第16 職員懲罰委員会からの2度目の呼出し(H23.9~H23.10.5)


「言うべきことを、言わないのは、臆病である!
 思い切って言わなければ、変わらない!
 皆が変革のための声を上げていく。堕落した幹部は厳しく正す。
 ここに、これからの長い未来に向けて、学会を盤石にしていく重大な一点がある。」
(名誉会長指導)

 職員懲罰委員会に3通目の追加書面を送る

 懲罰委員会の面談で求められた弁明書は、7月末に提出した。その後も、懲罰委員会に対して2回にわたり、学会本部が行なった制裁人事や懲罰委員会を使った不当なやり方に異議を唱える書面を追加提出する。
 しかし、懲罰委員会からは何の連絡もない。
 最初の弁明書提出から間もなく2か月が経つ。
 なぜ、ここまで懲罰委員会の結論に時間がかかるのか、事実の精査を丁寧にやっているからなのか、理由は全く分からなかった。とにかく、必死に祈り続けるしかなかった。
 祈り、考えれば考えるほど、公平厳正な監査とはかけ離れた懲罰委員会のやり方に、黙っていてはならないと感じてならなかった。
 人が行動を起こす時には必ず動機がある。それにもかかわらず、懲罰委員会は、私たちが原田会長を始め本部最高幹部に対話を求めた動機を一切調べない。初めから私たちの行為が「懲戒の対象」であると決め付け、懲罰にかけたのである。その決め付け方は、もはや本部指導監査委員会の時よりもひどくなっている。

 私たちが、原田会長を始めとする本部最高幹部に対話を求めた理由はただ一つ、本部指導監査委員会の問答無用な監査によって、本部職員の不正に声を上げた無実の会員が「反逆者」とされ、謹慎・役職解任となったからである。
 故郷の地元組織では、無実の会員同志たちが監査の誓約書に従えなかったことを理由に、未だに苦しめられている。
 会員同志への男子部からの連絡はなくなった。会館に行けば、知り合いの会員さんから白い目で見られ、挨拶すら返さなくなった人もいた。組織に蔓延した情報によって、もはや彼らは反逆者とのレッテルを貼られたのである。
 そうした中でも、彼らは負けなかった。題目をあげ、師匠の指導を必死に学びながら信仰を続けていたのである。

 そもそも、本部職員が会合の場で「前体制は間違っていた、暗黒時代だった。」と会員同志を名指しで誹謗中傷する行為を繰り返したことが、一連の問題の発端である。
 これは、本部職員による明らかな不正行為である。
 公の場で非難中傷され続けた私たちが、その職員に「話し合わなければならない」と対話を求めた行為を、本部指導監査委員会が取り上げたのだ。
 しかし、本部指導監査委員会の監査面談は、実に問答無用であった。密室で行われた監査は、弁護士を含めた4、5人の本部職員幹部がずらりと前に座っていた。そして、私たちは1人ずつ呼び出され部屋に入る。
 そして尋問が始まる。会員は懸命に誤解があることを伝えても、監査委員は「どうせお前がやったんだろ!」と怒鳴る。そして「ここは話を聞く場ではない。指導の場だ!」と話を聞くことはない。「しっかり調査をして頂けたのか」と尋ねると、「細かい事実関係なんかいちいち調べてられるか!」、「誰に向かって言っているんだ!」と、まるで犯罪者の取り調べのような監査だった。
 私たちと会員たちは、合計182ページに渡る陳述書を提出したが、精査をしてもらえることは皆無といってよかった。面談で誤解されていた点についても追加で証拠と陳述書を提出したが、全く聞き入れられることはなかった。
 結局、私たちが訴えた本部職員の青年部最高幹部らが行なった青年部人事委員会を通さない不正人事など、本部職員たちの不正は表沙汰にせず隠蔽され、本部職員の青年部最高幹部たちを守る形で監査が終えられたのである。
 反面、監査は、本部職員が会員を誹謗した不正行為に対し声を上げたに過ぎない私たちと会員たちの必死の弁明を、「いい加減な弁明を繰り返している」と全て否定した。そして私たちを「組織内組織(反逆グループ)である」と認定したのである。
 さらには、会合の場で私たちと会員への誹謗中傷を繰り返した本部職員や公明職員に対し、私たちが謝罪することまで要求し、誓約書への誓約を迫ったのである。滅茶苦茶な監査であった。
 監査で「組織内組織(反逆グループ)」であると貼られたレッテルは、誓約しない限り永久に付きまとうこととなった。それにより会員同志たちは、謹慎処分、謹慎延長処分、そして役職解任処分と3度に渡って処分され、組織から“本部の指導に従わない「反逆者」”のレッテルを貼られていった。本部指導監査委員会が行なったこの杜撰な監査の責任はあまりにも重大であると言わざるを得ない。

