●⑭告知【2・26(日)「九州・熊本座談会」の開催決定!】

 今年に入り、聖教新聞での師匠利用がとどまることを知らない。
 1月26、27日の両日、聖教新聞には師匠の名前が利用され、第42回「SGIの日」記念提言が掲載された。
 元旦号の「新年の歌」に始まり、「新・人間革命(大山の章)」、「池田先生と共に 新時代を進む」、「御書と歩む 池田先生が贈る指針」、「随筆・永遠なれ創価の大城」、そして各地での会合へのメッセージなど、聖教新聞に師匠からの「メッセージ」が掲載されない日はない。
 しかし、共に世界平和のための対談集まで編んだ戦友であるヨハン・ガルトゥング博士の呼びかけに応えず、安保法制に悩む会員に何も声を発することなく、さらには青年学会を目指して手を打ってきた師匠が老齢人事すら声を上げない。もはや、師匠が御判断のできない状態であることは明らかである。
 今、師匠の「メッセージ」は、聖教新聞社の記者や第一庶務のメッセージ作成チーム(通称中野学校)、某第一庶務局局長らが作っているものである。SGI提言も聖教の作成チームが作っていることは有名である。
 もちろん私たちは、師匠が御自身のメッセージや御著作を弟子たちに代筆させることが悪いと言っている訳ではない。
 師匠が御判断できた時の代筆は当然師匠のご意志であり、そこには師匠の魂が込められ、師匠の思想と精神が脈打っている。師匠の広宣流布の闘いの大きさを考えれば、当然のことである。
 しかし、師匠がご判断できなくなった昨今の「メッセージ」や「新・人間革命」などの代筆は、師匠の思想と精神に適っていないだけでなく、本部執行部や本部職員である代筆者たちの保身によって、師匠の真実の歴史を歪めるものに使われている。

 師匠が30巻を予定していると語られた「新・人間革命」。
 ご判断ができない師匠に代わり、池田門下の弟子たちが全責任を担って作成していくことは責務であろう。
 しかし、師に代わって「新・人間革命」を代筆する以上、その責任は重大である。もし師の心に違うことを書いたのであれば、万代に続く創価の歴史を歪め、「創価の原点」に傷を付けることになる。

 今「新・人間革命」は、「昭和54年の歴史」に突入しているが、創価学会にとって最重要の歴史であることは、学会員であれば誰もが分かることである。
 ところが、「新・人間革命(大山の章)」では、当時の学会本部の最高幹部たちが「大魔」に敗北した事実、つまり「弟子の敗北の歴史」を歪めているのである。
 1月20日(金)に掲載された『新・人間革命(大山十六)』には、昭和54年4月5日の立川文化会館で学会首脳会議(池田先生、北条浩、秋谷栄之助、和泉覚、辻武寿、山崎尚見、野崎勲)が行なわれ、当時の最高幹部の一人が「時の流れは逆らえません」と発言した場面について書かれている。

 「伸一が、一人の幹部に意見を求めると、つぶやくように語った。『時の流れは逆らえません・・・・・』」

 しかしながら、この日の出来事については、師匠が1999年4月、『随筆・嵐の「4・24」』(「随筆・桜の城」に収録)で克明に書かれているのである。

 「ある日、最高幹部たちに、私は聞いた。『私が会長を辞めれば、事態は収まるんだな』。沈痛な空気が流れた。やがて、誰かが口を開いた。『時の流れは逆らえません』」

 真実は、師匠は一人の幹部に意見を求めたのではない!
 その場にいた最高幹部全員に、「私が会長を辞めれば、事態は収まるんだな」と聞いたのだ!!
 沈黙が続き、最高幹部の一人が「時の流れは逆らえません」と答えたのだ!そしてその発言を否定する幹部もまた皆無であったのだ!
 それが真実の歴史のはずだ!
 つまり、4月5日の立川文化会館での師匠を裏切った歴史は、当時の最高幹部たち全員に責任があり、その発言をした「一個人の問題」ではない!!

 ところが、現在連載中の『新・人間革命(大山の章)』では、師匠がその場にいた最高幹部全員に「私が会長を辞めれば、事態は収まるんだな」と聞いた事実は隠蔽されているのだ。
 さらに「時の流れは逆らえません」との言葉を『「一人の幹部」の問題』であるかのようにして描いているのである。
 あり得ぬ!断じてあってはならぬ!!
 こうしたストーリーにしたのは、原田会長を始めとする現本部執行部の保身だとしか思えない。原田会長も「時の流れに逆らえ」ず、師匠の辞任を傍観した一人である。
 現創価学会会長の原田稔は、師匠が会長を辞任された後、北条新会長のもとでも副会長に任命され、最高幹部の座にい続けた人間である。ゆえに、自分を含めた当時の最高幹部たちが師匠を裏切ったこの歴史を隠蔽したいのではないか。それにしても歴史が違う!

 さらに師匠は『随筆・嵐の「4・24」』で、
 「幹部たちは、宗門と退転・反逆の策略に、完全に虜になってしまったのである。情けなく、また、私はあきれ果てた。」
 「なんと哀れな敗北者の姿よ。」

と、この日の師匠の心境を克明に描かれている。
 ところが、「新・人間革命(大山の章)」では、この「弟子が敗北した」という最も重要な歴史の事実をも隠蔽しているのである。そればかりか、「伸一の心は、既に世界に向かって、力強く飛び立っていたのだ」、「山本伸一には、以前から考えてきたことがあった。それは、会長の交代であった」など、まるで会長辞任に別の理由があるかのように作出しているのだ。
 違う!これは絶対に違うのだ!真実の師匠のお心ではない!
 自分の居場所はなく、ただ一人学会本部の地下にある粗末なボイラー室で会員への激励の手紙を書き続けた師の歴史ではない!!

 昭和54年。
 それは、本部最高幹部全員が、宗門という「衣の権威」と、当時最高幹部であった顧問弁護士の山崎正友ら「内部の敵」の策謀の虜となり、「大魔」に食い破られ「弟子として敗北した歴史」である。
 同志よ!
 断じて騙されてはならぬ!
 真実の歴史は弟子の「裏切りの歴史」なのだ!
 だからこそ、真実を書き残さねば、また同じ過ちを繰り返すのだ!
 命をかけて護ろうとした弟子はいなかった。
 「傍観者こそ最大の悪である!」
 その歴史を繰り返さぬために、真実を書かねばならいのだ!

