■⑪ 2.28座談会に集って下さった皆様の思いと私たちの決意(H28.2.28~3.8)

 先日2月28日、神奈川県横浜市の西公会堂で、現在の創価を憂う同志が集う「第1回座談会」を開催させて頂きました。
 皆さまの深き祈りと戦う一念によって、当日を大晴天で迎え、なんと合計108名もの方々が足を運んで下さいました。本当に、本当にありがとうございました。
 遠くは岡山や関西から新幹線を使って来て下さった方もいらっしゃいました。遠くからお越し頂き、申し訳なくも本当にありがたい思いで一杯でした。
 同志を代表しお話し頂いた天野達志さんは、早朝、愛知県から新幹線で駆け付けて来て下さいました。
 天野さんは、昨年ただお一人で安保法案の白紙撤回を求める署名活動に立ち上がられ、全国から9177筆もの署名を集められた体験談をお話し下さいました。

 激しく降り続く雨の中、署名簿の入った重いリュックを抱え、合羽をまとい、傘を差して、公明党本部前の路上で山口代表に署名を届けたいと訴える。しかし、公明職員は署名を受け取らない。しかし、天野さんは諦めなかった。党本部前に4日間も立ち続けられ、「山口代表に何とか署名簿を届けたい。私たちの声を受け取って頂きたい」との一念でお題目を唱え続ける。そして、最後は党本部に通され、党職員に執念の提出を成し遂げられたのである。
 天野さんは叫ばれた。
 「どうか、公明党を支援しないという同志を、『反逆者』呼ばわりしないで下さい。『村八分』にしないで下さい。安保に反対する学会員を『共産党』だと、レッテル貼りをしないで下さい。デモで三色旗を振る同志を『にせ学会員だ』などとデマを流さないで下さい。なぜ、同志が苦しめられるのか。」と。
 その悲憤の叫びに呼応するように、場内の皆さまから「そうだ!」「そうだ!」と次々と怒りの声が上がりました。また、その天野さんの心にハンカチで涙を拭う同志の姿もありました。
 天野さんは最後に、
 「たとえ相手がどんな役職や立場であろうと、その行為が間違っていれば、『何をやっているんだ!』『先生の指導と違うではないか!』と、はっきりと言い切っていくべきである。私たちは『言葉』で戦うのである。明快に言い切っていくことが、現実を変えていく力なのである。」
との師匠のご指導を紹介される。
 そして原稿を力強く握りしめながら、決意を語られた。
 「池田先生のご指導のままに、自分自身が大成長し、善の連帯を強く、深く、広げる戦いをして参ります!」と。
 会場から大拍手が送られ、立ち上がって拍手を送る同志もいた。創価のためにとの思いで、さらなる戦いを決意される天野さんのお話に、私も涙が込み上げてきた。

 そしてもう御一方、同志を代表して愛知県武豊町議会議員の本村強さんにお話し頂いた。本村さんは集会前日の深夜から夜行バスを使い、名古屋から横浜まで5時間半かけて、奥様と共にお越し下さった。本当に本当に、ただただ感謝しかない。
 本村さんは、ご自身の生い立ちから信心を始められた動機を語られ、ご自身の原点である師匠の戦争反対の指導を守り抜き、一昨年の閣議決定を阻止するために、断固反対の意見書を提出された体験談を話して下さった。
 途中、人間革命第1巻を手に取られ、黎明の章の冒頭に書かれた「愚かな指導者たちに、率いられた国民もまた、まことに哀れである」との池田先生の言葉を引かれ、「『愚かな指導者たちに』この言葉に、今の自公政権の現状は一緒だと思いませんか皆さん!」と投げかけられた。
 すると、場内満場一致の大拍手と、「その通り!」との大賛同の声が湧き起こる。
 本村さんの「池田先生が示された絶対平和主義、これを追及していくのが創価学会であり、そしてまた創価学会の支援する公明党である!」との師子吼に、三代の精神を守り抜き、公明党を離党されてもなお、師の理想を実現せんとする真の弟子の姿勢を学ばせて頂いた。

