお出で下さい」と。直後「ツーツーツー」と電話が切れる。

 同日、滝川も、長崎担当部長に「招集理由」の問い合わせ先について相談する。すると、職員局が懲罰委員会事務局であり、問い合わせ先は職員局長であると伝えられる。小平の時は熊本委員長を伝えられたが、滝川は職員局長で副会長の大分氏を問い合わせ場所として紹介される。
 滝川は、大分職員局長に電話し、懲罰委員会の招集理由を尋ねる。
 すると大分職員局長は、語気を強め「だからこれは業務命令なんだ!時間と場所は聞いたでしょ!あとはそこに行くだけでしょ!業務命令なんだから、一方的なものなんだよ!」と言い終わると、電話を切ってしまった。
 電話をかけ直すが出ない。
 ただでさえ「懲罰」と名の付く委員会からの突然の呼び出しである。しかも呼び出される理由は問い合わせても教えてくれない。その理由を尋ねたならば、「業務命令なんだから一方的なものなんだ」との一言で冷たく切り捨てられる。

 滝川は、無慈悲な対応に苦しんだ。なぜ懲罰にかけられた内容すら教えてくれないのだ。緊張で、仕事が手につかない。絶対におかしい。
 一晩中題目をあげ続けた。

「何があっても、負けない。その人は勝っているのだ。なかんずく、自らが青春時代に誓い定めた信念のために負けない一生を貫き通す人は、最も強く偉大である。」(名誉会長指導)

 負けられない!どんな内容かを確認し、準備をしたい!もう一度電話をするんだ!
 翌6月29日昼、滝川は再び大分職員局長に連絡をするのである。
 しかし、連絡が付かない。
 どうすれば良いか熊本委員長に電話をした。しかし、今度は熊本委員長も繋がらない。留守電を残し、折り返し連絡を待つ。しかし、電話は来なかった。

 滝川は題目をあげる。当日までにできる限りのことをしたい。悔いなく、悔いなく生きるんだ。
 滝川は熊本委員長にメールを送ろうと考える。そしてメールを送信する。

 “「懲罰」と聞き非常に驚き、招集理由も教えてもらえず、眠れない。「業務命令」とは言え、社会的にも懲戒理由を通知書なりで明示するのが常識なのではないか。”と。
 しかし、熊本委員長からの返信は無かった。

 小平、滝川、野口、茨城氏の4人は最悪の場合は首を覚悟した。眠れぬ不安の中で平成23年6月30日の職員懲罰委員会の面談の場に臨む。

 職員懲罰委員会の面談内容

 平成23年6月30日、STKビル地下1階大会議室にて、私たち4人に対し、各々約30分の面談が行なわれる。対面した職員懲罰委員会のメンバーは、本部連絡局主事で副会長の熊本委員長の他、聖教新聞社編集主幹で副会長の鹿児島副委員長、事務センター長で副会長の沖縄懲罰委員、組織総局長で副会長の札幌懲罰委員、の責任役員3名、そして聖教新聞社事業総局長で副会長の盛岡懲罰委員の計5名であった。さらに職員局長で副会長の大分懲罰委員会事務局長も書記として同席していた。
面談会場は、6名の懲罰委員会関係者が横一列に座り、真ん中に熊本委員長が座っている。机を挟んで対面するように席が一つ用意されている。
 午後2時30分、1人目となる小平の面談が始まる。やはり緊張で体が震えた。
 大分職員局長は、「議事録として残します」と録音を開始する。
 熊本委員長が冒頭説明する。
 「6月22日に懲罰委員会が開かれ、小平秀一さんの言動について、懲戒事由に該当し処分すべきではないかとの意見が出されました。」
 そして、以下の説明がある。
 「懲罰委員会としてはすでに一定の事実調査をした。その事実調査を踏まえ、今後職員懲罰委員会規程第7条に基づき、小平に対して弁明を求める。本日はその前提として、問題となっている事実の有無について確認する。本日の手続きは事実確認のみであり、各言動についての経緯や理由を聞くためのものではない。確認した事実関係について、それが事実どおりか、事実と異なっているか、異なっているのであればどのように異なっているのかという点についてのみ答えて頂きたい。各言動についての経緯や理由等については、別途弁明書を提出することが出来るので、そちらでお願いをしたい。」と。