 師匠は『新・人間革命』で、「創価の師弟」という荘厳な歴史を万代に渡る弟子のために書き残して下さっていた。未来永劫に弟子が「創価の師弟」の道を踏み外し、裏切り、同じ過ちを犯さないように。弟子の勝利のために。
 しかし、現在師匠はご判断できる状況にはない。
 54年の歴史は弟子が書き残さなければならない状況になった。師匠を護れなかった弟子が、今師匠に代わって代筆しなければならない状況になったのだ。
 しかしだからこそ、私は思う。
 師匠を護れなかったあの歴史を、今弟子が師匠に代わって身を切る思いで書き残す時がきたのだと。師匠を裏切り、創価の師弟を裏切ったあの心を取り戻す戦いを、師匠は弟子に残して下さったのだと。
 弟子が身を切られる思いで裏切りの歴史を振り返り、その歴史を自らが書き残し、師匠への報恩感謝を伝えられる時をつくって下さったのだと。
 師の弟子への愛情は、あまりに深く厳粛なのだと思えてならい。

 しかし、この師匠の総仕上げの戦いの意味を、本部執行部は全く理解していない。それどころか、その歴史を隠蔽するために真実を隠そうと、その書きぶりは実に巧妙であり必死である。
 師がご判断できないことをいいことに、「代筆」を利用して一人の人間に裏切りの歴史の責任を擦り付け、自己を正当化する。そして自分への権威付けのために弟子の裏切りの歴史すら改ざんする。
 どこまで、一体どこまで、師匠のお心を裏切ればいいのか!
 もはや、54年になんの反省もないではないか!
 自分たちは師匠を護れる立場になかったとでも思っているのか!
 あの時はどうしようもなかったとでも思っているのか!

 しかし、私は言いたい。いかなる理由があるにせよ、これを師敵対と言わずして何と言うのか!!

 「魚は頭から腐る」というが、今の創価の実情そのものである。
 今、師匠利用の学会本部の毒が、全国の現場組織にまで波及している。
 先日9日、他県に住む70歳代のご婦人のお宅に伺う機会があった。
 ご婦人は、草創の頃から信心をされている方で、若いときは教宣部員として法華講の脱講運動で闘われた歴戦の方だった。
 ところが、話が最近の学会活動になるとご婦人の顔がみるみる曇っていった。
 正役職から外れたご婦人は、会合に参加しても発言する場がなくなっていき、ただ黙って上からの打ち出しを聞くばかりの組織に嫌気が差していったという。
 さらに、そのご婦人の地域では、驚くべき打ち出しがあったという。
 それは『地区で5基の学会墓地を購入しなければならない』という信じがたいノルマのような打ち出しであった。
 私たちは耳を疑い、互いに顔を見合わせた。
 私たちも40年近く子どもの頃からずっと創価の庭で様々見聞きしてきたが、さすがにそこまで狂った話は聞いたことがない。
 その組織では、墓地を売るための説明会を開催し、組織的に学会員に呼びかけたという。さらに、幹部は『新・人間革命』の先生の言葉を引用し、「墓地公園は池田先生のご構想の一環だ。あなたはその先生のご構想に賛成なのか、反対なのか。」と迫るという。もはや宗教を悪用した強要である。
 しかも、そのご婦人は、すでに別の学会墓地を購入していたという。組織幹部がそのことを知らないはずがない。考えられない滅茶苦茶な話である。
 さすがに、草創期から創価を信じ護り抜いてこられたご婦人も、「今の創価学会はおかしくなっている」と思ったという。そして、今では、ほとんど会合や協議会に出ていないと仰った。ただ師匠を胸に、創価の変革を必死に祈られているという。
 お話を伺い、私たちは胸が締め付けられた。
 いったい、何のための組織なのだろうか。
 いったい、誰のための創価学会なのか。
 こんなにもおかしくなった創価を何としても変えねばならない。断じて師匠の仰せ通りの創価へと変革しなければならないと固く誓った。

 純粋に信仰されている学会員を犠牲にして、組織の発展などあり得ないのだ。この硬直化した組織を立て直すには、一人ひとりとお会いして共に立ち上がっていく以外にない。
 22日には、ブログ宛にメールを下さっていた九州・福岡の50代の壮年の方が、上京していた時間を割いて滝川宅にお越しくださった。
 壮年は語られる。
 「皆、組織では、右向け右で、本音を言う人がいなくなっています。」
 「今の創価の座談会では、自由闊達に語り合える場がなくなっている。壮年部は、実際は3割ぐらいの人が不満を持っていると思います。」と。
 あっという間に1時間半が過ぎた。
 帰り際にその方は言われた。
 「今日は、本当に久しぶりに何でも語り合える仏法対話ができた思いです。また絶対にやりましょう!こんな語らいの場であればみんな参加したいと言うと思います。」と。
 今の創価には、何でも自由に話し合える場がないのだと改めて感じた。
 本来、膝詰めの一対一の対話と座談会は、創価学会の活動の根幹のはずである。言いたいことが言えず、聞きたいことを口にできないならば、行きたくなくなることは当然である。しかしそれは本当の創価ではない。
 幹部も部員も共に悩みや疑問を共有し、師匠の指導を根幹に納得と共感の対話を大事にしながら、一人ひとりが勇んで人間革命に挑んでいくのが師匠の創価なのだ。
 なんとしても、なんとしても清浄な創価を取り戻さねばならないと私たちは決意を新たにした。

 創価変革の勝負を決する本年。
 いよいよ心晴れやかに、心軽やかに、全国各地で創価変革のための「座談会」を開催し、創価を憂える同志の皆さまとお会いさせて頂きたいと思っています。

 「一番大変な時に、一番勇気を奮い起こして、先駆を切って闘い抜いた人が、金剛不壊の仏になる。これが仏法の真髄です。」(名誉会長指導)

 「『先駆の人』とは能動の人であり、みずから率先の人である。そこに栄光も勝利もある。」(名誉会長指導)

 今年最初の座談会は、「先駆の大九州・熊本」で開催したい!
 九州は、三代会長が魂魄をとどめられた使命の天地である。
 初代牧口先生は、何度も九州に足を運ばれた。
 牧口先生逮捕の起訴状には、牧口先生が福岡県その他の地域で座談会や講演会を開催され、または折伏に励まれていたことが挙げられている。広布の地盤として、牧口先生は九州に生命を注がれた。まさに九州こそ、先師が先駆を切って波濤に立ち向かわれた地である。
 第二代戸田先生がご逝去の半年前に、「九州男児よろしく頼む!」との遺言を残されたことは有名である。その半年前には「九州広布ではない、『東洋広布は我らの手で!』との雄大な気宇で進んでもらいたい」と九州の全同志に未来を託されていた。
 そして、第三代の池田先生が昭和54年の反転攻勢の狼煙を上げられたのが、九州である。
 昭和56年12月、師匠は大分の地で、青年に万感の思いを託した長編詩「青年よ、21世紀の広布の山を登れ」をしたためられ、創価の正義の反転攻勢を開始されたのである。
 師匠は仰った。
 「九州が立てば、全国が立つ! 九州が勝てば、全国が勝つ!
  この雄々しき先駆の大闘争心こそ、九州の魂だ。
  愛する九州の同志よ! 世界広宣流布の扉を開け!
  二十一世紀を、よろしく頼む!」
と。
  
 また昨年、九州・熊本では大震災が起き、今でも余震が続いている。今日本で最も苦しまれている地域の一つである。
 しかし、変毒為薬の妙法である。一番苦しんだ人こそが一番幸福になれるのである。
 だからこそ、その天地から皆さまと共に反転攻勢を起こしたい!
 明るく未来を勝ち開く
     希望に満ちた座談会を!
 創価を正義の軌道に戻す
         勝利の座談会を!
 どこまでも「人間主義」の対話の場を!