 しかしその後、こうした事実を本部最高幹部に伝えようと、「一度でいいので話を聞いて頂きたい」と懇願したことが、懲罰の対象とされたのである。

 私たちは、懲罰委員会宛に3通目の追加書面を作ることを決意する。
 毎日の仕事を終え、帰宅してから深夜までパソコンに向かい、必死に書面を作る。
 今こうしている間も、会員同志たちには不当な扱いを受けさせてしまい、苦しい思いをさせ続けてしまっている。
 絶対にここで負ける訳にはいかない!
 一分一秒でも早く、無実と正義を証明しなければならない!
 祈れば祈るほどに、決意は深まっていった。

 懲罰委員会への3通目の追加書面に以下のように記す。

 「会長や執行部に面談をお願いした理由はただ一つ、あまりにも問答無用の監査によってまじめに戦っていた無実の会員が冤罪で『反逆者』とされたからです。誤解された点はすべて証拠を出したにもかかわらず、すべての結論が大幹部を守る形で終えられたからなのです。」

 「懲罰委員会に調べていただきたいのです。本部指導監査委員会のむちゃくちゃな監査内容を知っていただきたいのです。あの本部職員が行った監査が公式に認められるならば、創価を守る懲罰委員会の役目はいったいどこにあるのでしょうか。あの監査を調べていただけるのは懲罰委員会しか無いのです。」
 さらに証拠として本部指導監査委員会の監査面談を録音したテープを同封した。
 そして、最後にこう綴った。

 「あまりにも一方的であり、具体的な根拠も説明もない本部指導監査委員会の監査内容を聞いて頂き、創価の重大な問題として調べて頂きたい」と。

 平成23年9月25日、私たちは、懲罰委員会に3通目の追加書面を郵送する。

 職員懲罰委員会から面談の呼び出し

 3通目の追加書面を提出した3日後、平成23年9月28日、ついに職員局人事部の担当部長で懲罰委員会事務局員の長崎氏から、小平、滝川、野口、茨城氏の各々に電話がかかってくる。
 “懲罰委員会として面談を行なうため、平成23年10月5日(水)の午後1時45分に信濃町の世界青年会館1階ロビーに集合するように”との呼び出しの連絡である。
 長崎氏は、前回、懲罰委員会の面談に私たちを呼び出した時と同じく、電話一本で日時と場所だけを伝え、面談の内容については一切説明をしない。
 野口に不安がよぎる。
 またしても、内容を伝えず面談への準備を事前にさせてもらえない呼び出しである。しかも今回は結論通知の場となり、その場で懲戒処分を言い渡される可能性が高い。むろん、解雇されることも考えられた。
 野口は呼び出される面談が弁明する場なのか、結論通知の場になるのか、それだけでも知りたかった。
 必死に、「どうか呼び出しの内容を教えて頂けないでしょうか」とお願いする。
 しかし、長崎氏は、「私は連絡だけですから、内容は知りません。熊本懲罰委員会委員長に聞いて下さい。では連絡しましたので。」とだけ言い、電話を切ってしまった。
 あまりに無情な対応である。
 野口は長崎氏の言葉をたよりに、すぐに熊本委員長に電話する。
 しかし、留守番電話に切り替わり、電話が繋がらない。その後も時間を置いて何度か架けるが、いずれもワンコールで切れてしまう。

