■㉙ 8・20「安保法制と憲法について考える会」の式次第と私たちの決意

 先日7月10日、日本中が注目した参院選の結果は、自公の大勝で幕を閉じた。
 しかしその裏では、公明党が与する自公政権の暴走によって、独裁化が加速度を増して進んでいっている。
 たとえば参院選の選挙期間中、マスコミ、特にテレビ局は各政党の選挙活動について、かなり控えめな報道であったと感じる。
 それは、選挙期間に入る前に、高市総務大臣や安倍首相が、「放送法4条は法的規範だ」とし、政治的に公平でない放送に対しては「電波の停止」「業務の停止」をするとの発言をしたことと関係しているように思われてならない。
 むろん“政治的に公平か否か”の判断は、時の政権、つまり総務大臣や安倍首相が判断することとなる。つまり、時の政権が“この報道は政権批判であり、公平ではない”と感じれば、業務の停止処分が下される可能性が否定できないのだ。
 そのためメディアは、罰則を恐れるがゆえに萎縮し、参院選期間中の選挙報道を控える結果となったのでないか。
 しかしこれは暗に、政権の問題点を指摘する中立な報道すら抑圧する、正に言論弾圧に当たるのではなかろうか。

 さらに自民党は、今年6月下旬からホームページ上で、「学校教育における政治的中立性についての実態調査」なるものを開始した。
 この調査は当初、教員が「子供たちを戦場に送るな」と話したり、「安保反対」を口にしたりすると政治的中立性を逸脱した不適切な人間とされ、「いつ、どこで、だれが、何を、どのように発言したか」を具体的に自民党に報告するよう求めるというものであった。
 まさに、密告のような調査を行なっていたのである。7月18日に、急遽ホームページが閉鎖されたようだが、自民党の本音が垣間見えた出来事である。
 これが政権与党の実態である。
 日本はどうしてしまったのか。
 まるで戦前の国家主義を彷彿とさせる言論統制が始まっているように思えてならない。

 さらに今回の参院選で、自公を含む「改憲勢力」が3分の2の議席を確保した。これにより、一部自民党議員が熱望する「改憲」が、にわかに現実味を帯びてきているのである。
 平成24年度の自民党の改憲草案には、『内閣総理大臣を最高司令官とする国防軍を保持する』と書かれていることは周知の事実である。
 一部改憲勢力は、平和の砦である憲法9条を根こそぎ改憲し、軍隊を新設しようとしていることは明らかである。日本は、日に日に戦争ができる国へと変貌しようとしているのである。

 本来、こうした権力の暴走に対し、民衆の代表として「NO!」を突き付けるのが、公明党の役割であった。
 しかし、今の公明・創価は、どうしてしまったのか。
 完全に自民という権力にひれ伏している。
 それどころか、コバンザメのように自民に付き従っている。
 安倍政権は、“武力(抑止力)を前提にした積極的平和主義”なるものを掲げ、一昨年に違憲の「集団的自衛権の行使容認を認める閣議決定」を断行。そして昨年秋には安保法を成立させた。
 すると公明・創価も、「平和のためには武力や抑止力は必要だ」と、臆面もなく説明し続けるのである。
 よくもそんな戯言が言えたものだ。
 武力や抑止力で他国を抑えつけることが、なぜ、積極的平和なのか。
 師匠は明確に仰っている。
 「積極的平和とは、『人間の尊厳』を脅かす社会的構造を根本から変革することである。」と。
 力で他国を抑えつけることが平和と真逆であることは、弟子であれば当たり前の話ではないか。
 積極的平和とは、単に戦争が無い状態を指すのではない。
 非暴力という手段で!対話という平和的手段で!真の平和を築くことだ。
 公明党・創価学会は武力による抑止力が悪だと分かっている。
 それにもかかわらず、安倍政権の“武力(抑止力)を前提にした積極的平和主義”なる理念に、迎合し続けているのである。
 これほどの大悪はない!

 そもそも、元を糾せば公明・創価が「集団的自衛権の行使容認を認める閣議決定」に断固たる反対の姿勢を貫いていれば、ここまで混乱した事態にはならなかった。
 公明・創価は、明らかに自らの非を知っているのである。
 ゆえに、終始、言い訳を繰り返すのである。
 『公明党は自民党のブレーキ役である』
 『戦争が出来ないように新三要件で歯止めをかけた』と。
 いい加減、嘘をつくのは、やめるべきだ。
 戦争に対する最大の歯止めが、「憲法9条」だったのだ。国民の声を無視して解釈改憲する必要など全く無い!
 その最大の歯止めを壊しておきながら、「歯止めをかけた」とは何たる誤魔化しだ!
 さらに公明党の山口代表は、朝日新聞の記者から党創立者の池田名誉会長の安保法への考えについて聞かれ、「直接うかがう機会がないので、私には答えようがない」(平成28年6月15日付け朝日新聞)と返答したという。
 思わず絶句し、怒りで体が震えた。
 師を師と思わぬ、誤魔化しの回答。
 もはや公明党には、師匠の精神は無くなったと判断することが、極めて自然である。
 それにもかかわらず、創価学会は、「お元気な池田先生に選挙の勝利の結果を持ってお応えしよう!」と、全学会員に公明支援を呼び掛け、参院選直前には3日連続で、聖教新聞に師匠が創価世界女性会館へ行かれたお写真を掲載し、師匠を利用し続けるのである。
 しかし、そのお写真の師匠には表情がない。師匠と奥様の顔色は、同じ空間にいるとは思えないほど、表情が違うのである。
 骨の髄まで師匠を利用しようとする卑しき心根に、腹の底から怒りが込み上げて来てならない。
 もはや弟子の為し得る行為だとは思えない!