 共に池田門下として赤裸々に話し合う
 自信と勇気に満ち溢れた決意の会合を!

 “自分の中に師匠がおられる。”
 “自分の中に創価学会がある。”
 ゆえに
 共に「創価の変革」という正義の旗を掲げたい!
 池田門下の真の団結を 共々に築いて参りたい!!
 師匠が生き抜かれている今この時に、師が理想とされる民衆の創価へと変革して参りたい!

<2・26九州・熊本座談会開催のお知らせ>
 日時
  平成29年2月26日(日)午後1時~4時終了予定

 場所
  熊本市総合体育館・青年会館2階 第1和室
  (熊本県熊本市中央区出水2-7-1)
  http://kc-sks.com/soutai/map.html


 地図
熊本市総合体育館・青年会館の地図

 交通アクセス
   市電:「市立体育館前」または「商業高校前」下車、徒歩10分
   バス:「水前寺公園前県立図書館入口」下車、徒歩6分
       「砂取小前」下車、徒歩3分
       「熊本商業高校前」下車、徒歩3分
       「画図道」下車、徒歩4分







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●⑬ 私たちに対する質問について

 現在、前回のブログに対して、直接電話やメールでたくさんのご意見を頂戴しています。
 様々なご意見を頂いていますが、ご意見を下さった皆さんの真心に、本当に感謝しかありません。

 最初に、私たちが同志から多額の借金をしていることについて話したいと思います。
 ブログにも書きましたが、これはすべて私たち3人の至らなさゆえであり、お借りしている同志5家族の皆さんには本当に申し訳ないと思っております。
 8月までに懲戒解雇の不当・無効を証明し、少しずつ全額返金する決意です。

 また、「なぜ、仕事をしないのか。」「仕事をしないことは信仰者として間違っている」というご意見もありました。
 今、私たちはほぼ毎日、ブログと裁判書面の作成のために、朝から晩までパソコンに向かっています。また、あらゆる創価を憂える同志とのメール、電話、直接お会いしてやり取りをしています。あっという間に一日が過ぎ去っていきます。
 それ以外にも、座談会やサイレントアピールを開催することになれば、その会場探しや登壇者との打ち合わせ、原稿作り、横断幕の作成など準備をします。
 朝は5時15分に起き、6時から7時半まで勤行・唱題を行ない、8時から作業を始めます。昼食と夕食で約30分ずつ休憩しますが、あとはトイレ休憩ぐらいで夜10時過ぎまで、パソコンに向かっています。眼精疲労なのかオレンジ色の鼻水が出ることもあります。
 休日についても、ほぼ同じスケジュールでパソコンに向かって、作業をしています。

 ブログの作成は、1週間に1本ぐらいのペースでアップしていますが、私たちにとっては簡単な作業ではありません。
 そもそも文章を書く以前に、闘いの方向性を練り上げ決定します。その上で何を話題に取り上げるのか、それをどういった角度で書くのが良いかなど、何度も悩み抜き作成します。
 大筋が決まると3人で役割分担をします。ブログの全体の流れを作る人や、資料などを集める人に分かれ進めます。
 資料集めでは、例えば座談会報告のブログでは、記録のビデオを見て、反訳を起こします。ブログにあげる以上、当然無責任なことは書けません。また、師匠の御指導は多岐にわたり、伝えたい主旨の根拠である師匠のご指導を調べるのも時間がかかります。
 ブログの全体の文章を作る人が一段完成させると、2番目の人が見直します。その後、1番手と2番手で納得がいくまで話し合います。意見が相違した部分は特に重要です。考えが違う中には、必ず新たな発見があり、問題の本質を深めさせてもらえるからです。
 1、2番手が納得できるところまで来ると、次に3番手の人が見ます。3番手によって気づく点も多くあり、ブログの内容自体を見直さなければならなくなったり、大きく構成を入れ替えたりすることもあります。
 一つのブログをつくることに、本当に多くの時間と労力がかかる現状があります。
 私たちは不甲斐なくも先が見えている訳ではありません。創価変革という目的を果たすために、どうするべきか、常に暗中模索を続けながら、それでも恐れずに勇気を出して具体的に一歩一歩行動を起こしているのが実情です。

 また裁判書面の作成も、実際に膨大な時間がかかる作業です。
 現在、学会本部と係争中の裁判は、「平成23年の譴責処分」と「平成21年から平成24年にかけて行なわれた3人で7回に及ぶ配転命令」に対する裁判です。
 現状、まだ被告創価学会が訴状に対する認否をしていないにも関わらず、既に双方あわせて裁判資料(準備書面、証拠等)が1000頁以上になっております。
 3人それぞれに特有の事情があるため、誰か一人が代表で進めることはできません。つまり3人とも、各々特有の事案と向き合う時間が必要となります。
 自分の事情については、自分にしか分かりません。そのため、各々が過去の記録(メール、手紙、録音、手帳)を振り返り、客観的な事実を吐きだしていく必要があります。
 前訴である解雇裁判での書面も数千頁にわたっており、それらを資料として毎回確認しながら準備書面の作成と証拠集めを進める必要があり、事実確認だけでも本当に時間と労力がかかる実情があります。
 解雇に至るまで、10年に渡る学会本部や本部の最高幹部たちとの間でなされたやり取りがあり、その経緯は膨大な内容のため、代理人である同志一人に全てを任せることは不可能です。
 当事者である自分達が一つ一つ確認しながら吐きだした事実をベースに、弁護士の同志と話し合って、準備書面の大筋の方向性を決め、各々が各々の主張の文章を作成しており、相当な時間がかかる実情があります。