 小平はまず、伝えるべきは伝えようと話しはじめた。「懲罰委員会という職員の懲戒を検討する公式機関が、3日前に電話一本で、『業務命令だ』といって理由を伝えず招集する方法は、最も人権的かつ民主的であるべき創価学会においてどうなのか。本当に夜も眠れぬほどの苦しい思いをした。」と。
 熊本委員長はそれには答えずに、淡々と小平に告げる。「これから、懲罰の対象となる言動について、今から一つ一つ申し上げますから、それについて先ほど申し上げたようにあなたから、それが事実どおりなのか、事実と異なっているのか、また、異なっているならばどのように異なっているのか、答えて下さい。それを聞くために今日はお呼びしたんです。」と。
 そして、懲罰対象行為を一つ一つ読み上げ始める。
 熊本委員長、「平成21年11月2日の昼、いいですか? 貴殿が茨城氏と2名で、食堂の出口において、青森事務総長(副会長)に対し面談を迫り、青森事務総長が断ってもさらに面談を迫ってきたこと。こういう事実はありましたですね?」
 小平、「『迫る』というか、お願いをさせて頂きました。」と答える。
 すると熊本委員長は、「お願いであろうが、なんであろうとね」と冷たく言う。
 小平は、「この事実認識は、青森事務総長がそう言われている訳だと思うんですけども、その青森さんの話だけで、終わらせてほしくないんです」と訴える。

 この青森事務総長とのやり取りは1年半も前のことだ。突然聞かれても返答に窮する。小平は、日時までは正確に記憶していなかったが、概ね外形的な事実は存在しているとの認識はあった。しかし、小平は至極丁重に「一度話を聞いて頂けないでしょうか」とお願いをしていた認識であった。また、断られた際に青森事務総長に食い下がった記憶もない。自分(小平)の話を聞く前に、初めから「迫る」と評価されていること自体、公平性を感じられなかった。

 すると突然、書記として参加していた懲罰委員会事務局の大分職員局長が話しに割って入る。
 「それじゃあね、小平さんね、ちょっとこの後もあるからさ。今、喋っている内容をあなたには渡すから。」と、書面が手渡される。
 そこには、『懲戒の対象となる言動』との題名で、“小平の言動”なるものが12項目に渡って書かれている。
 大分職員局長は淡々と話し続ける。「一つ一つ確認するので、弁明がある場合は、弁明書を7月の15日までに出してもらうようになる。」と。

 熊本委員長は再び『懲戒の対象となる言動』を読み上げる。
 「3点目、・・・。4点目、・・・。・・・」
 どの項目も事実が歪められている。
 小平は、「これすごい、事実じゃないですよ。」と弁明しようとする。
 しかし、大分職員局長、「だから全部弁明は、弁明は書類で。」と制する。

 おかしい!面談の冒頭で熊本委員長は、「確認した事実関係について、それが事実どおりなのかどうか、事実と異なっているのか、異なっているのであればどのように異なっているのかという点を答えて頂きたい」と言っていた。だから、事実でないことに対し、「事実ではない」と言っている。それにもかかわらず、事実と異なっている点を話す前に、「弁明は書類で」と。
 話が違う。懲罰委員会は、まったく話を聞こうとしていないではないか!

 小平は必死に訴える。「ほんとに、信じて下さい。ほんとに。なんでこうなっちゃうんですか?これ、誰がこの『懲戒の対象となる言動』という書面を作ったんですか?この文。」
 熊本委員長、「何がですか?」、「これは懲罰委員会で、事情調査をして、作りました。」と何食わぬ顔で答える。
 小平、「すごいですね。これすごいですよ。先生怒られますよ。事実じゃないですから、本当に。」と。
 熊本委員長、「分かった、分かった。そんならそれで、文書で提出しなさい。」
 そして熊本委員長が、『懲戒の対象となる言動』を読み終える。

 小平は質問する。「どなたがこれを、僕がこういうことをやったっていう風に、どなたが訴えているんですか?」
 熊本委員長、「それぞれの方々から全部、あった話だよ。」

 小平は、“『懲戒の対象となる言動』の書面に書かれた人物が小平を訴えた”と聞き、衝撃を受ける。その人物とは、原田会長、長谷川学会本部長(現・理事長)、青森事務総長(副会長)、宮城第一庶務室次長(副会長)、鳥取第一庶務局次長(副会長)など学会本部の最高幹部たちである。また、「対象となる言動」は、約1年半の間に起ったバラバラの出来事を、箇条書きで列挙されている。そして今、いきなり一括りにされて懲罰事由とされているのである。