 それでも現場では、純粋な同志は健気に戦っている。
 師を思い、「安保反対」を表明すれば、会合に呼ばれなくなる。参加しても政治の話をしてはならないと制され、地元組織で一人孤独な戦いを強いられる。
 苦闘と葛藤の中で温かな師の言葉を思い浮かべながら必死に歯を食いしばって戦う同志。
 しかし、投票日の3日前には、「西田が危ない!」「このままでは共産に負ける!」と、幹部から檄が飛んだという。
 同志は怒り叫ぶ。「会員は本部の駒ではない!」と。
 師を思うゆえに、ずっと忍耐に忍耐を重ね続けてきたのだ!

 しかし、これ以上、何を我慢する必要があるのか!
 むしろ師に違背する学会本部に対し、遠慮することは悪ではないか!
 師匠を蔑ろにする学会本部に対し、「師匠の仰せと違う!」と声を上げることこそ、弟子としての正しい行動ではないのか。
 創価を憂える真の同志と真の同志が団結し、皆で声を上げる事こそ、師匠の仰せ通りの創価を築く正義の戦いではなかろうか。
 
 恩師88歳。
 ただただ真の弟子が立ち上がるのを
 今か今かと待って下さっている。
 ならば、今こそ!
 今こそ!!
 師を思い、創価を憂える真の弟子が
 一人また一人と立ち上がる時である!
 師匠が望まれる創価学会へと宗教改革しゆくために、
 共に力を合わせ団結する時なのだ!!

 8月20日「安保法制と憲法について考える会」の式次第について、現段階で以下のように考えています。

8・20の式次第


 今回、国内屈指の憲法学者である首都大学東京の木村草太教授にお越し頂き、ご講演と質疑応答をして頂けることになりました。
 木村草太教授は、今の安倍政権の動きをいち早く危惧し、憲法学者として立憲主義を擁護する立場から、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認などに反対する「立憲デモクラシーの会」に呼びかけ人の一人として参加。数々のメディアにも登場し、今の日本の危機的な状況について発信し続けられている。
 昨年8月には、大阪で行なわれた創価学会員を対象にした勉強会で講演なされ、政府与党の安保推進に対して「立憲主義の破壊である」と厳しく警鐘を鳴らされている。
 今回、私たちが講師をお願いさせて頂くと、大変にご多忙な中で日程調整をして下さり、快く引き受けて下さいました。
 当日は、「安保法に立ち向かっていく必要がある!」と熱く語られる木村教授に、今の日本が直面する安保や改憲などの問題について縦横無尽にお話をして頂けることになりました。
 “創価を変え、日本を変えていく!”との大確信で、公明党が参画する自公政権のおかしさについて、真剣に学んでいきたいと思います。

 さらに第2部では、創価変革のために戦われる同志の代表として、7.3サイレントアピールに立たれた栃木県のご婦人と千葉県のご夫妻に、これまで創価のため、師匠のために戦い続けて来られた不撓不屈の体験談を聞かせて頂けることになりました。
 栃木県で戦われるご婦人は、女子部時代に池田先生から「一主婦であっても、どんな状況でも、学会を護って下さい」と伝えられたことが原点だと仰られる。
 昭和54年から、幹部の腐敗堕落を散々見てきたが、原点を胸にいかなる時も師を思い、師弟不二の闘争を貫いてこられた。
 今回、体験発表のお願いをさせて頂くと、「分かりました。やらせてもらいます!普通のおばちゃんで、普通のことしかしゃべれないけどね。」と、快諾して下さいました。本当に、本当にありがとうございます。
 そして千葉県で戦われるご夫妻にも、今回の体験談のお願いをさせて頂きました。
 電話でお願いさせて頂くとご婦人は、「選挙が終わったからこそ、“公明が、全く思想が真逆の自民とくっ付いているおかしさを語っていこう”と決意していたところです!」と、闘志を赫々と燃やしておられた。
 さらには、「公明党がブレーキ役なんておかしい!完全にブレーキが壊れたリコール対象です!」「池田先生の思想に反する今の公明の狂いを話させて頂こうと思います!」と語られ、体験発表を快く引き受けて下さいました。本当に、本当にありがたいと思いました。
 最前線で戦う偉大な庶民の同志こそ、師弟共戦の弟子であると感じてなりません。
 私たちも少々お時間を頂き、「今後の戦いと決意」について、話をさせて頂きたいと思っています。


 会合名
    「8・20安保法制と憲法について考える会」

 日時
   平成28年8月20日(土)
   (入場開始)    午後1時15分
   (会合)第1部   午後1時30分~3時
   第2部   午後3時15分~4時10分

