■② 学会本部の師匠利用の実態と私たちの決意

 先日の学会本部前での「サイレントアピール」について

 平成27年12月14日付けの当ブログで書きましたが、私たちは、平成27年12月21日(月)に、創価学会本部の前で「サイレントアピール」を行ないました。
 創価学会が安保法制を容認し続けていることは、創価三代の師匠の精神に違背する暴挙である。そのことを、学会本部と本部職員に訴えるためです。
 初回である今回は、多数の本部職員が出勤する時間帯の朝7時30分から9時までの1時間半、信濃町駅から広宣流布大誓堂に向かう通りの歩道で行ないました。その後、朝9時から9時30分までは、広宣流布大誓堂前の歩道(公道)に立ちました。
 そして自作した2つの「横断幕」に、
『安保法制の容認について「師匠の了承」の有無を公表すべき』
『安保法制の容認は創価三代に違背している』
とのメッセージを掲げました。

 当日、一人でも多くの本部職員に訴えたいとの決意で、3人で横断幕を掲げて立ちました。
 多くの職員が、眉間に皺を寄せながら、私たちとは目も合わせずに横を通過していきました。中には、横断幕を掲げて立っているのが私たちであることに気付くと、途端に、目を背ける職員や、睨みつけてくる職員もいました。私たちと同期の愛知全国男子部長は、私たちを避けるように、途中でUターンして迂回するなど、不審な動きをしていました。
 創価学会の外郭団体である日光警備保障の警備員も複数人来て、終始私たちを監視し続けていました。そのうち2人の警備員は、同じ地元組織の同世代の男子部員でした。
 また、地元ナンバーのミニバンが、私たちの前をゆっくり通過しましたが、その際、後部座席のカーテンの隙間から私たちをカメラで撮影している姿が見えました。本部に都合の悪い人間は反逆者である。だから、その反逆者を監視する。その動きを見つめながら、本部に師匠はいないことを感じてなりませんでした。

 しかし、そうした中でも、私たちの前を通りがかったご婦人は、「ブログを見ています。頑張ってください。」と一言声を掛けて下さいました。また、道端の男性からは「俺も反対なんだよ。最近の公明党は問題だと思っている。」と近づき伝えて下さいました。
 立ち止まって横断幕を見ながら頷く子連れのお母さんや、「チラシは無いの?」と尋ねてこられる年配の方もおりました。
 大きな模造紙を掲げ異様な姿に見えるだろう私たちに、寒い中、励ましの声をかけて下さる。今の創価学会を取り巻く現状の中で、私たちに声をかけることが、どれほど勇気あることか。
 その心に、ただただ感謝しかありませんでした。「師匠は民衆の心の中に厳然とおられる」心からそう感じてなりませんでした。
 そして、職員の中にも、「風邪をひかないようにね」と優しい言葉をかけてくれた先輩職員もいました。本当に嬉しく思いました。
 本部職員の皆が皆、本部執行部の方針に心から納得している訳ではない。師匠が表に出られなくなった今、学会本部の中では、本部執行部の指示に盲目的に従う職員と、そうでない職員の二つに大きく分かれているように感じます。
 今の本部執行部のやり方は、師匠の仰せとは異なると感じている職員が少なからずいるのだと。

 そもそも、安保法制の考え方は、戦力・武力を前提として「抑止力(暴力的手段)」を使い、「平和」を築こうとするものです。
 これは、創価三代の師匠が命がけで訴えてきた「対話(平和的手段)」によって「絶対的平和」を築く考え方とは真逆であり、三代の精神を崩壊させる暴挙であることは明らかです。

 本来、これほど重大な決断をするのであれば、創価三代の師匠である池田先生の「了承」を取り、その了承された意味を、内外に伝えていくことは必須です。なぜなら、“先生が安保法制を容認することなどあり得るはずがない”と思うのは、弟子として至極当然だからです。
 しかし、学会本部は、「安保法制」に対する師匠の「了承」については一切公表していない。
 それに対し、新「勤行要典」の制定は、宗教の教義についての内容だからとでも言いたいのか、本部は師匠からの「了承」を取ったとして、聖教新聞に公表している。(むろんこの了承についての先生の具体的なスピーチもメッセージもない。)
 しかしどう考えても、安保法制「容認」という創価学会の根幹に関わる問題と、時と共に形を変えてきた「勤行要典」の変更という事案とを比べたならば、安保法制容認は創価の存在に関わる重要すぎる問題である。しかし、これ程重要な問題である安保法制容認については師匠の「了承」は公表しない。