 ご意見の中には、弁護士をもっと立てるべきだとの意見も直接頂戴しています。
 しかし正直、弁護士を何人も立てるお金はありません。また、例え何人立てても、10年間に渡る経緯や宗教内部の背景を理解してもらうことは大変難しいと思えてなりません。もちろん悩んだ時にはベテラン弁護士の方に相談しています。しかし、一般社会とは異なる性質が学会本部の中にはあり、正確に理解して頂くことは難しいことを感じてきました。
 同志以外の弁護士を立てた時にそのことを痛切に体験してきました。
 「工夫をすれば伝わるでしょう。」「働いて弁護士にまかせれば良いじゃない」
 そうした意見や批判はあるでしょう。しかし何度も話し合い、考え、戦ってきた結果、今私たちが証拠を集め、書面をつくり、代理人の弁護士に見てもらうやり方が一番良い書面をつくる戦いだと感じています。

 『何か仕事を開始しながら、今の闘いを継続していく。』 
 こう思ったことは何度もあります。また、そう行動を起こそうともしました。
 私たちは、会員同志の正義を証明できずに解雇となり、不甲斐なくも解雇無効の裁判にも負けました。
 この時、私たちはすでにお金を貸してくれていた同志たちから、これ以上お金を借りることは出来ないと考えました。
 そして、これまで共に闘ってきた同志たちに集まって頂き、自分達の考えを伝えました。

 集まって下さった同志の皆さんに伝えました。
小平 「不甲斐なくも解雇裁判に負けてしまいました。これ以上、借金はできないと思い、アルバイトをしながら闘いを進めようと思っています。」
 私は共に戦ってきた同志の皆が賛同してくれると思っていました。すると、それを聞いていた同志が言いました。

同志 「これだけの闘いを、他に誰が出来ると思っているの。朝から晩まで目を真っ赤にしてパソコンに向かい、本部に勤めていた時よりも働いて。」
小平 「働きながらでも絶対にやり抜いて見せます。」
滝川 「絶対にやり抜きます。」
 同志は首をかしげる。
「これからは順番にパソコンに向かって戦いますっていうことかい。」
 野口が答える。
「午前中や午後、また交代で戦いながらやり抜きます。」

 自分達はこれまで散々同志に甘えてきた。不甲斐なくも裁判に負けた自分達が、働きながら闘うことは当然の選択だと思った。
 しかし、同志はこう問いかける。
「もう苦しい生活は嫌だってことかい?」
 滝川はそんなことはないと思った。
「違います。先生にすべてをかける心に変わりはありません。」
 同志は、野口に尋ねる。
「子どもにはいつも貰い物の服を着させ、妻の服はリサイクル。借金は日に日に多くなる。こんな、生活はもう嫌だっていうことかい?」
野口 「そんなことはありません。僕は恵まれ過ぎていると反省しているんです。」
同志 「いやいや、僕はそうは思わない。君たちは切り詰めて、切り詰めて生活している今がもう苦しくなったんだ。だから、働いて楽になりたいだけだ。」

 同志の言葉を必死に否定したい私たちがいた。
 働くことは楽な選択ではない。むしろ、これまで以上に苦しい闘いになることを覚悟して決断した思いを、何とか同志に分かってもらいたい。
 滝川は同志を見つめ、決意を伝える。
「違います。皆さん働きながら戦っています。信心即生活というのは先生の指導でもあります。指導通りでなければ勝てないと思います。」
 同志の中に無言の空気が流れる。
 静寂を破るように小平は語る。
「解雇無効裁判に負けたのなら働こうと3人で思っていました。これ以上みなさんに迷惑はかけられません。またお金を借りて甘えることはできません。」
 野口も必死に思いを伝える。
「僕たちは同志に甘えすぎです。」
 同志は黙ったまま私たちを見つめる。皆の無言は続いた。

 張りつめた空気のなか、同志が意を決して話し始める。
「とにかく、僕には全く理解できない。本部でこれだけ汚いことに出合い、それでも忍耐し続け、そして解雇された。解雇した執行部は正義の人。された君たちは悪人。こんな本部の末期状態を体験して、働くための理由が信心即生活かい。」
 小平は同志が自分の気持ちを理解してくれていないと思った。
「違います。働くことで多くの会員の方にも戦いを理解してもらえると思うんです。」
同志 「働くことで理解される・・・・・?
君たちは学会本部でこの問題に出合った意味を全く理解していない。多くの人に理解されたいから戦っているのかい。」
野口 「理解してもらいたいです。」
 その場に集った同志全員が、私たちの言動に違和感を持っていることだけは伝わってくる。
 そして、同志は声を絞り出すように話した。
「信心即生活・・・・今がどんな状況か・・・・・・働きたいなら働けばいい。自分たちの好きなようにやれば良い。」

 嫌な空気が流れ、その場は終わりました。
 しかし、私たちは正しいと信じることをしました。アルバイト先を選びました。理解してもらえない同志には、その戦う姿で理解してもらおうと思ったのです。
 アルバイト初日、野口は建設現場で必死に働きました。帰ってから3時間、ブログ作業で分担された箇所を作るためパソコンに向かう。
 この時、体を休めること以外で、はじめて創価の問題から離れた時間を過ごしました。働いてお金を稼ぐ。充実感がありました。なんだか良く寝ることもできました。
 そして、アルバイト二日目のお昼、現場で野口は自分で作った弁当を食べていました。食べていると、目の前に同志がいるのです。
 アルバイト先に現れたのです。同志は仕事のはずなのに、私の目の前に現れたのです。
 私はなぜ同志が現場にいるのか理解できませんでした。同志は私の前に立ちこう言うのです。
「なんでこんなところで時間を使っているの。なんで今なの。創価が、先生の創価がこんなにおかしくなっているのに、なんで今なの。」
 同志はずっと自分が働くところを見ていた。そしてさらに伝えるのです。
「のぐっちゃん、信心即生活、今この指導で末期状態の創価は変わるのかい?先生が今の君の姿を見て喜んで下さっているのかい!」
 同志は目に涙をためて何度も語り続けるのです。
「誰かが犠牲になってでも行動しなければもう創価は変わらない!今、師匠が生きている。こんな創価になっても生きて下さっている。ここで時間を使うことが、僕らが体験してきた意味なのかい。」

野口 「これ以上、甘えてはいけないと・・・」

 同志の目に涙が溜まっている。
「なんで逃げる!なんで創価の現状が分からない!今、変えなければ創価は変わらない!先生の時間がないんだよ!!」
 自分の肩を掴み同志は涙を流しながら何度も叫ぶのだ。 
「時間がないんだ!職員として内部で苦しんだ人でなければ本部は変えられない!如蓮華在水じゃないか!お金なんて返さなくていい!皆で出し合って戦えるところまでやるんだよ!」
 気づくと妻の桃子が立っている。妻も一緒に来ていたのだ。野口は茫然とした。なんだか涙がでてきた。
 桃子は自分をまっすぐ見て言う。

桃子 「貸してもらえるなら、貸してもらえるところまでとことんやろうよ。時間を全部、創価のために使おうよ。甘えているって言われたら、甘えていますって言えば良いじゃない。甘えても、甘えても創価のため、先生のために生きようよ。」