 場所
   かながわ県民センター 2階ホール
   (神奈川県横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2)
   http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f5681/p16362.html
   ※山下公園前にある「神奈川県民ホール」は別の施設です。

 参加予定のご連絡のお願い
 「8・20安保法制と憲法について考える会」への参加を希望して下さる方は、事前に、当ブログ宛に参加人数を教えて頂けると本当にありがたいと思っています。
 お名前をお伝え頂く必要はありません。メール一行で構いませんので、「2人で参加します」「静岡から1名で行きます」など、参加予定の人数を教えて頂けると本当にありがたく思います。もちろん、連絡を頂かなくても参加して下さって構いませんし、連絡を下さったから参加しなければならないということでももちろんありません。
連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 なお、会合に関するメールを下さった方には、時間がかかっておりますが必ずご返信させて頂きます。

 地図
 JR・私鉄:横浜駅の「西口」、または「きた西口」を出て、徒歩およそ5分

神奈川県民センター

 8・20「安保法制と憲法について考える会」に向けて、当日の晴天、絶対無事故、大成功を勝ち取るべく、私たち自身が全てをなげうって戦い抜いて参ります。








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■㉘ 「7・3サイレントアピール」の報告と、「8・20座談会」開催の決意

 7月3日、まるで諸天が大喝采を送っているかのような青空が広がる中、学会本部の広宣流布大誓堂前で、今の創価を憂える同志が一堂に会する歴史的な学会本部へのサイレントアピールを行なうことが出来ました。
 この日、全国から師弟不二に生き抜く35名の同志が集い合い、深き祈りと創価変革の思いを込めた横断幕とプラカードを高らかに掲げ、学会本部に突き付ける。
 「安保法に反対の声を上げる会員を処分するな!」との怒りの声。
 「創価三代に違背する安保推進の公明党は支援できない!」との真実の声。

 一体、なぜ公明党は憲法学者が違憲であるとした安保法を成立させることができてしまったのか。なぜ本部は戦争法を容認したのか。

 そして、公明支援のために師匠を利用する学会本部執行部に対し、「退陣せよ!」との弟子の声が、学会本部にこだましたのである。

 私たちが、集合場所のJR信濃町駅に着くと、すでに多くの会員同志の皆様が集合されていた。
 お一人お一人が、この歴史的な民衆決起の日を迎えるにあたり、祈りに祈り、並々ならぬ覚悟を持って集われていた。
 事前の電話で、「腹を決めて、仕事の休みを取ったわよ!」と決意を語られたご婦人は、「さあ、いよいよサイレントアピールに立ちましょう!」と笑顔で語られる。
 学会本部への直接抗議である。“もしかしたら処分されるかもしれない”との不安はあったはずである。
 しかし、そうした不安を乗り越えていた。
 ただただ“師匠が望まれる創価に変革する!!”との師匠への誓いに、心を燃やしておられた。

 駅から全員で広宣流布大誓堂前に歩いて向かう。広々とした大誓堂前に到着すると、すぐに各々が持参した横断幕やプラカードを堂々と広げ始める。
 その中に、ひときわ目を引く手作りの横断幕があった。
 そこには、“「平和」の祈りは届いていますか われら国を超へ 民族を超へ 世界人類の平和を ここに誓う”と、達筆な字で書かれ、その横には、麗しい一人の女性のイラストが描かれていた。
 横断幕を作ってこられたご夫妻は、「今日のサイレントアピールにふさわしい言葉を探してきました。」と語られる。
 この言葉は、特攻戦没者の約半数が出撃したという鹿児島県の知覧町にある「慟哭、誓いの碑」に刻まれた言葉であった。
 未来ある多くの青年を死に至らしめた戦争と、民衆を利用する権力者に対する怒り、そして“今の日本を戦争に参加できる国にさせてなるものか!”とのご夫妻の熱き決意が、一文字一文字に込められている。
 その横断幕を見た一人の参加者が、声を弾ませながら語った。
 「見事な横断幕に、お二人の純粋な信心がにじみ出ているようです。本当に感動しました。」と。

 そのご夫妻の横には、特大の三色旗が悠然とたなびいている。
 旗を握るのは、「ひとりの学会員」、天野達志さんである。
 創価変革のために一人立ち上がった天野さんは、時に「共産党だ!学会の三色旗を利用するな!」との心無い批判を受けてきた。しかし、師匠に誓った生き方を貫こうと戦われ続けてきたのである。
 この日も決死の覚悟で、三色の布を自ら縫い合わせた自作の特大三色旗を持参して、愛知県から駆けつけて下さった。

 私たちや地元の同志たちも、3つの横断幕を掲げた。
 「 安保法制に 反対の声を上げる 会員を処分するな!! 」
 「 安保推進の公明党を 支援することは 創価三代に違背している! 」
 「 安保法制を容認し 師匠に敵対する 執行部は退陣せよ! 」
 横断幕の後ろに参加者が2列で並び、後列の方々はプラカードを高々と掲げた。
 大誓堂のはす向かいの売店前には、数人の外郭職員が集まり、遠目からこちらの様子を窺っている。物珍しそうに、カメラを向ける通行人もいる。
 前代未聞の現役創価学会員による学会本部前でのサイレントアピールに、メディアの方々も取材に駆けつけられた。