 小平は焦った。「それぞれの方々が、いきなり全員で、いきなり懲罰委員会の委員長に訴えたんですか?」
 熊本委員長、「そんなことをね、別にあなたに申し上げる必要はない。こういう事実がありましたかと、これは事実ですかと。事実でないと言うなら『事実でない』、それは事実とちょっと違うって言うなら、『違う』と弁明すればいい。」
 熊本委員長は小平の質問には全く答えない。
 小平は必死だった。自分に負ける訳にはいかないのだ。何もせずにいたならば全てが事実になってしまう。懲罰を与えられ、解雇になる可能性すらある。

 小平は必死に尋ねる。「これを突き付けられて、もし弁明書を出さないとなるとどうなっちゃうんですか?」
 大分職員局長、「認めたっていうことになる」
 小平、「これを認めたっていうことになっちゃうんですか!?」
 大分職員局長、「当然。だから弁明の機会を与えている、一方的にならないように。それが民主主義でしょ。」

 こうして私たちは、平成23年7月末までに、『懲戒の対象となる言動』との書面に対して弁明書を作成し、提出することになる。
 このような懲罰委員会のやり方は、小平だけでなく滝川、野口、茨城氏に対しても全く同様のものであった。

 懲罰委員会は、懲戒対象者である私たちから事実確認をする前に、既に『懲戒の対象となる言動』との書面を作成していた。「調査」の段階であれば「懲戒の対象となる疑い」があるに過ぎない。なぜ、すでに「懲戒の対象となる言動」とされているのか。事前の調査などまともに行なっていないことを感じてならなかった。
 懲戒対象者である私たちに何も確認をせず、もう一方の当事者のみ話を聞き、私たちに“懲戒の対象行為がある”と決めつけていたのである。しかも、その内容を面談の前に知りたいと要請したにも関わらず拒否。そして面談当日に不意打ち的に突き付け、事実の有無の言質のみを取ろうとする。
 初めから“結論ありき”であると感じてならなかった。もはや、私たちを辞めさせようとしている。

 懲罰委員会が作成した『懲戒の対象となる言動』の実態

 面談を終えた私たちは、懲罰委員会から渡された『懲戒の対象となる言動』を何度も読み返した。明らかに事実を歪められている。明らかに不当な評価をされている。なぜこのような書かれ方をされ、懲罰に掛けられなければならないのか、不思議でならなかった。
 懲罰委員会は、この『懲戒の対象となる言動』に対し、私たちが弁明しなければ事実として認定すると明言した。事実が全くのウソか、著しく捻じ曲げられた懲戒事由について、私たちは、懲罰委員会を納得させる効果的な弁明をしなければ、それだけで何らかの懲戒処分を受けなければならない状態に置かれた。伝わる弁明でなければ解雇という最悪の事態も考えられる。

 『懲戒の対象となる言動』には、私たちが役職解任処分を受けた以降の平成21年11月から平成23年5月までの約1年半の間に、私たちが池田名誉会長の秘書たち(長谷川学会本部長、宮城第一庶務室次長、栃木副理事長、鳥取第一庶務局次長)に対して、池田名誉会長宛の手紙の受渡しを懇願した行為が取り上げられている。その他、原田会長をはじめとする本部執行部や最高幹部の方々(原田会長、正木理事長、青森事務総長、岩手聖教新聞社編集総局長(本部指導監査委員会副委員長)、高知副会長)に対して“一度話を聞いて頂きたい”と懇談をお願いした行為もあった。
 しかし、本部執行部に一言声を掛けたことが「面談を迫った」とされ、名誉会長秘書からの叱責を謹聴していたことが「口論になった」とされた。そして名誉会長秘書にただ手紙を渡そうとした行為を「手紙の受け取りを執拗に迫る」と記載され、事実が著しく歪曲されていた。
 さらに、『懲戒の対象となる言動』に記載された内容は、日付が特定されていないものや間違えたものまであり、極めて杜撰なものであった。その場に居ない滝川が居たとされる項目もあった。何を根拠に、誰の証言で、この書面が作られたのかが一切不明の信用性に欠ける内容だったのである。