 創価学会の誕生は、初代会長牧口先生・二代会長戸田先生が全生命をかけ「戦争に反対」した、迫害の歴史から始まる。初代は軍部権力に反対し獄死。二代は「悲惨の二字」をなくす大闘争。会員ならば、誰もが知るところである。創価学会は「人間を手段とする」権力の魔性による迫害からうまれた。その権力の魔性の象徴とも言える「戦争」、この歴史を繰り返さぬために、三代である池田先生は平和実現に向けて公明党を誕生させた。
 しかしその公明党は安保法制を推進し、学会本部は安保法制を容認し法案は成立。三代の師匠が命をかけて戦い抜いてきた歴史を、本部は師匠の「了承」なしに容認し、成立させ、破壊したのである。
 もはや、三代の師匠に対する、あってはならぬ弟子の裏切りである。
 しかし聖教新聞には、師匠は今回の安保問題を知ってか、知らないのか、連日に渡って「わが友に贈る」、「新・人間革命」、各種会合への「メッセージ」が掲載される。師匠はご健在であり、御意志も健在であるかのように。
 だが、不思議なことに、師匠の指導、メッセージには、これだけ多くの会員が声をあげているにも関わらず、一切安保法制には触れられない。全く触れないのである。三代の創価の精神を破壊する問題であるにも関わらず。
 もはや、師匠は何をお考えになっているのか、誰の目から見ても不自然すぎる状況である。

 私たちが学会本部に対して、“安保法制容認がおかしい”とのサイレントアピールを計画した理由。それは、本部が安保法制を容認したという結果によって、今現在、師匠の書かれているあらゆるメッセージ(新人間革命・その他出版物など)には、「師匠のご意志が無い」と確信したからです。
 今まで「師匠のご意志がある」中で、師匠に代って代筆されてきたメッセージには、大きな意味と大きな価値、そして厳然たる師匠のお心がそこにはあった。
 しかし、本部が安保法制を容認し、創価三代の師に違背したその瞬間から、師匠のご意志の無い代筆は、師匠を利用し、本部の裏切りを正当化する手段として使われているものになっている。
 なぜなら安保法制に不安を抱える多くの会員さんは、現在、先生のメッセージや写真が、聖教新聞や出版物に掲載されることで、「やはり師匠はご健在である。」「師匠がおられるならば間違いはない。」「政治のことだから、師匠がご健在ならばきっと、大きな意味があるのではないか」と安心される。
 本部はその純粋な会員の心を利用した。選挙に勝つために。
 「師匠は御健在である。ゆえに本部に間違いはない。」
 昭和54年の裏切りを彷彿とさせる本部の「安保法制容認」という問題は、師匠のメッセージが新聞や出版物に掲載されればされるほど、会員の安心と共に風化していく。

 「師匠の意志無き」代筆。
 もはや、師匠を装った代筆は、本部の背信行為を正当化するための先生利用となっている。権力の魔性に命をかけて戦いを挑んだ三代、その精神に違背した「選挙協力」からの安保法制容認。そこに三代のお心は微塵も感じない。

 これまで、師匠の仕事のやり方を見させて頂いてきたこと

 私たちは、学生時代に、師匠の仕事のお手伝いを行なう「池田学校」(グループ)に所属していたり、本部職員に採用されてからは、師匠の仕事を任される「会員奉仕局」という職場に所属したりしていた。そこで、師匠がご自身の仕事を弟子に託されている実態を見て来た。

 小平と滝川が10年に渡って所属した会員奉仕局では、師匠から会員の方々に対して贈られる師匠の「書籍」や「和歌」、「押印和紙」に、師匠の印鑑(「大作」印)やデート印(「2009.3.16」などの日付印)を押すという業務をさせて頂いた。
 一つ一つ、師匠の代わりに押印させて頂く重責を感じつつ、胸中で題目をあげながら貴重な業務をさせて頂いた。
 会員奉仕局への指示元であり、師匠の秘書業務を担う第一庶務には、師匠の代行で、「メッセージ」を作るチームがあった。そのチームは、全国、全世界の会員の方々に師匠からのメッセージを発信する。
 全世界に広がるSGIでは、一日に何百という数の会合が開かれる。日本の組織だけを考えても、全国の分県・総区・分区の組織数を考えれば、創価学会の一日の会合の数がどれだけ多いかは、想像がつく。小平と滝川は、第一庶務のそのチームが会合へのメッセージを作成している現場を見て来た。
 毎日の聖教新聞の「新・人間革命」や「わが友に贈る」も、師匠は弟子に一任されている。聖教新聞社の記者から下書きの内容が送られ、第一庶務の中心者がチェックをして完成させる。
 また、師匠と世界の識者との対談集の作成も、師匠から弟子に任されるようになっている。小平は、師匠と対談集を編まれている、ローマクラブのヴァイツゼッカー博士と平成25年12月17日に名古屋でお会いした。その後、氏とメールでやり取りをし、「池田名誉会長との対談集は、直接名誉会長と会って作っている訳ではなく、ドイツSGIが間に入ってくれて作っている。池田先生とは数年前に創価大学の卒業式で一度会っただけなのです。」と教えて下さった。
 こうした師匠と海外の識者との「対談集」についても、実際は師匠が聖教の局長、部長クラスの新聞記者に著書の大方針を伝え、その後は担当した弟子(記者)が作成している。
 私たちが知る限りでも「会合等へのメッセージ」「新・人間革命」「わが友に贈る」「対談集」などは、師匠が弟子に作成を託されている実態があった。