 しかしこの日、普段の学会本部とは何か様子が違っていた。
 ほとんど人影がなかったのである。
 確かに参院選の渦中であり、学会員は現場組織の支援活動に飛び回り、普段よりも来館者が少なくなる状況は考えられる。
 ところが、その場で事情を調べると、学会本部の主要施設である創価文化センターと広宣流布大誓堂の2つの施設が、月曜の定休日でもないのに休館日となっていたことが分かった。
 「7・3」は、創価三代の師匠が国家権力と戦い抜かれた歴史的な日である。しかし休館。
 そして、異様なまでに静まり返る大誓堂前。不自然に感じてならなかった。

 それでも参加者の同志は、“己の使命を、断固果たすんだ!”との決意を漲らせ、青空のもと横断幕を掲げながら、対話に花が咲いていく。
 野口の隣には、早朝の新幹線を使い、旦那様と一緒に栃木県から駆け付けて来られたご婦人がいらした。
 ご婦人は、今回のサイレントアピールに参加した思いを語られる。
 「私は最初、“自分の住んでいる地域におかしな幹部がいる”と思っていたんです。でも違いました。その上の栃木県の幹部にも、さらに上の方面最高幹部にも、芸者遊びをするような狂った幹部がいたんです。」と。
 そのご婦人は、昭和54年当時から本部職員幹部の腐敗、堕落を見てきたという。学会本部から来た最高幹部たちは、「酒がなければ人は集まらない」と豪語し、地元の学会員に酒を用意させることが当たり前だったという。
 ご婦人は、さらに憤りを込めて語られる。
 「結局、地域だけの問題ということではないんです。その根が学会本部にあることが徐々に分かってきました。今回の安保の問題もそうです。本部が変わらなければ現場は変わりません。だから今日私は、こうして本部前で立とうと思ったんです!」
 ただただ創価のために、真剣に戦って来られた創価の母の話を伺い、私は胸が熱くなった。
 そのご婦人は、師の仰せに照らし間違っていると感じたことに、正義の声を上げ続けてきた。しかし現在、安保反対の声を上げたということで、現場組織で村八分にされ、ほとんど幹部は家に来ないという。
 話を聞きながら、今の創価の実態に苦しくてならなかった。
 誰もが、創価が嫌いで声を上げているのではない。皆、師の仰せを護りたいと血の涙を流しながら、懸命に声を上げ続けているのである。
 しかし、権力の魔性に侵された学会本部は、もはやそうした人間の心が分からなくなっているのである。
 ご婦人は笑みを浮かべながらも真剣な眼差しで、「これからもっともっと、こうした運動を広げていかないといけないわね。先生との誓いを果たすために、出来ることは何でもするからね!」と力強く語られた。

 すると、そのご婦人の隣にいた壮年の方も語り始める。
 「こうして学会本部前で、池田先生に届けとばかりに立つ運動を継続的にしていきたいですね!師匠の仰せと違う本部そして公明党を絶対に許せませんよ!」と。
 その方は、2か月ほど前、地元埼玉で安保反対を表明したことが理由で、幹部から地区部長の降板を言い渡された方であった。
 現在は副支部長専任として、未だに担当の地区すら決まらずに、師匠を胸に一人題目を上げ抜く苦闘の日々だという。
 しかし、メッセージボードを高らかに掲げるその表情は、実に晴れ晴れとしている。
 「今日、7月3日は参院選前の最後の日曜日。だから、地元では壮年部は終日エフ取り(支援依頼)なんです。でも、私は今の公明党を支援することはもちろんできません。私の戦いはこのサイレントアピールです!」と、意気軒昂に語られる。

 さらに、その隣にいた千葉の壮年の方も話し始める。
 「創価学会が安保に反対しないなんておかしいんだ!でも、私がその事を地域で言ったら、ブロック長を外されたんだよ。」と。
 この壮年の方も、安保反対の声を上げたことで役職を剥奪され、孤独な戦いを強いられていたのである。
 その目には、正義の怒りと共に、深い悲しみの涙がにじんでいるように見えた。
 会員の声を聞くことよりも、自民党の声が優先。
 会員の平和の声よりも、安保の推進が優先。
 会員の真剣な疑問には、“信仰が浅いから”。
 説明に理解しなければ、役職を剥奪。
 この創価と公明の転倒に、怒りが込み上げてならない。
 学会本部よ!
 会員は、学会本部の駒ではない!
 公明支援のために会員がいるのではない!
 「 安保法制に反対の声を上げる会員を処分するな!! 」
との横断幕を持つ手に力が入った。

