■⑲ 4月29日の東北座談会についてのご報告

 昨日4月29日(金・祝)、師弟の縁深き東北・仙台の「青葉の城」に程近い会場にて、第3回となる座談会を無事故・大成功で行なうことができました。雨の予報を見事覆し、太陽が燦燦と降り注ぐ大晴天での開催となりました。
 当日ご参加下さった方々は、東北だけでなく、遠路はるばる愛知、東京、神奈川、埼玉からも駆け付けて下さいました。本当にありがとうございました。
 会場に来られなかった方々からも、たくさんのメッセージを頂戴しました。九州の同志からは、「本日の大会を祝し心よりお喜び申し上げます。明るく、楽しく、決意溢れる大会になることを祈っております。」と、今震災で最も大変な中にもかかわらず、真心こもるメッセージを頂きました。本当にありがとうございました。
 さらに各地から、「第三回東北座談会、開催おめでとうございます。岡山の地より大成功を祈ります。岡山の同志より!」「常勝の空のもと、応援いたしております。」との真心こもるメールを頂き、さらにアメリカSGIの方からは、「こちらは29日午前0時(深夜)ですが、しっかり眠気を覚まして、お題目を送り続けます。無事故、大成功を祈り続けます。」「座談会に参加できないのは、本当に、本当に残念です。お題目と共に、心は会場に飛んで行きそうです」と、本当に力強い題目とエールを送って頂きました。その他にも本当にたくさんの全国各地、また世界の同志の方々からメッセージを頂戴し、会合の中で紹介させて頂きました。
 共戦の同志の皆様のお陰で、東北座談会を無事に行なうことができました。本当に、本当にありがとうございました。
 今回の東北座談会では、参加された方々が丸く座り、お一人お一人が師匠への熱き思いや現場での苦闘を、忌憚なく語り合う場となりました。同志の皆様と共に創り上げる座談会こそ創価の原点であると、あらためて感じました。

 当日の様子については現在ブログを検討・作成中ですので、後日、皆様にご報告させて頂きます。








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■⑱ 4月29日の東北座談会に参加しようと思っていらっしゃる皆様へ

 4月14日、熊本県熊本地方を震源とする震度7の大地震が起こりました。いまだに余震が続いており、被災された方々やその関係者の方々の事を思うと本当に苦しくてなりません。
 犠牲となられた方々のご冥福を祈るとともに、一日も早く地震が沈静化し、怪我や病気になられた方々が御健康を回復され、住まいや町が一日も早く復興することを、毎日真剣に祈らせて頂きます。

 今から5年前の平成23年3月11日、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が東日本一帯を襲い、甚大な被害をもたらした。
 この地震は、日本における戦後最悪の自然災害となるとともに、福島第一原子力発電所事故という大惨事をも引き起こし、今なお多くの人々を苦しませている。もう二度と、人々の生存を脅かす原子力事故など、絶対に起こしてはならないことは当然である。
 師匠池田先生は、その翌年の「SGIの日記念提言」で、悲惨な原発事故を踏まえて、提言なされた。
「日本のとるべき道として、原子力発電に依存しないエネルギー政策への転換を早急に検討していくべきです。」と

 日本は、地球全体で起こる地震の約1割が発生する地帯にあり、津波による被害に何度も見舞われてきた歴史を顧みれば、深刻な原発事故が再び起こらないと楽観視することなど絶対に出来ないはずである。
 しかし、公明党が与する政府与党は、今般の熊本・大分震災でも、地震がどう展開していくか分からない状況にあるにもかかわらず、「問題なし」と川内原発を稼働し続けている。
 「二度と“フクシマの事故”を繰り返してはならない」との民衆の声に耳を傾けることなく無視する公明党、創価学会の狂いは、誰の目にも明らかである。

 さらに政権与党である公明党は、先般4月1日、「憲法は核兵器保有を禁止せず」との閣議決定にも賛成した。
 むろんこの閣議決定は、戸田先生が『核兵器は絶対悪』と断じた「原水爆禁止宣言」に真っ向から違背するものである。
 公明党、創価学会は、自民という権力におもねり、完全に「権力の魔性」に食い破られているのである。

「『一番苦しんだ人が、一番幸福になる権利がある』と、我らは叫び、人間のなかに飛び込んで、不幸な人びと、そして権力に虐げられた人びとと同苦しながら戦ってきたのだ。これが、わが創価学会である。」(名誉会長指導)

 これまでの創価には、同志をどこまでも信じ抜かれる師匠がおられた。同志の苦しみを我が苦しみとして感じながら、皆に勇気と希望を送り続けてくださる師匠がおられた。だからこそ、創価学会はこれまで発展してきたのである。
 しかし、今の創価学会なかんずく学会本部は、人間を信じる心が全く無くなっている。
 他者の苦しみを感じ、同苦していく心が完全に欠如しているように思えてならない。
 安保に疑問をもつ会員がいる。
 ならば、納得できるまでとことん対話をすべきではないのか。
 なぜ、悩み苦しむ会員に寄り添い、納得できるまで徹底的に話し合うことをしないのか!
 なぜ、目の前の人間を、同志を、信じ抜くことを諦めるのか!

 今の創価には、三代会長の精神の根幹である「生命尊厳」「人間主義」という、人間の無限の可能性を信じ抜く精神が完全に欠落してしまっているように感じてならない。
 そればかりか、連日、聖教新聞に師匠を登場させ、まるで「新・人間革命」を書いているかのように作出し、必死に会員を欺いている。
 「これは師匠に対する裏切りであり、最大の冒涜である!」と、私は声を大にして叫ぶものである!

 何としても今の創価を変革するために、創価を憂う同志が堅固に繋がっていくための東北座談会が、本当に重要だと思えてなりません。
 今回の東北座談会を大成功させるために、どのような内容にしていくことが良いか、真剣に祈り、考えました。そして、想像を絶する苦難に立ち向かわれている東北の同志の方々を思い浮かべながら、皆で話し合う中で、「人間の無限の可能性を信じる心」こそ最も重要ではないかと思いました。
 いかなる人生の苦難にも負けず、どんなに苦しい状況であっても人間を信じることを諦めなかった同志の体験こそ、座談会にお越し下さる皆様が「来て良かった」と思って頂けるのではないかと思いました。
 すぐに思い浮かんだのは滝川の母である滝川光子さんでした。滝川光子さんほど、人間を信じ抜き、絶対に諦めない方はいないと思いました。
 そして、もうお一方、真剣に祈る中で浮かんでくるのは、やはり偉大なる先駆者である天野達志さんでした。
 現時点での東北座談会の式次第を以下のように考えました。

東北 式次第

 滝川光子さんは、私たちが平成20年の本部監査にかけられ、学会本部の不当な誓約書に従うことができず役職解任処分となった時に、必死の声を上げる覚悟を決める。
 “自分がずっとこの目で見て来た息子やその同志たちである。その自分が彼らを信じないでどうする!”と。
 光子さんは、職員の不正を隠し、未来ある青年たちに対する問答無用の役職解任を了承した原田会長に「納得のいくように説明して頂きたい」との対話を求める手紙を書く。しかし、原田会長からの返事は来ない。
 そればかりか原田会長に声を上げる光子さんは、地元の地区では幹部から白い目で見られるようになる。それでも一歩も引かず、「私は息子たち青年を信じていますから!」と叫び続けた。
 さらに光子さんに苦難の嵐が襲う。ある時、医師から余命3か月のガンであることを宣告されたのである。しかしそれでも光子さんは自分に負けない。師匠のために命を使わせて下さいと必死に祈りながら、勇気の声を上げ続けるのである。
 またある時の本部職員である地元幹部との面談では、除名になった私たちと一緒に題目をあげることが処分の対象になると脅される。
 しかし、光子さんは必死に叫び抜くのである。
 「幹部が一度も青年達に会って話すこともせず除名審査に掛けるなんて絶対におかしい!池田先生なら絶対にそんなことはしない!」と。

 私たちは何としても滝川光子さんのお話を聞かせて頂きたいと思いました。
 「お母さん、今回の東北座談会でも、やはりお母さんの体験を話してほしいです。」とお願いさせて頂きました。
 すると、お母さんは、「え!前回の関西が最初で最後じゃないの!」と驚かれる。しかしすぐに、「私は東北で生まれ、育てられてきたし、信仰にも出会わせてもらいました。東北の同志の皆さんにご恩返しする思いで、喜んでやらせて頂きます!」と笑顔で引き受けて下さいました。
 お母さん、本当に、本当にありがとうございます。
 現在、光子さんは師匠の仰せである「対話の創価」へと変革するために、原田会長への11通目となる手紙を書くためペンを握り続けている。
 お母さんは私たちに決意を伝えて下さった。
 「今の私が生きていられるのは、全て信心と先生のおかげです。池田先生が仰る通りの創価に変えていくために、私は何でもやらせて頂くよ!」と。

 もうお一方、登壇をお願いさせて頂いたのは、ひとり勇気の三色旗を掲げて先駆の戦いを続ける天野達志さんです。
 本年1月1日、私たちのブログ宛てに1通のメールを頂きました。「ひとりの学会員」天野達志さんからでした。そのメールには、師匠を思い、創価を憂える心情が綴られ、最後に「連携を取らせて頂きたい」と、実名、メールアドレス、携帯電話の番号が書かれてありました。
 私たちは、天野さんのことは新聞報道を通して知っていましたが、天野さんからすれば見ず知らずの私たちです。それにも関わらず、携帯番号まで明かし「連帯していきましょう」と声を掛けて下さった、その真っ直ぐなお心に感動し、私たちは、すぐに天野さんにメールをさせて頂きました。
 初めてお会いした時、天野さんは、「安保法制は先生の思想に反している」「先生の学会を取り戻したい」との熱き思いを語って下さいました。
 そして、「今の創価を憂いている方々は沢山います。しかし、色々な考えの方がいらっしゃるのも事実です。私は、皆が、今の創価を池田先生の仰せ通りの創価にしていくという一点であれば、多くの同志の方々と繋がっていけるのではないかと思っています。」と。
 どこまでも人間を信じ抜くその天野さんの姿に、私たちは師匠が創られた「対話の創価」「人間主義の創価」を見る思いがしました。ブログ上でしか知らない私たちを快く迎えて下さり、池田門下として忌憚なく何でも話し合おうとの深き同志の心を感じたのです。
 この天野さんとの出会いをきっかけに、私たちは多くの同志の方々と善の連帯を築いていきたいと決意し、そこから「座談会」が生まれていきました。
 現在も連帯を築く対話のうねりを起こされ、戦い続けていらっしゃる天野さんに、今回の東北座談会でもぜひ体験をお話しして頂きたいとお願いしました。すると天野さんは、「私に出来ることがあれば何でもさせて頂きます!」と快く引き受けて下さいました。天野さん、本当に、本当にありがとうございます。