 師匠の執筆活動や対話の活動、会員への激励のスケールは非常に大きく、百人を超える本部職員が陰で行なっていた。
 師匠が未来永劫に渡る弟子のため、広布のために原理原則を書き遺して下さっている。そこには厳然と師匠の御意志と精神があった。師匠の御意志と精神には「会員の幸福」しかなかった。ゆえに、師匠の御意志のある代筆されたメッセージには、感動と、正義と真実があった。

 師匠が意思表示されているとは思えない学会本部の実態

 しかし、私たちはここ数年、聖教新聞などの内容の変化に、不自然さを感じてきた。
 以前は、師匠の「長編詩」や「随筆」が聖教新聞の2、3面を見開きで使って連載されていたが、今は皆無となっている。

 聖教新聞に連載の「新・人間革命」についても、昔は命から込み上げる感動があった。そこには、師匠のご意志が入っていると感じられるものだった。
 しかし、最近の「新・人間革命」では、過去の事実が淡々と時系列に沿って書かれている印象があり、命が揺さぶられるような内容が少なくなっているように感じてならない。
 大白蓮華の「池田名誉会長の御書講義」も、本年11月号では「退転者に見られる共通点」との小見出しを付けるなど、マイナス面の見出しとなり、威圧的な表現が使われている。内容的にも、歴史的事実の記述や、語句の意味の説明が多くなり、創造的な内容が少なくなってきているように感じてならない。
 また、平成26年以降、本部幹部会が毎月の開催から2カ月に一度となった。師匠が、「勝利のリズムをつくりゆく回転軸が、毎月の『本部幹部会』である」(平成10年8月26日付け聖教新聞掲載、随筆 新・人間革命「本部幹部会とともに」)と言われてきた本部幹部会を理由もなく変更していく流れも明らかにおかしいと感じてならなかった。

 そして、本部に師匠の意思が無いことを確信した今回の安保問題だった。
 平成26年5月17日、学会本部は、安保法制に対して、
 「私どもの集団的自衛権に関する基本的な考え方は、これまで積み上げられてきた憲法第9条についての政府見解を支持しております。したがって、集団的自衛権を限定的にせよ行使するという場合には、本来、憲法改正手続きを経るべきであると思っております。」(平成26年5月17日付け産経新聞)と見解を表明する。
 この学会本部の公式見解は、これまで三代の師匠が築き上げてきた平和思想に適ったものであり、師匠の精神、ご意志が感じられるものだった。
 ところが、その1か月半後の同年7月1日、学会本部は突然、
 「公明党が、憲法9条の平和主義を堅持するために努力したことは理解しています」との見解を表明したのである。
 まるで手のひらを返すように。
 これは憲法9条の解釈を変更して集団的自衛権行使を容認する閣議決定を行なった公明党を擁護する発言だった。

 会員であるならば誰もが、学会本部が憲法解釈変更に対する見解を変えたことを知った時、おかしいと感じたはずである。
 なぜなら、安保法制の容認は、師匠がこれまで貫かれてきた絶対平和主義の思想に明らかに矛盾するものだからです。師の思想に間違いなく違背しているからです。

 社会的にも安保法制の話題は広がりを見せる。国会周辺などで12万人ものデモが起こる。日本中で知らない人間がいないほどの問題となっていく。
 そして、創価学会員の中でも、“師匠の仰せに反する”として、創価大学の教員たちが安保法案反対の署名を募る声を上げる。
 また、一人の勇気ある学会員が公明党本部に9177筆もの安保法案の白紙撤回を求める署名を届けたこと、さらに安保法制反対の意思を示して公明党を離党までして師匠の正義を訴え続けている愛知県の町議会議員の方のことなども、大々的に報道されていく。
 しかし、本年8月、学会員が三色旗を掲げて安保法制反対のデモに参加していることが報道されると、学会本部は
 「法案をめぐる会員の集会や動きは関知せず、公認したものでもありません。当会の名前と三色旗が政治的に利用されることは大変遺憾です」(平成27年8月30日付け東京新聞朝刊)とコメントしたのである。
 已むに已まれぬ気持ちで、勇気の行動を起こした会員を、あろうことか冷たく非難したのである。
 学会員は、三代の精神を護るために懸命に声をあげた。絶対に正義である。それにも関わらず、学会本部から遺憾の矛先とされたのである。
 あまりに、おかしい。むしろ、立憲主義に反し、なし崩し的に憲法第9条の解釈変更を行なったことについて、公明党が明解な説明が出来ていないことが問題なのである。本部が遺憾の矛先を向けるべきは、学会員ではない。公明党である。全く的外れと言わざるを得ない。