 しばらくすると、通行人のご婦人が、天野さんが掲げる三色旗を指さしながら、興奮して話し掛けてきた。
 「あなたたち、どうせ共産党でしょ!」
 天野さんは笑顔で答える。「いえいえ、違いますよ。私は学会員ですよ。」
 しかし、そのご婦人は全く信じようとしない。
 ご婦人、「なんで、三色旗を掲げているの!共産党でしょ!」
 天野さんは誠実に答える。
 「私たちは本当に共産党じゃありません。三色旗は私の信念です。」と。
 しかし、ご婦人は納得できない表情を浮かべて、さらに「共産党でしょ!」と非難し続ける。
 するとその横を、たまたま子連れの男性が通りかかる。
 そして、ご婦人に向かって、「私も学会員ですが、安保には反対です。明らかに創価の平和思想に反していますから。」と一言伝えたのである。
 それでもご婦人は、“納得できない”との表情を変えることなく、しばらくしてからその場を去っていった。

 安保反対の人を見るなり、「共産党だ!」と決めつけてしまうご婦人の姿。
 学会本部が現場組織に、『安保に反対する人間は皆、共産党である』との嘘のレッテルを流しているのだろう。学会の中から安保反対者を排除するために、もともと学会員の中にある共産党に対する嫌悪感やマイナスイメージを利用して。
 しかし、そうした創価の対話なき決めつけから始まるやり方は、はたして正しいのだろうか。
 「師匠の仰せに反している!」と声を上げれば、組織の秩序を乱したとして「反逆」のレッテルが貼られ、話し合いもなく排除されてしまう。
 一体なんのための組織なのか。誰のための組織なのか。
 創価の組織とは、三代の思想こそが根本であり、師匠が中心軸ではないのか。

 もはや今の学会本部には、師匠の精神が形骸化しているとしか思えない!

 ならば、真の弟子が勇気の声を上げ続けねばならぬのだ!
 師の正義を守り抜くために、心ある同志が皆で叫ばねばならぬのだ!

 「幹部のための学会ではない。会員のための学会である。断じて、学会員を苦しませてはいけない。そのためにも、おかしな幹部がいれば、皆で声をあげていくのである。
 『学会の指導と違うではないか!』『師匠の言っていることに反しているではないか!』と。
 そうやって皆が強く叱咤・激励して、立派な指導者をつくっていけばいいのだ。
 『下』から『上』を動かしていけ! ── それが牧口先生のご指導であった。」(名誉会長指導)

 サイレントアピールが残り10分程になった頃、一人のご婦人が横断幕の文字を見つめながら近づいて来られる。
 野口が「こんにちは!」と挨拶する。
 するとご婦人は、「どうしても一目皆さんにお会いしたくて、居ても立ってもいられなくて来ました。」と話される。
 そして、「これまでブログを通して、創価を憂える同志の皆様の戦いに励まされながら、地元で孤独な中でも必死に安保反対の声を上げて来ました。」と語られる。
 すると、横断幕を掲げていた別のご婦人が、「一緒にどうぞ、どうぞ!」と優しく声を掛けられる。
 ご婦人は、「良いんですか?」と言って、嬉々として横断幕を掲げる列に加われた。
 現場組織で人知れず悩みを抱えながら孤軍奮闘されてきたご婦人の、勇気のサイレントアピール参加によって、参加者の心に勇気の炎が伝播していったのである。

 こうして、総勢35名の会員による、学会創立以来初の学会本部に対するサイレントアピールは、一切無事故、大成功で終了する。

 参加された皆様は、「もっと連帯を拡大していきましょう!」「また次も立ちますからね!」と、嬉々として語られた。
 互いに固い握手を交わし、今後の決意を語り合いながら現地で解散する。
 皆、歓喜雀躍とした姿で帰っていかれる。しかし、地元組織に戻れば、たった一人の孤軍奮闘が始まる。

 おかしい!!なぜ師の精神を護ろうと正義の声を上げた会員が苦しまねばならぬのか!
 純粋だからこそ、師の仰せに違背する安保を容認することはできないのだ!
 真剣だからこそ、「間違っている!」と正義の声を上げざるを得ないのだ!
 誓いを護り、創価を護りたいからこそ声を上げざるをえないのだ!

 さらに今回、7月10日の参議院選挙では、公明が与する政権与党が、改選過半数(61議席)を上回り、結果、「改憲勢力」が改憲に必要な議席である参院の3分の2を上回ってしまった。
 与党は国の根幹である立憲主義を破壊し、専制政治を行ない、世界に誇る平和憲法を根こそぎ改憲しようとしている。

 『私は絶対に第9条だけは変えてはいけないと思います。』(名誉会長)

 この立憲主義の破壊の流れは、公明党と創価学会が加担した一昨年7月1日の集団的自衛権の行使容認を認めた閣議決定から、一切がはじまっている。
 そして今後、さらに公明党・創価学会は、師匠を利用し、会員を騙しながら「加憲をして歯止めをかけた」などと叫び、平和憲法を破壊していくのだろうか。

 憲法9条を骨抜きにした安保法に、創価・公明が反対を貫けば、こんな事態に直面することすらなかった。
 師の仰せを裏切った執行部、そして公明党。掛け違えたボタンは、掛け違えた場所まで戻らなければ、直すことはできない。

 ゆえに、創価が本来の使命に目覚めぬ限り、この安保問題は取り返すことができない。

 今、弟子が立ち上がらねば、創価は確実に崩壊の道を進んでいくことは火を見るよりも明らかである!
 諦めれば、一切が終わりである!
 しかし、断じて師の創価を諦めるわけにはいかない!
 どこまでいっても自分との戦いなのだ!
 時は、師匠がご存命の今しかない!
 師匠と創価を思う真の弟子が、正義の連帯を拡大する時は今である!
 もはや師に甘える時代ではない。弟子が、勇気の声で、三代の師の仰せを護る創価に変革していくしかない!

