●㉔【告知】4・23(日)「中部方面・名古屋座談会」の開催決定!

 先日3月20日(月・祝)、晴れ渡る青空のもと、全国から36名の創価を愛する同志が中国方面は岡山に集い合い、創価変革の希望に溢れた大勝利の座談会を開催することが出来ました。現在、岡山座談会の報告ブログを鋭意作成中で、近日中にアップする予定です。

 現在、公明党が参画する政府与党は、明らかに国家主義的な方向に舵を切っている。
 3月21日には、「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新たに設ける組織犯罪処罰法改正案(共謀罪法案)を閣議決定し、今国会での成立を目指している。
 この共謀罪法案は、わが国の刑事法体系の基本原則である『既遂処罰の原則』(具体的な犯罪が行なわれ、被害が発生してはじめて処罰の対象とされること)を崩し、「予備」「未遂」の段階でも国民を処罰できるようにする法案である。
 客観的な犯罪でなくても、取り締まり当局の判断次第で犯罪と認定できてしまうようになる危険性をはらんでいるのである。

 政府はこの「共謀罪法案」の必要性について、「東京オリンピックなどのテロ対策として国連国際組織犯罪防止条約を批准する必要がある」などと述べている。
 しかし、日本弁護士連合会は、「現行の法律で十分条約を批准することができ、新たに共謀罪法案を立法する必要はない」との声明を出している。
 また160名を超える刑事法研究者も、「テロ対策ならば、安保法制を廃止し、武力行使をしない国であると内外に示し、交渉によって平和的に物事を解決していく姿勢を示すことの方が有効である」として、「共謀罪法案」反対の声明文書を提出している。
 政府は、国民の「テロ」に対する不安を利用して法案を通そうとしているように感じてならない。

 この法案では、「組織的な強要」「組織的な恐喝」「組織的な威力業務妨害」といった「組織的行為」が処罰対象とされている。
 しかし、捜査当局が「組織的か否か」を割り出すためには、国民の全てのコミュニケーションを捜査対象とする必要が発生し始める。そして、捜査当局に国民のメール、電話、Lineなどを監視する権限が、容易に与えられる道が開かれていくことになり、国民が国家から監視される社会が形成されていく。
 ある識者は言う。「国家は国民を委縮させるために、わざと1、2件、『見せしめ的に逮捕』を行なうんです。そして、徐々に国民が国家のやり方に声が上げられない社会を作っていくんです」と。
 「共謀罪法案」は、戦前の「治安維持法」の再来といっても過言ではない!

 この「共謀罪法案」には、人間への根深い不信感が脈打っていると感じてならない。
 しかし本来、公明党の立党精神は大衆直結の精神である。どこまでも人間を信じ抜き、“大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく”精神である。
 また創価学会の根幹の思想も「人間主義」であり、思想や宗教の違った人間同士でも必ず分かり合えるというどこまでも人間を信じ抜く思想なのである。

 創価三代の師匠は、「人間主義」の旗を高々と掲げ、人間よりも国家を優先させる「国家主義」「権力の魔性」とは徹底して戦い抜かれた。
 初代牧口先生は、反戦の旗を高らかに掲げ、戦争を進める軍部権力と徹底して戦い、獄死。
 第二代戸田先生も軍部権力と徹底して戦い、2年間の獄中生活を強いられた。
 第三代池田先生も無実の罪で逮捕、2週間勾留された。そして、その後4年半に渡り、国家権力との裁判闘争を強いられた。
 しかし、今、公明・学会本部は、創価三代が国家権力と徹底して闘われてきた歴史を忘れてしまったように感じてならない。
 そして、創価三代の師匠を苦しめた国家権力と一体となり、人間を抑圧していく「共謀罪法案」を可決成立させようとしているのだ。

「仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり」(富木殿御返事)

 社会の狂いも、政治の狂いも、その元凶は信濃町の創価学会本部にあると考えることは、仏法を行ずる人間であれば自然である。
 昭和54年、原田現会長を含む当時の学会本部最高幹部たちは、学会と宗門との間で起こった問題の責任を、当時第3代会長であった師匠池田先生に全てなすり付け、会長辞任に追い込んだ。
 当時、学会本部には、師匠の居場所はなく、席(デスク)すら置かれなかった。
 冷酷な北条浩第4代会長ら最高幹部たちは、もはや名誉会長となった師匠が執務する机など用意しなかったのである。師匠を棚上げし追いやったのである。
 これが、師匠を裏切った当時の最高幹部たちの真実の歴史である。

 ところが当時の最高幹部の一人であり、現在会長となった原田稔は、なんと昭和54年当時の師匠の心境について、『新・人間革命』の執筆チームにこう書かせているのである。

「山本伸一は、学会本部に行くことを、なるべく控えるようにしていた。
 会長になった十条潔たちに、思う存分、指揮を執ってほしかったし、自分が本部にいることによって、ついつい皆が頼ってしまうようになることを避けたかったのである。」(『雌伏二』)


 なんと師匠が学会本部に行くことを自ら控えていたとして、歴史を改ざんしたのである。
 なんと卑劣な心根か!
 事実はまったく違う!
 師匠が本部に行っても、本部には師匠の席すら無かったのである!

 昭和54年の師匠の真実の歴史――それは弟子が師を裏切った歴史なのだ!
 しかしその師匠の真実の歴史を、あろうことか師の名前を使い、改ざん・隠蔽。断固、許されざる天魔の所業である!

 友よ!わが友よ!
 今や、原田会長を中心とする学会本部は師弟を失っている!
 今、弟子が立ち上がらねば、どんどん創価は崩壊していく!
 もはや、原田会長は、自らの命に巣くう「権力の魔性」に食い破られているのではなかろうか!
 私たちは、来る4月23日(日)に、日本の要である愛知県は名古屋市で、今年第3回目となる「中部方面・名古屋座談会」を開催することを決意しました。

 1957年(昭和32年)2月、若き池田先生は、師匠戸田先生に、
「私自身が『丈夫』となりて戦闘を開始して、
 絶対に人材の堅塁を築いてみせる!
 そして、大中部から、『死身弘法』の幾千幾万の青年たちを、
 必ず育てあげてみせる」
との誓いを立てられた。

 以来、本年で60星霜。
 いよいよ本門の中の本門の池田門下の我々が、師の誓願を我が誓願として、『死身弘法』の幾千幾万の同志の連帯を築く時が来た!
 師匠のために!創価のために!
 創価を、師匠が理想とされる創価に変革するために!
 己が敢然と闘い抜き、徹底して勇気の声を上げるのだ!
 大中部は名古屋の地で、民衆決起の座談会を盛大に開催して参りたい!


<4・23(日)中部方面・名古屋座談会開催のお知らせ>

■ 日時
  平成29年4月23日(日)午後1時15分~4時15分終了予定

■ 場所
  愛知県青年会館 3階 9号会議室
  (愛知県名古屋市中区栄1-18-8)
  http://www.aichi-seinenkaikan.or.jp/access.html

■ 座談会参加のご連絡のお願い

 座談会への参加を希望して下さる方は、参加人数をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからお知らせいただけると本当にありがたいと思っています。
 連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前をお伝え頂く必要はありません。一行で構いませんので、「2名参加です」「静岡から1名で行きます」など、教えていただけると本当にありがたく思います。
 もちろん、連絡を下さらなくても参加していただいて構いませんし、また連絡を下さったからといって参加しなければならないということではもちろんありません。

■ 地図
地図

■ 交通アクセス
 ・タクシーで、名古屋駅より約10分
 ・市バス、名鉄向かい6乗車、納屋橋下車
  → 名古屋東宝ビル角、南へ250m
 ・地下鉄「伏見駅」下車、7番口、西へ300m
  → 名古屋東宝ビル角、南へ250m
 ・駐車場について
  会館のフロントで、駐車券を購入(1日300円)
  普通車15台  室内10台 (高さ1.9M)
          室外5台 (高さ制限なし)

 4・23(日)「名古屋座談会」の当日の晴天、絶対無事故、大成功・大勝利を勝ち取るべく、全力で闘い抜き、万全の準備を進めて参ります!