 翌29日、やむなく野口は熊本委員長にメールを送る。
 「10月5日の召集の連絡がありましたが、出張命令ならば日時、場所、用件を書面にして頂きたいです。内容が分からない召集をされ、どれぐらい時間がかかるのか見当すらつかない呼び出しはいかがなものでしょうか。また、私の話を聞く場なら、どれだけ時間をとって頂けるのでしょうか。
 電話がワンコールで切れてしまいます。もし着信拒否しているならば不誠実過ぎます。これが本部のやり方だとおっしゃるならば、やはり問題です。
 一度連絡を下さい。待っています。無視は社会的に見ても問題です。」と。

 すると翌30日、熊本委員長からメールが送られてきた。
 「職員懲罰委員会は創価学会本部の法人機構の中の公式の機関です。法人職員の一員である野口さんへの呼び出しは、公式の呼び出しです。熊本個人が、野口個人を呼び出しているのではありません。
当日は、夕方5時以降の便でお帰りになれると思います。必要とあれば、事務局から貴方の上司に出張扱いにするように連絡しますが、そう望まれますか。」と。
 野口が最も知りたかった「面談の内容」については、一切触れられていない。
再び熊本委員長にメールを送る。
 「公式の機関からの公式な呼び出しであれば、なおさら呼び出しの理由を伝えるべきではないでしょうか。」と。
 しかしその後、熊本委員長からの返答が来ることは無かった。

 懲罰委員会の面談に臨む決意

 面談の日が近づく中、野口は、これまでの自分の半生を振り返っていた。
 自分はもともと、学会本部の方針や組織の秩序を最優先に考える典型的な本部職員でもあった。
 地元の会員同志とともに切磋琢磨していく中で、徐々に本部職員特有の役職や立場で人を見るような感覚や、師匠に近い存在だと錯覚する特別意識が、自分の中にもあると自覚していく。
 ある時、仕事で半月ほど組織活動に参加できない時があった。それでも、久しぶりに現場組織に出ても当然のように振る舞い、幹部として指導する自分がいた。
 その姿を見つめていた会員同志は、自分に真心を伝えてくれた。
 「先生のお近くで仕事をしているから、忙しいのは当然。そんな君の振る舞いが僕には許せない!信仰は心だよ!師匠は心だ!君のように師匠との距離で特別意識を持つ人間ならば、君は全会員の敵だ!!」

 特別意識をもった自分には、その言葉に一瞬怒りすら覚えた。
 しかし、声を震わせて叫ぶ同志の目には涙が浮かんでいたのである。唖然とする自分に、同志はさらに伝え抜いてくれた。

 「君が大事なんだ。職員の君が師匠の創価にするんだよ。民衆の創価にするんだよ。」
 同志の心に自然と涙がこぼれた。

 「深い慈愛と真心。そして誠実の行動こそが、人々の心を動かすのだ。」
(名誉会長指導)
 「人の心を打つのは、話術の巧みさではない。美辞麗句でもない。“君よ立て!”との、生命からほとばしる必死の思いが、友の心に働きかけるのだ。励ましとは、炎の一念がもたらす魂の触発なのである。」(名誉会長指導)

 どこか広宣流布の仕事をしているのだから、学会活動が出来ない時があっても仕方がないと思う自分がいた。民衆が師と共に泥まみれになって築いてきた創価であることを忘れ、どこか本部職員という英雄気取りが自分にはあった。野口は心からそう感じたのである。

 それから野口は自分の命の課題と向き合いながら、学会本部と本部職員の不正、それを隠す学会本部の実態と向き合い、声を上げ続けたのである。

 今、「懲罰」を目の前に突き付けられ、ここで一歩でも引いたならば学会本部の実態を見てきた自分の使命は無くなると思えた。
 しかし、もし解雇になれば収入は無くなる。
 結婚してすぐに夫が単身赴任となった妻にはさらに苦しい生活をさせることになる。
 妻のお腹には8か月になる子どもがいる。共働きできる状況でもない。家のローン、子どもの出産費用、おむつや子供服代だけでも、貯金はすぐになくなる。どれだけ節約しても家族を養い生活を続けていくには、別の仕事に就かなければならない。そもそも、解雇された自分を雇ってくれる会社などあるのだろうか。
 自分のことなら我慢できる。しかし、妻とお腹の子どもの事を思うと苦しくてならなかった。
 いろいろと考えても、正しいと思える具体的な答えは出ない。未来は全く見えない。弱い自分との葛藤が続いた。