 今こそ、真の池田門下がさらに連帯し、声を上げゆく時だと思えてならない。ゆえに今回、私たちは8月20日(土)午後、第5回となる座談会を横浜の地で行なわせて頂くことを決意しました。
 今回の座談会では、サイレントアピールに立たれた同志のありのままの体験を聞かせて頂きたいと思っています。今もっとも重要なのは、現場で一人立ち上がり、信念の闘争を続けていらっしゃる同志の体験を聞かせて頂くことだと思いました。
 さらに今回、日本屈指の憲法学者である首都大学東京の木村草太教授に、ご参加頂けることになりました。
 日本の危機的な実態を憂える憲法学者の視点から、今の日本が、そして政権与党がどれだけ危険な方向に向かっているのかを、語って頂きたいと思っています。

 腹を決めるのだ 自身よ!
 覚悟を決めるのだ 自身よ!
 己は絶対に誤魔化せぬ!

 創価を護る!
 それが
 師との三世の誓いを果たしゆく
 我が使命である!

 たとえ遠回りに見えても
 無駄な労力だと批判されても
 愚直に、そして地道に!
 あなたは
 あなたの誓いの道を
 堂々と歩むべきだ!!

 心ある同志の連帯を!
 創価を憂える同志の正義の連帯を!
 強く大きく築くために!
 真実の声を!
 正義の声を!

 あなたの人生を支え
 生きる意味を教えて下さった
 温かな師と共に
 誓いの雄叫びを
 今こそ上げるのだ!

 創価の歴史は
 権力への迎合ではなく
 闘争である!!

 師の魂は
 武力による平和ではなく
 対話による平和である!と

 君よ!
 今こそ!
 今こそ!
 師と共に
 叫び抜け!!

第6回サイレントアピール(大誓堂前①)20160703

第6回サイレントアピール(大誓堂前②)20160703

第6回サイレントアピール(大誓堂前③)20160703





第20 職員懲罰委員会が無視を続ける実態(H23.11.5~H23.11.8)

 平成23年11月、小平は福岡県福岡市にある九州文化会館事務所から、福岡県糸島市の九州多宝納骨堂へ異動となり、2か月が過ぎていた。
 もともと、小平が学会本部から九州文化へ異動する時、学会本部の青森事務総長は、「業務のスキルアップを目指すための業務交流人事だ」と説明した。
 しかし、そもそもこの時小平は、本部の管理第一部に異動となってから、まだ11カ月しか経っておらず、管理第一部の業務を習得中の身であった。
 青森事務総長が言う「業務のスキルアップを目指す」ことが目的であるならば、別の業務に配転するのではなく、本来、管理第一部でしっかり業務を習得させることが適切なことである。
 そして今回も、九州文化会館事務所には、まだ1年5か月しか所属しておらず、まだまだ業務を習得中の身であるにもかかわらず、さらにまた別の業種である九州多宝納骨堂へ異動となったのである。

 異動先の九州多宝納骨堂は、局長、部長、小平の3名体制で、火曜日が定休日だった。
 小平は、連休を取ることすら難しくなったため、共に本部指導監査委員会の誓約書を拒否し、苦闘を重ねてきた会員同志たちがいる故郷に戻ることが難しくなった。
 会員同志たちは、未だ地元組織で不当な仕打ちを受け続けている。それを思うと、胸が締め付けられ、居ても立ってもいられない。

 小平は、納骨堂の上司に、自らが学会本部で体験してきた「対話拒否」「問答無用」といった狂った実態を何度も語っていく。
 「本部指導監査委員会の偏狭な結論によって、故郷の会員同志たちは反逆者のレッテルを貼られ、苦しめられ続けています。しかし、本部執行部の方々は、一度も話を聞こうともしなかったのです。」
 「仕事はもちろん、全力でやります。必ず結果も出します。しかし、私の人事が一時的な業務交流人事であるならば、どうか一刻も早くそれを終えて頂き、元いた学会本部に戻して頂きたいのです。」と。
 小平は懸命に業務に勤しんだ。はじめは聞く耳を持たなかった上司も、そうした小平のありのままの姿を見て、少しずつ話を聞いてくれるようになる。
 そして、「小平君が学会本部に戻れないか、上に相談してみるよ。」と言ってもらうまでになったのである。
 やはり「対話」によって一歩ずつ切り開いていく戦いなのだと、小平は実感する。

「対話こそ人間の特権である。それは人間を隔てるあらゆる障壁を超え、心を結び、世界を結ぶ、最強の絆となる。」(名誉会長指導)