 師を思い、創価を思うがゆえに不屈の戦いを起こされる滝川光子さん、そして天野達志さんから、何があっても諦めずに人間を信じ抜く体験談を聞かせて頂きたいと思います。
 私たちもお時間を頂戴し、学会本部の実態と向き合い続けてきた体験を通して、私たちが現在の創価に感じている問題点、そして今後の戦いの目標と決意について、お話をさせて頂ければと思います。
 今回の東北座談会では、現在、私たち3人の生活と戦いを支えて下さっている同志たちのお陰で今日まで戦ってくることが出来た体験を、お話しさせて頂こうと思います。
 師匠に出会わせて頂いた同志。生涯、何があっても師匠のため、創価のために命を捧げ抜き、生きるも死ぬも一緒だと誓い合った同志。
 そして、悔しい時には共に涙を流し、苦しい時には私たちに“絶対に負けてはならない”と真心からの叱咤を伝え抜いてくれる同志。
 この同志なくして今の私はありません。

 混迷を極める今の創価を変革するために必要なのは、何があっても断じて人間を信じ抜くという強き心で結ばれた同志の絆である。人と人とを繋ぐ対話の精神である。その心を、誰よりも大切にされる東北の同志の皆様と共に、いよいよ創価の人間主義復興の戦いを起こしていきたいと決意しています。
 師匠が、実直で堅実な東北の同志を最大に信頼され、「正義の東北健児よ、広宣流布の総仕上げを頼む!」と任された大東北。
 今回、創価変革のための礎を築くとの決意で、師匠が築かれた創価の不滅の人材城を護り抜く弟子の集いを宮城・仙台の地で開催させて頂きたいと思います。
 座談会当日の絶対無事故、大成功を勝ち取るべく、真剣に祈り、万全の準備で臨んで参ります!

【東北座談会】
■ 日時
平成28年4月29日(金・祝)
(入場開始)  午後1時半
(座談会)    午後2時~3時30分
(懇談)     午後3時30分~
(完全撤退)  午後5時

■ 場所
戦災復興記念館 5F 第1和室,第2和室
(宮城県仙台市青葉区大町二丁目12番1号)
http://www.hm-sendai.jp/sisetu/sensai/

■ 参加者の皆様へのお願い
① 参加される方のプライバシー保護のため、一切の撮影、録音は禁止とさせて頂きます。また、幟や横断幕、鳴り物の持ち込みは不可とします。なお、トラブル防止のため私たちの方で1台ビデオを設置させて頂きます。
② 当日は会館での本幹中継と同じように、会場入り口で元白蓮グループの方と元創価班の方による簡単な荷物チェックを行なわせて頂きます。
③ 座談会の攪乱行為や進行妨げ行為があった場合は、すぐに警察に通報し、厳しく対処する体制を取ります。
④ ストーカー行為や盗撮行為などの人権を蹂躙する行為があった場合は、発見次第、すぐに警察に通報し、厳しく対処させて頂きます。
⑤ 当日場内に、警備も含め男女10名ほどスタッフがおりますので、何かあれば即時対応いたします。

■ 参加予定人数の連絡先と、私たちへの問い合わせ先
 今回、東北座談会に参加を希望して下さる方は、当ブログ宛に参加予定人数を教えて頂けると本当にありがたいと思っています。
 お名前をお伝え頂く必要はありません。メール一行で構いませんので、「2人で参加します」「福島から1名で行きます」など、教えて頂けると本当にありがたく思います。もちろん、連絡を頂かなくても参加して下さって構いませんし、連絡を下さったから参加しなければならないということでももちろんありません。
 参加人数の連絡先または私たちへの問い合わせは、ブログ上のメールフォームか、以下のアドレスにお願い致します。
  連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp

■ 地図
東北座談会の会場(戦災復興記念館)の地図

■ 交通
徒  歩 :JR仙台駅西口から約25分。
地下鉄 :東西線仙台駅から東西線大町西公園駅で下車。
東1番出口から徒歩6分。
バ  ス :仙台市営バス、仙台駅西口バスプールのりばから約7分、
東北公済病院・戦災復興記念館前で下車し、徒歩2分。
  10番のりば 茂庭台、折立/西花苑行(西道路経由)
  15-1番のりば 全路線
  15-2番のりば 全路線
タクシー:JR仙台駅西口から約5分。(初乗り運賃)
 車   :仙台東IC(仙台東部道路)から車で18分(9キロ)
      仙台宮城IC(東北自動車道)から車で10分(5キロ)





第18 職員懲罰委員会の譴責処分通知に対する私たちの行動(H23.10.5~H23.10.19)

<この度の4月14日から続く九州・熊本、大分地方を襲った大地震におきまして、犠牲になられた方々とご遺族の皆様にお悔やみ申し上げるとともに、被災されたすべての方々に心よりお見舞い申し上げます。
未だ余震が続いており、一日も早く地震がおさまることと、皆様のご無事を真剣にお祈り申し上げます。>


 職員懲罰委員会の譴責処分通知に対する私たちの行動

「平和の道も、友好の道も、すべては、勇気ある対話から始まる。
 初代会長・牧口常三郎は、獄中にあって、取り調べの予審判事にも、『さあ、討論しよう!』と言って、堂々と仏法を説いた。第二代会長・戸田城聖も、時の首相であろうが、いかなる権力者であろうが、恐れなく、仏法への大確信を語り抜いている。
 社交辞令の語らいにとどまっていれば、本当の友情は生まれない。勇気の対話があってこそ、魂の打ち合いと共鳴があり、相互理解も、深き友情も培われていくのだ。」(名誉会長指導)


 平成23年10月5日、懲罰委員会の結論通知の面談を終えた私たちは、平成20年の本部監査の時から共に苦難を乗り越えてきた故郷の同志のもとへ向かう。
 その日、同志は私たちの懲戒処分を案じ、ずっと題目を送ってくれていたのである。
 “生涯、創価のために命を懸けて戦い抜こう!生きるも死ぬも一緒だ!”と誓い合った不二の同志である。もし私たちが懲戒解雇されるようなことがあったならば、自らも仕事を辞め、皆で協力し合って働こうとまで伝えてくれていた。
 むろん、私たちはたとえ自分が解雇になったとしても、それは自分の問題であり、同志が夢を叶えて勝ち取った今の仕事を絶対に辞めてもらう訳にはいかない。
 しかし、本気で自身の職を懸けてでも、友の戦いを我が戦いとし、友の苦しみを我が苦しみとして戦う同志の真心に支えられ、今日まで戦ってくることが出来た。

 同志の家に到着すると、小平は懲罰委員会から通知された結果を伝えた。
 「皆さん、お題目を送って下さり本当にありがとうございました。結果は解雇ではなく、譴責処分という始末書の提出を求められる処分でした。」
 その報告に平成21年に共に役職解任となった会員の兵庫氏が「解雇ではなかった。本当に先生と御本尊が護って下さった。しかし始末書とは・・・」と、安堵の中にも懲戒処分が下されたことに皆、憤りが滲み出ていた。

 続いて滝川が怒りを込めて話す。
 「本当に問答無用の通知でした。本当にこれほどまでにと思うほど厳しい面談でした。事実と食い違ったおかしい箇所を指摘しても、全く聞き入れてくれません。こちらが幾ら説明を求めても『答える必要はない』の一点張りで、全く答えてくれない。あんな独裁的なやり方が許されていいはずがない!」

 野口も悔しさを噛みしめながら話す。
 「そもそも、僕が執行部に面談を求めたことが、『職場の人間関係に軋轢を生じさせ、職場環境を悪化させる』と言われたけれど、真逆の判断です。僕らは、レッテルを貼る執行部との間に軋轢を生じさせたくないから対話を求めたのに、そこを全く汲み取ってもらえない。全部、執行部寄りに判断されているとしか思えない!」
 さらに滝川が語る。
 「本当に無理のある結論だと思う。長谷川本部長(現理事長)は師匠への報告の窓口に命じられていた。だから師匠への報告をお願いしたのに、その行為まで懲罰の対象とされた。これでは執行部にとって不都合な報告を、誰も師匠にご報告することなんかできやしない!」

 すると平成21年に共に役職解任となった会員の木本秀信氏が口を開く。
 「本部執行部にとってよほど都合が悪いから、口封じをするために始末書を書かせて終わらせたい、そんな意図が見え見えだ。要は執行部が、自分たちの不正を隠したいがために下した処分じゃないか!」
 それを聞いた小平が憤りをあらわにする。
 「本当にその通りだよ!悪に加担する始末書なんか絶対に書けるはずはない!」

 すると、興奮する小平に、京都氏が冷静に伝える。
 「僕も今回の結論は明らかにおかしいと思うし、職員のみんなが始末書を書けない気持ちは当然だと思う。対話を求めたら懲罰なんて、一般の社会で考えたらあり得ない。でも、大事なことはすぐに一つの結論を出して他の選択肢を排除するのではなく、全ての選択を一つ一つ具体的に考えることではないだろうか。『師匠ならばどうなされるのか。』師を通して自分を見つめ、皆で何が正義の行動か悩み話し合うことではないだろうか。
 そのためには、本部が提示した始末書を書くという選択もしっかり入れながら具体的に考えたい。」

 同志の怒りは相当なはずである。
 地方に配転されることが決まった時、荷物をまとめ羽田空港に向かった。同志は車で羽田まで見送ってくれた。搭乗口に向かい、荷物のチェックを受け、見送る同志に挨拶をしようと振り返った時、皆が泣きながら手を振っていた。
 そしてこう叫んでくれたのである。
 「ダイラさん!!師のために!生きるも死ぬも一緒だ!!」
 同志の涙の叫びを自分は一生忘れることはない。

 同志は皆が怒りをあらわにする中、正しい選択をするために、冷静になって「師匠ならばどうされるのか」という弟子としての原点を忘れてはいけないことを改めて伝えてくれたのである。