【お知らせ】
◆このたび、カンパ振込先の口座を変更させていただきます。
 これまで、創価変革のための活動諸経費として、個人名義の口座でカンパを行なって参りました。その後、皆様からさまざまご意見をいただく中で、県民活動サポートセンター並びに税理士にも相談して参りました。その結果、個人名義の口座ではない方が活動資金のカンパであることがはっきりするのではないかとの結論に至り、新しく「元創価学会職員3名」名義の口座を開設し、カンパの振込先とさせていただくことに致しました。
 詳しくはリンクの振込先をご覧いただければと思います。






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●㉓【後篇】九州・熊本座談会の報告と中国・岡山座談会への決意

 何でも語り合える充実した時間は、飛ぶように過ぎていく。
 それまで真剣な眼差しで、ジッと皆の話を聞いていた男子部のJさんが、大きなジェスチャーで抱えていた想いを表現されながら、元気いっぱいに話してくださる。

「僕は安保のことでどうしても納得できなくて、ある公明党の議員さんのところに行ったんですよ。そこで最初に何て言われたかというと、『J君、魔に負けては駄目だよ!』って言われたんですよ。カチンと来て、すかさず言いました。『魔に負けてんのはどっちなんですか!』って。そこで大ゲンカしたんです。そしたらその議員は、“立場上、何も言えない”と誤魔化したんです。」

 それを聞いたガタイの良い壮年Hさんが話す。
「安保法制のことで言えば、以前、先生がハワイの講演でこんな話をされていました。
 “釈尊が帰郷した時、川の利権で双方が互いに武器を取って揉めていた。その時釈尊は、『それでは意味がない。お互い武器を降ろしてまずは話し合え』と言った。それが平和の主張であり、法華経である。”と。
 だから僕はその話を副会長にしました。そしたら、副会長は『安保法制、まちごうてるね』って認めたんです。」
 さらに、Hさんの言葉に力がこもっていく。
「だから、僕は思うんですけどね、公明党は一回自民党と別れた方が良いんですよ。
 “どんだけ自分が力を持っちょるかを試してみろよ”って、そう言いたい。
 今の学会は、幹部が号令をかけ、『みんなF取ってこい。K取ってこい』っていう状態でしょ。誰がするかって、お前の号令は聞かんって(笑)。僕はそういう思いなんです。」

 男子部Jさんも、「本当僕もそう思います」と語る。
 Jさんは、火が付いたように話し続ける。
「もう一つ頭にくるのが、自分たちの政策のグダグダさを、なんか全部『共産党が悪い、共産党が悪い』って責任転嫁するのが一番頭にくるんですよね。
 僕は男子部で活動し始めた時に人間関係のこととか悩んでいて、幹部に相談すると、『J君、まず自分が変わらないと駄目だよ』って言われました。だからまず自分が変わろうと思って自分なりに人間革命していきました。
 でも、安保を見るとですね、最高幹部たちは『悪いのは全部共産党が悪いんです。俺たちは一生懸命やってるんです』ってみたいなことを、平気で壇上で言うんですよ。全男(全国男子部長)とか、原田会長も。
 そこから公明党を信用するのを止めました。師弟不二とかっていう次元ではなく、人としてどうかっていう話ですよ。」
 都合が悪いことは話をすり替え、問題から目を逸らさせようとする。
 『権力の魔性』に侵された原田会長。そして、その眷属と化した本部最高幹部たちの常套手段である。
 男子部Jさんは、最後に熱き決意を語られる。
「フツフツフツフツ煮えたぎって悶々としているのも嫌なので、ここにまず来ようと思ったんです。
 これから闘う道筋を本当に考えたいと思いました。そう決意しました。」
 溌剌とした青年の決意に、会場は大きな拍手で盛り上がった。

 続いて、一家で来て下さったご婦人のKさんが、真剣な表情で話し始められた。
「私は区長にも、婦人部の幹部にも、創価学会や公明党のおかしくなっていると思うことを、熱弁をふるって話をしました。いろいろ話をしたんですが、特段、排除されることもなく、ちゃんと連絡ももらっています。その点はありがたいなって思っています。
 結局、皆さん上から降りてくることには従順なんですけど、そうじゃないことを自分の中に入れていくことにはものすごく抵抗があるみたいで。だから、しっかり相手を見て、状況を見てお話ししようと心がけているんです。」
 師が死に物狂いで築かれた創価と同志を、何としても護りたいとの深き慈愛のお心が伝わってくる。
 Kさんはある外部の友人に今の創価の状況を話し、「しばらく公明党は支援しない方がいいよ」「出来るようになったら、また私が教えるからね」と伝えたという。
 するとその友達は、思い当たる節があったらしく、別の学会員から異常な選挙支援の依頼を受けた話をしてくれたという。

 ある選挙の時、その友人はある学会員から「期日前の投票に行ってほしい」と言われ、「行くからいいよ」と答えたという。するとその学会員は「じゃあいつ行く?」と確認してきた。「いついつ行こうかな」と言うと、「投票に付いていくよ」とぜんぜん区も違うのに言われたという。
 友人は「いや、私は一人で行くから大丈夫よ」と断った。しかしなんと当日、その学会員は友人に付いて来たというのだ。

 真剣なKさんは、話をしながら顔を曇らせていった。
「馬鹿だなあって思って、その時は入れてくれるかもしれないけど、次回からは考えるだろうなあと思います。人を信用していないっていうか、きっと自己満足の戦いをしていて、きっと婦人部のその方は夜の活動者会とかで、意気軒昂に活動報告されたんだろうなと思ったんです。
 そうしたことを見ても、やっぱり“違っているなあ”っていうのを感じるんです。でも、“違っているなあ”というのを、学会員の皆さんが“違っているなあ”って感じていない。だから、どういう風にお話ししていけばいいのかなって悩んでいます。」
 創価の発展・前進のために、今の創価の現状に悩み、葛藤されるKさんのお姿に、弟子の姿勢を教えていただく思いでした。
 Kさんは最後に、「私は話せるところ、話しやすいところから話をしていきます」と決意を話された。

 続いてKさんの旦那さんの壮年Lさんが話して下さった。
「去年、横浜で開催した6月の座談会に妻と一緒に参加しました。その時に、“やっぱり創価の問題は本当なんだ、真実なんだ”っていうのをすごく確信しました」
 九州に戻ったLさんは、横浜座談会で見聞きした話を中心に、地区部長と区長に話したという。すると2人とも“本当かなあ”と言いながら聞いていたという。
 しかし、1か月ほどしたある日。
 突然幹部から、「先駆長(ブロック長)の役職を外すね」という通知が来たというのである。そして、それからというもの、壮年部から何の連絡も来なくなり、ぷっつりと切れてしまったという。
 それでも、Lさんは一歩も退かない。御書学習会や座談会の日程をご夫人から聞き、参加しているという。
 Lさんは決意を話される。
「この創価の問題は自分の目で見て知ったことなんで、すごく確信があるんですね。なので知り合いに、本(『実名告発 創価学会』)を読むことを薦めています。
 皆さんがやっていることは間違いないと思います。今、『師弟不二』なのか、『ただの師弟』なのか、そのふるいの時期だと感じています。だから今から、協力して一緒にやっていこうと思っていますので、宜しくお願いします。」
 ご夫妻の純粋な決意に、参加者の同志から盛大な拍手が送られた。

 このご夫妻は今年1月、創価変革のための活動諸経費のカンパをして下さった方々であった。
 しかし私たちは、カンパの上限金額を自分達の中で決めていた。そのため、上限以上頂いた分はお返しさせて頂こうと、その旨ご婦人Kさんにお伝えした。
 ところが、Kさんは怒り、伝えて下さった。
「正直なところガッカリしました。その程度のものだったのかと思いました。かなり不愉快です。
 ブログで団結、連結との言葉を使っていましたが、でも結局は自分達の困っているところに人を利用しているだけという印象です。それは結果的に人を馬鹿にしている」と。
 私は自分が間違っていたのか、祈り振り返りました。そして、思ったのです。“自分たちは自分たちが犠牲になれば良いと考えていた”と。
 しかし、その考えは独善・独りよがりだと思いました。どこか『自分達は特別』という感覚だったと思ったのです。
 小平はご婦人Kさんにすぐに電話をし、素直に謝りました。
「自分たちが間違っていました。自分たちに特別意識があったんだと思います。本当に申し訳ありませんでした」と。
 そして、「全て使わせて頂きます」と素直にお伝えさせていただきました。
 すると、Kさんはこう伝えてくださいました。
「そうしてください。お金と心は一緒です。応援して下さる皆さんからのお金は皆さんの心だと思います」と。
 Kさんの真心の言葉に、ありがたさと申し訳なさで、自然と涙が出てきました。
 私たちは教えていただきました。
「正義を為すのに少しの遠慮もあってはならない」と。
 そして、「創価変革の闘いに懸ける同志の『心』を、すべて受け止めさせて頂く覚悟が必要だ。断じて、自分の使命を果たすのだ」と決意を新たにしました。
 創価の問題を、すべて自分の問題と捉えて真剣に闘うKさんご夫妻の偉大なお心を、私たちは絶対に生涯忘れることはありません。
 Kさん、Lさんの真心がなければ、九州・熊本座談会を開くことはできませんでした。未来を開いて下さったKさん、Lさん、本当に、本当にありがとうございました。