 これまでも崖から飛び込むような選択を迫られたことは何度もあった。
 誓約書の提出を断った時、原田会長に手紙を渡しにいった時、四国への単身赴任を決断した時。一回一回が臆病な自分との戦いだった。
 それでも、ただただ師匠の仰せ通りに正しいことをしたいと、その時その時を必死に前に進んできた。
 「懲戒解雇」最悪な事態が頭をよぎる。
 しかし、創価を変える戦いだけは絶対に諦める訳にはいかない。
 そのためには、たとえアルバイト生活になっても家族を支えながら戦いを続けていくしかない。
 野口は御本尊の前に座り題目をあげ続けた。
 「御本尊様!!なんとかお腹の子どもと、妻を護って頂きたい!」

 面談、前日の夜、野口は四国から羽田空港に降り立つ。共に役職解任処分となった会員同志やその家族たちが温かく出迎えてくれた。地元の同志の家に皆で集まった。
 この同志たちとは、自分が学生部員の時から14年に渡って、共に苦難を乗り越えながら戦ってきた戦友である。一斉に役職解任された時には、生涯、広布の一兵卒として師のため、創価のために命を懸けることを誓い合った。
 四国に配転になってからも、上京するたびに「共に創価を変えるために、支え合うのは当然だ」と、毎回、毎回、羽田空港への車での送り迎えをして頂いた。
 こうした同じ思いに立つ同志の支えがあったからこそ、自分は創価を変える戦いを続けることができた。
 懲罰委員会の面談を前に、野口は同志に率直な思いを語った。
「明日の面談で僕は懲戒解雇になるかも知れません。解雇になったら、アルバイトをしてでも家族を支え戦います。」と。
 そう語る野口の姿は未来の見えない不安と緊張で、その表情はこわばっていた。当然と言えば当然である。
 それは集まった同志の誰もが感じていた不安だった。
 張りつめた空気が流れた。
 しかし、その静寂を破って同志は懸命に私を護ろうと、必死の形相で叱責したのである。

 「葬式のような暗い表情で何を恐れている!!やっと正義のために首をはねられるじゃないか!正しいことのために死ねるじゃないか!師匠の前で胸を張って死ねるじゃないか!それが学生部の時から共に戦ってきた僕らの夢だったじゃないか!!」
 同志の表情は、涙を流すまいと必死にこらえている。そして勇気を伝え抜こうと必死の形相で叫ぶのである。

 「のぐっちゃん!これだけ理不尽なことを本部で体験できるんだ!先生の本部で体験できるんだよ!難即安楽じゃないか!幸せじゃないか!これほどの幸せがあるかい!」
 そう語る同志の頬に涙がつたった。同志の皆がその真心に嗚咽した。
 そしてさらに涙ながらに伝え抜くのである。
 「いいかい、のぐっちゃん!僕は職員と誓った約束を一度も忘れたことはない!あの時、僕は職員に約束したはずだ!もし職員の皆が解雇になったならば、僕も仕事を辞める。そして、会社でも興そうじゃないかと。」

 野口は涙が溢れた。同志こそ忘れていなかったのである。あの時の誓いを自分ではなく同志が忘れていなかったのである。
 これまでずっと、同志はその心で共に戦ってきたのだ!

 あの神奈川文化で役職解任処分された日、目の前の山下公園に行った。そして同志は語った。「ここまできたら生きるも死ぬも一緒だよ。もしこの先、職員が解雇になったら自分も仕事を辞める。会社を興して生きようよ。そして最後まで、最後まで戦おう。」そう誓いあった。同志にとってはやっと叶えた、夢の職業である。それを失ってもいいと言う。
 その真心に野口は泣いた。そして同志が小さな声で、威風堂々の歌を口ずさむ声に合わせて、師を思い、心で歌ったことを覚えている。