 小平はその真心を感じながら伝える。
 「そうですね。確かに、師匠が居られる本部です。その本部が出した始末書の提出という選択肢がどういう選択なのか、自分の中では有り得ないと思い、具体的には考えてはいなかったです。ただ、事実じゃないことが事実と判断されてしまっている。反省しろって言われても。僕は上司から“役員に面談を求めてはいけない”なんて注意は本当に受けていないんです。」と、苦悶の表情を浮かべる。
 すると野口が話し始める。
 「僕も、職場の先輩からパワハラを受けたのに、こちらが反省しなければいけないというのがおかしいと思っています。僕が始末書を書けば、パワハラ発言をした松山次長の方が正しかったことになるのかと思うと、本当に書くことが正しいのかどうか。疑問でなりません。」
 皆が頷きながら聞いている。
 それでも皆で、始末書を書いた場合には師匠に何が違背し、何が裏切りとなるのかを考えて話し合う。結論ありきの話し合いではない。あらゆる選択を受け入れそして何が正義なのかを考え抜くのだ。

 木本氏が滝川に視線を向け、「タッキーはどうなの?面談ではどんな話をされたの?」と尋ねる。
 考え込んでいた滝川が答える。
 「そうだね、もし始末書を書いて出すとしたら、僕が原田会長に面談をお願いしたことも、間違っていたから反省しますってことになる。でも、僕は原田会長に手紙を差し出しただけで、いきなり『反省したのか!』って怒鳴られて、それでその周辺にいた人達がざわついたというのが事実だよ。それでも僕が職場環境を悪化させたことになるのかい?いや、それを認めたら僕は自分に嘘をつくことになる。師匠に嘘をつくことになる。」

 木本氏は深く頷きながら
 「いや確かにそうだね。むしろ職場環境を悪化させたのは原田会長の怒鳴り声の方だよね。」
 黙って聞いていた兵庫氏も「最初にきもっちゃんが言っていたように、相手が常軌を逸した行動をとったからこそ、口封じをするために始末書を書かせて終わらせたい。それが本質だ。」

 すると、一度冷静になって考えることを提案した京都氏も皆の話を聞き、小平に伝える。
 「実際に始末書を書こうと考えれば考えるほど、なぜ書けないのかという理由が具体的に出てくる。その理由も、極めて常識的な振る舞いであり、師の仰せを護る行動であったがゆえに、逆に懲罰になった。
 ならば、始末書を書けないと一蹴するより、始末書を書けない具体的な理由を、できる限り根拠を示しながら、さらに誠実に懲罰委員会に伝え抜く戦いが大事ではないだろうか。
 『懲罰委員会に伝えても何も変わらない。』そう思う気持ちは誰もが持っているかもしれない。でも、それでも師匠の本部だよ。最後の最後まで弟子として、馬鹿正直だと言われようが、本部を信じ、人を信じ抜いて誠実な戦いを最後までやり抜くことが弟子として正しい生き方ではないだろうか。」

 同志と話し合う中で、始末書を書きたくても書けない理由があり、それを伝え抜く戦いこそ、自身が納得できる弟子の戦いであることが明確になったのである。

「正義と真実を、厳然と言い切っていくことだ。人々の心を変えるのは、その勇気ある一念である。最後に勝つための力は、『忍耐』と『気迫』である。」(名誉会長指導)

 小平はあらためて、同じ思いを共有する同志の存在のありがたさを痛感し、感謝の気持ちを伝える。
 「本当に同志との語らいなくして、正しいものが何なのかは分からないですね。みんな本当にありがとう。」
 誰かが正しい答えを持っている訳ではない。これまでも一つ一つ皆で話し合いながら、正しい道を考え、見つけ出し、選択してきたのだ。
 私たちは、間違った懲罰委員会の結論に対して、始末書を書かないことが正しいと思った。しかし、「書かない」のではない。「書けない」のだ。ゆえにその理由を伝え抜こう。相手の仏性を、そして我が胸中に居られる師匠に嘘偽りなく。最後の最後まで師の仰せ通り、真実を伝え抜くんだ!

 懲罰委員の松江女史を信じて対話を求める決意をする

 さらに滝川が話し始める。
 「一つ気になったことがあったんだけど、懲罰委員の松江さんの挙動なんだけど、何かおかしくなかったかい?」と。

 滝川は自分の面談を振り返りながら話す。
 「松江さんは、前回の面談にはいなかったけど、今回の通知の場から懲罰委員として参加していたよね。
 僕が職場で受けたパワハラの事実について話し始めると、それまでただ黙ってうつむいていた松江さんが突然顔を上げ、横並びに座っていた熊本委員長にパッと視線を向けたんだ。その表情は初めて聞く話に困惑していたように見えた。
 僕は弁明書に、職場上司や本部職員の地元組織の最高幹部たちから、地方への配転を迫られたり、辞表を持ってこいと脅されたりしたパワハラを受けた事実を詳しく書いたんだ。
 だから松江さんが本当に僕の弁明書を読んでくれたのか気になっている。もし読んでいないのであれば、それこそ杜撰な委員会だよ。」と。

 通知の場に顔を出すだけで、一部の人間が決めた結論にただ盲目的に従うだけの懲罰委員であるならば、本当に茶番劇の懲罰委員会である。

 小平も結論通知の場を思い出しながら話す。
 「確かに松江さんは僕の面談でも終始下を向いていた。僕が『この判断に本当に納得されたのですか』と聞いたら、『はい、委員会で決まりました』と言っていたけど、その声と表情は暗かった。」
 続いて野口が語る。
 「今回、委員として初めて女性が入っていたから気にはなりました。先生は女性の意見が大事だと何度も仰っているし、松江さんは、本当は今回の結論をおかしいと思っているのかもしれない。」

 すると、私たちの話を聞いていた京都氏が話し始める。
 「松江さんが何を思い、どう考えていたのか実際のところ分からない。でも、もし皆が感じたように、松江さんが少しでも懲罰委員会のやり方に疑問を感じているのなら、松江さんに直接手紙を書いて一度話を聞いてもらうことはできないのか。」

 続いて、木本氏が語る。
 「懲罰委員会の判断に葛藤している人であれば、話を聞いてくれる可能性はあるかもしれない。」

 続けて兵庫氏が
 「僕も、松江さんに手紙を書くことは重要だと思う。松江さんの手紙と懲罰委員会への手紙、本当に大変な戦いになるが・・・」

 滝川が話す。
 「大変ではないです。命が喜んでいます!本当に確かにそうです。松江さんにはすべてを知って頂いた上で、弟子として判断してもらいたい。気になることは全部やりたい。」と思いを語る。

 一つのことを成し遂げるために、皆が話し合い納得して進む世界を、師匠は一人一人との対話によって築いて下さったのだとあらためて思う。

 私たちは、対話を通して弟子が弟子を折伏する思いで、松江女史に手紙を書くことを決意する。そして、「始末書を提出することが出来ない理由について」書面を作成するため、小平と野口は羽田空港からそれぞれ九州・四国のアパートに向かった。
 やはり同志がいつものように搭乗口まで送ってくれる。本当にただただ感謝しかない。もっともっと戦わねば!

 「始末書を提出することが出来ない理由について」を提出する

 小平は、さっそく譴責処分通知の内容について考える。

 その中には、私たちは就業規則の「服務上の注意事項」である「互いに協力しあい、より完璧をめざして勤務に励むこと」(就業規則第33条第2号)に違反したとされた。
 その理由は、私たちが本部執行部らに対話のアポイントを求めた行為や池田名誉会長秘書らに池田名誉会長への手紙を託した行為が、「職場の人間関係に軋轢を生じさせ、職場環境を悪化させるもの」だという。
 しかし、小平は職場の人間関係にむしろ軋轢を起こしてはならないと思ったからこそ、本部執行部たちに私たちに対する誤解と偏見を解きたいとの思いで対話の懇願をした。むしろ、人間関係を保つために行動してきたのである。
 
 さらに小平は、上司である管理局長から、「創価学会の役員に面談を要請するようなことはやめるように」との注意を受けたとされ、「勤務中は所属上長の指示に従い職務に専念し、責任ある仕事をすること」(就業規則第33条第1号)に違反したとされた。
 しかし、事実、小平は管理局長から、「創価学会の役員に面談を要請するようなことはやめるように」との注意を受けていないのである。
 小平は弁明書でそのことを記載していたが、全く看過され、小平は嘘の内容で懲罰を下された。
 そのため小平は結論通知の場でそのことを熊本委員長に説明を求めた。しかし、熊本委員長は「そこに書いてあります」「君に話す必要は無い!」と言い、全く具体的な説明を避けたのである。
 こんな結論で、こんなやり方で、どうして納得して「始末書」を提出できると言うのか。

 小平は、具体的に始末書を提出することが出来ない理由について書面を書く。

「池田先生が『どんな環境にあろうとも対話の旗だけはおろしてはならない』とご指導下さったように、嘘や批判をする相手に対し『話を聞いてほしい』と懇願することは、軋轢を生じさせることにはならず、むしろ、軋轢を生じさせないための、ただ唯一の方法なのではないでしょうか。」

 そして、事実誤認の箇所についても具体的に質問する。
「管理局長から受けた『指示』について、その『指示』は『宮城副会長に手紙を渡す行為』についての指示はありました。しかし、『他の創価学会の役員に面談を要請するようなことはやめるように』との指示は受けておりません。そのことは弁明書で、明確にお伝えしております。
 『指示』を受けていないにも関わらず、なぜ私の行為が『指示に従わなかったこと』になっているのでしょうか。」と。

 私たちは各々、“始末書を書けない理由”を書面に書き、10月11日付で懲罰委員会に郵送したのである。

 どこまでも創価の問題を自分の問題と捉える責任感があるかどうかが問われている。これだけのおかしな本部の実態を見ておいて、言うべき事を言わない事は弟子として最も卑怯な生き方である!