 続いて、未来部の娘さんとお越し下さった婦人部のMさんがと話して下さった。
「私も3名のブログも読んでいるし、インターネットで色々調べて日々勉強させていただいています。」
 Mさんは、昭和56年11月に池田先生が『青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ』を発表された、正にその場所にいらっしゃったという。
 その師匠との原点を胸に闘われているMさんは、今のおかしくなっている創価を信じきる学会員の危機感のなさを危惧されているという。
 そうした中、師匠と創価を信じ、変革のための行動をし抜く同志がいることを、後継の未来部(お子様)にも肌見で感じて欲しいとの思いで、お子様と一緒に参加してくださったのである。
 Mさんは、『青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ』の加筆修正前の原文を朗読して下さった。

『少々の屈辱と侮蔑の
 非難を浴びせられても
 釈尊もそうであられたし
 ましてや
 日蓮大聖人の大迫害よりみるならば
 あまりにも小さき難であることを
 凡夫である我々は
 感謝しなければならないのだ
 かの熱原の法難を
 そして近くは
 我が学会の誉れある
 初代 二代会長の法難を
 想い起こしてもらいたい』

 師匠が後継の弟子に託された想いを抱きしめて闘い抜かれるMさんであった。
「今日はすごい勇気を頂いたので、地元に帰って一人立つ精神で頑張りたいと思います」
 本当の同志に出会えた喜びを笑顔で語られ、Mさんは決意を新たにされるのであった。

 座談会の終了予定時刻も近づいてくる。
 最後は、九州の遠方から車で駆けつけてこられた創価大学卒業の壮年部のNさんが話して下さった。
 壮年Nさんは、青年部の時は創価班で広宣部もやっており、スパイがいるんじゃないかと考えると、正直、参加するのに勇気がいったという。
 Nさんの言葉に熱がこもっていく。
「ただ僕の心のふるさとである創価大学までも、ちょっとおかしな方向に行き始めたんで、それをどうにか食い止めたいなと。
 僕は創価大学とか学園生っていうのが、今こそ立ち上がる時だと思っているんです。
 それをどうにかしたいと思って、まず、ここに来て自分の目で確かめて、それを周りに訴えたいなと思ってやってきました。」

 Nさんは、創価同窓の誇りを胸に力強く語られた。
「ほんと周りは自分一人かもしれないですが、一人が起爆剤となって本当に変えていきたいなと思っています。
 日顕宗の問題は、ある意味で池田先生が予行演習でされたんだと感じます。ある時、本幹で先生が『原理原則は教えたよ』って言われていました。
 ならば、今回が本当に決着をつける闘いじゃないかと思っています。
 皆さんと力を合わせて、頑張っていきたいと思います。宜しくお願いします。」
 会場は共感の拍手が盛大に沸き上がった。

 創価の問題点を皆で話し合う中で、今こそ弟子の手で創価変革を為さんとする熱き決意が自然と拡がっていった。
 最後に、口火を切って話して下さった壮年Cさんから、「次はいつやりますか?また九州でやりますか?」との声が上がった。
 本当にありがたいお話しである。
 一気にその場が爽やかな笑顔に包まれた。
 私たちは最後に、「次回は、3月20日に中国方面の岡山県でやります。皆さん九州ですから、ちょっと遠いですけど、もしお時間があれば集っていただければと思います。
 九州では、是非、Cさんを中心にやっていただき、そこに呼んでいただければ嬉しいです。
 また、これから学会本部にもサイレントアピールなど抗議要請行動を起こしていきます。まず出来ることから全力でやり続けることが大事だと思っています。皆さんも宜しかったら是非来て下さい。本日は、本当にありがとうございました」と、お伝えさせていただき一切終了となった。

 座談会終了後、ロビーでは参加者の皆さんが互いに声を掛け合い、連絡先を交換し、新たな同志と新たな同志の出会い場となった。
 熊本座談会は、創価の未来を語り合い、決意と歓喜が爆発する大勝利の座談会となったのである。

 次なる本年第2回目の中国方面・岡山座談会は、いよいよ明日である!
 現在、全国各地から31名の同志が集い合う予定となっている。
 今回は静岡・富士宮から、迫害に屈せず師匠の正義を叫び続ける同志が体験をお話ししに馳せ参じて下さる。

 皆がなんでも気兼ねなく語り合える座談会を!
 皆が一歩前進の決意を新たにできる座談会を!
 師匠の誓願を自身の誓願としゆく、師弟不二の座談会を!
 共々に、無事故、大勝利で勝ち取ってまいりたい!

<3・20 岡山座談会開催のお知らせ>

■ 式次第
岡山式次第20170311

■ 日時

  平成29年3月20日(月・祝)午後1時~4時終了予定

■ 場所
  岡山市民会館 3階 305号室
  (岡山県岡山市北区丸の内2丁目1-1)
  http://www.okayama-shiminkaikan.jp/

■ 座談会参加のご連絡のお願い
 座談会への参加を希望して下さる方は、参加人数をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからお知らせいただけると本当にありがたいと思っています。
 連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前をお伝え頂く必要はありません。一行で構いませんので、「2名参加です」「山口から1名で行きます」など、教えて頂けると本当にありがたく思います。
 もちろん、連絡を下さらなくても参加して頂いて構いませんし、また連絡を下さったからといって参加しなければならないということではもちろんありません。

■ 地図
岡山市民館 地図

■ 交通アクセス

①路面電車
 路面電車の岡山駅前(停留所)で「東山行き」にお乗り下さい。
 城下(停留所)で下車して下さい。下車後徒歩3分です。
 ※運賃・時刻表については、岡山電気軌道株式会社ホームページをご覧になって下さい。

②お車でお越しの方へ
 ・岡山インターから約20分
 ・JR岡山駅から約5分
 会館に駐車場がないため、お近くの有料駐車場をご利用いただくことになります。
 ・城下地下駐車場 TEL(086)225-7110
 ・烏城公園駐車場 TEL(086)226-4809

 3・20(月・祝)「岡山座談会」の当日の晴天、絶対無事故、大成功・大勝利を勝ち取るべく、全力で闘い抜き、万全の準備を進めて参ります!

【お知らせ】
◆本日、3月17日(金)付の『週刊金曜日』に、「暴走する創価学会本部の権威主義化と池田名誉会長〝利用〟」とのタイトルで、“創価変革の闘い”を取り上げていただきました。『週刊金曜日』さん、本当にありがとうございます。
◆「カンパの振込先が分かりません」との問い合わせがあり、「振込先」をブログ右上のリンクのコーナーに作らせていただきました。




●㉒【中篇】九州・熊本座談会の報告と中国・岡山座談会への決意

 熊本座談会の第2部である自由懇談会も中盤に差し掛かっていった。
 しばらく皆の話を黙って聞いていた、ガタイの良い壮年部Hさんが、諄々と話し始める。

 「自分はもともと教宣部と創価班に入っていて、日顕宗の寺と法論をやってきた経験があるんですが、2014年の会則教義改定の段階でもう寺と争えないなと思ったんです。あの改定は本当にありえないです。もはや身延でもいいし、顕正会でも何でもいいという状態です。
 任用試験の問題にしても大聖人様の歴史で熱原の20人の話の後に、普通は大御本尊の建立が来るはずなんです。でも2015年の大白蓮華にはもう書いてないんです。外してるんです。もう学会では大御本尊を認めてないんです。」

 学会本部は2014年の会則の教義条項の改定で、信仰の根幹である大聖人の出世の本懐である一閻浮提総与の大御本尊を否定した。それ以降、三代の師匠が築いてこられた学会教学を壊し続けているのである。
 Hさんは、近年、創価学会が行なっている“会則教義変更”や創価大学の宮田幸一教授の“釈迦本仏論”を調べる中で“3人のブログ”も知ったという。

