第19 問答無用の職員懲罰委員会の対応(H23.10.20~H23.10.29)

「対話というのは、まず、相手の意見、考えを、よく聞くことから始まる。」
(名誉会長指導)

「誤解から、感情の行き違いを生むことも多いから、心を開いて、よく話し合うことです。勇気をもって、対話することです。
互いの根本の目的が、本当に、広宣流布のためであるならば、信心をしている人同士が、共鳴できないはずはありません。」(名誉会長指導)



 職員懲罰委員会から、始末書の提出を求められてから2週間が経つ。私たちは、「譴責処分」の通知書を何度も、何度も読み返していた。
 御本尊の前に座り、通知書に書かれた自分の行為を思い出しながら、題目を上げる日々が続く。
 原田会長、長谷川本部長(現理事長)、青森事務総長・・・。
 本部執行部に対話を求めたことがことごとく懲罰。そして学会本部は、私たちに反省を求め、始末書を提出するように通告する。
 どう考えても、理解も納得もすることができない。
 もちろん、自分の考えがすべて正しいなどとは微塵も思っていない。しかし、通知書に書かれた行為を振り返っても、反省すべき点があるとはどうしても思えない。
 この懲罰委員会の結論は、私たちが執行部に報告・相談しようとした職員の不正には一切触れず、対話を求めたこと自体が懲罰とされているのだ。
 まるで、私たちがクレーマーのような扱いをされている。

 この「始末書の提出」という結論を聞いた時、私たちは、平成20年の本部指導監査委員会から「誓約書の提出」を求められたことを思い出した。
 あの時も、善も悪もなく、力で従わせようとする学会本部のやり方は、師匠が仰る「対話の創価」とは真逆だと感じてならなかった。

 かつて本部指導監査委員会は、本部職員の不正に声を上げた私たちと無実の会員同志たちを、得体の知れない「組織内組織」(本部に反逆するグループ)であると認定する。そして、「本部の決定に従いなさい。従わなければ除名もあり得る」と言って、二度と職員の不正に声を上げなくさせる誓約書に誓約することを迫る。
 その威圧的な監査に、私たちと会員たちは苦しんだ。本部が認定したから「組織内組織」、しかしそう判断した理由は不明であった。
 どうしても納得することができない私たちと会員たちは、誓約書の提出を断った。すると、学会本部は、「本部の決定に従わなかった」として、一斉に役職解任処分したのである。
 言わば「誓約書の提出」は、学会本部という権威に従わせるための踏み絵のようであった。
 結論に従わなければ永遠に問題視され、最後は排除されてしまう。しかも、一度出された結論に対しては、不服や異議の申立ては一切許されない。
 もはや、本部が言うままの決定に従うしか、会員として生き残る道は存在しないのだ。
 実際に解任となった会員たちの地元では、組織中に反逆者のレッテルが流され、当然の如く会合にも呼ばれなくなり、まともに信仰活動する権利すら奪われていった。
 あの監査は、本部の意向に従わない人間、意見する人間を排除する「問答無用」のやり方であったのである。

 ゆえに私たちは、こうした本部指導監査委員会の問答無用なやり方のおかしさを執行部への手紙に綴り、何度も何度も訴え続けてきたのである。どこまでも「対話」にこだわり、「対話」によって問題の根本解決を図るために、然るべき幹部に「対話」を求め続けてきたのである。
 対話の旗を断じて降ろしてはならないと自らに言い聞かせながら、ただただ師匠の仰せを胸に戦ってきた。
 しかし今度は職員懲罰委員会が、「対話」を理由に「譴責処分」を下す。
 もはや、“信仰を捨てろ!対話を諦めろ!”と言わんばかりの問答無用の処分である。