 もはや、学会本部のこの冷たいコメントには、「会員こそわが命」とされる師匠のご意志が明らかに入っていないと感じざるを得ない。師匠は、完全に意見が言えないところに追いやられているか、御病気のため、ご自身の意志が表明できない状態にあるという危惧を抱かずにはいられなかった。
 
 さらに、平成27年9月2日には、師匠の御友人であり、「平和学の父」であるヨハン・ガルトゥング博士が「安全保障関連法に反対する創価大学・創価女子短期大学関係者有志の会」に対して、声明文を寄せられた。
 安保法案反対について
 「私の古くからの友人である池田大作氏に呼びかけます。」と。
共闘を願うメッセージを送られたのである。
 しかし師匠からは、このガルトゥング博士の呼びかけに対して、未だに何ら反応もされていない。

  (名誉会長指導)「一度結んだ友情は絶対に裏切らない」

 師匠がともに対談集も編まれた「平和学の父」である知己からのメッセージ。一人の会員に命をかけられる師匠が、友人からのメッセージを無視されることなど絶対に、絶対に考えられない。

 さらなる驚きは、平成27年11月17日、執行部の新体制人事が発表され、74歳の原田会長の続投が決定する。
 任期は78歳まで。前の会長であった秋谷氏でさえ、76歳で会長の任を終えている。同時に理事長が、61歳の正木氏から74歳の長谷川氏に交代となり、一回り以上も高齢化する。
 この人事が、師匠が望まれる青年学会の人事なのか。
 その人事を聖教新聞で読んだ時、なぜか自然と涙がでた。一番青年を愛し、青年学会を目指されていた師匠を思い、涙が止まらなかった。

 今、師匠は、ご自身の意志を表明出来ない御容体にあるのではないかと考えざるを得なかった。いや、そうした容体であれ、ご健在であれ、すべては御仏意であり、師匠は弟子に一切を託したのだ。
 ならば、今こそ弟子が声をあげる時ではないか。54年を断じて繰り返してはならない、そう感じてならなかった。

 しかし、未だに聖教では、連日に渡り、池田先生のメッセージが掲載されるのである。
 もはや、これ以上、師匠を利用するのは止めるべきである。師匠を利用するにはもう限界がきている。
 師匠をこれ以上利用することは、師匠の顔に泥を塗りつけることになる。ただただ会員を思い、会員に命を捧げ、会員のために生き抜いた師匠。もう御意志なき代筆はやめるべきである!
 師匠を使うのではなく、三代の精神を護るためにはどうすれば良いのかを考え抜く、その時が来ているのだ!
 これ以上、師匠を使い、自らを護る本部に、師匠の精神はない!!

 学会本部の師匠利用の実態と私たちの決意

 先日12月9日、聖教新聞に師匠が東京の大田池田文化会館を訪問され、展示を観賞されたという記事が掲載されていた。しかし、師匠の御写真は一枚も紹介されない。全国の会員の方々が心待ちにしているのは、お元気な師匠のお姿を聖教新聞紙上で拝見することである。
 それでも、明年2016年の聖教新聞元旦号から、『新・人間革命』の新たな章「常楽」がスタートする予定となっている。新聞には会合などに対する師匠からのメッセージを掲載し、明年の元旦号からは『新・人間革命』の連載も再開するという。

 師匠はご健在で『新・人間革命』の御執筆を再開される。多くの学会員が喜ぶ。
 そして、徐々に本部が三代の精神を裏切った「安保法制容認」を忘れていく。三色旗を掲げデモに参加した会員、公明党を離党した議員、創価大学の教職員や学生ら多くの会員が、師匠の精神を護ろうと「容認」に反対の声をあげたことが風化されていく。
 そして、師匠はご友人への返事もなく、安保法制反対を貫き迫害される会員への言葉もなく、『新・人間革命』の連載を再開。
 師匠を矢面に立たせることで本部への批判をかわす。青年学会を目指された、師匠のお心を失った人事の矛盾すらかわしていく。

 そして、明年夏には選挙がある。支援の戦いがはじまる。純粋に信仰活動に取り組む会員さんに公明党を支援するよう働きかけ、会員さんは支援活動を信仰の戦いと捉え、懸命に友人に支援をお願いする。

 本部はただただ選挙に勝つために。そして創価学会の勢力を示すために。そのために、師匠を表に立たせ、会員の真心を利用する。

 今の私たちは本部職員でもなければ、会員でもない。しかし、本部の前で模造紙を掲げて立った時、師匠はどこまでも我が胸中におられることを感じ、感動が込み上げてきた。このために本部の職員であったのだと思い、感謝に心が震えた。睨みつける職員の姿に、師匠はやはり私たち弟子の胸中で、永遠の師匠として厳然とおられるのだと感じたのです。
 そして、私たちは師匠が築いて来られた正義の歴史に泥を塗るような本部のやり方を、絶対に「容認」してはならないと思ったのです。