 Hさんの話に熱がこもっていく。
 「自分はまだ入信して12、3年なんです。“54年の問題”っていっても実際まだ生まれてちょっとくらいの時で、僕は学会2世でもないんで、実際知らなかった状態です。今、昔の資料をネットで探したり、自分の足で探したりして、研鑽しています。
 どれだけ池田先生がこの組織を守りたかったか。矢面に立ったか。それを守れない弟子っていうのはどうなのか。今の執行部はどうなのか。実際、そこに一番憤りを感じているんです。」

 Hさんは、本部幹部会のたびに、中継で流される編集された池田先生のスピーチと、オリジナルのスピーチを見比べ、何が削除されているのかを調べているという。すると、“権威・権力と徹底して闘うこと”を教えて下さっている指導が削除されているという。権力の魔性に侵された本部執行部が自分達への批判を避けるためであろうか。
 さらにHさんは顔を紅潮させて話す。
 「幹部たちは相変わらず、『池田先生がお元気でいらっしゃる!』と池田先生を使っている。『ほんと、あんた見た?』と逆に言いたいくらいですよ。先生を利用するところが僕は一番許せないんです。」

 その話に促されたかのように、壮年Hさんの隣に座っていた九州男子部のAさんが思いを吐露された。
 「今すごく葛藤し、模索しています。
 今日早めに到着して3名の皆さんやFさんとお話しました。本部職員に『復職』っていう形を目指されているとのことでしたが、先生のご寿命を考えても一体どこに到達するんだろうと、正直気になっています。
 ただここで何もしないのは違いますし、今出来ることを一生懸命にやることが大事だと思って、今日皆さんとお会いするのを楽しみにしてきました。」
 Aさんの眼差しは真剣であった。

 滝川は、なぜ自分たちが職員に復職することを目指しているのか説明させていただきたいと思った。

 「自分は『池田先生と学会員のために生き抜き、死んでいきたい』と願い、本部職員を志望しました。
 しかし不甲斐なくも徐々に学会本部に蔓延する『職員は人材』『職員は特別』といった特別意識、エリート意識に侵されてしまった。そして、現場組織で泥まみれになって闘う会員同志を見下し、軽んじる自分がいたんです。
 そうした狂った命に対し、川崎のFさんを始めとする職員でない同志が、『君のやっていることはおかしい!』『会員を馬鹿にし、軽んじる人間が職員でいてもらっては困る!』と、時に涙を流しながら何度も何度も伝えて下さった。しかし、最初は職員というプライドから怨嫉を起こし、正しい言葉であっても受け止めることができなかった。それでも、必死に伝えてくれる同志がいた。そのおかげで自身の中に生命を軽んじる『第六天の魔王』の命があることを如実に自覚していくことができたんです。
 しかし不甲斐ない自分は己の命に勝てず、不当に除名処分が下された木本貴子さんたちの無実と正義を証明することができなかった。そして職員を懲戒解雇になってしまったんです。
 ここで諦める訳にいかない。自分はなんとしても解雇無効を証明し、貴子さんたちの無実と正義を証明しなければならないんです。
 私たちは貴子さんたち会員を守れずに職員を解雇になりましたが、その過程でたくさんの学会本部の問題点を体験してきました。本部には職員が特別となっていくような構造的な問題がたくさんあります。ゆえに、それを肌身で体験した自分だからこそ、本部に戻り、本部執行部と対話をしながら、具体的に改善していく使命があると思っているんです。
 ただ私たち3人とその家族を支えて下さっている同志のお金が8月末で尽きる現実があります。なので何としても8月末までに本部に戻ると決意し、闘いを起こしているのです。
 ただ、もし8月末までに職員に復職できなくても、創価変革の闘いはもちろん続けます。途中で闘いを放り投げることはしません。バイトでもなんでもして闘い抜きます。
 師匠に誓い、創価変革の闘いを止めることは絶対にありません。今、完全に狂ってしまった学会本部を、師匠が理想とされる学会本部に変革するまで、自分は絶対にやり抜きます!」

 師匠を中心とした同心円の弟子が集い合う座談会。
 これこそ三代の師匠が築き、守り抜かれた創価の世界である!
 何でも自由に語り合える創価。対話の花が咲き誇る創価。
 どこまでも人間を中心とする人間主義の創価こそ、師弟不二の精神が脈打つ我らが愛する創価なのである!

 いよいよ3月20日(月・祝)の中国方面・岡山座談会があと3日となりました。
 今回は、静岡は富士宮から迫害を受けてもなお、宗教権力の魔性と敢然と闘い抜かれている同志が参加し、体験談を話して下さいます。
 中国方面はもとより、関西、四国、九州の同志を始め、全国の同志に、是非、お越しいただきたいと思っています。
 真の同志の連帯を築く時はまさに「今」である!
 己身の魔を打ち破りながら、断じて、師恩に報いて参りたい!

<3・20 岡山座談会開催のお知らせ>
 式次第
岡山式次第20170311

 日時
 平成29年3月20日(月・祝)午後1時~4時終了予定

 場所
 岡山市民会館 3階 305号室
 (岡山県岡山市北区丸の内2丁目1-1)
 http://www.okayama-shiminkaikan.jp/

 座談会参加のご連絡のお願い
 座談会への参加を希望して下さる方は、参加人数をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからお知らせいただけると本当にありがたいと思っています。
 連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前をお伝え頂く必要はありません。一行で構いませんので、「2名参加です」「山口から1名で行きます」など、教えて頂けると本当にありがたく思います。
 もちろん、連絡を下さらなくても参加して頂いて構いませんし、また連絡を下さったからといって参加しなければならないということではもちろんありません。

 地図
岡山市民館 地図

 交通アクセス
①路面電車
 路面電車の岡山駅前(停留所)で「東山行き」にお乗り下さい。
 城下(停留所)で下車して下さい。下車後徒歩3分です。
※運賃・時刻表については、岡山電気軌道株式会社ホームページをご覧になって下さい。

②お車でお越しの方へ
 ・岡山インターから約20分
 ・JR岡山駅から約5分
 会館に駐車場がないため、お近くの有料駐車場をご利用いただくことになります。
 ・城下地下駐車場 TEL(086)225-7110
 ・烏城公園駐車場 TEL(086)226-4809

 3・20(月・祝)「岡山座談会」の当日の晴天、絶対無事故、大成功・大勝利を勝ち取るべく、全力で闘い抜き、万全の準備を進めて参ります!


【お知らせ】
◆本日、3月17日(金)付の『週刊金曜日』に、「暴走する創価学会本部の権威主義化と池田名誉会長〝利用〟」とのタイトルで、“創価変革の闘い”を取り上げていただきました。ご覧いただければ幸いです。
◆「カンパをしたいのだが振込先が分からない」との問い合わせがあり、「振込先」をブログ右上のリンクのコーナーに作らせていただきました。
◆熊本座談会報告ブログの【後篇】については、現在作成中で近日中にアップする予定です。






◆ カンパ振込先

 師匠が理想とされる創価学会に変革していくための諸活動(座談会・サイレントアピールなど)の経費のカンパを募らせていただきます。
 ご賛同して下さる方は、以下の口座へのお振込みをお願い致します(カンパしていただいたお金を3人の生活費に使うことはしません。1円も無駄にすることなく座談会やサイレントアピールなどの活動諸経費として大事に使わせていただきます)。

1.ゆうちょ銀行から送金される場合
(記号) 10920
(番号) 25691371
(振込口座の名義人) 元創価学会職員3名(モトソウカガッカイショクインサンメイ)

2.他の金融機関(銀行、信用金庫など)から振り込まれる場合
(店名(支店名)) 〇九八(読み ゼロキュウハチ)
(店番) 098
(預金種目) 普通預金
(口座番号) 2569137
(振込口座の名義人) 元創価学会職員3名(モトソウカガッカイショクインサンメイ)

 今、創価学会は、三代の師匠の信仰の軌道から完全に逸脱している。
 政治の分野では公明党が、2015年9月に戦争を容認する安保関連法案を可決成立させ、現在は牧口常三郎初代会長と戸田城聖第二代会長を牢に繋ぎ、牧口先生を獄死させた治安維持法の平成版である「共謀罪」を自民党と共に強行採決しようとしている。
 宗教団体である創価学会も、2014年(平成26年)以降、会則や教義の変更を本部執行部主導で独断的・強行的に推し進めている。学会員に対してまともな説明をしないばかりか、反対の声を上げる人間を更迭、査問、処分している。
 「納得と共感のある対話」こそ、三代の師匠の根本精神である。
 本部執行部は会員大衆の声を広く聴くべきである!