 野口は、そうした孤軍奮闘する小平の状況を聞き、少しでも力になれないかと思った。
 “コダさんの上司に会い、今の本部の官僚体質や硬直化の実態、地元故郷で無実の会員同志が苦しんでいる実態を話して、さらなる理解を得ることは出来ないだろうか”と。
 平成23年11月5日(土)、野口は、四国の香川県を出発し、車で2時間かけて広島県の茨城氏のもとへ向かい、そこから2人でさらに3時間半かけて福岡県の小平を訪ねる。
 その夜、野口、小平、茨城氏は小平宅の御本尊に真剣に祈る。誓願の題目に力がこもった。
 “断じて『師匠が仰せ通りの創価』『対話の創価』に変えていきます!師の思想を護る創価へと変革していきます!”と。

 翌日の夕方、野口は茨城氏とともに、筑紫富士と言われる可也山の麓にある九州多宝納骨堂を訪ねる。
 「遠くから本当によく来てくれたね」と、笑顔で小平が出迎える。
 どこに行っても使命の天地と捉えて戦う同志。その逞しさを感じ、野口は安心するとともに“我も断じて負けてはならぬ!”と自分を鼓舞する。
 事務所に行くと、野口らの訪問を小平から事前に聞いていた、小平の上司たちが温かく迎えてくれる。
 野口は、これまで自分たちが体験してきた本部職員の実態、学会本部の実態について語った。
 「たったの一度も、どなたも対話に応じて頂けることは無かったんです。本当に今の学会本部には、創価の生命線である『対話』が無くなっていると思うのです。」と。
 そして、現在、懲罰委員会から、「本部執行部に対話を求めた行為が懲罰にあたる」と判断され、始末書の提出を求められていることを語っていく。
 局長は、「信じられんな。もう、ありえんもん。」と、ため息をつきながら話を聞いている。
 野口は局長の目を見つめ、さらに真剣に語る。
 「僕たちは、今の『対話なき創価』を師匠の仰せ通りの創価に変革するために戦うことが、職員の不正に出会った意味であり、自身の使命だと思っています。絶対に執行部の方々との対話を諦めません!対話を通して、創価を変えていきたいんです!今後も小平さんを見守って頂けると嬉しいです!」と。
 局長と部長は深く頷き、笑顔で、「よくわかった。また来てよ。」と手を差し出して握手してくれたのである。
 野口は、局長の手を握りながら、“相手を信じて対話をすることが、どれほど大きな一歩前進となるのか。地道だが、やはりこれをやり続けることが正しいのだ!”と決意する。
 この日の対話により、局長と部長はこれまで小平が話してきたことが本当であるとの理解を深め、その後、小平を陰に陽に懸命に支えてくれるようになったのである。

 小平は野口たちを車まで見送る。野口は、これから6時間以上かけて香川県に帰るのだ。
 「今日は遠いところ、ここまで来てくれて本当にありがとう。のぐっちゃん達のお陰で、局長も部長もこれまで僕が話してきたことが本当であると感じてくれたと思う。本当にありがとう。」
 野口も小平と握手をしながら、
 「当然です。僕もいつもみんなに守られているから戦えるんです。でも、なぜか僕らみんな西日本に異動となって、こうして会えることが不思議ですね。僕も、本当に師匠に守られていることを実感させてもらいました。」
 小平は、同志の車が見えなくなるまで見送る。

「師とともに、同志とともに、学会とともに、苦楽を分かち合う人生ほど、
価値ある充実と栄光の道はない。」(名誉会長指導)

 楽な戦いなど一つもない。しかし、共に師匠を思い創価のために戦える同志がいる。これがどれだけ幸せなことか。
 師匠のお陰で出会わせて頂いたかけがえのない同志たち。苦難を共にし、生きるも死ぬも一緒だと誓い合った同志たち。
 ならば、この同志と共に、師の思想を護る創価に変えることこそが、我が使命であり、師への僅かばかりのご恩返しである!
 師のために、同志と共に、尊き我が命を捧げ抜く人生こそ、最高最大の喜びであり、無上の幸福である!

 無視を続ける職員懲罰委員会の実態

 10月23日付で懲罰委員会に、始末書を書くために質問する2通目の書面を提出した。
 その時、小平は熊本委員長に、“私たちの質問書面に対して、早急に書面での返答をお願いしたい”ことを要望した。そして、熊本委員長は懲罰委員会の窓口である長崎氏を介して、「わかった」と伝えていた。
 私たちは熊本委員長からの返答を祈りに祈る。
 しかし、10日待ったが、一切連絡はない。
 本部の公式機関として、なぜ「始末書を書くための疑問点」にすら答えて頂けないのか。対応できないならば、対応できない理由をなぜ教えてくれないのか、本当に意味が分からない。
 「わかった」と言いながら、10日間も「無視」できてしまう感覚は、あまりに非人間的であると感じてならない。
 師匠の精神は、どこまでも「対話」である。その「対話」とは対極にある「無視」が、本部の中で当然のように行なわれているのだ。
この状況が、果たして、師匠の仰せに照らして正しいと言えるのだろうか。