 ゆえに、真正面から声を上げる時が来たんだと思ったのです。
 私たちは、これからも学会本部、そして本部執行部に対して、「安保法制を容認することは三代の師匠に違背する」こと、「安保法制を容認することについて『師匠の了承』を得たのかどうかを公表すべきである」ことを訴え続けていかなければならないと思っています。
 もし、学会本部そして本部執行部が、“師匠を利用していない”と言うのであれば、師匠のご意志が分かるビデオメッセージや音声メッセージで『師匠の了承』を示すべきだと考えます。

 それが出来ないのであれば、学会本部の安保法制容認は、選挙協力のために会員を手段とした、権力の魔性に敗北した姿である。ゆえに、師弟の声を上げなければならないと思っています。
 明年も私たちは声を上げ続けます。そして、第2回目のサイレントアピールを、平成28年1月9日(土)に学会本部前にて行なうことを考えています。


先生!
私はまだ本部に師匠がおられると思い
声をあげるべきではないのでしょうか

先生!
師の精神を護るために
会員が傷ついています
誤解をうけ迫害をうけています
私は本部のやり方を
認めるべきでしょうか

先生!
私は師匠がご健在であることに
疑問も不安も抱えることなく
本部のやり方を
認めるべきなのでしょうか

先生!先生!

師匠ならば断じて仰る

あなたが時を創りなさい!
あなたが正義でありなさい!
あなたが創価でありなさい!
あなたが納得して生きなさい!
ならば
今こそ、師匠を胸に行動を起こす時である!
今世の弟子の使命を断固果たす時である!

師は厳然と
わが胸中におられる
師の仰せ通りに生き抜くかぎり
己の中に
「永遠の師匠」が
輝き続ける

真っ暗な闇に覆われようとも
師の一言一句が
私の進むべき道を
照らし出す

「永遠の師匠」
それを決めるのは己である
わが行動である

私は
師が築き上げた
平和の城を守るため
今こそ
三代の旗を掲げて立ち
勇気の声を上げ抜く!
三代の精神を護ることが
私の生きる目的であると
胸を張りながら!
叫び抜くのだ!!
三代の精神を護れ!と力の限り!


第1回サイレントアピール(駅前2)20151221(拡大)



第1回サイレントアピール(大誓堂前)20151221
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第14 職員懲罰委員会が作成した『懲戒の対象となる言動』に対する弁明(H23.6.30~H23.8.16)

「不幸の源を塞げ!世の濁乱の根を断て!『破邪』なくして『立正』はない。心の底から民衆の幸福を思うからこそ、勇敢に邪悪と戦うのだ。戦わないのは無慈悲であり、戦えないのは臆病である。」(名誉会長指導)

己の「力」を何に使うのか
暴力なのか 武力なのか

私は
私の「力」の全てを
平和のため
人間の幸福のために尽くしたい
邪悪を破り
正義を貫き
人間の信頼を結ぶために
勇気を出して対話する

自分が自分を支配し
正しく生き抜くこと
そこに
私の
私にしかできない挑戦がある

他人との戦いではない
己の弱き心との戦いである
悪を見たならば 断固戦い抜く
権力の抑圧にも 断固屈しない
ここに
創価三代の師匠の精神がある
ならば
私は
いよいよ勇気を出し
命をかけて声を上げゆく!


 平成23年6月30日の懲罰委員会の面談が終わり、私たちは各々地方に戻り、毎晩、弁明書の作成に取り掛かった。手渡された『懲戒の対象となる言動』と向き合い、必死に題目をあげる。
 懲罰委員会を動かした本部最高幹部たちの意図は、はっきりとは分からない。しかし、「懲罰」を与えることで、本部職員や学会本部の不正に対して声を上げる私たちを威圧し、口を封じようとしているように感じてならない。
 振り返れば振り返るほど、本当におかしな面談であった。

 あまりにも、こちらの話を聞こうとしない問答無用の面談のやり方に、小平は尋ねた。
 「池田先生は(この懲罰委員会の動きを)ご存じなんですか?」と。
 しかし熊本懲罰委員会委員長は、「あの、あなたとね、今は別に論争する場じゃないから。」と言って小平の質問には答えない。
 小平にはその熊本委員長の様子が、ただ話を誤魔化しているように感じられた。
 この熊本委員長の振る舞いから、師匠には何も伝わっていないことを感じる。本部の最高幹部たちが、重大な本部の問題を師匠には何も報告せず、逆に懲罰委員会を使って隠そうとする。今や本部は、一部の幹部のやりたい放題になっていることを感じてならない。