 元をただせば1979年(昭和54年)、最高幹部たちは師匠池田先生を裏切り、会長を辞任させた。しかし、当時の最高幹部の一人である原田稔現会長はその点をいまだ総括していない。
 それだけでなく、現在師匠がご判断が出来なくなっていることを良いことに、『新・人間革命』を使って、当時の最高幹部の裏切りの歴史を隠蔽・正当化し始めている。
 私たちも創価学会本部職員として10年以上勤務していた。ゆえに、原田会長と同じく特別意識、嫉妬・怨嫉の命を強く持っている。しかし、その狂った命に対し、職員でない同志が涙ながらに、また烈火の如く何度も何度も真剣に伝えて下さった。ゆえに、今こうして創価変革のための闘いをさせていただいている。ゆえに、私たちにとって学会本部変革の闘いは、自身の使命であり、師匠と同志への報恩の闘いだと確信している。
 原田会長が昭和54年に師匠を裏切ったことを認め、心から反省・謝罪すれば、学会本部は抜本的に変わることが出来る。
 現当二世である。今からでも決して遅くない!
 師は、本当の弟子が立ち上がることを待たれている。
 己の魔を排し、師匠の誓願を我が誓願として闘い抜きたい!





●㉑ 告知【3.20(祝・月)「中国方面・岡山座談会」式次第】

 空が晴れ渡る3月5日(日)、静岡県は富士宮の地で、度重なる迫害に耐えながら、ただただ師匠の為に一途に戦い続ける偉大な同志の方々とお会いさせて頂いた。
 かつては極悪・日顕宗と闘い抜き、そして現在は創価学会本部の悪と厳然と対峙して闘われている皆様であった。

 私たちは、不当に除名処分された木本貴子さんと、同じく不当に幹部への連絡禁止処分を受け続けている野口桃子さん(野口の妻)と共に、富士宮の壮年部Aさんのお宅に伺う。
 皆で15分お題目を上げた後、Aさんは、第二次宗門問題が起こった時からの富士宮を取り巻く異様な状況について話して下さった。
 かつてAさんは、学会員宅に押し掛け池田先生を批判して回る日顕宗の坊主や妙観講の輩を徹底して呵責し抜く壮絶な闘いをされてきた。
 当時を振り返り、Aさんは怒りを込めて話される。
 「池田先生のことを悪く言う坊主らを徹底して呵責しました。そうしなければ自分が悪に加担することになる」
 Aさんは常に師匠を胸に苦しむ同志を守るため、地元の男子部3名と共に徹して極悪日顕宗と闘い抜いてこられたという。
 しかし今、Aさんたち富士宮の同志を苦しめているのは、大石寺の坊主ではなかった。なんと創価学会の富士宮特区幹部らと本部職員幹部だというのである。

 問題は2002年6月に起こった。
 正義感溢れる女子部Bさんが教宣部の会合で、教宣部長から“富士桜墓地公園の造成に関わった土建業者と元公明党市議の間で不正な金銭授受が行なわれていた”との話を聞かされたのである。
 Bさんはその話をある壮年幹部に伝えた。するとその壮年幹部が、地元の会合の場でそのことを話したという。
 すると、その場にいた土建業を営む幹部のC氏が、突然激高し、「誰が言った!そんな話誰が言った!」と怒鳴りはじめ、会合は騒然となってしまったという。
 正義感の強いBさんはC氏に、「自分の事を言われた訳ではないのになぜ怒鳴るのでしょうか。元公明党市議と何か関係でもあるのでしょうか。」と問いただした。
 すると、C氏は逆上し、「うるさい!!」と怒鳴り、Bさんの頬を平手で叩こうとする暴力未遂事件を起こしたという。
 C氏は富士宮の金銭問題の関係者の一人であったのだ。

 この日以降、女子部のBさんは、C氏と繋がっている富士宮特区長(当時)ら幹部から、目の敵にされていくことになる。
 ある日、Bさんは富士宮特区長ら幹部に、会館の駐車場で囲まれた。
 そして、「お前なんか女と思ってねーよ」といって胸を3度叩かれるという信じられない事件が起こったのである。
 むろんBさんは、そのセクハラ行為に対して必死に抗議をした。
 しかしその時、特区長はなんとBさんを4度も突き飛ばすという暴力を振るったという。
 常軌を逸した特区長の暴力であった。
 その日Bさんは、足と腰に全治1カ月の重傷を負わされたのである。
 この事件は刑事事件として立件された。
 しかし、初犯であった特区長は起訴猶予処分となったという。

 迫害はこれだけで終わらなかった。
 特区長の暴力事件によって入退院を繰り返していたBさんが退院して間もない2006年6月1日。
 Bさんは久しぶりに富士宮特区幹部会に参加した。
 すると、会合が終わり帰宅したBさんのもとに、特区長から呼び出しの電話が架かってきた。
 やむなくBさんが会館に行くと、特区長は「お前さえいなければ」と叫んだ。そして、なんとまたもやBさんを突き飛ばしたのだ。
 Bさんは、後ろに停めてあった自動車まで飛ばされ、体を強く打ってその場に倒れた。
 その時、周りには多くの人がこの事件を目撃していた。
 どうやっても言い逃れできない状況であった。しかし特区長は、「俺は知らない」「俺は関係ない」「お前が悪いんだ」と言って、少しずつその場から遠ざかったという。
 その場にいた壮年部のAさんは、Bさんのもとに駆け寄り、「大丈夫かい!」と必死に声をかけた。
 しかし、Bさんはまったく動けなくなっていた。そのただ事ではない状況に、Aさんは警察と救急に通報した。

 ところが、ここからさらに考えられない実態が起こる。
 痛みに苦しむBさんに対し、特区長の取り巻きの壮年幹部と男子部2名が上から顔を近づけ、「おい!何をわざと倒れてんだよ!」「お前が悪いんだよ!」と汚い言葉で罵倒し出したという。そうすることで、Bさんを悪者に仕立て上げ、特区長を守ろうとしたのだという。
 もはや、チンピラの世界であろうか。あまりに汚い愚劣な行為に怒りが込み上げてきてならない。

 すかさずAさんが止めに入った。そして、声を出して泣き崩れるBさんを必死にかばっていった。
 ところがその直後、特区長がAさんに近づき、後ろから腹で押してきたという。
 不意を突かれたAさんは、Bさんの上に倒れかかりそうになるのを必死にこらえ、とっさに右腕で特区長を制した。
 その瞬間、特区長はAさんの右腕に押されたかのように、わざとらしく飛び跳ね、車のボンネットを両手で「バーン」と叩いて、さらに回転しながら約7m後ろまで自ら歩いていって地面に倒れ込んだという。
 誰が見ても分かる、被害者を装うための芝居であったという。
 
 結局この事件で女子部Bさんは腰を強打し、全治1か月の怪我を負ったのである。
 ところが、特区長は自らの暴行を否定し、さらにはAさんに罪を着せようと躍起になっていったのである。

 特区長は後日、Aさんを会館へ呼び出し、自らの息のかかった幹部らと創価学会職員の6名で取り囲んだ。そして、「暴力を振るった事を訴えるなら訴えてみろ」「組織を甘く見るな」「暴力を振るった証拠は全部握り潰してやるからな」とAさんを脅した。さらには、「俺が不起訴だったら学会をやめろ」とAさんに脱会を迫ったという。
 そして終いには、警察に対して、“自分(特区長)がAさんから暴行を受けた”という被害届を出し、Aさんを傷害罪で告訴したというのである。
 さらには特区長を取り巻く幹部たちもまた、特区長の暴行を隠蔽するために、警察に偽証したという。

 聴けば聞くほど、耳を疑うような狂気の沙汰である。
 しかし、Aさんたちは決して負けなかった。それはAさんたちには、師匠池田先生との誓いと原点があったからであった。
 Aさんは警察で9時間に及ぶ事情聴取を受ける中で、厳然と無実と正義を訴え抜かれた。
 結果、警察は「虚偽告訴」と認定し、特区長が書類送検され、Aさんは不起訴となった。