「自分(池田先生)が正論を言っても、聞いてもらえない局面は、いくらでもあった。
 だが『広布の責任感』においては、立場や役職の上下は関係ない。平等だ。
 自分(池田先生)がいれば『先生!』『先生!』と叫び抜き、いずこであれ、師弟一体の勝利の息吹を満々とみなぎらせてみせる!
 広宣流布の輝く大道を開いてみせる!
 この一人立つ勇気が、師恩に報いる第一の要件だ。」(名誉会長指導)


 小平は御本尊の前で真剣に祈った。
 「この問題に出会った意味と己の使命を果たさせて下さい!断じて我が身を、創価をより良くするために使わせて頂きたい!」

 婦人部最高幹部の松江懲罰委員に手紙を出す

 滝川は松江女史への手紙を書くために、毎日必死に祈り、考え続けていた。
 あらためて処分通知の面談を振り返る。
 あの日、ただ一人の婦人部で、懲罰委員として参加していた松江女史。
 男性の懲罰委員の誰もが押し黙り、能面のような表情でただ座っている中で、たった一人松江女史だけは滝川の話に、心が動揺するような反応を見せていた姿が印象的だった。
 滝川は松江女史との対話を断じて実現させる思いで、渾身の手紙を綴る。

「松江さん、私は思うのです。『組織の秩序を守るため』といって、本部職員の不正行為を知りながら本部が隠ぺいを重ねる行為を、黙って見過ごすことだけはどうしても出来ないのです。なぜならば、本部職員が無実の会員を犠牲にしている事実がある限り、そこと向き合わなければ、師匠が言われる『会員一人一人が創価学会である』との精神を本部職員が破壊し、創価そのものを破壊することになってしまうと確信するからです。
 三重全国男子部長の女性問題しかり、聖教職員らによる金銭使い込み事件しかり、これら師匠を裏切ってしまった弟子の不祥事は、すべて『不正を目の当たりにしたにもかかわらず声を上げるときに上げなかった弟子の保身』にあると思うのです。
『声を上げるべき時に上げなかった』命とは、結局師匠を守るよりも自分を守ろうとしているだけに過ぎません。
 この命こそが、昭和54年に師匠を会長辞任に追い込んだ弟子の裏切りの命であると私は感じるのです。だからこそ、弟子としてこの問題と戦い続けなければならないのです。職員の不正に対して、間違ったものは間違っていると声を上げ続ける以外に、弟子の勝利は無いと思っているのです。静岡青年部長が私に語った、『矛盾があっても、職員なんだから職員を守るんだ』との馴れ合いは、本部を権威化し、真実よりも利害を優先させる創価にしてしまうと感じるのです。
 師匠亡き後の創価において、民衆の創価を守り抜く本物の弟子がいるかどうか、私たち一人一人が権威によらぬ正義を求める本物の弟子かどうかが、今こそ問われていると思うのです。師匠との誓いを果たせなかった昭和54年の弟子の戦いは未だに続いていると感じるのです。私は終わっていないと思っています。」と。

 さらに、こう綴る。
「私は今回の懲罰委員会の処分を師匠が正しいと仰るとは到底思えません。むしろ、『始末書』を書くことは職員の不祥事を隠すための『嘘』を認める行為であり、間違いなく師匠が知られたならば激怒される問題だと確信するのです。
 本部職員の不正を知りながら『問題となることを師匠に知られる前に隠蔽する』行為に加担することは、師匠への反逆行為になると感じるからこそ、私は『始末書』を書くことが出来ないのです。
 松江さん、どうか真実を知って頂いてから判断をして頂きたいのです。
 松江さん、一度私たちの話を聞いて頂いてから判断して頂きたいのです。
 本部の公式機関である委員会が決めたから『正しいのではないか』と結論づける前に、一度直接、話を聞いて頂きたいのです。聞いて頂いた上で松江さんが私に懲戒処分を与えるならば、私は喜んで受ける覚悟です。
 決して松江さんにご迷惑が掛からないよう、あくまでも個人的にお会いさせて頂きたいと思っております。ご多忙を極める中、大変に恐縮ですが、どうかご連絡を頂けますようお願い致します。」
 と書き綴った。

 平成23年10月19日、私たちは松江女史に手紙を出す。

 目の前の一人の心を信じ抜き、その一人を大事にしていく。師匠から教わった仏法者の生き方である。
 自分に力があるなどとは微塵も思わない。しかし、どこまでも人間の可能性を信じ、師匠ならばどうなされるかを考えながら、ただただ悔いなくやり抜く以外に我が人生はないのだ!
 ならばこそ、対話を拒否する「力の論理」に一歩も引いてはならない!
 そして、対話を諦めようとする自分との戦いに断固として負けてはならない!
 私たちは、同志と共に、松江女史との対話が実現し、そこから希望の活路が開かれることを必死に祈り続けるのである。




■⑰ 第3回「4.29東北座談会」の時間と場所のお知らせ

 前回ブログ(4/9付)で、今月末の4月29日(金・祝)に東北座談会を開催する決意を書かせて頂きました。現在、東北方面をはじめ、関西、中部、関東と全国の同志の皆様から、「参加をします!」「日程を調整します!」との参加を表明して下さるお電話やメールを頂いています。本当にありがとうございます。また、「東北での大成功を今から祈っていきます」「大成功間違いなしであることを、祈っております。」との真心の応援メールや、遠く九州から「参加したいのですが、どうしても仕事が都合がつかず行けません」との熱き思いをお伝え下さるメールなど、たくさん頂戴しています。ご連絡を頂いた皆様、本当に、本当にありがとうございます。
 全国にいらっしゃる創価を憂う同志の方々の思いを絶対に無にしてはならないと感じ、あらためて今回の東北座談会を何としても無事故で大成功させていきたいと決意しています。
 一刻も早く、東北を始めとする全国の皆様が集い易い最高の会場を探したいと思い、必死に調べました。そうした中、ある御縁から先日東北の壮年の方とお会いする機会があり、お話しさせて頂きました。
 東北座談会を行なう上で、交通の便が良くて最適な場所はどこかを伺うと、「仙台が集いやすくて一番良いと思います。」との御意見を頂きました。
 早速、私たちの生活と戦いを支えて下さっている地元の同志の方々が、有り難くも会場を探して下さり、新幹線が通る仙台駅周辺で、良い和室の会場が見つかり、無事に予約することができました。
 ご尽力頂いた同志の皆様、ご提案して下さった同志の皆様、本当に、本当にありがとうございました。
 ここで、第3回「4.29東北座談会」の時間と場所をお知らせさせて頂きます。

一、日時
        平成28年4月29日(金・祝)
        (入場開始)  午後1時半
        (座談会1部) 午後2時~3時30分
        (座談会2部) 午後3時30分~
        (完全撤退)  午後5時

一、場所
        戦災復興記念館 5F 第1和室,第2和室
        (宮城県仙台市青葉区大町二丁目12番1号)
        http://www.hm-sendai.jp/sisetu/sensai/

一、地図
東北座談会の会場(戦災復興記念館)の地図

一、交通
徒 歩 :JR仙台駅西口から約25分。
地下鉄 :東西線仙台駅から東西線大町西公園駅で下車。
      東1番出口から徒歩6分。
バ ス :仙台市営バス、仙台駅西口バスプールのりばから約7分、
      東北公済病院・戦災復興記念館前で下車し、徒歩2分。
      10番のりば 茂庭台、折立/西花苑行(西道路経由)
      15-1番のりば 全路線
      15-2番のりば 全路線
タクシー:JR仙台駅西口から約5分。(初乗り運賃)
車   :仙台東IC(仙台東部道路)から車で18分(9キロ)
     宮城仙台IC(東北自動車道)から車で10分(5キロ)

一、参加予定人数の連絡先と、私たちへの問い合わせ先
 今回も、東北座談会に参加を希望して下さる方は、当ブログ宛に参加予定人数を教えて頂けると本当にありがたいと思っています。
 お名前をお伝え頂く必要はありません。メール一行で構いませんので、「2人で参加します」「福島から1名で行きます」など、教えて頂けると本当にありがたく思います。もちろん、連絡を頂かなくても参加して下さって構いませんし、連絡を下さったから参加しなければならないということでももちろんありません。
 参加人数の連絡先または私たちへの問い合わせは、ブログ上のメールフォームか、以下のアドレスにお願い致します。
 連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp

 関西座談会の様子
 「関西座談会の様子を知りたいので写真をアップしてほしい」との声を頂きました。
 少しでも座談会の雰囲気をお伝え出来ればと思い、「4.2関西座談会」の写真をアップさせて頂きます。

関西座談会①(滝川光子さん)

関西座談会②(天野さん)

関西座談会③(野口)

関西座談会④(学会歌)

 東北座談会当日まで、創価変革のために私自身が全力で戦い抜き、断じて己に勝利して集って参ります。





■⑯ 4.2関西座談会に集って下さった皆様の思いと私たちの決意(H28.4.2~4.6)

 先日4月2日、満開の桜と快晴の青空のもと、「庶民の国」大関西で、第2回座談会を行なうことが出来ました。師匠池田先生を思い、今の創価を憂う皆様の強き一念と祈りに守られ、当日は無事故、大成功で終えることができました。座談会に参加して下さった皆様、また全国から無事故、大成功の題目を送って下さった同志の皆様、本当に、本当にありがとうございました。
 また事前に大阪の同志の方から、様々なご意見、ご提案を頂き、学会歌は「常勝の空」を歌わせて頂き、第2部は率直に話せる懇談の場とさせて頂くなど、大変充実した内容となりました。本当に、本当にありがとうございました。
 会場に着くと、なんと横浜座談会に参加して下さった神奈川、静岡の同志の方々が駆け付けて下さり、嬉しい再会をすることができました。さらに九州福岡県からは新幹線で、四国香川県からは長距離バスで長時間かけてご参加下さった同志の方々もいらっしゃいました。遠方から貴重なお時間を割いてお越し頂き、本当に申し訳なく思うと共に、本当にありがたい思いで一杯になりました。
 和室の会場は、40名を越える会員同志の皆様の熱気に包まれ、自然と座談の花が咲きました。

 最初に、庶民の代表として一婦人部員の滝川光子さんが話をされました。
 光子さんは、ガンとの壮絶な戦いの中で吹き荒れる苦難に立ち向かい、まさに命懸けで師の仰せを貫いてこられた半生に渡る正義の闘争を力強く語られました。
 かつて光子さんは、本部職員である神奈川の大幹部2人と話す機会があった。この時、2人の幹部に原田会長への言づてとして、“原田会長に、息子たちの解任を決めた理由を説明して頂きたい”とお願いした。すると、その職員幹部は真顔で、「いいですか!会長は偉い人なんです!わかりますか!」と言い放つ。光子さんは衝撃を受けながらも、とっさに『そうは思いません!』と答える。すると、その職員幹部は絶句し青ざめたという。
 その光子さんの大幹部への毅然たる態度に、万雷の拍手喝采が巻き起る。対話なき官僚主義と化した本部に対する正義の怒りに、固く握った手を震わせる方もいました。
 光子さんは最後に、こう語る。
 「何としても、私は原田会長と対話するまで諦めません!師匠が望まれる対話のある創価に変革するまで、私は絶対に、絶対に生き続けます!」と。
 皆、感動で目を赤くし、力一杯の拍手を送る。
 私自身、偉大なる創価の母の戦いに尊敬と感動の思いが込み上げ、師弟に生き抜く弟子の誓いの姿に涙が出ました。