 『懲戒の対象となる言動』には、私たちが本部最高幹部に懇談をお願いしたり、師匠の秘書に手紙を渡そうとしたりする行為が、1年半も前のものまで遡って列記されている。小平は原田会長以下最高幹部ら6名に対する行為を12項目、滝川は5名に対する行為を6項目、野口は4名に対する行為を8項目取り上げられている。
 懲罰委員会は、これらの『懲戒の対象となる言動』の各項目は、“書面に記載されている相手方最高幹部の証言をもとに、懲罰委員会が作った”と説明していた。しかし、私たちに対しては、事前には一言も事実確認をしてもらえることはなかった。一方当事者の話だけを聞いて作成した項目である。
 あり得ないと思った。このようなやり方は、不公平な手続きであると感じざるを得ない。
 また、処分の対象となった各項目は、全ての項目において事実が間違っているか、または“原田会長に対し面談を迫った”、“長谷川本部長(現・理事長)と口論となった”、“青森事務総長に面談を迫った”など、私たちの行為が誇張・歪曲化され、不当な評価がなされている。

 例えば『懲戒の対象となる言動』には、平成21年11月24日の出来事が取り上げられている。
 同日朝8時20分頃、小平、野口、茨城氏の3人は、長谷川本部長の執務場所である創価文化会館2階の総合センターを訪ねた。そして、朝の勤行会が終り、席へ戻ろうとしていた長谷川本部長に声を掛け、事前に用意してきた面談の約束を取るための手紙を渡し、速やかに退出しようとした。しかし、長谷川本部長から「何で今ごろ来たんだ」と叱責され、その場で10分ほど長谷川本部長の話をお聞きすることとなった。
 まず、この日、滝川はその場に行っていない。しかし、『懲戒の対象となる言動』では、この日、滝川もその場にいたこととされているのである。平日の朝であり、滝川は勤務先の横浜池田講堂に通常通り出勤しており、明らかに「嘘」であった。滝川は、「嘘」の事実によって懲罰を受ける危険にさらされてしまっているのである。
 また、この出来事について、小平に対する『懲戒の対象となる言動』には、
「貴殿が,茨城氏,滝川清志氏,野口裕介氏と4人で事前の約束なく,役員室を訪問して,執務中の長谷川本部長に対し面談を迫った結果,長谷川本部長と口論になった」と記載されていた。
 しかし、これは長谷川本部長とのやり取りの事実を著しく歪曲するものであった。

 まず「事前の約束なく」とあり、事前に約束していないことが問題であるかのように書かれている。しかし、この日の3人の行為は、そもそも「面談をして頂けるよう、事前に約束を取るために席まで伺った」行為だった。最高幹部の一人である長谷川本部長に対し、自らが足を運ばずに、最初から電話やメールで面談のアポイントを取るようなことは、明らかに社会常識に反する行動である。だからこそ、直接、席に伺ったのである。それも、多忙な長谷川本部長に時間を取らせないよう、事前に面談をして欲しい理由を手紙に書き、その手紙を渡せれば退室する予定であった。長谷川本部長に手紙を読んでもらった上で、話を聞いて頂けるかどうかを判断して頂きたいと考えていたのである。
 その「事前の約束をお願いする行為」すら、懲罰対象行為とされていたのである。この行為で懲罰を受けるならば、長谷川本部長に懇談をお願いする方法は無い。

 また、「執務中の長谷川本部長に対し面談を迫った」と記載されている。しかし、訪問した時間帯は朝の勤行会後の就業時間開始前である。長谷川本部長が着席する以前に立ち話で終わっており、長谷川本部長が「執務に入る」前に私たちは退室している。「執務中」であったとするには無理がある。
 3人は、ただ長谷川本部長に面談の約束を取るための手紙を渡そうとしただけであり、“その時”、“その場で”長谷川本部長に“面談を迫った”事実はない。

 そのうえ、「長谷川本部長と口論になった」事実もない。3人は長谷川本部長に手紙を渡そうとしたところ、長谷川本部長が叱責し始めたのである。3人は長谷川本部長の話を聞きつつ、誤解がある箇所については誤解を解こうと応答したに過ぎない。そもそも手紙を渡そうとし、その手紙を最後に受け取って下さった一連の流れが、懲罰の対象となるような「口論」に発展するはずがない。