「『対話拒否』『問答無用』--これもまた独裁の特徴である。今も、まったくこの通りである。
 (宗門による)学会に対する一連の“処分”も、対話など一切ない。すべて一方的な通告だけであった。
 『広宣流布』のため、『正法』のための、道理に基づいた『外護』の言葉でさえ、“自分に反対した”と逆うらみするだけ。ただ、やみくもに自分のわがままを通したいだけ--そして、何の対話もなく、一方的な処分に出たのである。」(名誉会長指導)


 しかも今回、懲罰委員会から問題とされた私たちの行為は、就業規則第33条(服務上の注意事項)「互いに協力しあい、より完璧をめざして勤務に励むこと」に違反するとされている。
 しかし、そもそも対話を基調とする創価の中で対話を求めたことが、なぜ、なぜ懲罰なのか!
 私たちが創価の発展に尽くす思いで、解任処分された会員達の無実を訴え、「対話なき創価」の問題点を本部執行部に呼び掛けようとした行動が、なぜ、「互いに協力しあい、より完璧をめざして勤務に励むこと」に違反するとされるのか!全く意味が分からない。

 そもそも、「服務上の注意事項」とは、法人の発展やより良い職場環境づくりなどの観点から、職員への注意事項を列挙し、法人秩序への侵害を防止するためのものである。
 ならば、私たちの行為は、法人の発展のために積極的な意見を伝えたり、潜在的な問題点を提言したりするものであって、むしろ法人秩序を維持・発展させるものである。違反したとするには無理がある。

 本来、私たちが書いた弁明書をしっかり読んでもらえれば、私たちが執行部に対話(話し合い)をお願いした目的、理由は分かるはずである。
 しかし、処分通知書には、「服務上の注意事項」違反と判断した理由が、ほとんど記載されていない。ゆえに、私たちは、処分通知の場で処分理由を尋ねる。すると、懲罰委員会は「あなたに説明する必要は無い」と一蹴するのである。
 「説明する必要がない」これでは、処分される意味が本当に分からない。
 何度考えても、このまま始末書を提出することは正しいと思えない。いや、間違っている。
 やはり、懲罰委員会のおかしなやり方とおかしな結論について明確に伝え、私たちが始末書を提出できない理由をしっかり分かってもらう以外にない。

 すでに私たちは10月11日付で、各々「始末書を提出できない理由」との書面を懲罰委員会に提出している。しかし、それから10日経ったが何の連絡も無く、“受領した”との返答すらない。
 「対話」の創価のはずが「無視」。
 完全に対話とは真逆であり、師の御心が全く感じられない本部となっている。
 処分理由が分からなくても、事実でないことが事実とされても「始末書は提出せよ」との職務命令なのか!なんと無慈悲な問答無用のやり方なのか!
 このままでは、始末書の不提出という形だけが既成事実として残り、「本部の指導に従わなかった職員」とのレッテルを貼られて終わってしまう。
 私たちは理由なく始末書を書きたくない訳ではない。書こうにも、内容がおかしすぎて「書けない」のである。
 ならば、始末書を書こうにも「書けない」理由をもう一度、伝え抜くしかない!

 “対話だ!対話こそ宗教の生命線である!!”

 私たちは連名で、もう一度、職員懲罰委員会の熊本委員長宛に書面を出すことを決意する。
 そして、書面に以下のように書き綴る。
「懲罰委員会が私たちに提示した『懲戒の対象となる言動』の通知文に、多くの捏造があったがゆえに、各々が30数ページにも及ぶ弁明書を提出したのです。にもかかわらず、弁明書で『事実でない』とお伝えした内容についても熊本委員長より『それはあなたの意見です!』と根拠なく一方的に決めつけられてしまったのです。ゆえに何が『事実』と認定され、何が『虚偽』と認定されたのかすら、わからない状況なのです。
 このような状況で、一体私はどう始末書を書けばよいのでしょうか。私は何を反省すればよいのでしょうか。
 何が事実とされ、何が虚偽とされたのか。どの行為がどの規則に違反するとされたのか。始末書を書くために、どうか教えて欲しいのです。創価学会の公式な機関であるからこそ、どこまでも常識的に、誰が見ても納得できるご返答を、書面にて早急に提示して頂きますようお願い致します。
 間違っていることを具体的に伝えて頂けたならば、反省すべきを反省させて頂きたいと思います。」