 そして横浜座談会に続き、関西座談会でも活動報告をお願いさせて頂きました天野達志さんがお話をして下さいました。
 安保法施行日であった先日3月29日、天野さんは国会前のデモに参加し、自分で縫って作成した巨大な三色旗を掲げて、安保法制反対を叫ばれた。
 常に先駆の戦いを起こされる天野さんは、師匠の絶対平和の思想を訴え続ける。師匠の仰せに照らし、“間違っているものは間違っている”と叫ぶ天野さんの勇気の声に、参加者から「そうだ!」との怒りの声が何度も響き渡り、場内は戦う熱気に包まれていった。
 そして、話の最後に力強く語られる。
 「なぜ、同志が苦しめられるのか。ここ数年の学会と公明党、安保を含む様々な問題に、悩み苦しむ同志がいます。私たちは、その元凶が何かを徹底して見抜いていかなければなりません。」と。
 賛同の拍手はしばらく鳴りやまなかった。必死なひとりの創価を思う真剣な叫びは正義の火種となって、同志の心に勇気の炎を点火し続けるのである。その天野さんの姿に、ただただ師のために信念を貫いて戦い続ける弟子の生き方を学ばせて頂きました。

 続いて、私たちも「今後の決意と目標」を話させて頂き、「師匠に敵対する執行部の退陣」を断じて成し遂げることを宣言させて頂きました。
 そして最後に、全国から集われた皆様全員で、師弟の魂こもる関西の歌『常勝の空』を大合唱し、第1部は大成功で幕を閉じました。

 第1部が終了すると、同じ思いで集われた皆様の間に自然と対話の花が咲く。
 すると事前に懇談会のご提案をして下さった壮年の方が、参加者全員に向かって勇気の自己紹介をされる。そして「気楽に一緒にお話ししませんか!」と呼び掛けると、一気に会場は一体感に包まれた。
 会場には、横浜座談会の時と同じように会場の役員として着いていた同志も参加した。平成20年の監査で共に役職解任となった地元の同志である木本秀信氏や兵庫氏、京都氏、そして京都氏が折伏した親友ご夫妻と、野口の妻桃子さんである。懇談的な雰囲気のまま第2部に移る。

 滝川が、「皆さん、『本音の国』大阪での座談会ということで率直にお話が出来ればと思います。皆様の方から第2部の懇談会をどうやって進めるか、ご提案などありますか。」と投げかける。
 すると、さすがに対話の国・関西である。壮年の方が手を上げながら、「質疑応答をやってから、参加者同士の交流会というのはどうですか。」と具体的な提案を出して下さった。
 滝川「それでいきましょう!質問がある方はいらっしゃいますか!」
 すぐさま、会場中央に座られていた男性から手が挙がる。
 「そもそも3人が解雇、除名にまでなった一番最初の発端とは何だったんですか。」との質問であった。

 私たちは、平成14年以降の私たちが学生部を不自然な形で卒業となっていった流れについて話した。
 
 私たちがなぜ声を上げたのか。それは、本部職員が、1000人が参加する会合の場で繰り返し、私たちや会員のことを名指しで「前体制はおかしかった。部員をいじめた。」「前体制は暗黒時代だった。」と誹謗する事件が起こったからである。
 私たちや会員たちは不当に誹謗されたことから、その本部職員たちにやむなく対話を求め、同志誹謗、名誉毀損行為をやめるように声を上げざるを得なかったことを説明する。

 すると、平成20年の監査に従わなかったことで役職解任処分となった一会員である京都氏が、意を決して話し始める。
 「その本部職員から名指しで誹謗されたのが私です。」
 京都氏は必死に説明する。
 「実は当時、本部職員の彼らが意見を言うようになってしまったのは、一番年上だった私のせいだということで、グループのリーダーだと言われ、会合で名指しで批判されたんです。その学生部で起こった批判が組織を通じて男子部である私の所まで伝わって来ました。その状況を知った職員の彼らが批判をやめるべきだ、対話をするべきだと声を上げたら、学会本部から『組織内組織』だと言われたんです。」と。
 さらに、
 「しかも私は職員の彼らよりも先に除名になりました。本部は、彼らの後ろ盾に誰かがいるんだという形を作るんです。それで、『この人間さえいなければ、職員の彼らが声を上げるのをやめるのではないか』という形を作るために、私は地区の座談会に数回出ただけで除名です。」と。
 平成20年の本部指導監査委員会は、小平より一つ年上の一会員である京都氏を「組織内組織のリーダー」であると認定する。そして本部職員の不正に声を上げた私たちや会員達に誓約を迫ったのである。学会本部は、私たちや会員たちが、京都氏から洗脳されて声を上げているとのストーリーを作出する。そして、私たちや会員たちに「京都氏に近づいてはいけない。連絡をしてはいけない」と話し、元凶が一会員である京都氏であるとして、無実の罪を負わせたのである。
 権力者に従わない人間、意見をする人間を一括りにし、“組織の秩序を乱すグループ” “会に迷惑を及ぼすグループ”であるとのレッテルを貼って処罰する。
 古今東西、権力者の常套手段である。
 こうして、一番年上の京都氏が犠牲となったのである。
 参加者の一人が、「つまり、黒幕にされたんだ。」と言うと、会場の皆様も深く頷く。ある婦人は「本当にとんでもない!」と怒りを顕わにする。

 さらに、私たち(グループ)と繋がりがあると学会本部からレッテルを貼られた同志が、次々と自らが処分されてきた体験を語る。
 「私と妻は、聖教新聞の減部を拒否する本部職員に対話を求めた結果、活動禁止の処分にされ、最後は除名されました。」
 「僕は、その本部職員から『偏執狂』と罵倒されたため対話を求めたら、同じく除名になりました。」
 「私は、その夫の処分理由を聞くために、その本部職員に対話を求めたらわずか9日で活動禁止処分とされ、結果、私も除名です。」
 そして、野口の妻の桃子さんも語る。
 「私もその本部職員に同志が処分された理由を尋ねたのですが、『ちゃんとした教育を受けてますか』『おつむが普通じゃない』などと散々侮辱され、今は無期限の幹部への連絡禁止という処分を受けています。」
 すると参加者の壮年の方から、「それは人権問題だ!」との怒りの声が上がり、場内はどよめいた。

 続いて参加者の皆様が次々と、お一人お一人が現場組織で感じられている苦悩について語られ始める。
 大阪の壮年の方が話し始める。
 「私の地区で安保反対の声を上げた婦人部が座談会に誘われなくなった。私の所にも本部長と区長が来て『波風たたさんといてくれや』と言われました。」と。
 さらに、ご夫妻で参加された方も、「安保を容認する公明党の不支持を表明した途端に、地区部長が見知らぬ幹部を連れて訪問してきました。その後、座談会や本幹のお知らせも来なくなったのに、地元の幹部は公明党のチラシだけは置いていくんです。」と、苦しみを必死に堪えながら語って下さった。

 同志を馬鹿にするどころか、さらに利用までしようとするその冷酷な仕打ちに怒りが込み上げた。
 今の創価学会は本当にどうしてしまったのか。対話をし、納得して前進していくことに力を注ぐことが、師匠の仰る創価ではないのか。それを「波風立てるな」と言い、勇気の声を上げた会員が組織からつま弾きにされていく。
 会員が「先生の言われていることと違うのではないか?」と公明党の安保推進に疑問を抱いている。それにもかかわらず、なぜ、納得するまで話し合おうとしないのか。
 公明党を支援しない人間を無視し、会合に誘わないなど、まさに権力の横暴である! 幹部の怠慢であり、師に対する冒涜である!
 師のお心を思うと、私は怒りに体が震えてならなかった。

 さらに、前方に座られていた男性が私たちに聞きたいことがあると言われ、立ち上がられた。
 「素朴な質問ですが、池田先生は今どうされていると思いますか?」「何で先生の健康状態が発表されないのでしょうか?」と。
 私たちは、池田先生の健康状態を正確には知らない。
 しかし、一つ言えることは、本部執行部は“先生がお元気だ”ということを作出し、師匠を利用して自分達がやりたいようにやっているように感じるということであった。そのことを男性にお答えさせて頂く。
 すると、ある壮年の方が声を上げる。
 「師匠がどんな状況であれ、私たちには真実を知る権利があるはずです!」
 「仮に師匠がご病気でも、私はそれを知っていいはずです。先生は大師匠であり、たとえ御病気でも私たちを励ます命が必ずあるのです。」と。
 まさに真実の弟子の叫びである。
 参加者から一斉に、「そうだ!その通りだ!」との歓声が上がった。
 さらに次々と声が上がる。
 共に戦い抜いてきた同志が叫んだ。
 「時が来たらと言う人がいる。しかし、時は自らが作り出さない限り、時は来ない!師匠の時間がないんです!」
 すると関西の庶民が次々と語り始める。
 「そうだよ!だから全国の会員が本部に声を上げなあかんねん!」
 「今が池田先生から私たちへの最終試験です!本物の弟子かどうか、誰が立ち上がるのかという最終試験だと私は思ってます!」
 会場は、満場一致の大喝采と力強い拍手が沸き起こった。

 師匠が仰る「対話の創価」の民衆座談会であった。
 本来、こうした自由闊達な議論ができる世界が創価学会だったはずである。「師の思いはこうではないか」例えそれが自分の師弟観と違う意見であっても率直に意見を出し合い、「対話」という階段を登りながら、師のお心へと近づこうとする。こうした師を思い、師の心を求める対話によって創価の組織は強くなっていったのだ。
 そこには上も下もない、皆が偉大なる弟子として平等の世界である。私自身、創価の世界は「師弟」という一人一人が主役の世界であることを、あらためて学ばせて頂く思いだった。
 そして、創価変革に立ち上がる同志の真実の座談会を、さらに各地で開催していくことを皆で約し合い、関西座談会の第2部が終了となった。

 地元の神奈川県に戻った私は、翌4月3日(日)と前日2日(土)付の聖教新聞を開く。すると2面に、『SGI会長と共に 新時代を創る』との記事が掲載されていた。
 そこには、「わが師・戸田先生の祥月命日を前に、師弟原点の地・大田区の文化会館で、懇ろに報恩感謝の勤行を行った(3月30日)。」と書かれ、さらには、師匠が「さくら」「森ケ崎海岸」「大楠公」の曲をピアノで弾いたかのように書かれている。またしても師匠が利用されている。

 私の脳裏に座談会での皆様の声が蘇ってくる。
 「なぜ師匠の健康状態が発表されないのか!」
 「今、師匠の健康状態はどうなっているのか!」と。

 むろん多くの会員の方々が、池田先生にお元気であって欲しいと願っている。私自身も、いつまでも師匠にお元気であって頂きたいと思っている。
 しかし、師匠がお元気で、物事をご判断できる状態にあったならば、今の学会本部が安保法を容認する動きに対して黙っていることはあるのだろうか。
 絶対平和主義者の師匠が、全国の会員がこれほどまでに悩み苦しまれている安保法制の問題について、一言も言及しないことなどあるのだろうか。
 いや、到底考えられない。いや絶対にあり得ないのだ!