 このように、『懲戒の対象となる言動』には事実が著しく歪曲されていたため、私たちは必死に弁明書に経緯と事実を記載した。書かなければ、懲罰が下される。

 連日夜遅くまで弁明書を書きながら思った。そもそも、長谷川本部長は、師匠から職員の不正を報告する窓口(ヘルプライン)として全職員の前で指名された人物である。私たちが罰を覚悟で師匠に内部通報する行為に対して拒否すること自体、師匠の仰せに真っ向から反しているではないか。
 師匠は全職員に向けて、「次の百年のため、悪い職員がいたら報告しなさい」、「何かあれば、長谷川本部長に言いなさい。そうすれば私の所にくるから。ちゃんと調査します。でも嘘があったら厳しくするよ。そうじゃないと公平じゃないからね。」と明確に指示をされていた。
 懲罰委員会が、3人が平成21年11月24日に長谷川本部長のもとを訪れた行為を懲罰の対象行為に挙げた理由は、3人の行為を懲戒処分にあたるとすることで、“長谷川本部長が師匠の指示に反して、学会本部の問題を師匠に報告しなかった事実”を正当化するためではないか。絶対におかしい。

 また、野口に対する『懲戒の対象となる言動』には、師匠の秘書であり御子息の宮城第一庶務室次長(副会長)との平成22年3月8日のやり取りが取り上げられている。
 同日の本部全体朝礼前の8時45分頃、野口は、学会本部のエレベーター内で、宮城副会長に対し、同月1日に渡していた師匠宛ての手紙を、師匠にお渡ししてもらえたかを尋ねた。
 しかし、宮城副会長は、「渡せるわけがない。」、「そんなことばかりやっているから反逆者のように見られるんだ。」と野口を叱責するという出来事があった。

 ところが、野口の『懲戒の対象となる言動』には、
「平成22年3月8日の朝,貴殿は,宮城副会長に対して,池田名誉会長に手紙を渡したかどうか執拗に食い下がったこと。」と記載されている。
 しかし、このとき野口は1階から5階に上がるエレベーター内で、宮城副会長とわずか1分弱のヒソヒソ話のようなやり取りをしたに過ぎない。「執拗に食い下がった」事実はないのである。

 師匠の御子息であり、秘書でもある宮城副会長に私たちの報告(本部の問題)が伝われば、宮城副会長の判断を通じて、師匠に私たちの報告(本部の問題)が届く可能性がある。
 ゆえに、懲罰委員会は私たちが宮城副会長に接触したことを罰することで、私たちが宮城副会長に近づく行為自体を禁止し、私たちの報告(本部の問題)が師匠に届くことを防ごうとしたのであろう。問題行為として取り上げるには、あまりに強引なやり方であると感じてならなかった。

 懲罰委員会は、『懲戒の対象となる言動』のすべての項目で虚偽や誇張・歪曲化した事実を書き綴り、私たちが問題行動を取っていたかのように作出している。私たちの正当な行為(内部通報)を封じようとしていると感じてならない。

 私たちは、必死に題目をあげながら、弁明書に向き合い続けた。
 自分がいかなる懲罰を受けようとも、弟子として“間違っているものは間違っていると叫ぶこと”が出来なくなったならば、自分は職員である資格は無い。
 本部職員の根本は、師の仰せに照らし正しいのか間違っているのかである。それが行動の基準、規範として問われるべきである。懲罰委員会の審査であってもそれは例外ではない。

 「後世のために申し上げておくが、幹部が威張ったり、堕落して、そのために会員が犠牲になるような組織だけはつくってはいけない。
 どこまでも、人間性あふれる幹部であり、組織であり、普遍の法に則った学会であらねばならない。
 もしも、仏法に違背するような幹部が出れば、きっぱりと正しい意見を言い切っていくべきである。その人が本当に学会を守る人である。」(名誉会長指導)

 私たちは、懲罰委員会に余すことなく真実を伝えるため、自分たちが師匠の仰せを胸に必死に行動してきたこと、そして本部最高幹部が師匠の仰せに反する言動を繰り返してきた事実を書き綴る。
 そして、約1か月かけて弁明書を書き上げ、平成23年7月26日から31日にかけて、各々職員局の長崎氏宛に送付したのである。

 懲罰委員会へ追加の書面を書く

 弁明書を出してから、私たちは毎日必死に御本尊に祈り続けた。題目をあげれば上げるほど、職場の権力を恣意的に使い、「本部職員の不正」、そして「不正を隠蔽しようとする本部の不正」に声を上げる人間の口を封じようとするような、学会本部の強圧的なやり方に疑問を感じてならなかった。しかも、その方法は「嘘」や「事実を誇張・歪曲化」し、人を陥れるやり方であって、悪意を感じざるを得ない。そもそも対話ができないのだ。対話さえできれば何の問題もない。しかしそれができないことが問題なのだ。
 また、私たちは自分たちを懲罰委員会にかけた人間(発起人)が誰なのかさえ、知らされていない。見えない相手に懲戒を与えられる状況となり、見えないその相手に応戦している。それ自体、明らかにおかしい。
 私たちは、“誰から「懲罰の対象にすべきである」という話があったのか”を面談の場で熊本懲罰委員長に尋ねた。しかし、熊本委員長から、「どこからということをあなたに申し上げる必要はございません。」と言われ、私たちを懲罰委員会にかけた発起人さえ教えてもらえなかったのである。