 妻が一番苦労している。ご近所に頭を下げ、服をもらったり子どもの自転車をもらったり。風邪をひいても病院にも行かず、お金をできるだけかけずにご飯をつくる。子どもたちはボロボロの自転車を取り合い大切に乗っている。その極貧の生活に、妻は一度も愚痴ったことはない。「なんだか生活力がつくね」と明るく笑うのだ。
 信心をして幸せになると友を信じて入会した妻。
 なのに長女が生まれたら自分は解雇。職員の支部長には「ちゃんとした教育受けてますか」「おつむが普通じゃない」と暴言を浴びせられる。そして信じた友は除名。今では自分の戦いによって同志に頭を下げてお金を借りて生活。
 それでも、“創価に時間を尽くすのは今だ”と妻は言う。
 野口の目から涙が溢れた。
 そんな自分に同志は叫び続けるのだ。
「のぐっちゃん!誰かが行動を起こさないと、誰かが、誰かが動かないと創価は変わらない!!僕ら全員、まだ貯金がある。全員の生活ができなくなってない。これは僕ら全員の戦いだ!弟子の戦いだ!創価のために時間を使うんだよ!」
 桃子が涙声で言う。
「私は幸せだよ。先生のため、同志のために生きれるんだもの。やれるところまで、できるところまで、甘えて甘えて甘えきって、納得できるまでやろうよ。」

 野口は泣いた。またも間違ってしまったと思った。自分はまた逃げたんだと思った。

 「働くべきだ。」「働かないこと自体がエリートだ。」「それは信心即生活ではない。」「社会人として甘えている」
 批判は当然です。先生の指導から自分は外れているからです。

 しかし、この時自分は、本部職員になった自分が学会本部で体験した使命と責任からまたしても逃げようとしたのだと思ったのです。
 むろん、こう思うこと自体が「逃げている」と批判する方もいるでしょう。

 しかし私はこれだけは伝えさせてもらいたい。
 “私に命をかけて守ってくれる。そういう友にお金を借り、友とその子供たちに苦しい生活をさせてまで闘いを進めるというのは、毎日毎日本当に苦しい”と。

 働いていた時、私は少し気持ちが楽になれました。
 「アルバイトをする」と同志に語った時、私は「信心即生活」を利用しました。私は毎日10時間以上にも渡ってパソコンに向かい、創価の問題と戦うことから理由をつけ、逃げたと思いました。
 情けない敗残兵の姿でした。

 私たちは話し合いました。そして、勇気を奮い起こして同志たちにもう一度話しました。
「苦しいですが甘えさせてもらいたいです。師匠のため同志のために戦い抜きます」
 すると同志は言う。
「甘えてなんかいない。甘えるほうが苦しい。そんなことが分からない僕らではないよ。でもね、僕らはこんなにもおかしなことに出合えたんだ。そして先生が表舞台に出なくなった、本部の実態を知ったんだ。創価のこの末期の現状を体験し、師匠の命に限りがあることを知りながら、創価変革以外に時間を使うべきではない。」
 同志が続ける。
「僕らがやるんだよ!全部ひっくり返すんだよ!!時間はないんだ!僕らの世代でやるんだよ!あっという間に時間が過ぎてきたじゃないか。体が動くときに、動いて、動いて、たくさん創価を憂いている人に会うんだよ。今の創価に苦しんでいる人に会って団結するんだよ。そして変えるんだ!」

 本来、一番苦しいのは同志のはずだ。
 同志は、学会本部から一連の川崎の問題の首謀者(元凶)に仕立て上げられた。
 本部を信じる地元の組織の学会員は、同志がまるで人間ではないかのように、「カリスマのリーダー」といって馬鹿にした。
 実の母親からは、突然メールがきた。
 そこには「あなたを祈り殺す」と書かれていた。さらに、「あなたが除名になったことが、私の永遠の生命の最大の汚点だ」とも伝えられた。
 それでも、同志は「功徳だよ」と笑顔で話す。
 ただただ師匠池田先生を、その思想をお護りするための難だと。
 しかし、同志を一番苦しめたのは、他の何でもない、生死を共にすると誓い合った同志であるはずの私たち職員だった。
 職員特有の特別意識・エリート感覚を克服できない私たちは、本部の権威・権力を恐れ、本部からの処分に一々恐れる情けない自分達だった。
 しかし同志は、私たちが学会本部の悪に屈服しそうになると、涙を流して叱咤激励してくれた。

 私たちは、“諦め、闘いから逃げることが最大の敗北である。もう絶対に己の職員としての使命から逃げない”と固く固く誓い、唇をかんだ。
 最後に同志が語ってくれた。
「とにかく、3人は日中創価変革のこの闘いを全力で進めてほしい。お金は全部この闘いに使う。3人が解雇になった時にも伝えたが、お金は今世で返せなければ来世で返すのでも良い。大事なのはお金ではない。職員も民間も、お互いボロボロになるまで闘い抜こうよ。絶対に師匠のための創価に変革するんだよ!」
 私たちはとっさに、「借りたお金は絶対に絶対に返します。」と応えました。

 これが私たち3人の真実の歴史です。私たちはずっとずっと同志に守られながら闘わせて頂いているのです。
 私たちの願いはただ一つ、師匠が生きておられる今この時を、悔いなく創価変革のために時間を使いたいという一点です。

 時に自分達は情けないことに「楽になりたい」と想像する時もあります。
 「普通に就職し、一般的な生活を送る。」
 「自分の友人や知人に、師匠や創価の素晴らしさを語っていく。」
 こうした誘惑に駆られることがあります。
 しかし、師匠の仰せを守るべき最高権力者である本部執行部の悪をこれほどまで体験しながら、その悪と向き合わず変革を懸けて闘わない人生は、師弟の敗北であると思えてなりません。

 職員であった自分は、創価を変革し同志を始めとする会員同志の無実と正義を証明する使命と責任があると思っています。

 師匠は今年89歳になられました。
 師匠の命のお時間には限りがあります。
 本当に至らない私たちですが、今はただただ師匠のため、創価の変革のために、この身を奉仕させて頂きたいと思っています。


(その他のお問い合わせ)
・創価変革の闘いの活動諸経費としてカンパを募る行為が、軽犯罪法に違反するのではないかとのお問い合わせがありました。
 警察に確認したところ、「軽犯罪法1条22号の『こじき』行為とは、道路上などで、金品を募る行為について、その目的が私的に生活費として使用する目的である場合である。今回の相談内容は、講演会や勉強会など社会的な活動をする目的のカンパであり、生活費目的ではないため、軽犯罪法違反に該当することはありません。」との明確な回答でした。




●⑫ 創価変革の勝負を決する「2017年」の決意

「風が吹けば波が立つように、行動を起こせば状況は変化する。行動は壁を破り、自分の境涯を開く力である。
 行動の人には、あきらめはない。行き詰まったように見えても、行動のなかから、常に新しき道が開かれるからだ。」(名誉会長指導)

 創価変革の勝負を決する「2017年」が開幕した。
 前進あるところに、障害があることは道理である。
 前途にいかなる烈風があろうとも、誓いを忘れず、断じて恐れず、全同志が勝利と幸福の一年として参りたい!