 ならば師匠は今、ご判断ができない状態にあるのではないかと考えるのは、当然過ぎるほど自然なことである。
 それにもかかわらず、聖教新聞には連日のように、師匠が大田池田文化や品川文化、創価大学に行かれたと書かれ、さも「お元気」であるかのように報道され続けているのである。
 しかし写真で見る師匠は表情がない。本当に歩くことが出来るのか。はたしてお話をされることは出来るのだろうか。まして安保のことについて物事をご判断できる状態にあるのだろうか。
 現場の会員の方々は、そうした不安を抱えていながら誰にも言えずに苦しんでいるのである。その生の声を、私は関西座談会で聞かせて頂いた。
 創価を憂い、師を思う真実の弟子が心から知りたいのは、ありのままの師匠の健康状態である。

 ならば、関西座談会で同志の皆様と語り合った、「師匠の状況を公開するべきである」との現場の声を、私は何としても本部執行部、全本部職員に届けなければならない!

 師匠が最も大切にされているのは現場で戦う学会員の生の声である。幹部が会員の声を聞かなくなった時、創価は滅びるのだ!
 それが師の教えである!
 ならば、学会本部に会員の声を届けることこそ我が使命である!

 同志の方々が伝えて下さった現場の声を、厳然と本部に突き付ける戦いを、わが使命としてやらせて頂きたい!

 早速、横断幕の作成に取り掛かる。
 今回、掲げるメッセージは、

 「池田先生の健康状態を 本部は詳しく 公表するべき!」
とした。

 前回掲げた、
 「安保法制を容認し 師匠に敵対する 執行部は退陣せよ!」
とのメッセージと共に、立つことを決める。

 4月6日朝、信濃町の学会本部前に到着しサイレントアピールを行なう。
 会員同志の思いを乗せた横断幕を掲げ、本部職員の出勤時間である7時半から8時50分まで、私たち3人で学会本部前に立たせて頂いた。
 早速、いつものように日光警備の警備員が自転車で駆け付け、私たちを遠目で監視する。
 そして信濃町駅から、次々と職員が出勤してくる。
 小平の同期入職の男子職員が目の前を通り過ぎる。
 小平は、「おはよう!」と声をかける。しかし、その男子職員はうつむいたまま完全に無視をして通り過ぎていく。
 私は怒りが込み上げた。
 これは私だけの声では無い、多くの同志が抱いている必死の声だ!
 また、同世代の別の男子職員がこちらに向かって歩いて来る。しかし、私たちの存在に気付くとUターンをして迂回をしていく。
 ほとんどの職員は目も合わさず無視をして通り過ぎていく。
 皆、「池田先生の健康状態を 本部は詳しく 公表するべき!」との横断幕の文字を見て、顔を引きつらせている。まるで、私たちが触れてはいけないことに触れているかのように目を背け、足早に過ぎていくのである。

 曲がりなりにも職員であるならば、“違うなら違う。正しいなら正しい。”との明確な態度を示すべきではないのか。対話をしてくれるなら、私たちは喜んで現在の創価について話し合いたいのだ。
 しかし、やはり見て見ぬふりである。無視である。
 今の学会本部には、この“事なかれ主義”が蔓延しているとあらためて感じてならない。
 重大な安保の問題を誤魔化し続けられる今の本部職員の生命状態は、師匠のご健康状態が公開されていないことにも違和感すら無いのだろうか。
 いやむしろ、今の学会本部ではそれを知ろうと声を上げれば間違いなく迫害を受けることになる。難を起こすことになる。ゆえに職員にとってタブーとなっている雰囲気さえ感じる。

 30分ほどすると、本部職員ではない一人の男性が駅から歩いて来る。横断幕の文字を見て、男性はにこやかに笑いながらオッケーサインをして下さった。
 私たちは「ありがとうございます!」と笑顔で応えた。すると、「池田先生の健康状態を 本部は詳しく 公表するべき!」との横断幕を指さしながら、「本当にそうだよな!」と一言。無言の本部職員が沢山歩いている中で堂々たる声が響く。
 これこそ、民衆の声である!
 正義は民衆の中にあるのだ!
 名もなき庶民こそ王者である!

 「創価の主役は名もなき民衆である!」
 師匠が私たちにあらためて教えて下さっているようだった。
 私たちは心から思う。
 「必ずこの学会本部前で、師匠に向けての民衆の正義の声を届かせたい!」
 そのためには、各地に行かせて頂きながら、同志と同志の心を着実に繋げゆく座談会を行なっていく地道な戦いこそ重要だと思えてならなかった。

 第2回の関西座談会は、西日本を始めとする不屈の同志の皆様と善の連帯を築かせて頂くことができました。
 そして次は、いよいよ第3回、「青葉の誓い」に生き抜く東日本の地で同志の方々と善の連帯を築かせて頂きたいと思います。
 そして今日ここに、創価を憂う同志の皆様と共に、さらなる善の連帯を拡大していくために、第3回の座談会を4月29日(金・祝日)の14時から、「東北の地」で行なわせて頂くことを決意させて頂きます!

「苦難の烈風に叩きつけられ、倒れ伏した大地から、
 敢然と頭を上げ、立ち上がる姿をもって、
学会への理解と共感の輪を広げてきたのが、東北の同志である!」(新・人間革命)

 先生!先生!
 私たち池田門下は、師の仰せ通り!“民衆が主役の創価” “対話の創価”に必ず変えていきます!
 師匠がご存命の今この時に、師匠が仰る、民衆が下から上を変えていく歴史を断じて築いて参りたい!


第4回サイレントアピール(駅前)20160406






Q&A ブログがiPhoneでは見ることが出来ないとの問題について

 先日、関西座談会にお越し下さった数人の方から、「ブログがiPhoneでは見ることができない」との御意見を頂きました。その中のお一人は、アンドロイド携帯を使われている御家族から、毎回わざわざメールでブログを送ってもらい、読んで下さっていたとのことでした。また、iPhoneではブログのタイトルしか見ることができず記事が読めなかったという方は、関西座談会の前日に開催を知って駆け付けて下さったとのことでした。
 同じように御迷惑をお掛けしてしまった方々には、これまで対応できずに本当に申し訳ありませんでした。
 早速、FC2ブログに問い合わせをしましたところ、「スマートフォン版のテンプレートに問題がある。」とのことでしたので、すぐに別のテンプレートに変更させて頂きました。
 今のところは、御意見を下さった方にご協力頂きまして、iPhoneでもブログを見ることができるようになったことが確認できております。
 今後の改善に繋がる貴重な御意見を下さった皆様、また動作確認にお力をお貸し下さった方、本当にありがとうございました。

 もし、現在もiPhoneで見ることができないという方がいらっしゃいましたら、FC2ブログから紹介された以下の方法をお試し頂くと改善される可能性があります。
 ・ブラウザーの再起動
 ・端末の再起動
 ・ブラウザーの変更
 ・ブラウザーの履歴、キャッシュ、クッキーを削除

 それでも何か不具合がございましたら、お手数ですがブログ宛にメールで問題点を教えて頂けると大変にありがたいです。
皆様からの貴重な御意見に心から感謝いたします。
 現在、関西座談会の報告についてはブログを作成中です。取り急ぎ、御意見を頂きました内容でしたので、お伝えさせて頂きました。


■⑮ 4月2日の関西座談会についてのご報告

 昨日4月2日(土)、関西は大阪の地で、第2回となる座談会を行なうことができました。創価を憂い、師匠を思い戦われる皆様の、強き一念と深き祈りに守られて、晴天にも恵まれ、無事故、大成功で終えることができました。本当に、本当にありがとうございました。
 当日は、慌ただしい年度始めの土曜日にもかかわらず、地元大阪はもとより、遠く福岡、神奈川、東京、静岡、香川、広島、岡山、愛知、福井、兵庫、奈良、京都、そしてアメリカと、各地から40名を超える多くの同志の皆様がご参加くださいました。様々、ご都合がある中で調整して下さった皆様に、ただただ感謝しかありません。
 「本音の国」関西での座談会らしく、感動の涙、歓喜の笑い、そして自由闊達な発言と、庶民の勢い溢れる決意の場となりました。
 皆、創価を思うがゆえに現実と向き合い、真剣に考えておられ、問題意識を持たれている方ばかりでした。お一人おひとりが、葛藤を抱えながら現場で戦われている実体験や、師匠の弟子として断じて負けるわけにはいかないとの熱き思いを次々と語って下さり、創価変革の勇気の決意が伝播していく場となりました。
 会場に来られなかった方々からも、「仕事でいけないのですが成功を祈っています。」「座談会の無事故、大成功を日々祈っています。当日は、参加出来ませんが、お題目で応援させていただきます。」「当日は自分も同時刻にお題目をしっかりとあげさせていただきます。」と、本当に力強い題目とエールを送って頂きました。
 共戦の思いで応援して下さった同志の皆様のお陰で、関西座談会を無事に行なうことができました。本当に、本当にありがとうございました。