 今の状況で今回の「始末書」を提出することは、学会本部や最高幹部の権力の魔性の前に、屈服することと同じである。なぜなら、私たちが本部と執行部の問題を知っていながら「悪かった」と謝罪すれば、その問題を水に流すことになるからである。
 ゆえに、なぜ懲罰となるのかが分からない今のままでは、どうしても「始末書」を書くことは出来ない。
 ただ、「始末書」を提出しないだけで、何も行動しなければ、それもまた事実上、本部と執行部の問題に蓋をすることになってしまう。
 ここで私たちが妥協したならば、学会本部と本部職員はさらに腐敗・堕落していくように感じてならない。そしてそれは自分がその腐敗・堕落に加担することと同じである。

 私たちは、懲罰委員会の熊本委員長宛に3通目の書面を書くことを決意する。熊本委員長から、なんとか返答が来ることを信じて。

 「熊本委員長、始末書とは単なる形式なのでしょうか。私は、心から反省できなければ、始末書を書く意味はないと思っております。心から反省し、二度と行わないと誓うものでなければその始末書はただの形式であり、かえって懲罰委員会に対する不誠実な行為になってしまうと思うのです。
 法人の公式な機関に提出する公式な『始末書』です。一社会人として、また一法人の職員として、『始末書』を書く以上、重大な社会的責任が伴うことは当然のことだと思っております。」

 「なんどもお伝えしておりますが、何が事実とされ、何が虚偽とされたのか。どの行為がどの規則に違反するとされたのか。始末書を書くために、どうか教えて欲しいのです。創価学会の公式な機関であるからこそ、どこまでも常識的に、誰が見ても分かるご返答を、書面にて早急に提示して頂きますようお願い致します。」

 そして、平成23年11月6日、熊本委員長宛に郵送する。

 翌7日、小平は、熊本委員長に3通目となる書面を送ったことを伝えるため長崎氏に電話をした。しかし、長崎氏は電話に出ない。熊本委員長にも電話をしたがこちらも繋がらない。
 諦める訳にはいかないのだ!
 さらに翌日、小平は熊本委員長の職場である連絡局に電話をする。そして、熊本委員長をお願いする。
 ようやく熊本委員長が電話に出た。
 しかし、熊本委員長は、
 「書面は受け取ったがもうすべて伝えている。それが分からないのはあなたの問題だ!」と吐き捨てるように言い、電話を切ってしまったのである。
 小平は一瞬呆気に取られたが、すぐに我に返る。

 「書面で返答してほしい」とのこちらの要望に対して、「わかった」との返事は何だったのか。
 懲戒処分通知書に記載の内容が不明だから、私たちは具体的に質問している。しかも、あの処分通知書で「すべて伝えた」というには無理がある。懲罰委員会の委員長としてあまりに無責任であり、公式機関のやり方としても杜撰という他ない。
 小平は再度電話を掛けることを決意する。
 もう一度連絡局に電話を架け直す。
 電話がつながる。
 小平「話の途中で、熊本委員長に電話を切られてしまったのですが。熊本委員長をお願いできますでしょうか。」
 職員「ちょっと、待ってくださいね。」
 しばらく、待たされる。
 職員「あのですね、熊本委員長は、『もうすべて伝えて話すことはない』と言っています。」
 小平「えっ、ちょっと待ってください。熊本委員長が作った譴責の処分通知書に虚偽の内容があったんです。なので私は3通の質問の書面を出して返答を下さいとお願いをしました。何とか、返答が頂けるように熊本委員長にお伝え頂けないでしょうか。」
 その職員は、「はい。はい。はい。」と言って電話を終える。

 懲罰委員会は何がしたいのか。処分の理由を詳しく聞きたいと言っているのだから、説明してくれれば良いだけの話ではないか。しかし、処分を受ける側の話には全く耳を傾けず、処分理由・判断理由の詳しい説明はしない。そして、こちらが書面で質問をしても「無視」し続ける。
 こうしたやり方は明らかに問題である!
 懲罰委員会は、これまで原田会長が私たちを「無視」し続けている振る舞いに倣って、「無視」をしても良いと考えているのではないかと思えてならない。
 そもそも、本来、全職員に対して中立の立場であるべき公式機関の職員懲罰委員会が、原田会長を始めとする本部執行部側の言い分を鵜呑みにして、本部執行部を擁護するために動くこと自体がおかしいのだ!

「『魚は頭から腐る』と言われる。
トップが崩れるところから、組織も腐り、崩壊していく。それが道理である。
また、幹部が傲慢になり、威張って人の意見を聞かなくなると、そこに『魔』は付け入ってくるのだ。」(名誉会長指導)


 もはや上の腐敗、堕落を変えなければ、学会本部は変わらない。
 創価の頭である原田会長の振る舞いこそ、最大の悪に思えてならない。
 この悪を見ておきながら、もし黙って従うならば悪への傍観であり、加担ではなかろうか。
 偉大な師匠の弟子として、それだけは絶対にあってはならない。
 もはや、創価の「頭」は腐りかけている!
 今戦わねば、創価が滅んでしまう!
 創価は「対話」だ。やはり、創価学会の最高責任者である原田会長に今の創価の実態を直接訴え抜くしかない!




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プロフィール

Author:創価学会元職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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プライバシーに配慮し、登場人物は会長・理事長を除き、地名を使って仮名にしています
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