 しかし、それでも特区長の卑劣な弾圧は止まらなかった。
 富士宮特区は、壮年部Aさんと女子部Bさんを「会館出入り禁止処分」とし、なんと地元会館の玄関に「会館出入り禁止の宣告」との立て看板まで設置して、Aさんの実名入りの貼り紙やB さんや真実を語り抜いた同志ら5名の、実名入り顔写真を会員に晒すがごとく張り出したのである。
 顔写真を貼り続けること約3年間。
 会館では毎月「富士宮特区幹部会」が行なわれ、学会本部から原田会長をはじめ本部執行部が何度も来館していた。
 しかし、本部執行部は誰一人としてAさんとBさんを救う人間はいなかった。逆に、暴力事件を犯した特区幹部らを擁護し続けたのである。

 このあまりに狂ったやり方に、暴力事件の目撃者の男子部員が特区長に抗議の声を上げる。
 しかし、抗議の声を上げたことを理由に、その男子部は除名処分とされてしまう。
 さらに、特区長の暴力事件を隠蔽させまいと必死に声を上げ続けたAさんやAさんの奥さん、男子部のDさんらが、「会館出入り禁止」「活動参加禁止」の処分を受けていく。
 今現在、女子部Bさんに対する暴力事件から約10年が経つが、女子部を守ろうとした会員3名が無惨にも除名処分されている。
 さらに4名の会員が活動禁止処分を受け、今でもその処分が続いているという。
 特区幹部らは、師匠を胸に一途に戦い続けるAさんたちを村八分の状況に追いやり、特区長の犯罪行為を隠蔽し続けているのである。
 むろん、この事件の一凶も学会本部にある。
 学会本部はすべて事情を分かっていながら、会員の声に耳を傾けようとすることもなく、特区長ら幹部のあるまじき犯罪行為を擁護し続けているのである。

 話をお聴きすればするほど、怒りが込み上げてきてならない。
 壮年Aさんは、一連の問題を話し終えると、真剣な眼差しで語られた。
 「この富士宮の問題の根っこには特区幹部らの純粋な師弟に対しての嫉妬があるんです。その元凶は、やはり昭和54年に師匠を会長辞任に追いやった原田会長たち学会本部執行部にあると思えてならない」と。
 小平は語った。
 「自分も学会本部にいた人間ゆえに、原田や谷川と同じ権力の魔性の命、嫉妬・怨嫉の命を強く持っていると感じているのです。しかし、職員でない同志がその狂った命に対して何度も涙を流しながら『おかしい!』『職員でいる意味がないではないか!』と伝え抜いてくれました。だから、今こうして創価変革の闘いをさせて頂いている私がいるのです。」
 それを聞いたAさんの表情は変わり、真剣な眼差しとなった。
 「あえて言わせてもらいますが、その命の話をどんどんしていくべきだと思う。天魔に操られている本部職員ら会員の元品の無明を斬る為にも、先駆で、そこに気付いていること自体があなたの本当の使命なのだと感じる。『自分にも秋谷と原田と同じ天魔の命がある。だからその命を斬りながら闘い続けます。』と明確に宣言していくべきです!」
 Aさんの真剣な声が響き渡った。
 私たちは、「本当にその通りです。最大の魔は己身の魔です。ここに勝たねば自分の成仏は絶対にありません。己身の魔と闘い抜きながら、師匠が理想とされる創価を築くために、全力を尽くし抜いて参ります。」と決意をお伝えした。
 Aさんは最後に、「あなた方は、勇気を出し自らの全てを明らかにして戦いを起こした。共に池田先生の弟子として、どこまでも真っ直ぐ仇討ちの戦いをやり抜いていきましょう!」「どこまでも先生の御健康を祈りきり、先生を護り抜きましょう!」と話して下さった。

 はじめてお会いしたとは思えない、充実した対話の時間となった。迫害に屈せず戦い続ける偉大な富士宮の同志お一人お一人と、創価変革の共戦を誓って固く握手をした。
 富士宮の同志の壮絶なる闘いを伺い、私たちが学会本部の中で体験してきた問題と同根の問題であると感じてならなかった。
 権力の魔性に侵され、不正を働いた人間は、自らが為した『不正の影』におびえ、自らのやましさゆえに、もはや平場での平等な対話が出来ない生命状態に陥っていくのである。

 今回、「創価変革の勝利を決する年」の第2回となる岡山座談会を開催するに当たり、迫害に屈することなく一途に師匠を想って闘い抜かれた富士宮の同志の体験談をなんとか聞かせて頂けないかと思いました。
 すぐにAさんに連絡をし、Aさんと共に闘われているヤング壮年部のDさんに岡山座談会の登壇をお願いさせて頂きました。
 Dさんは真剣に祈り考えて下さいました。
 そして、「富士宮を代表して、全力でやらせていただきます」と快諾して下さり、富士宮の闘いをありのままお話しして頂くことになりました。
 Dさんをはじめ、富士宮の同志の皆さん、本当にありがとうございます。

 現状、岡山座談会の式次第は以下のように考えています。
岡山式次第20170311

 今から61年前の1956年の5月、師匠が指揮を執られた大阪支部は「一カ月で11111世帯」の折伏を実らせた。
 この時、999世帯という「地区日本一」の弘教を達成したのが、大阪支部の所属であった岡山地区であった。
 さらに、それから6年後の1962年3月、会長就任二周年を目前にされた師匠池田先生は、恩師戸田先生に誓われた「300万世帯」の実現を目指して、岡山の地で「種種御振舞御書」を講義なされた。
 講義に参加した同志は、生き生きと広布拡大の決意に燃え、怒涛の如く折伏を開始していく。その勢いは中国総支部(方面)へ一気に広がり、翌月4月と翌々月5月には、「連続日本一の折伏」を達成。
 「300万世帯」達成の大飛躍の発火点となったのである。

 今こそ、師を想い創価を想う同志が団結して闘う時である!
 会員を苦しめる宗教権力の悪とは断固闘い抜くのだ!
 そして、師匠の誓願を我が誓願とし、師が理想とされる創価学会を自分達弟子の手で築いていくのだ!
 師弟有縁の天地・岡山から、一波が万波へと拡がる民衆決起の叫びを、共々に上げて参ろうではないか!


<3・20 岡山座談会開催のお知らせ>
 日時
  平成29年3月20日(月・祝)午後1時~4時終了予定

 場所
  岡山市民会館 3階 305号室
  (岡山県岡山市北区丸の内2丁目1-1)
  http://www.okayama-shiminkaikan.jp/

 座談会参加のご連絡のお願い
 座談会への参加を希望して下さる方は、参加人数をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからお知らせいただけると本当にありがたいと思っています。
 連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前をお伝え頂く必要はありません。一行で構いませんので、「2名参加です」「山口から1名で行きます」など、教えて頂けると本当にありがたく思います。
 もちろん、連絡を下さらなくても参加して頂いて構いませんし、また連絡を下さったからといって参加しなければならないということではもちろんありません。

 地図
岡山市民館 地図

 交通アクセス
①路面電車
 路面電車の岡山駅前(停留所)で「東山行き」にお乗り下さい。
 城下(停留所)で下車して下さい。下車後徒歩3分です。
 ※運賃・時刻表については、岡山電気軌道株式会社ホームページをご覧になって下さい。

②お車でお越しの方へ
 ・岡山インターから約20分
 ・JR岡山駅から約5分
 会館に駐車場がないため、お近くの有料駐車場をご利用いただくことになります。
 ・城下地下駐車場 TEL(086)225-7110
 ・烏城公園駐車場 TEL(086)226-4809

 3・20(月・祝)「岡山座談会」の当日の晴天、絶対無事故、大成功・大勝利を勝ち取るべく、全力で闘い抜き、万全の準備を進めて参ります!