 当日の様子については現在ブログを検討・作成中ですので、後日、皆様にご報告させて頂きます。





第17 職員懲罰委員会から「譴責処分」の通知(H23.10.5)

「悪と戦わなければ、悪を容認し、悪に加担するのと同じである。それは、すでに師弟を忘れ、信心を食い破られた姿だ。その根底は、『臆病』であり、『保身』であり、『背信』である。その『心の毒気』は、いつしか蔓延し、尊き信心の和合を壊していく。
 『もう、これくらいでいいだろう』──そんな中途半端な心が毛筋ほどでもあれば、悪の根を断ち切ることなどできない。毒気は断じて一掃し、吹き払わねばならない。
 『戦う心』が清浄な伝統をつくる。最後の最後まで、邪悪をすべて根絶するまで、正義を叫び抜く。この戦う学会精神を、身をもって未来に継承していただきたい。」(名誉会長指導)

 職員懲罰委員会の面談

 懲罰委員会から招集された私たちは、平成23年10月5日、午後1時45分に創価学会世界青年会館1階のロビーに向かった。
 青年会館のロビーに着くと、私たちを呼び出した懲罰委員会事務局の長崎氏が待っている。野口は長崎氏に、「なぜ面談の日時しか伝えず、呼び出しの理由を教えて頂けないのか。この懲罰委員会のやり方を疑問に思わないのか」と尋ねる。しかし、長崎氏は、「俺は別に疑問に思わないな」と平然と答える。
 しばらくすると、懲罰委員会事務局の神戸氏が私たちを呼びに来た。
 「では小平さん、移動をお願いします」
 まず小平が会議室に案内される。
 中に入ると、前回6月30日の懲罰委員会の面談同様、懲罰委員7名が一列に並んで座っていた。真ん中には、懲罰委員長の熊本氏、そして一番左隅に、前回は出席していなかった婦人部最高幹部の松江女史が座っていた。
 懲罰委員が座る列の前に、テーブルを挟んで1つだけ椅子が用意されている。小平はそこに座るように指示される。
 小平が着席すると、熊本委員長が小平の名前を確認して面談は始まる。
 熊本委員長は、「えー本日は、懲罰委員会として審議し、出した結論について、懲戒処分の通知をこれから小平さんに行ないます。」と、処分の通知文を読み始めた。

「①平成21年11月2日の昼、貴殿は、茨城氏と2名で、食堂の出口において、谷川佳樹事務総長に対し面談を迫り、谷川事務総長が断っても、さらに面談を迫った。
 ②平成21年11月4日、貴殿は、職場朝礼終了後に、突然、原田稔会長に対し面談を迫った。
 ③・・・・・・・・・・」

 熊本委員長は淡々と懲戒対象行為を読み上げた。
 そして最後に、
「貴殿の上記①ないし⑨の所為は、職場の人間関係に軋轢を生じさせ、職場環境を悪化させるものであり、職場の秩序保持を定めた就業規則第33条(服務上の注意事項)第2号『互いに協力しあい、より完璧をめざして勤務に励むこと』に違反するものであり、・・・・・。
 よって、当法人は、職員懲罰委員会の審議を経たうえで、貴殿を就業規則第70条(懲戒の種類・方法)第1号の始末書を取り、反省を求める『譴責』処分とします。その旨ここに通知します。平成23年10月5日、創価学会理事長正木正明。」と、一気に読み上げた。
 そして、「はい、じゃあ、これをお渡ししますので。」と処分通知書が手渡される。
 小平は「譴責処分」との結論を聞き、怒りが込み上げてならなかった。
 むろん排除するための懲罰委員会からの呼び出しである。懲戒解雇という最悪の事態を覚悟していただけに、解雇ではなかったことに対する安堵もあった。
 しかし、そもそも本部職員の問題を報告、相談するために、然るべき最高幹部に「面談を求めた」、「手紙を渡した」というだけで懲戒解雇に出来ないことは当然と言えば当然である。
 小平は懲戒になるような行動は何一つしていない。
 職場での小平は、自分のやるべき業務を拒否した訳でもないし、勤務態度が怠慢であった訳でもない。むしろ任された業務を真剣に取り組み、同僚や上司から信頼され、愚直に業務に励んでいた。
 平成21年の年末には永年勤続10年表彰も受けている。職場の秩序を侵害するようなことを何もしていない。
 小平はただただ無実の会員に罪を着せ、役職解任にまで追い込んだ学会本部のやり方、そして本部職員の問題を隠蔽し続ける本部指導監査委員会と本部執行部の問題を看過できなかっただけである。
 だからこそ、最高幹部である本部執行部に相談したいと思い、声をかけたり、手紙を書いたりしてきたのである。
 むしろ建設的な意見を伝えることは創価学会の発展につながると信じ、一回一回、勇気の声を上げてきたのである。
 それにもかかわらず、「互いに協力しあい、より完璧をめざして勤務に励むこと」に反していると結論された。
 しかも、前回の面談で渡された「懲戒の対象となる言動」という書面に書かれた行為に対して、合計4通の弁明書を提出してきたが、結局、事実に基づいて詳細に書いた弁明内容に対して、懲罰委員会からは一度の確認もなかった。そして、小平が弁明書に書いた内容は一つも採用されなかったのである。このやり方はどう考えてもおかしいと思えてならなかった。

 小平は必死に訴えた。
 「処分をする上で今言われた文章の中に、嘘・捏造がありまして、どこが嘘・捏造かは前回の弁明書でも伝えさせて頂いています」
 「創価学会の公式機関として結論をする以上、どのように判断したのかを一つ一つ通知して頂かなければ、この処分自体、不当に当たるのではないかと感じております。」と。
 しかし、熊本委員長は、
 「お出し頂いた弁明書については、すべてそれぞれ読んで頂き、関係者にもきちんと調査をし、その上で、あなたの一つ一つの言動が職場の人間関係に軋轢を生じさせる言動であったときちんと判断した。」と。
 熊本委員長は“きちんと判断した”と言うのである。
 しかし、もしそうであるならば、小平が弁明書で書いた事実を排斥した理由をしっかり説明すべきではないのか。また、相手方に当たる最高幹部がどのように証言したのかを公表すべきではないのか。
 しかし、判断理由を一切説明せず、ただ結論だけが伝えられる。これでどうして納得出来るというのだろうか。

 小平は尋ねる。「軋轢を生じさせるというのは、具体的にどこの部分の事でしょうか」と。
 しかし熊本委員長は、「どこの部分じゃなくて、そこに書いてある言動すべてです。一つ一つ。そこに書いてあるでしょ。」と小平の質問に答えようとしない。
 熊本委員長は終始、「創価学会の機関として検討し、その所属の一員であるあなたに対して出した結論です。だから、この処分通知にきちんと従って下さい。」と、結論に従わせようとするばかりであった。

 このまま終わるわけにはいかない。懲罰委員会は師匠のご子息であり秘書でもある宮城氏に小平が手紙を渡してきた行為すらも懲罰に当たるとされているのである。しかし、宮城氏は小平が渡そうとした手紙を自分から受け取っている事実がある。これは間違いのない事実である。

 小平は尋ねる。「宮城さんにも確認されましたか?」
 熊本委員長「関係者には、確認しました。」
 小平「宮城さんは受け取って頂いているんですよ。受け取って頂いて、『分かりました。ありがとう』って。」
 すると熊本委員長はニヤニヤして小馬鹿にしたように笑うのである。
 小平は悔しさに体が震えた。
 小平は真剣に伝える。「笑わないで下さい、委員長!」
 するとさらに馬鹿にしたように笑いながら
 熊本委員長は言う。「笑うよ!」
 小平は必死に「嘘があるんですよ!」と訴え続ける。
 しかし、熊本委員長は「ふっ、そっ、それはあなたの意見。」と鼻で笑う。
 小平 「発起人はどなたが発起人なんですか?」
 委員長「そんなこと、答える必要はないんです。」
 小平 「こちらが、弁明して伝えた内容もあるじゃないですか?その内容については、どのように判断をされたんですか?」
 委員長「お答えする必要はありません。」
 小平 「何でですか!」
 委員長「非公開です。」
 都合が悪いことを問われれば全て「非公開」。こんな論理が通用するならば、いくらでも勝手な判断が出来る。
 小平 「それだったら、一方の言い分だけ聞いていれば、こういうこと出来ちゃうじゃないですか!」
 委員長「そんなことありません。両方きちんと聞いた上で、判断しています。」
 小平 「だからどのように、検討したのか教えて下さい」
 委員長「だからその検討した内容というのは、あなたにお答えする必要はないんです。それだけの『権威』を持っているんです!」
 最後は、『権威』と言うのである。権威を振りかざして終わらせたのである。

 まさに“懲罰委員会には権威があるから従え!”まさに問答無用である。
 
 結局、小平が聞きたかったことには一切答えず、1週間後の10月12日までに始末書の提出を求められ、通知は終えられた。
 
 次に野口が呼び出される。
 野口が会議室に入り席に着くと、熊本委員長は一気に処分内容を読み上げる。
 「①平成21年11月11日、貴殿は・・・」
 野口に対する懲戒対象行為として8項目が読み上げられた。そして最後に、「貴殿を、就業規則第70条第1号の〈始末書を取り、反省を求める譴責処分〉とします。」との結論が通知される。

 8項目の中には、原田会長の代理として本部指導監査委員会の問題の調査に動いていた本部連絡局の松山局次長が、突然野口に絡み、散々野口を罵倒した行為が、なぜか野口の責任となり懲戒の対象とされている項目もあった。