 そもそも私たちが、名誉会長秘書を介して師匠に手紙でご報告する行動を貫いてきたのは、平成14年から23年にかけて、総勢数十人に及ぶこととなった本部職員が関与する「一連の本部職員の問題」を、本部執行部が隠蔽しようとしている実態があったからである。
 平成20年、本部指導監査委員会は、「一連の本部職員の問題」の発端となった、平成14年6月当時に学生部全国幹部であった本部職員の千葉氏と静岡氏が青年部人事委員会を通さず、恣意的に行なった“長野全国副学生部長の総県学生部長代行人事”などの不正人事を隠蔽した。
 他方で、平成16年9月から平成19年9月の3年に渡り、本部職員の和歌山氏や公明党職員の佐賀氏が会合の場で会員京都氏や茨城氏を実名で誹謗中傷し、名誉毀損する行為を繰り返したことに対し、勇気を出して声を上げた会員(京都氏、兵庫氏、木本秀信氏、島根氏)や職員(小平、滝川、野口、茨城氏)を「問題グループ」と認定し、互いに連絡を取り合ってはならないと徹底するとともに「一連の本部職員の問題」に対して以後一切声を上げてはならないとの誓約書を書かせようとしたのである。そうすることで、「一連の本部職員の問題」に蓋をしようとしたのである。
 会員たち(京都氏、兵庫氏、木本秀信氏、島根氏)や私たち職員(小平、滝川、野口、茨城氏)は、こうした本部指導監査委員会の結論には従えなかった。
 会員同志たちは、不当な誓約書ゆえに誓約出来ないことで役職解任処分とされ、さらに不当な仕打ちを受け続け、それでもなお、己に負けず純粋に信仰を貫いていた。しかし、地元組織の対応は、その会員たちのレッテルを剥がすことなく、村八分の状態にし続けた。
 本部職員である私たちは、そうした状態が師匠の命である創価学会の中で絶対にあってはならないことだと思い続けてきたのである。だからこそ、考えられ得る限りの本部職員の幹部の方々に相談してきた。しかし、本部職員の幹部は私たちの相談に対して、対応するどころか、ことごとく拒否か無視であった。
 こうした経緯から私たちは、已むに已まれず、師匠に手紙で報告することを決意し、罰を覚悟で行動してきたのである。
 それとともに、私たちは原田会長を始めとする本部執行部や最高幹部の方々とも対話をしなければならないと考えた。対話をし、本部職員と学会本部の問題点をお伝えし、官僚的かつ硬直化した本部を変革していく端緒としていきたいとの思いであった。そして、自分たちに誤りがあれば指摘して頂き、人間革命していくことも伝えさせて頂きながら、真実を追求するための対話をお願いしてきたのである。
 しかし、原田会長を始めとする本部執行部や最高幹部の方々は、私たちの懇談のお願いに対して、拒否か無視をし続けたのである。さらには、懲罰委員会が動き、私たちの行為は懲罰に掛けられたのである。
 懲罰委員会は、私たちの行為の動機や目的は度外視し、『懲戒の対象となる言動』に私たちの行為の態様が問題であるかのように記載した。そして、まるで私たちが本部最高幹部たちに迷惑行為を行い続けたかのようなストーリーを作出したのである。

 本部の最高幹部たちは、私たちが九州や四国に配置転換されても名誉会長秘書らに手紙を書き続け、面談を求め続ける行動を目の当たりにし、いつしか師匠に報告が届いてしまうことを危惧したのではないか。そして、懲罰委員会を動かし、懲罰委員会という権力を使って私たちの行為を抑えつけようとしたのではないか。

「一つ言われたら、十を言い返せ!相手が十を言ってきたら、百を言い返すのだ!卑劣なデマや嘘に対しては、痛烈に打ち返せ!この破折精神こそ、正義を守る根本である。」(名誉会長指導)

 師匠の仰せ通り、会員同志に尽くし抜き、間違っているものは間違っていると叫ぶのは、今しかない。
 4人は各々、配置転換先の地方に戻ると、連日連夜、必死の弁明書作成の作業に取り掛かるのである。



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プロフィール

Author:創価学会元職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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