 続いて私たちもお時間を頂戴し、今の創価の問題点と、私たちが決意する創価変革の戦いの目標について、お話をさせて頂いた。

 私たちは学会本部の決定・指導に従わないとして、「組織内組織」とのレッテルを貼られ、排除され、解雇、除名となった。組織決定に従わない人間を、話し合いもなく、力ずくで排除していく「力の論理」が今の学会本部に浸透している。
 師匠が表舞台に出られなくなってから、学会本部は対話(話し合い)と納得によって人と人を繋げるのではなく、力によって人間を抑えつける体質へと変わっていった。この「対話」とは対極にある「力の論理」が、師の思想に違背する「武力」「戦力」という「抑止力」を容認できてしまった。
 ゆえに、集団的自衛権の行使容認や憲法第9条の解釈改憲の閣議決定に加担するに至ったと思えてならない。
 そもそも、「9割方の憲法学者や歴代の元内閣法制局長官、元最高裁裁判官らが違憲であると言っている安保法制は憲法違反である!」「国の根幹である憲法を改正する時は正当な手続きを踏むべきであり、時の内閣が憲法の解釈を変える動きは危険である!」こうした考えは当たり前過ぎるほど、至極当然の思考である。
 この庶民の当然の思考、感覚こそ、師匠のお心に合致するものであることは絶対に間違いない。
 さらに、先日、憲法学者の小林節慶應義塾大学名誉教授とお話しした際、私たちにこう伝えてくださった。「私は池田先生を尊敬しています。今の創価学会は池田先生の思想に反している。」と。
 学会員ではない憲法学者が池田先生の思想を理解して下さっている。
 それにも関わらず、本部執行部は、自分達の創価三代に違背する安保法制容認を正当化するために、明らかに師匠を利用し続けているのである。
 聖教新聞には、師匠がお元気で物事を明晰にご判断されているかのように演出させ登場させる。まるで、安保に反対を唱えない師匠は安保を賛成しているかのように作出するのである。
 安保や官僚化した組織に不安を抱く会員の心や、師匠にお元気であってほしいと願う会員の真心、また聖教新聞が嘘を書くはずはないとの会員の信頼をも利用し、執行部の背信行為を正当化するのである。小出しに、小出しに師匠の写真を使いながら。
 許しがたき裏切り行為である!
 まさに忘恩の師敵対である!!

 そして、私は声を大にして叫ばせて頂いた。

 「学会本部よ!いい加減に、大恩ある師匠を使うことは止めるべきである!」
 「師匠の真心を、自分達の都合で使うのは、金輪際、止めるべきである!」
 「組織維持の為に師匠を使い、会員を苦しませた昭和54年。
 再び、あの師敵対の悲惨な歴史を、繰り返すべきではない!」と。

 安保法制容認と師匠利用の師敵対の責任は、創価学会のトップである本部執行部にあることは明らかである!
 ゆえに、私たちは以下の2点を宣言させて頂いた。

一、現本部執行部である創価学会会長の原田稔氏、創価学会理事長である長谷川重夫氏、創価学会主任副会長である谷川佳樹氏の3名は、安保法制を容認、推進したことが三代の師匠なかんずく池田大作第三代会長の思想に違背する行為であることを自ら認め、辞任すべきである。

一、学会本部として、誤った安保法を白紙撤回させるべく、先頭に立って戦うべきである。

 最後に、全員で学会歌「威風堂々の歌」を大合唱し、第1回の座談会を一切無事故、大成功で終えた。

 座談会終了後、多くの方々とお話をさせて頂く機会がありました。本当に多くの方々が、“何か行動しなければ”と已むに已まれぬ思いでいらっしゃった。
 今年1月に時間をお知らせせずに行なった第2回サイレントアピールに、わざわざ北関東から駆け付けて下さった壮年部、婦人部の方々が、今回も横浜まで足を運んで下さった。
 ただただ師匠のため、創価のために行動される偉大な創価の父と、健気なる太陽の婦人部の方々に再会でき、嬉しくて嬉しくて涙が込み上げてきた。
 野口が「握手させて下さい」とお願いすると、ご婦人は固く手を握り返して下さった。そして、その温かな手には力がこもっていた。
 ご婦人は、目に涙を浮かべながら、現場組織の実情を伝えて下さった。
 「安保法制のことで組織幹部に疑問を投げかけ、率直に意見を伝えたら、幹部の方が家に来なくなり座談会にも誘われなくなりました」と。
 そして、「今では村八分の状態です。だからこそ、同じ思いの人たちが連帯を拡げていかなければならないと思います。」と。
 第一線で師匠と共に戦い抜き、人生を創価に捧げ抜いてきた。その弟子が人生の総仕上げのこの時に、村八分である。排除である。創価草創の功労者として宝とされることはあっても、排除など絶対に有り得ない。あってはならない。しかし、今の創価は恩を仇で返してしまう組織と化した。本当に、本当に胸が苦しくてならなかった。