 私たちは、10月23日付けで郵送する。
 翌10月24日、滝川は、懲罰委員会の長崎氏に電話し、長崎氏宛に熊本委員長宛の書面を郵送したことを伝え、そして「『滝川が返答を待っている』と熊本委員長に伝えてほしい」と伝える。
 すると長崎氏は、「分かりました。」と返答する。
 今度こそ懲罰委員会からの返答をもらえるように、滝川は祈る思いで電話を切った。

 そのやり取りを滝川から聞いた小平も、自らの思いを懲罰委員会の長崎氏に伝えたいと思った。
 “懲罰委員会への書面は連名で出したが、毛筋ほどでも同志の戦いに乗っかる自分ではいけない。創価の問題はすべて自分の問題である!”
 小平は、25日、長崎氏に電話をする。
 そして、“始末書を書きたいから書面を出していること、早急に書面での返答をお願いしたいこと、この2点を熊本委員長に伝えてほしい”とお願いした。
 小平は長崎氏からの返答を祈り待つ。

 すると27日、長崎氏から小平に電話がかかってくる。
 小平、「熊本委員長に、私の要望を伝えて頂きましたでしょうか?」
 長崎氏、「伝えました。熊本委員長は『わかった』と言っていた。」と答える。
 小平、「いつ返答がありますか」と尋ねる。
 長崎氏、「わからない。今は待つしかない。俺ができることはもうない。」と。
 そのまま電話は切られる。

 熊本委員長が「書面での返答」の要望に対して「わかった」と言う以上、しばらく待つしかない。それでも返答が無ければ、丁寧に、また確認していきたい。
 諦めは、敗北である。小平は師を思い、現場で苦しめられている故郷の同志のことを思いながら、絶対に負ける訳にはいかないと唇を噛みしめる。どこまでも、人間を信じ抜く己の戦いだと決意して。


 山梨女史への手紙

 懲罰委員会に追加の書面を送った私たちは、あらためて、譴責処分について考える。
 「対話」を求めたら懲罰。
 懲罰委員会の結論は、師匠のご指導を真っ向から否定するものではないか。

「『対話第一』――これは、初代、二代、三代と継承してきた永遠の学会精神だ」(名誉会長指導)

 「対話」を求める行為が譴責処分とされた。
 私たちは、自分たちが懲戒処分を下されたこと以上に、学会本部が「師匠の仰せ(指導)」を蔑ろにしている危機的な状態にあることを感じてならない。

 この重大な創価の問題を、私たちは、師に常随給仕されている山梨女史に伝え、弟子として話し合わせて頂きたいと思った。
 師匠が最も信頼を寄せる婦人部の山梨女史に、わずかばかりでも対話の可能性がある限り、もう一度対話をお願いする手紙を書かせて頂きたい。

 山梨女史は、師匠の側近として、師匠と常に行動を共にされている第一庶務の婦人部であり、婦人部最高幹部の一人でもある。その山梨女史に一縷の希望を見いだし、これまで手紙を書き続けてきたのだ。
 「何とか一度でもいいから話を聞いて頂けないでしょうか」と。
 しかし、1年間かけて書いてきた手紙に、山梨女史からは一度も返事がない。もしかしたら、何か返答が出来ない理由があるのかもしれない。
 むろん私たちとしても、山梨女史にご迷惑をお掛けすることは本意ではない。一言でも、山梨女史が「応えることはできません」と言われるのであれば、私たちは今後手紙を出すこともない。