 年末に届いた聖教新聞の元旦号に、私は衝撃を受けた。
 新年号にもかかわらず、師匠池田先生の今現在のお写真が一枚も掲載されていなかったからである。
 また1月4日付の聖教には、師匠の元旦、2日の行動を報じる記事も一つもない。
 過去5年の新年の聖教新聞を調べたが、師匠のお写真や元日、2日の動きが掲載されないことは今年が初めてである。
 思えばすでに昨年の新年号の師匠のお写真は、師匠の目に明らかに力がなかった。軽井沢でカメラを顔の前に構えられている去年8月のお写真では、師匠の表情はカメラで隠れて見えない。あえてそうした写真を選んだのだろうか。
 それ以降、聖教新聞に師匠のお写真(近影)は一切掲載されなくなっている。
 普通に考えれば、今の師匠のご健康状態は、近影のお写真を出すことが出来ない状況であるということである。
 私たちは師匠の正確なご健康状態を知るすべはない。ただブログを始めて以降、私たちはあらゆる同志から、師匠が2010年6月に脳梗塞で倒れられたため本部幹部会を欠席され、その後、脳梗塞を何度か繰り返されているという話を伺っている。
 師匠はかつて、ご自身の生涯を「80歳以降は、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとる」と言われている。
 妙法(御仏意)は人知では計れない。ゆえに、私たちは師匠が体現されている今のお姿には甚深の意味があると思っている。
 師匠は今、生涯の同志である奥様にお体を守られながら、厳然たる大勝利のお姿でおられるにちがいない。妙法に説く不老不死のままに、厳然と弟子を鼓舞し続けているのだ。そして、こう思って下さっている。
 「広宣流布の『道』はできた。『城』もできた。あとは、『人』である。未来は、若き君たちにかかっている。」(名誉会長指導)
 「全員が『会長』の自覚に立って、大切な学会を護っていただきたい。そして、皆が力を合わせて、本当に仲の良い、何でも自由に言い合える学会をつくっていきたい。皆で朗らかに励まし合って、もっともっと立派な学会にしていきたい。」(名誉会長指導)

 ともあれ師匠がどんなご健康状態であるか、師匠を利用せずに学会本部は全学会員に公表する責務があると私たちは思っている。
 師匠がご判断の出来ない御病気であるならば尚更である。正直に「師匠のご健康状態がすぐれない」と伝えるべきである。
 そして、弟子が一丸となって、師匠のご健康、ご長寿のために題目を送るべきなのだ。それこそが師匠と会員を直接つなぐ、学会本部が取るべき役目ではなかろうか。会員である同志を信じ、創価家族を信じる学会本部の戦いではなかろうか。
 師匠は人間である。たった一人の会員の幸福のために我が命をなげうってきた偉大なる人間である。
 ならば本部執行部は、「偉大な人間である師匠を神格化させ、創価三代と民衆によって築かれた創価学会を滅ぼしてなるものか!インドで滅んだ仏教と同じ道を絶対に歩ませない!」と、師匠のご容態についてどう会員に伝えることが正しいのか悩みながら、真実を伝え抜くことが本来のあるべき姿ではなかろうか。
 いかなる理由があるにせよ、師匠のご健康状態を「元気である」と偽って報道し続けることは、創価を護るどころか、創価を破壊する行為であり、師匠そして妙法に対する冒涜ではないかと思えてならない。

 ところが、現場の会合では幹部の誰もが「お元気な池田先生」と連呼し、学会本部は先生のメッセージや新人間革命の代筆を続ける。偽りの「お元気な姿」を演出することをエスカレートさせていく。
 本部執行部は、師匠がご判断出来なくなったことを良いことに、「創価船」の舵を自分勝手、自分都合で取り始めているのだ。
 学会本部(聖教)の「新・人間革命」作成チームは、元旦号から「大山の章」の連載を開始した。そして名字の言では、「師が“生涯の仕事”と定めた執筆の総仕上げを開始した」と綴られ、師匠が健筆を揮い続けているかのようにアピールする。
 お元気であると作出された師匠は、全同志の健勝と多幸を祈念して、「新年の歌」を3首詠み贈り、さらに広宣流布大誓堂での新年勤行会にもメッセージを贈ったと報道される。
 4日付の聖教新聞でも、「新年の歌」とは別の3首の和歌を掲載。
 さらに6日付の聖教に掲載された「池田先生と共に新時代を進む①」は、あたかも師匠が自らご執筆されているかのように、「私は広宣流布大誓堂で、全ての宝友のますますの健康とご多幸、全学会のいよいよの前進・団結・勝利を真剣に祈念した(3日)。」と書かれる。
 しかし、もし師匠がこの記事を書いたのであれば、ご自身で「池田先生と共に」というタイトルを付けたことになるが、これは明らかに不自然であろう。
 本部執行部は、戸田先生と池田先生の師弟によって創刊された聖教新聞を使い、新年から「新・人間革命」、和歌、メッセージを作出し続け、師匠が「ご健在」であると必死にアピールしている。
 会員を欺くために師匠を利用する本部執行部は、完全に師弟の道を誤っている。

 こうした本部の方針に違和感を感じている同志の方々が、連日のように当ブログ宛に率直なお声を寄せてくださっている。
 今回初めてメールを下さった大阪のある壮年の方は、私たちのブログを読み、“共感できる部分がある”とお伝え下さいました。そして、「何かの参考にしてもらいたい」とのことで、『トインビー対談』から抜粋した内容をワードで送って下さいました。
 そこには、『軍備と戦争』の章で師匠が「“平和憲法”と自衛」について語られている場面が抜粋されていました。
 師匠は以下のように断言されている(要約)。
<あらゆる国が他国の侵略を前提として自衛権を主張し、武力を強化し、結果として、現実の国際社会に人類の生存を脅かす戦争の危険が充満している。この国際社会に存在する戦力に対応して“自衛”できるだけの戦力をもとうとすれば、それはますます強大なものにならざるをえない。ゆえに武力による自衛の方向は、すでに行き詰ってきている。
一国家の民衆の生存権にとどまらず、全世界の民衆の生存権を問題としなければならない時代に入った。
戦力の一切を放棄し『安全と生存の保持を、平和を愛する諸国民の公正と信義に託』した、日本国憲法の精神に心から誇りをもち、それを守り抜きたい。>