 別の婦人部の方は、地元組織で勇気をもって安保法制反対の意思を表明し、公明議員に安保法の疑問点を質問した時の話をして下さった。
 公明議員はご婦人の質問には返答せず、逆に「あなたは、うがった見方をしている」と。議員はその婦人部の捉え方の問題にすり替え非難したという。さらには婦人部幹部からは、「あなたが祈って変われば分かる」と、説明もなく話されたと。
 いち母の純粋な疑問は、疑問をもつその人の責任にされる。信仰とは、民衆が賢く強くなることではないのか。従順に従ってさえいれば良いとするならば信仰とは一体何なのか。
 怒りで体が震えた。
 野口は、「絶対に民衆が主役の創価に変えるため、もっともっと戦っていきます!」と、決意を伝える。
 すると、偉大な創価の母は生命力に満ち満ちた声で、「私も一緒に戦うからね!次のサイレントアピールが決まったらぜひ教えて!必ず行くから!」と、顔を紅潮させながら伝えて下さった。そして、婦人は拳を固く握りしめ、「処分されようとも私は先生のために戦うよ!もう腹は決まっているんだから!」と、ガッツポーズをされた。
 力強き笑顔と涙のガッツポーズである。
 偉大な母の強さに自然と涙が込み上げた。
 一体だれが師の仰せを護っているのか!
 偉大なるこの一婦人こそ、師弟不二の体現者ではないのか!!
 師匠が心を込めて褒めて下さるのはこうした、師に命を捧げんとする婦人ではないのか!
 私は必死に伝えた。
 「師匠のために真剣に戦う●●さんを、絶対に処分させるわけにはいきません。」と。
 太陽の如きその婦人部の方は決意みなぎる温かい手で、固く握手をして下さった。私は絶対に忘れることはない。この婦人のお心を絶対に忘れることはない!

 地区部長の方からもお話を伺った。その地区部長は、地元組織で安保法制に反対の意思を表明する。すると、担当の幹部から「地区協議会で政治の話は一切しないように」と警告されたのである。
 そして、その地区部長は「明らかに矛盾していることが、今では平然と行われてしまっているんです。このままでは、次の国政選挙で公明党を支援することはできない。」と、苦しい胸の内を伝えて下さった。
 「心して政治を監視せよ」第二代会長の厳命である。しかし、組織からは“一切話をするな”と警告である。
 地区部長という組織の最前線の正役職を担いながらの葛藤を伺い、胸が締め付けられた。
 最前線の一地区部長が、“次の国政選挙で公明党を支援することはできない”と苦しまれている。師弟不二であればこそ、悩むのだ。
 正しい心をもつ真実の弟子が苦しまれている姿に、安保推進によって表面化した学会本部の狂いの大きさを改めて感じてならなかった。

 さらに、別の壮年の方からは、なんと「安保法反対の意思を組織で伝えたところブロック長を解任された」という話を伺った。あまりの衝撃に私は自分の耳を疑った。
 握手をさせて頂こうと手を差し出すと、固く、強く手を握り返して下さった。
 「一緒に戦いましょう」語りかけると、壮年は「当然だよ!俺は一人になっても戦うぞ!絶対に創価を変えなきゃいけない!負けてたまるか!」と真剣な表情で語って下さった。創価の父の師子吼に、戦う魂を感じ、命が震えてならなかった。

 座談会の翌日から私たちは、こうした正義の会員同志の戦いを報告しようと、パソコンに向かった。多くの方が報告を待っている。できる限り早く伝えたい。
 しかし、パソコンに向かうが、どうしても手が止まってしまう。座談会は大成功となった。あとはしっかりと様々な理由で参加できなかった同志に報告をすれば良い。
 パソコン向かう。しかし、どうしても会員同志が現場組織で味わわれている悔しさが込み上げてくる。一婦人のあの涙のガッツポーズが浮かんでくる。処分を覚悟で声を上げんとする、あの壮年の姿が浮かんでくる。