 ただ以前に小平が、山梨女史のご息女である埼玉さんとお会いして話した時に、「必ず母に伝えます。どんな結果であれ、必ずこちらから連絡します」と伝えてくれたことが、どうしても忘れられない。
 山梨女史は、ご息女の埼玉さんから話を聞いているはずである。それでもお返事を下さらないのは、本部執行部が関係する学会本部の重大な問題であるため、どうすべきか悩み、葛藤されているのかもしれない。
 しかし、創価においては「傍観は悪」である。そして、今、創価は師の仰せに違背し、「対話」を排除する危機的状況にある。
 ゆえに今、師が死に物狂いで築かれた創価を万代に渡り発展させられるか、もしくは弟子の手で滅ぼすかの重大な分かれ道であると思えてならない。
 ならば、創価の問題は私たちの問題でもあるが、山梨女史の問題でもあるのではないか。
 私たち弟子の手で師匠の仰せに適った創価を創らねばならない。

 師匠を思う同じ弟子として、そしてまた創価の偉大なる婦人部として、山梨女史に一度でいいから創価の問題について話をさせて頂きたい。

「婦人には、大地のごとく、物事を根底から揺り動かす強さがある。」
(名誉会長指導)


 どこまでも山梨女史を弟子として信じ抜き、自分達の思いを伝えさせて頂きたい。
 すぐにペンを握り、山梨女史への手紙を綴る。山梨女史へは実にこの手紙で10通目の手紙となる。

「私が恐れることは解任や解雇などではありません。『本部の指導』と言えば、事実でないことでさえ事実とされ、虚偽さえも許されてしまう官僚体質こそ問題だと思うのです。『本部の決定』と言えば、それが間違いであろうと『私の立場ではどうにもならない』と皆が口を揃えて言うのです。このあまりに権威的な本部の体質を憂いているのです。」

「山梨さん考えていただきたいのです。無実の会員を解任にしたのは会長です。にもかかわらず会長がそのことについて自分に対話を懇願してくる弟子を懲罰に掛け、対話から逃げる姿を師匠が知ったならば、師匠は大激怒されるでしょう。
 そしてまた私は思うのです。その行為を見て見ぬふりをする傍観の弟子にも大激怒されると。
 私は確信するのです。師匠の成仏は弟子の振る舞いにあり、いかなる迫害に遭おうが正義を貫かなければ師匠は守れないのです。創価は守れないのです。」

 そして最後に、
「仏法は、立場ではありません。何を為したか、その行動によって決まると思うのです。今が創価を万代に渡り発展させられるか、弟子の手で滅ぼすかの最後の分かれ道だと思っております。弟子の手で創価を創らねばならない時が来ているのです。
 そして、最後にお願いしたいことはただ一つです。どうか一度でいいので山梨様に、私たちの話を聞いて頂きたいということです。そして、師匠の弟子として本部の問題点について話し合い、創価の未来永劫の発展を話し合いたいのです。そして、それが無理であれば、無理だと、明確に伝えて頂きたいのです。」

 祈りを込めて書き上げた手紙を、10月29日、山梨女史に郵送した。
 手紙には、山梨女史に本部の実態を知って頂くため、問答無用の本部指導監査委員会の面談録音と譴責処分の懲戒処分通知書を同封した。
 ただただ山梨女史の仏性を信じ抜き、女史からの返答を祈り抜いて!

  人間を信じ抜き
  人間に希望を見
  人間に明日を見る
  それが
  信仰者であり
  弟子であると確信する

  裏切られ
  馬鹿にされ
  軽んじられても
  不軽のごとく!!

  ただただ
  対話の創価を拓かんと
  我が人生を捧げ抜く!

  師の創価を実現するために!
  真の同志の絆を築くために!
  それこそが
  先生と私の
  久遠の誓いであると
  心に信じて

スポンサーサイト
リンク
プロフィール

Author:創価学会元職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

3名共有のメールアドレスは以下の通りです。
harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
最新記事
カテゴリ
カウンター
アクセス数
月別アーカイブ
プライバシーに配慮し、登場人物は会長・理事長を除き、地名を使って仮名にしています
検索フォーム
RSSリンクの表示