 かつて私たちの親が、私たちの役職解任処分を見るに見かねて原田会長に手紙を書いたことがあった。その時原田会長は、調査と対応を連絡局の那覇局長と松山次長に命じた。しかし、松山次長たちは一部の親にしか連絡をしなかったため、親たちは困惑し2通目の手紙を原田会長に出す。ところがそれに気分を害した松山次長と那覇局長は、「座談会週間で忙しかった」と言い訳を始め、なんと調査の打ち切りを原田会長に申し出たのである。さらには、原田会長もそれを容認してしまうという信じられないことがあった。
 それ以来、松山次長は何とか調査を続けてほしいと思う野口の挨拶を無視するようになった。
 そして、半年ほど過ぎたある日、突然、松山次長から野口に声をかけ、「茨城君は広島に行くらしいね。買ったばかりの家はどうするんだ?奥さんも広島に行くのかな?」と尋ねてきた。松山次長が調査を打ち切りにしなければ、滝川、小平、茨城氏が配置転換されずに済んだかもしれなかった。
 野口は丁寧に、「なぜ茨城さん本人ではなく僕に聞くのですか?」と尋ねた。
 すると松山次長は形相を変え、「お前は何なんだよ!聞いちゃいけないのかよ!なんかお前、開き直ってるな!ふざけてる。悪鬼入其身なんだよ!」と怒鳴り始めたのである。
 野口は、「松山さん、何でそんなことを言うんですか。」となだめる。
 しかし松山次長は、「お前は悪鬼入其身だ。この親不孝者。職員なんてよくやってられるな。それでお金をもらってるんだろ。職員辞めろよ。消えろ。俺の前に二度と顔を見せるな。」と散々罵倒したのである。
 さらには松山氏の部下がいる前で野口を指さし、「こいつおかしいんだよ!」「消えろ!邪魔なんだよ!職員辞めろ!帰れ!」と罵声を浴びせ続けた。本当にありえないパワハラの言動であった。
 野口は松山次長と一度しっかり話し合わなければならないと思った。そして、勇気を出して松山次長に電話し、謝罪と説明を求めたのである。
 しかし、懲罰委員会はその野口の行為に懲罰を下したのである。
 松山次長のパワハラは罰せられず、パワハラを受けたことに対して謝罪と説明を求めた野口の行為が逆に懲罰となったのである。

 野口は熊本委員長に必死に訴える。
 野口、「私としては、人間関係に軋轢を生じさせたくないからこそ、お話を聞いて頂きたいとお願いしました。そこは汲み取って頂けないのでしょうか。」と。
 しかし熊本委員長は、「これが職員懲罰委員会としての結論です。」「その審議内容については、これは非公開ですから、あなたにお答えする必要は無いんです。」と冷たく突き放す。
 野口は、弁明書に書いた内容がどのように判断されたのか、何度も説明を求める。
 しかし、熊本委員長は、「審議内容は非公開です。」「あなたにお伝えする必要はない。」と繰り返すのである。
 すると、書記の役割のはずの大分職員局長が突然、割り込んでくる。
 たった一人の懲罰対象者を排除しようと熊本委員長を必死に守るのである。

 「野口さん!いずれにしても、弁明書を2か月間かけて審議した結論で、今日は通知の場なんです。」と。

 そして、始末書を10月12日までに提出するように指示し、はやく面談を終えようとするのである。
 
 野口は思う。自分は職員として、組織の秩序を維持するために本部の決定に従うべきであるとの考えも承知している。しかし真に組織の秩序を守るとは、師匠の指導を実践することではないのか!
 「不正を見たならば、声を上げよ!」これが師匠の指導である!
 ならば、その実践こそが、真に創価を発展させ、組織の秩序を守ることになるのではないか!
 このまま始末書を提出すれば、松山次長のパワハラ行為をも容認することになる。それは、力を持った人間に従えば守られ、従わなければ排除されるという本部の「力の論理」を、結果的に認めることになる。
 それは師への裏切りである!
 しかし始末書の提出を拒めば、これまで以上に苦しい状況に置かれることは容易に想像がつく。
 野口は葛藤した。
 しかし、苦しい時にはいつも師匠の声が聞こえてくる。

「たとえどんなに小さなことであっても、同志を苦しめる悪を、絶対に見逃してはならない。放っておけば、その毒気が、いつしか全体に蔓延して、清浄な和合の世界が破壊されてしまう。」(名誉会長指導)
「沈黙は敗北である。悪に対して、おとなしいのは、悪である。正義を叫び抜くことだ。」(名誉会長指導)

 野口は意を決して話しはじめた「(始末書を)出さない場合はどうなるんでしょうか?」
 熊本委員長「それは別途、出さなかったということをどう対処するか。それはそれでまた検討することになります。」
 野口、「次の段階ということですか。」
 熊本委員長、「そうです。」

 監査のときと同じやり方である。またしても従うまで処分を下そうとするやり方である。
 ただ“本部の決定に従えばよい”という「対話の創価」とは真逆の考えに怒りが込み上げてくる。野口は怒りに体が震えた。

 そして、野口は委員長を見つめて語った。

 野口「話を聞いて頂けない懲罰委員会のやり方を、先生が正しいとおっしゃるんでしょうか。」
 すると熊本は、何の躊躇もなく平然と言いのけたのである。

 熊本「おっしゃります。」

 ここまでおかしなやり方をしておきながら、「師匠が正しいと仰る」と言えるのである。これが本部の公式機関である。
 もはや懲罰委員会には師匠のお心は一切ない。

 師匠の精神が蔑ろにされ、対話のない学会本部の深刻な実態を、野口は改めて感じたのである。

 懲罰委員会の杜撰な調査と面談

 最後に、滝川が呼び出された。
 熊本委員長は、滝川が席に着くなり淡々と通知書に書かれた各項目を読み上げ、最後に「始末書を取り、反省を求める譴責処分とします。」との結論を言い渡す。
 黙って聞いていた滝川は、受け取った『懲戒処分通知書』に目を落とし、懲戒の対象行為とされた項目をよくよく確認する。
 そこには、前回の6月30日の面談で渡された『懲戒の対象となる言動』という書面に書かれてあった項目が、一つ削られていたからである。

 6月30日の面談の際、滝川の『懲戒の対象となる言動』の第一項目には、滝川が小平、野口と一緒に学会本部の長谷川本部長(現・理事長)に手紙を渡しに行った場面が取り上げられていた。
 しかし、その日は平日であり、滝川はいつも通り職場である横浜池田講堂に出勤していたのである。つまり滝川はその場に行っていない。
 それにもかかわらず、滝川が平日の朝に学会本部の長谷川本部長を訪ねたことにされ、『懲戒の対象となる言動』に挙げられていたのである。
 一体、懲罰委員会はどのような調査をしているのか。
 確認すればすぐに分かるような嘘の供述で、懲罰にかけてしまうことは問題ではないのか。
 疑問に思った滝川は、熊本委員長に尋ねた。
 すると、熊本委員長は「提示された『懲戒の対象となる言動』に嘘があったならば、証言者がどんな立場であれ、懲罰委員会として問題にする」と明言したのである。

 “嘘があったならば懲罰委員会として問題にする”
 その言葉を聞いた滝川は、懲罰委員会宛の弁明書に以下のように書いた。
 「少し調べればすぐに虚偽と判明する内容にもかかわらず、懲罰にかけるためにあまりに杜撰な証言をもって職員懲罰委員会という創価学会本部の最重要機関を動かした人物こそ、懲罰委員会にかけるべきであると思うのです。
 虚偽の内容で一職員を懲罰にかけようとした責任はあまりに重大であり、一般職員には出来ない芸当であります。
 この権力の乱用を一度許してしまえば、組織において一部の特別な立場の人間に左右される創価学会になってしまう。」と。

 そして、今回の面談で、このことについてはどうしても確認しなければならないと思っていたのである。嘘の内容で懲罰にかけた発起人の責任問題を、懲罰委員会に取り上げてもらわなければならない。

 滝川は、「最後に一つ、お伺いしたいのは、僕はこの出された懲戒の対象に対して、第一項目で僕はいなかったにもかかわらず、なぜそこは・・・」と話を切り出す。
 しかし熊本委員長は、滝川が言い終わらないうちに、「そこは抜いてます」と言葉を被せる。
 そして、「それはあなたの言うとおり、その場にはいなかった。だから、その項目は外しています。」と必死に誤魔化し始めたのである。

 あまりにも言っていることとやっていることが違い過ぎると思った。
 前回の面談で、“嘘があったならば懲罰委員会として問題にする”と言っていた熊本委員長の言葉は嘘だったことになる。
 しかも懲罰委員会は、発起人を懲罰にかけるどころか、発起人が誰なのかさえ明かさないのである。
 滝川は、さらに話を続けようとする。
 しかし、咄嗟に、書記役の大分職員局長が割り込んでくる。
 「滝川さん、これ以上ちょっと時間がないんで、ね、あのー、10月の12日、提出して頂けることを待ってますから。」
 そして強引に通知は終了されてしまう。
 滝川は、悔しさに身体を震わせながら、目の前に並ぶ懲罰委員に向かって伝えた。
 滝川「僕はここに一人でも対話が出来る人がいると思っていました。」
 大分職員局長「ご苦労様。」

 こうして、懲罰委員会の審査は終えられる。

 審査後、受け取った通知書の内容をもう一度確認する。
 すると6月30日の段階で「懲戒の対象となる言動」とされた私たちの行為は、ほぼそのまま「懲戒の対象」として通知書に書かれている。まさに“コピペ通知書”である。「はじめから結論ありき」の審査であったことは明白であった。
 その審査に対し、懲罰委員会は、自己の非を認め謝罪するように迫る始末書の提出を要求してきたのである。

 間違っていないと思っていることに対して謝らせ、再発防止を誓わせる。
 そして、これに従わねば、「本部の決定に従わなかった」とレッテルが貼られ、そのレッテルは従うまで剥がされることはない。あの監査の時とまったく同じやり方である。
 審議内容を一切明かさない密室的なやり方。
 独善的であり、力と権威を振りかざすやり方。

 もはや、師匠の創価にあってこれを容認したならば、弟子として今世を生きる意味を失うことになる。
 負けられぬ!断じて負けられぬ!

「他人ではない。自分である。大事なのは、わが信念に生き抜くことだ。
 人がどう評価しようと、自分は正義のため、妙法のため、民衆のために生き抜いていく。これが学会精神である。真実の信仰なのである。」(名誉会長指導)

 私たちはこの不当な譴責処分と懲罰委員会のやり方に従うことは出来ないと思った。
 ゆえにその後、懲罰委員会に対して問い合わせをしていくことになる。

 そうした渦中に、聖教新聞社の前代未聞の金銭横領疑惑の関係者とされる水戸氏が、一会員の聖教新聞減部の申出を断り、さらに信仰心を否定するという事件が惹起していくのである。
 この明らかに狂った職員水戸氏の振る舞い、そして水戸氏を擁護する本部職員のやり方に対し、私たちは本部執行部に対応を求めて連絡をしていく。
 しかしそうした連絡行為を理由に、私たちは懲戒解雇を下されていくのである。





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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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