 そもそも、安保法制は明らかに、創価の絶対的平和の思想に反した。この安保法は明らかに一線を超えた。だからこそ「先生の御指導とは違っている」と同志は悩みながらも創価を憂い、勇気の声を上げているのだ。
 しかし、説明も対話もなく、現場組織でレッテルを貼られ、排除、処分。
 なぜ、なぜ、師の仰せ通り、誓いを貫いている弟子が創価の組織の中で迫害されるのか。
 同志の悲憤の叫びが蘇ってくる。そして、それでも師匠のために民衆の創価を取り戻すとの正義の師子吼が耳朶から離れない。
あの歓喜と感動が湧き起こる座談会の裏には、現場組織で不当な仕打ちを受けている同志の人知れぬ苦しみがあったのだ。
 一体、こんなおかしな創価にしたのは誰なのか!血の通わぬ、権力の魔性に侵された創価にしたのは誰なのか!怒りが湧き上がってくる。
 おかしな創価にした元凶はだれか。
 それは、明らかに学会本部である!
 54年を繰り返す学会本部である!
 そして、師の思想を捻じ曲げる執行部である!!

 ならば、同志の声を伝えるために、正義の同志の役に立つために、本部職員、そして本部執行部へ真実の声を伝え抜く!
 学会本部の前で、我々の思いを横断幕にして本部職員、執行部に断じて訴える!何度も何度でも立ってやる!
 ブログの報告を今か今かと、多くの方が待たれている。
 しかし、今、迫害される会員同志のために、自分ができることは、パソコンに向かうことではない。少しでも役に立てることとは、具体的に学会本部に伝え抜くことではないか。執行部に伝え抜くことではないか。
 同志の皆さまからは、「次のサイレントアピールをやる時は声をかけてほしい」「是非、次は学会本部の前で一緒に立ちたい」と伝えて頂いた。
 しかし、座談会で偉大な創価の母から伝えて頂いた、「処分されようとも私は先生のために戦うよ!もう腹は決まっているんだから!」とのお言葉が蘇ってくる。涙の決意が浮かんでくる。
 この健気な同志が、これ以上排除され苦しむことがあって良いはずがない!
 偉大な同志がさらに苦しむことなど、絶対に絶対にあってはならない!

「私は、恩師・戸田先生の弟子である。もとより『革命は死なり』と覚悟してきた。広宣流布とは、殉難を恐れぬ創価の勇者によってのみ、成就される聖業といえるのだ。青年よ、民衆の勝利のために”師子”となって立ち上がれ!そして、友のために走れ!何ものも恐れるな!」(名誉会長指導)

 腹を決めた決意の同志の心に対し、我々の思いは間違っているのかも知れない。しかし、お叱りは喜んで受けさせていただく。
 今、私たちができることは、学会本部の前に立ち、本部執行部に対し、同志の思いを訴えることである!

 そして、ブログに向かうことをやめ、新たに横断幕を作った。
 そして、2つのメッセージを掲げた。

『 安保法制に 反対の声を上げる 会員を処分するな!! 』

『 安保法制を容認し 師匠に敵対する 執行部は退陣せよ! 』
とのメッセージである。

 そして、3月8日の朝、執行部に会えることを祈りきり、大きな横断幕を持って信濃町に向かった。本部職員の出勤時間である午前7時45分から9時まで、学会本部前でサイレントアピールに立つ。

 信濃町に到着し、早速横断幕を広げる。
 すると、いつものように、創価学会の外郭団体である日光警備保障の警備員が自転車で駆け付ける。無線のイヤホンを耳につけた警備員が2、3名ほど信濃町駅の柱の陰に隠れ、遠目からの監視が始まる。
 そして、ほとんどの本部職員は、私たちに気付くと途端に目を背けて通り過ぎていく。中には、眉間に皺を寄せながら横断幕のメッセージを読む職員や、私たちを横目に薄ら笑いを浮かべる職員もいた。

 しばらくすると、私たちの地元の壮年職員が歩いてくる。野口が、「●●さん、お久しぶりです」と挨拶すると、鬼の形相で睨みつけ、無言で去っていった。
 むろん野口は笑顔を絶やすことはない、ただただ対話がしたいのだ。