 師匠はトインビー対談が発刊された42年前の時点から、すでに“自衛権を主張して軍拡していく自衛の方向が行き詰っている”との警鐘を鳴らされていた。
 そして、それに代わる平和構築の手段・方法として、“戦力の一切を放棄することを謳った日本国憲法を守り抜くこと”を掲げられていたのだ。
 しかし、公明党が参画する一内閣の閣僚による閣議決定によって、武力による自衛を促す「集団的自衛権の行使」を容認する決定がなされ、日本の立憲主義そして日本国憲法は破壊されたのである。
 さらにその際、「国際協調主義に基づく積極的平和主義」なる「まやかしの平和思想」を盛り込んだのである。
 公明党は、その「まやかしの平和」を掲げる安保法を可決成立させ、現在、施行されるに至った。
 もはや、「平和詐欺」と言われてもしょうがない状況である。
 結果、防衛費は5年連続で増額され、先月閣議決定された本年2017年度予算案では過去最大の5兆1251億円となっている。
 迎撃ミサイルや戦闘機の増設などに加え、防衛装備品に利用する目的である大学や企業の技術育成に向けた“研究費助成制度”は、前年度の6億円から110億円と大幅に拡充している。
 まさに師匠が警鐘を鳴らされた「自衛」と「まやかしの平和」の名のもとに、日本が際限なき軍拡競争の一翼を担うことになってしまっているのである。

 師匠の思想と真逆に進む公明党とそれを支援する学会本部に対し、もし師匠がご健在であるならば、「よくやった!よく、新三要件で歯止めをかけた!」などとおっしゃるだろうか。
 いや、断じてあり得ぬ!
 先生はこうおっしゃる。

 「なぜ、そこまで権力におもねる必要がある!なぜ自民の腰巾着になる必要があるんだ!
 学会員が可哀そうだ!!あまりにも可哀そうだ!公明党なら平和を守ってくれる!創価を信じているからこそ、こんなにも戦い支援してくれているのではないのか!!
 会員は公明の権力の駆け引きのために戦ってくれているのではない!!会員はお前たちの道具ではない!!」

 「公明党は、大衆と共に、大衆の中で死んでいくことが理念だったではないか!それが戸田先生と私の理念だ!
 創価の師弟を忘れたお前たちに、創価も平和も会員も絶対に護ることはできない!!臆病なお前らは裏切り者だ!!すぐにここを去れ!私の前に二度と現れるな!!」

 今の狂いに狂った公明党、またそれを支援する学会本部なかんずく本部執行部に対して烈火の如く叱責されるに違いない。
 そして、その責任を取らせて、本部執行部を総退陣させると思えてならない。

 私は思う。
 今こそ、池田門下の弟子が、ふるいに掛けられている時だと。
 創価学会の頭脳であり心臓である学会本部は、安保法制が師匠の思想と真逆であることを当然知っている。しかし、自民という権力の魔性と癒着した体質から抜け出せずにいる。そればかりか、師匠の思想をたとえ捻じ曲げても、自民におもねることが今後の公明・創価にとって良いことだと信じ込んでいる。
 そして、その自分たちの判断を正当化するために、師匠を神格化し、聖教新聞で“お元気な池田先生”と猛烈にアピールする。師のメッセージを代筆し、「原田会長を中心に」と繰り返させ、本部の求心力を高めるために師を利用し続けている。
 “先生にいつまでもお元気であってほしい”
 そう願う学会員の純粋な心は無惨にも弄ばれ続けている。しかし、悲しいことに多くの学会員の方々はまだこのことに気付いていない。
 「何かがおかしい」と薄々は感じていても目をそむけ、「本部を信じる」と言って口をつぐんでしまう。
 しかし、今の間違った学会本部と公明党の方向性を早急に転換しなければ、そう遠くない未来に、創価は破壊され、戦争が現実のものとなると思えてならない。
 池田門下の弟子として、断じてそうさせる訳にはいかない!
 ゆえに、私は声を大にして叫ぶ!
 真の池田門下の同志よ!
 師の下で共に切磋琢磨した同窓の君よ!
 そしてあなたよ!
 もう目を覚ます時が来たのだ!!
 弟子が発迹顕本する時がきたのだ!と。

 私たちは今年こそ、創価変革の勝負を決する年だと決意しています。
 発展途上の私たちは知らないことが多いため、皆様から多くの情報をメールや電話で教えていただけることを本当にありがたいと思っています。
 特に今、聖教新聞の師匠利用はタガが外れ際限がなくなっていると感じています。もし皆様が現場組織や聖教新聞などで、師匠利用、会員利用のおかしな実態に気付かれた場合には、是非、教えていただきたいと思っています。
 今後は、皆様からも情報をいただき、それをもとに、どんどんブログで発信していく決意です。

 私たちは創価学会の本部職員を懲戒解雇になってから今日までの間、共に役職解任処分となった同志の皆さんにお金をお借りして生活をさせていただき、本部変革のための闘いを続けさせていただいてきました。現在、その額は3人とも1000万円を超え、同志5家族から3人で3000万円を超えるお金をお借りしている状況となりました。
 そして同志の皆さんが身を切って捻出してくださるお金も限界に近づき、今年8月までしか見通しがつかない状況となりました。
 このような苦しい状況となっていること自体、自分の至らなさに原因があります。師匠に本当に申し訳ない思いでいっぱいです。借りたお金は必ず一日も早くお返しします。
 しかし、絶対に私たちは学会本部の変革を諦めることはできません。ここで諦めたのであれば、それこそ師匠への裏切りであると思うからです。
 現在、復職と創価変革を懸け、必死に祈りながら、裁判闘争を続けています。前回のブログに書きましたが、この「譴責処分」と「配転命令」の違法・無効を争う裁判の期日に座談会とサイレントアピールで出会った同志の方々が有り難くも傍聴に駆け付けてくださいました。さらに次回期日の1月31日(火)には、週刊金曜日さんを始め、メディアの方が傍聴に来ていただけることになりました。
 解雇裁判は密室的に行なわれてしまい、捏造証拠を暴けずに負けてしまいました。ゆえに今回の裁判は、公開の法廷での審議を裁判長にお願いしました。法廷で行なえば同志やメディアが足を運んで下さることもでき、そうすることで学会本部はイカサマがやりづらくなり、公開の場で本部執行部の問題点を浮き彫りにできれば、創価の変革にも繋げていけると思っています。
 私たちは、絶対に懲戒解雇の不当・無効を証明し、学会本部に戻り、本部の中から変革する覚悟です。