●⑳【前篇】九州・熊本座談会の報告と中国・岡山座談会への決意

 先日2月26日(日)、九州は熊本で、本年最初の創価変革のための座談会を大成功、大勝利で開催することができた。
 地元熊本の同志をはじめ、福岡、大分、広島、東京、神奈川から、ある同志は飛行機で、ある同志は新幹線で、またある同志はご家族とともに車で駆けつけて下さった。

 座談会開始の約1時間前には、九州男子部のAさんが会場に到着され、談話コーナーで川崎から来た同志たちと歓談に花が咲いた。
 Aさんは、私たちが“3名のブログ”を立ち上げてすぐにメールをくださった方であった。
 それ以来、何度もメールでやりとりをさせていただいてきた。
 昨年の熊本地震の際にも、「熊本地震が落ち着いたら熊本で座談会を開催してほしい」とのメールを頂いていた。
 今回の熊本座談会を行なうにあたって会場選びはAさんのご協力で無事に適切な場所を取ることが出来たのである。念願のAさんとお会いすることができ、川崎の同志の喜びは爆発した。
 Aさんは語る。「今日は何でも語り合える座談会を楽しみにしています。地元では去年『男子部が折伏日本一を達成した!』と言っていましたが、その実態は壮年部や婦人部が決めた折伏を男子部の成果にしているんです。このままの成果主義では学会が空洞化して駄目になってしまうと思います」と。
 創価を心から想うからこそ純粋な同志は苦悩している。
 「本来の師匠の創価はこうじゃない!」と。
 こうして同じ思いを抱く同志に会えることを心待ちにされていた方々が各地から集い、一堂に会して熊本座談会は始まった。

 はじめに、昭和54年当時からの池田先生と九州の同志との絆を描いた動画を観賞する。師匠の九州の同志への熱き魂が伝わり、皆、目頭を熱くする。
 登壇者として最初に、滝川の母である滝川光子さんがお話して下さった。
 光子さんは2年前の1月に、11年間冥伏していた乳がんが再発した。スキルス性の骨転移である。症例的には3カ月以内に亡くなる方がほとんどであった。
 死の恐怖、そして不安が襲う。当時、夫とは離婚し、息子は懲戒解雇され収入は無かった。唯一の収入は自分への年金だけで、治療費も莫大にかかるであろう。失意のどん底に叩き落された。
 それでも「私にはやるべきことがあるんだ!何としても、病魔に打ち勝たねばならない!」と、闘うことを諦めない光子さんは必死に祈り闘い抜かれ、再発から4か月後には全身への骨転移ガンを全て消滅させた。
 2度目の奇跡の完治である。医者は「滝川さんすごいよ!!!」と二人でガッチリ握手した。
 しかし、光子さんのガンはいつ再発してもおかしくない。再発すれば、今度こそ危険な体である。
 その満身創痍の体で、必死に原稿を読み上げる。難病のシェーグレン症候群(ドライアイ、ドライマウス)の体は、すぐに目がかすみ、のどが渇く。座トレの上に置いた水を5分話しては飲み、また5分話しては飲む。
 背筋を張り、命を振り絞るその声に、感動で涙を拭うご婦人もいらっしゃった。
 先月1月30日、光子さんは原田会長に対話を求めて、息子が解雇になってから実に14通目となる手紙を出した。しかし、返事はなかった。
 それでも実直な母は決して諦めない。さらに祈りを込めて、今現在も新たな手紙を書き始めているのだ。
 最後に、光子さんは決意を叫ぶ。
 「池田先生、どうぞご覧になっていて下さい!信心のお陰で与えて頂いたこの命を、私は目を閉じる最後の瞬間まで、全て創価のために使わせて頂き、必ず、必ず、先生の仰せ通りの創価に変えてまいります!」。
 会場から盛大な拍手が鳴り響いた。

 続いて、数千万に及ぶ金銭横領疑惑の関係者であると言われる職員B氏に有り得ない暴言を吐かれ、その言動に声を上げたことを理由に創価学会から除名処分された木本貴子さんの体験談に移る。
 職員B氏の貴子さんたち会員同志への言動は、何度聞いても常軌を逸している。
 貴子さんの当時婚約者だった木本秀信さんを指して、「人非人」「まともな人間じゃありません」と罵り、野口の妻の桃子さんに対しては「頑張っているんでしょうけれども、基本的な知性っていう部分で、非常に、おぼつかないものがあるんです、あなたは。」「ちゃんとした教育受けていますか?」と馬鹿にしていった。
 その職員B氏の仏子をいじめ抜いた過ちが消えることは断じてない。
 貴子さんたちは、2012年5月に除名処分となって以来、諦めずに声を上げ続けている。
 貴子さんは決意で話を締めくくる。
 「池田先生と同志に支えられて、今の自分があります。何度も何度も救ってもらいました。ただただ感謝しかありません。絶対に学会本部は変わると信じ抜き、同志の皆様と共にこれからも大恩ある創価学会のために、徹底して今の学会本部に対して声を上げ、自分にできる本部変革の闘いに命を使い切っていきます。」

 続いて3人を代表し野口が、今の学会本部の狂いの元凶は、昭和54年に本部最高幹部が師匠を辞任させたことにあると話した。
 当時の最高責任者の一人でもある原田稔現会長が、師を守らなかった点を認め、心から振り返り、そこから学ぶことなしには、今の学会本部が正常な状態に戻ることはない。

 座談会の醍醐味である第2部『自由発言の懇談会』では、全員が大きな円になって座った。
 一人の壮年が先駆を切って颯爽と手を挙げられた。組織では地区幹事を務めるCさんである。
 Cさんは、前月1月に出張で東京にお見えになった際、滝川家まで足を運んで下さり、私たち3人と時が経つのも忘れてお話しした方であった。
 Cさんは苦しい心の叫びを話される。
 「最近の会合は全然面白くない。聖教新聞が読むところがない。それをほったらかしている学会幹部は何を考えているのか」と。
 そしてCさんは皆に訴えかけるように話す。
 「先生はかつてお元気な時に“ジャーナリズムの本質”ということをおっしゃっていました。『ジャーナリズムというのは自分の足で稼いで自分で情報を見つけてそれを世に訴えるということが本質である』と。しかし、これまで聖教新聞の3面記事で誰がそんなことをやったことがあるんですかね。共同通信の配信の記事をもらっているだけです。ジャーナリズムの片隅にもおけない!」と、聖教新聞に対する熱き思いを語られた。
 最後に、「もし今年の最後の方で、九州でまた会合の予定を組んでくれるとありがたいな」と、九州での会合をリクエストして下さった。

 続いて、末期ガンを患いながらも、創価変革の使命に生き抜かれるご婦人のDさんが話して下さった。Dさんについては以前、裁判報告ブログ(▲②)で書かせていただいたように、今こそ師匠のために命を燃やし闘う覚悟で東京から駆けつけて下さったのである。
 創価大学出身のDさんは、昨年、後輩に当たる小平、滝川が学会本部前でサイレントアピールをしていることを知った。
 その時、かつて池田先生が創大生に対し「弟妹たちを頼むよ」と仰った言葉が呼び起され、「今こそ自分が先生との誓願を果たす時だ。弟たちの味方をする番だ」と思われたという。
 純粋なDさんは、決意をされるとすぐに行動に移された。何としても“創価変革のため”の闘いを自ら起こしたいと踏み出されたのだ。
 信心をしているお兄さんと話したいと決意し、お兄さんの家に行った。
 心優しいお兄さんは、信心から離れ末期ガンを患うDさんが「お兄ちゃんとお嫁さんと3人で題目を上げたい」と伝えると心から喜んでくれた。そして涙を流しながら一緒に1時間題目を上げてくれたという。
 題目が終わるとDさんは、『実名告発 創価学会』をお兄さんに渡された。
 「兄に言いました。“是非、この本を読んでほしい。私はこの本に書かれたみんなに会ったからこそ、『生きたい』って思えるようになったんだよ”と素直に伝えました。」
 そう話すDさんの眼には、うっすらと涙が光っている。
 「それまでは、生きていても自分の使命を果たすことが出来ないんだったら、“こんな命別にどうでもいい”という気持ちでした。でも、皆さんにお会いして、この学会の未来は明るいなって。この方たちがいて、それ以外にも学会を変えていこうとする人たちがいるんだったら折伏する意味がある。まず自分の体を治して、『この体が治りましたよ』って言ったら、バンバン折伏できるんだから絶対にガンを治すしかない!という思いで祈ってきました。」
 Dさんは目を真っ赤にしながら、真剣に話を続けた。