 その後歩いて来た職員は、20年以上前の私たちが一学生部員だった頃からよく知っている方であった。「●●さん、おはようございます」と挨拶すると、その先輩は苦笑いをしながら歩き去っていった。

 元上司や同期、後輩など顔見知りの職員が次々と出勤してきた。私たちが声を掛けると戸惑いながらも挨拶だけは返す職員もいた。しかし、ほとんどの職員が関わりを避けるように、横断幕は読んでも、私たちに目すら合わせず素通りしていった。

 しかし、50分ほど過ぎた時である。信濃町駅とは逆の大誓堂の方から一人の職員が歩いてきたのだ。
 それは、「安保法制を容認し 師匠に敵対する執行部は退陣せよ!」とのメッセージにある、退陣を要求した当の谷川主任副会長だったのである。
 サイレントで執行部に会ったのは初めてだ。
 小平は心から功徳だと思った。
 谷川主任副会長と話しがしたい。
 小平は「谷川さん!おはようございます!」と声を掛ける。
 野口、滝川も全く同じ思いだった。
 「おはようございます!谷川さん!」と挨拶をする。
 しかし谷川主任副会長は、まるで私たちの声が聞こえていないかのように、私たちに一度も視線を向けない。
 そして、何事もなかったかのように足早に信濃町駅へと歩き去っていった。
 しかし、なんだかとても嬉しかった。ほんの、ほんの僅かではあるが、苦しむ同志の声を、執行部に伝えられたのではないかと思えたからだ。

 私たちのサイレントアピールがどれほどの力があるのかは分からない。「わずかな力にすらなっていない」と言われるかもしれない。それでも良い。否定できる論はないのだから。しかし、私たちにはこれしかないのだ。我が胸中にいる師に誠実に生きる。師に誓った通りに生きる。これしかないのだ。僅かでも役にたてる可能性はこれしかないのだ。

 谷川主任副会長の完全無視。その振る舞いに、今の創価の元凶を見た思いがしてならなかった。名もなき庶民の声なき声にまったく耳を傾けず、無言で冷たく排除する「対話なき創価」の実態を象徴している振る舞いに感じてならなかった。

 負ける訳にはいかないのだ。何としても師匠の心が通う本部に変えていかなければならない。
 そのためには、自分自身がさらなる正義の声を上げていかねばならない。
 そして、心を同じくする同志の皆様と共に、さらなる正義の声を上げていかねばならないと改めて思った。

 創価を憂い、正義の声を上げる庶民の力が結集された2月28日の座談会の前には、どうしても当日参加できない全国の同志の方々から、沢山の真心のメールを頂いていた。
 「皆さんを応援しています。横浜には行けそうにありません。大阪で闘う方向について参考にしたい」
 「本来なら横浜に行きたいところですが、今は都合がつきません。祈り応援しています。」と。関西の皆様からのお声は多く感謝に絶えない。
 むしろ、本来伺うべきは私たちの方であるのにと、申し訳ない思いで一杯になった。
 さらには、座談会の翌日にも、大阪の青年部の方から、
 「集会、本当にお疲れ様でした。私も行きたかったのですが、どうしても都合が付かず、参加できませんでした。本当に残念です。」「次の集会には、是非参加したいです。」との熱き思いのメールを頂いた。

 こうしたお心に、さらなる前進の一歩を皆さまと共に踏み出していきたいと心から思った。
 そして、私たちは祈る中で、第2回は西日本で座談会をさせて頂きたいと思いました。

 そしてここで、このブログで、平成28年4月2日(土)14:00「第2回座談会」を常勝関西の地で、開催させて頂くことをここに決意させて頂きます!

「『下から上へ』変革の波を起こす。これが民主主義である。妙法の世界である。皆、同じ人間だ。生命は平等に尊い。正義に生きる庶民こそ、真の王者なのである。」(名誉会長指導)

「世間ではよく『清濁併せ呑む』ということが度量のように言われるが、不正、不純を容認し、それに慣れてしまえば、自分自身が濁っていく。そうなってしまえば、本末転倒である。信仰の世界にあっては“濁”は呑んではならない。」(名誉会長指導)


第3回サイレントアピール(駅前2)20160308


※座談会の場所は断じて見つけます。そして、ブログにてお伝えします。







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プロフィール

Author:創価学会元職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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