 昨年は学会本部を変革するための座談会を、神奈川・大阪・宮城で計7回行ない、また学会本部に対するサイレントアピールも7回を数えました。創価の変革を諦めずに闘いを継続する中で株式会社金曜日さんとご縁があり、本を出版することも出来ました。
 本が弘まれば弘まるほど、学会本部の実態を知る学会員が増え、権力者である独裁化した本部執行部の体質を見破ることが出来る。
 創価を変革するための端緒となる本を出版することができた昨年は、大勝利の1年であったと確信しています。
 ただ座談会やサイレントアピールを行なうこととなれば、会場費や交通費、識者を招いた場合の講演料など諸経費が掛かっていたことも事実でした。
 これまでは、これらの諸経費を今生活を支えて下さっている同志の皆様に負担していただいてきました。しかし、いよいよ経済的に支えて下さっている同志の経済状況も厳しくなってきている現実があります。
 この現実に新たな仕事を探すという選択肢も考えました。
 しかし、その選択は逃げでしかないと思いました。
 私たちは本部の中で「本部職員である自分は創価のエリートである」と勘違いしていました。あまりにも美しい創価の同志の真心の世界ではなく、エリート意識から会員を見下す感覚が自分にもあったのです。自分も「職員は特別である」との職員の村社会を作っていた一人だったのです。しかし、職員ではない同志たちが涙を流しながら必死に何度も伝えてくれました。そのおかげでその狂いに気付かせて頂き、発展途上ですが今こうして闘わせて頂いているのです。
 私たちは自分の命と格闘しながらも、本部にはびこる職員のエリート意識から生まれる腐敗・堕落を散々体験してきました。しかしだからこそ、学会本部を中から変革していく使命が自分にはあると思っています。
 学会本部は声を上げ続ける私たちを恐れてか、私たちの後ろに黒幕がおり、まるで私たちを操っているかのようなストーリーを作出しています。しかし、すべて本部の妄想です。当然、私たちは自分の意思で闘い続けているのです。
 ゆえに私たちは何としても本部職員に戻り、正義の声を上げたことで本部から不当なレッテルを貼られた同志たちの無実を証明し、創価学会を未来永劫に発展させゆく使命が自分にはあると思っているのです。
 新しい仕事に就けば本部に戻る道を自ら断つことになる。どう考えてもそれは逃げの選択だと思うのです。
 たとえどんなに茨の道が待っていたとしても、本部職員に戻る。そして、内から本部を変えていく生き方が一番正しい生き方だと私たちは思っています。
 しかし、創価変革の闘いを停滞させることも出来ません。
 今年は私たちが体験してきた真実を書いた本を弘めながら、全国各地で座談会を開催し、全国の同志にお会いしに動きたいと決意しています。
 これまでに沖縄、広島、岡山、熊本、愛知、大阪の同志の方々から、「ぜひ地元でも座談会を開催してほしい」と座談会開催の要望がありました。去年は叶いませんでしたが、今年こそは伺わせて頂きたいと決意しています。
 さらに、これまで何人かの同志の方々が座談会などの諸経費を気にかけて下さり、「カンパをしたい」と言って頂いたことがありました。しかし、その時は、絶対に同志のご厚意に甘えてはならない、毛筋ほどでも甘える心があれば師匠からお叱りを受けると考え、生意気にもお断りをさせていただきました。
 しかし今、いよいよ同志のお金が底をつきるところまでお借りしてしまっている状況に直面し、同志皆で祈り、考え、話し合いました。
 その中で、私たちが創価変革の闘いを止めてしまうことこそが、最悪の事態であると思いました。現在進めている創価変革の闘いを停滞させたのであれば、それは師匠への裏切りであり、自分達が最大の悪になると思いました。

 私たちの至らなさゆえのお願いであり、本当に不甲斐なく、申し訳ないとの思いでいっぱいです。
 しかし、師匠の創価を建設していく闘いを継続していくために、この度、私たちは創価変革のための活動諸経費へのカンパを募らせていただく決意を致しました。
 もちろんカンパしていただいたお金は全て創価変革のための座談会やサイレントアピールなどの活動諸経費(具体的には全国各地で行なう座談会の主催者たちの交通費、会場費、識者を招いた際の講演料など)に使います。私たち個人の生活費や裁判費用には一切使用しません。
 創価学会を憂え、師の創価学会に変革するために共に闘いを起こして下さる同志の皆様。
 是非とも、創価変革のための活動資金のカンパをお願い致します。ご協力していただける方は、以下の口座にお振込みいただければ本当に有難いと思っています。もちろんご無理は絶対なさらないようお願いいたします。

1.ゆうちょ銀行から送金される場合
 (記号) 10920
 (番号) 25691371
 (振込口座の名義人) 元創価学会職員3名(モトソウカガッカイショクインサンメイ)

2.他の金融機関(銀行、信用金庫など)から振り込まれる場合
 (店名(支店名)) 〇九八(読み ゼロキュウハチ)
 (店番) 098
 (預金種目) 普通預金
 (口座番号) 2569137
 (振込口座の名義人) 元創価学会職員3名(モトソウカガッカイショクインサンメイ)

 今、多くの同志の方々が創価変革のために直接会って連帯を強めようと呼び掛けて下さっています。
 今年は、北は北海道から南は沖縄まで、全国各地で座談会を行なっていきたいと決意しています。これまでに要望をいただいた沖縄、広島、岡山、熊本、愛知、大阪にも今年こそは伺わせて頂き、創価学会を心から愛し憂える日本中の同志とお会いし、直接お話を伺い、直接お話をさせて頂き、「創価変革のための連帯」を強く大きく築きたいと思っています。
 そして、創価三代に違背した本部執行部が責任を取って辞任することを要請するため、学会本部前に500名の同志が結集し、抗議要請行動を行ない、創価変革の勝負を断固決して参りたいと思っています。

<お知らせ>
■ 書籍『実名告発 創価学会』~学会本部の中枢から排除された3人の元青年職員が、「愛する創価のため」権威主義化した本部を徹底糾弾。~が、只今、全国の書店で絶賛販売中です。
 すべて事実を書きました。創価学会を変革するために、今の創価学会がおかしいと感じている方々に、学会本部の実態を知って頂きたいと思っています。
 全国の本屋さんに『実名告発 創価学会』の存在を知ってもらうためにも、いろんな書店さんから購入して頂くことを期待しています。

■ 12月23日号の『週刊金曜日』で掲載して頂いた、12・8日本外国特派員協会での記者会見と12・11サイレントアピールの記事がヤフーで配信されました。当ブログのリンクからもご覧いただけます。
(http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170112-00010000-kinyobi-soci)
 週刊金曜日さん、いつも本当にありがとうございます。

■ 現在、1月24日(火)に提出予定の裁判書面の作成に全力を傾けており、「11・12横浜座談会」の報告ブログは一段落した際に作成する予定です。







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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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