 一念発起をされ熊本座談会に日帰りでの参加を決めたDさんのもとに、熊本座談会の3日前、長崎にいるお姉さんから突然連絡があったという。Dさんが電話をすると、お姉さんはなんと「私も癌になった」と告白されたという。
 “苦しむ人のもとにすぐに駆けつけて対話をする”というのがDさんのモットーであった。
 Dさんは急遽長崎へ飛び、お姉さんに、「使命と捉えてやっていこうよ。治った時に自分がその体験を語って折伏している姿を想像して、お題目をあげていこうよ」と真剣に励まされたという。
 使命を自覚したDさんは最後に決意を語られる。
 「“自分と池田先生という一点で、御書根本にやっていこうよ”っていうことをこれからも言い続けて、闘っていこうと思っています!」と。
 参加者から、「お姉さんの回復を全力で祈ります!」との温かい声が上がった。
 ガンは決して他人事ではない。いつ自分がガンに侵されるとも限らない。1分1秒も無駄にせず、今を自身の使命を果たすために全力で生き抜くことを皆で誓い合った。

 続いて、隣りに座っていたご婦人のEさんが話をして下さった。
 Eさんはかつて東京に住んでいた時に“ある被害”に遭われたという。
 その後、故郷の九州に戻ってから、その“ある被害”の「被害者の会」に入られた。
 そして、その“被害”についてインターネットで様々調べる中で、私たち3人の存在を知ったという。
 Eさんはこれまで学会を批判するような本は一度も買ったことがなかった。しかし、『実名告発 創価学会』はどうしても気になって買って読んだ。すると、Eさんは「胸が締め付けられて、苦しくて涙が出てきて。これは真実じゃんって、私は思った」と語られる。すぐにご友人に本を薦めたところ、その方はEさんの思いに共鳴され、すぐに本を購入して3名の方に渡されたという。
 さらに、Eさんは友達でもある婦人部長にもメールで伝えた。
 「今、心ある人たちが動き出してるんよ。YouTubeで記者会見したのが全世界に広まっていて、全世界の会員の心ある人たちが気づき始め、動き出しとんよ」と。
 しかし、その婦人部長からは全くメールの返事は来なかった。
 Eさんがインターネットの情報を見ていくと、3人のことをけなすものが出てきたという。足軽会という組織があり、その組織は抜けることができず、抜けたら叩きのめされてしまう、といった内容だとEさんは教えてくださった。
 そうした中、今回、その3人が熊本に来るということで、ならば直接会って自分で確かめようと思い、座談会への参加を決めたのだと話された。
 Eさんは率直に話し続けられる。
 「実際に会ってみて、本(「実名告発 創価学会」)を読んで受けた印象通りの人たちだなと思いました。私も九州で自分が出来ることを一つずつやりたいと思っています。この本(「実名告発 創価学会」)をみんなに教えてあげたいなと思っています」と決意を話された。
 『百聞は一見に如かず』のままに行動に移されたEさんの純粋さとその勇気、あまりに偉大である。

 すると、会合の運営スタッフとして来てくれた川崎の同志のFさんが「ちょっといいですか。今の話の中に、『足軽会』とかって、『叩き潰す』とかってあったじゃないですか。その誤解を解かなきゃいけないなって思うんですけど」と話し始める。

 当時の川崎では学生部卒業者が社会人となって男子部で闘えなくなるケースが多かったため、卒業世代ごとに○○会という名前を付け、一年に1、2回集まって励まし合う風習があった。みなが社会の荒波にも負けず励まし合い、信仰を磨き一生懸命活動していくために、自然発生的に出来た防波堤のようなものであった。
 私たちの世代では『足軽会』と名付けた。“足軽の兵隊は足取り軽く先駆を切って出陣し、将軍様(池田先生)の為に命を捨てていく”との思いを込めて。カッコいい名前ではなく、一番身分の低い会にしようよと言って名前を付けた。
 当時、足軽会メンバーのG君が、仕事の忙しさにはまり学会活動が思うように出来なくなった。幹部であるにもかかわらず組織活動が出来なくなると、「あいつは信心がない。ダメだ」とか、「もう先生の弟子じゃない」と一方的に決めつけるような風潮が四者の中にあった。自分に厳しい性格でもあったG君は自分を責め続けた。
 そうした中、FさんはG君を励ますために、「闘えなくなってもいいじゃないか。一生涯信仰を貫く中では闘えなくなるときだって、題目を上げたくなくなるときだって、組織に足を運べなくなるときだってあるじゃないか。そうした苦しむ同志(G君)に対して、足軽会メンバーの中で、『学会員として負けた姿だ』と言うような心を持ってしまうことがあったならば、そうした心こそ違うのではないか。そうした心とは絶対に闘わなければいけない」といった趣旨のメールを同世代の足軽会メンバー全員に送ったのである。そして、それを受け取ったG君自身も、「そのメールは僕が当時会合に参加できなくなっていて、僕が会合に参加する時に後ろめたい気持ちにならないように、Fさんが自分のために懸命に必死になって書いてくれたメールだった」旨、証言していた。
 しかし、学会本部は、その本人(G君)の証言を知りながら、メールの趣旨を著しく歪曲して、部分的に切り取って使い、Fさんが足軽会メンバーを洗脳するカリスマ的なリーダーであると結論付けたのである。

 Eさんはその話を聞くと、再び話し始めた。
 「でも結局、Fさんがすごく人に慕われる人で、それを妬んだ幹部の嫉妬が発端で、結局そういう風にしてFさんを追い落として、別の人間を派遣したっていうのが別の所に書いてありました。」
 小平がすかさず、「そういうことなんです。」と言う。
 Eさんは続ける。「男性の方がヤキモチが真っ黒こげっていうから、そういう一生懸命にやってみんなから慕われている人がいたら、それを妬む幹部がなんとかして叩き潰さなくちゃいけないとなる。そうすると、悪口を100倍、1000倍にして書くしかないから、結局、妬まれて排斥されたんじゃないかなと思っていました」と話された。
 Fさんは目に涙をためて、「ほんと有難いです。結局、真実を知っても首謀者だ、カリスマリーダーだっていうレッテルを学会の中では剥がすつもりはないんです。しかもそういう風に仕立て上げた方が分かり易い構図になる。結果的に僕の方が3人より先に除名になったんです」と話した。
 川崎の中で最も苦しめられてきた同志である。事実無根のカリスマのリーダーに仕立て上げられ、悪の元凶とされてきたのだ。そして、3人よりも先に首謀者として除名処分となったのである。
 この同志の無実と正義を、一日も早く証明しなければ、職員であった自分こそ最大の悪である。

 話に合点がいったEさんは、みなさんに訴えかけられる。
 「自分達がやったことを隠蔽するために、本当の真実の声を上げる人をどんどんどんどん除名して、結局イエスマンばっかり残して自分たちのやり易いようにしているんですよ。そこで『おかしんじゃないですか』って声を上げなくちゃいけないし、みんなが声を上げるようになってこそ、上も動かざるを得なくなりますよね。
 まだ一部の人しか動いてないから、上は切り捨てれば後は黙って付いてくるからそれでいいと思っている。それこそ、宗門が学会を切り捨てるときに、2割が付いてくればいいと言ったけど、今も同じことが起こっているんだって思ったんですよ。
 結局、先生の辞任の時に声を上げる弟子は誰もいなかった。だから今、一般の会員さんから、本当の地涌の菩薩の人が出て来ているのかなって。
 今日はここに来れて、本当に真実の声を聞けて良かったと思っています。」

 どんな人でも、自らが真実を追求していくことを諦めてしまえば、学会本部が垂れ流す「猛毒」に簡単に侵されてしまう。
 そして、いつの間にか、正常な判断が出来ない自分になっていってしまうのである。


【お知らせ】
・この度、静岡は富士宮特区で迫害に遭われた方々とお会いする機会がありました。創価学会にあるまじき事件をお伺いし、創価変革のための共戦を誓い合いました。そのため、本ブログに富士宮の皆さんのブログ『創価師弟共戦』をリンクさせて頂きます。
・各所からの要望に応え、この度、「元創価学会職員3名のブログ」というアカウントで、ツイッターを始めました。ブログの最新記事の告知や、創価変革のための活動の告知などを発信していきます。基本的にツイッター上でのやり取りはしませんので、やり取りを希望される方は3名のブログ宛にメールをいただけますようお願い致します。
・熊本座談会報告ブログの「後篇」は、近日中にアップする予定です。

20170226熊本座談会①




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プロフィール

Author:創価学会元職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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