 同志は涙を流しながらも、さらに力強い声で語り続けるのである。ただただ友を励ますために。
 「本部職員を解雇される。こんな有りがたい功徳に、もし心が引いたのであれば懲罰委員会に正義など叫べるわけがない!!やっと真実を伝えられるチャンスが来たじゃないか!やっと正義を為す時が来たじゃないか!」
 
 すると次々と会員同志が涙ながらに語り始めるのである。
 「僕はラーメンが大好きだから、みんなでラーメン屋でも始めようよ。みんな交替で店に立てば、創価を変える戦いも続けられる。」

 「皆で保育士の資格を取って保育園を開くのはどうかね。みんな子どもは好きだし。そして夜は創価変革の戦いだ。」
 なんだか涙が止まらなくなった。真心に涙が溢れてくる。
 そんな簡単に新たな仕事が興せるなど微塵も思っていない。ただただ、その同志の心が嬉しかったのだ。  
 そして、同志が諭すように語った。

 「一人で戦っているのではないよ。本部職員だけで戦っているのでもないよ。本部職員と会員とが共に戦い、共に支え合っていくんだよ。絶対に一人にはしない。それが、創価学会だよ。それが師匠の創られた、民衆のための創価学会だよ。」
 自分の人生、こんなに泣いたことはない。涙が止まらなかったことはない。

 同志は自分が解雇される不安と葛藤している微妙な一念を、敏感に感じとっていた。その一念では勝てない、なんとしても励ますのだと。先の見えない創価の不正との戦いに毛筋ほどでも臆す心があったならば、弟子の生き方を貫くことはできないのだと。
 野口は同志の真心に応えようと、決意を伝えようとするも、感謝の涙で言葉にならない。
 同志は野口を見つめ、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、それでも伝え抜くのである。
 「のぐっちゃん!聞こえない!これから戦場に行くんだもの!それじゃ聞こえないよ!絶対負けないよ!」
 同志皆のすすり泣く声が聞こえる。
 野口はさらに涙で頬を濡らしながら、肩を震わせ力の限りを尽くして叫んだ。

 「僕の師匠は池田先生です!ただただ、師匠のために!それが!それが!自分が望んだ人生なんです!本当なんです!だから、絶対に、絶対に、僕は正義を叫びます!!」

 同志はすぐに温かい言葉を語りかけた。
 「矢面に立つ一番苦しい職員に、本当に偉そうにごめんね。不安は当然だよ。僕だって不安だもの。とにかく、矢面に立つ職員を自分は命を懸けて護らせてもらいたい。この先何が起きても、師匠の仰せ通りに、共に生き、戦い続けたい。ずっとずっと一緒だよ。」
 野口は男泣きに泣き続けたのである。

 生涯忘れることはない、私の原点である。
 真実の同志に出会えたこと。それが、自分の人生にとって最高最大の誉れであり!最大の幸福である!自分はあまりにも幸せ者である。

 「いかなる迫害をも悠然と乗り越えながら、決意の目標に向かって、共々に戦い進みゆく真実の友との出会いは、一生の宝だ。胸襟を開いて、一生涯、正義のために戦い抜く、魂と魂の交流のある同志ほど、嬉しく尊いものはない。」
(名誉会長指導)

 師匠のおかげで、同志と出会わせて頂いた。
 ならば、我が身を師匠のために捧げ抜くことこそ、僅かながらの恩返しである!
 決意を新たにして、翌日、平成23年10月5日、職員懲罰委員会の面談に向かう。
 「師弟に生き抜く人生に職員も会員もない。立場も肩書きも関係ない。人生において大事なことは、誓願に生き抜く、我が勇気である!」








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※皆様から、連日、大変多くのメールを頂いております。本当にありがとうございます。本当に申し訳ありませんが、現在全てに返信が出来ない状況にあります。ご理解、ご容赦頂ければと思います。さらに全力で戦います。

※「ブログ小冊子」について多数ご希望をいただいております。本当にありがとうございます。こちらについても、28日の集会準備やブログ更新等に時間を要してしまい、28日の集会に間に合わない状況となってしまいました。本当に申し訳ありません。ご希望される方に対する受け渡し方法は、後日改めてご連絡させて頂きます。こちらの戦いも頑張ります。

























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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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