 こうした面談のやり方は、私たちが平成20年の本部指導監査委員会から受けた扱いと同じであるように感じてならなかった。
 「誰が私たちを訴え(発起人)、それはどのような内容(証言)なのか」を説明せずに、抽象的な事柄で陳述書の提出を要求する。そして、「誰が委員会のメンバー(審判)なのか」、「一体何を問題視しているのか(争点)」についてさえ、一切説明されることなく、密室的に進められてしまう。
 さらに、私たちが陳述書に書いた事実や質問項目に対して、まったく回答も説明もなされない。そして結論だけ伝えられて終えられてしまうのである。

 何度題目をあげて考えてみても、このような本部のやり方は公平厳正ではないと感じざるを得ない。
 自分たちがすべて正しいなどとは思っていない。しかし、公正に判断するための公式機関が、弱い立場の人間の話を聞かずに、本部の最高幹部にとって都合がよい結論に偏ってしまうのであれば、それはおかしいと声を上げなければならない。
 たとえ本部の公式機関であっても、師匠の御指導に照らし、間違っていることは間違っていると伝えなければならない。“本部が決めたことだから”、と問題を曖昧にして終えてしまえば、それこそ組織の硬直化、官僚化はまぬがれないと感じてならない。

 私たちは、懲罰委員会に対し、追加で書面を提出することを考える。
 その書面に記載した内容は、以下の4点である。
 (内容を簡単にまとめる)

 1点目、『「嘘」を使って私たちを懲罰にかけた発起人に対する厳格なる「処罰」を要望すること』
 「発起人の行為」は嘘と誇張を持って私たちを懲罰にかけようとするものであり、もはや犯罪行為である。したがって、私たちを懲罰にかけた「発起人」こそ、懲罰委員会にかけるべきである。また「発起人」が誰であるのかを私たちは知る権利がある。

 2点目、『原田会長と対話をさせて頂きたいこと』
 これまで原田会長には合計9回にわたって手紙を書いてきた。原田会長から「役員室で面談のアポイントを取るように」と指示された以降だけでも、面談の希望を役員室の徳島部長に相談しながら4回にわたって提出してきた。しかし、一度も話を聞いていただける機会はなく、原田会長とのやり取り自体が懲罰の対象行為とされている。
 創価学会は、「対話の創価」である。私たちに間違っている点があるならば、率直な対話によって具体的に伝えて頂きたい。

 3点目、『不当な異動人事の撤回を求めること』
 私たちに対する地方への配置転換は、青森事務総長が説明した「業務交流人事」ではない。
 これまでに、小平は九州最高幹部の愛媛副理事長から、「前提として君(小平)が職員を続けるのであれば、僕は白紙で見守っていきたいとの思いがあって九州に受け入れた」と伝えられ、野口は某管理第一部長から、「今回の人事異動は組織の問題が理由です。会長、先輩の指導を聞けない人間に、池田先生周りの仕事をさせられないと上が判断した」と伝えられた。
 これらの言葉から、私たちに対して行なわれた異動人事は、“私たちを本部から、そして師匠から遠ざけようとする目的で行なわれた”と言わざるを得ないものである。
 また、平成21年4月の職員規律委員会の結論では、本部指導監査委員会が取り上げた私たちの行為について、「職員として問題なし。」、「職場でどうのこうのする問題ではない。」としていた。それにも関わらず、監査が取り上げた私たちの行為を理由に職員人事を行なうことは不当であり、今すぐ撤回すべきである。

 4点目、『会員に対する「役職解任」について、撤回を要望すること』
 本部指導監査委員会の誓約書に誓約しなかった会員4名(京都氏、兵庫氏、木本秀信氏、島根氏)は、役職解任になった。その決定について、本部指導監査委員会の岩手副委員長(副会長)からは、「解任は会長が決めたんだから会長に行け」と言われ、会員に処分を通知した高知副会長からは、「解任は本部が決め、会長が了承したんだ」と言われた。
 しかし、原田会長に処分を了承した理由を聞こうとしても、原田会長は一度も対話に応じて頂けない。本来、処分理由について説明をしない理由はないはずである。
 そもそも、会員4名は、本部職員である和歌山氏、公明党職員の佐賀氏に誹謗中傷された被害者であり、本来、役職解任される理由などない。原田会長をはじめとする最高幹部の対応から、会員4名の役職解任は不当なものであったと言わざるを得ない。

 以上の4点について明確な回答と処罰、処分撤回を要望した。また、今回の懲罰委員会における私たちへの「懲罰」についても、その根拠を書面で示して頂き、内容を明確にして頂くことをお願いした。

 滝川は4人を代表し、平成23年8月16日付けで職員懲罰委員会宛てに、追加の弁明書を郵送する。
 今回、懲罰委員会が自分に対して下そうとしている結論は、私たちを学会本部から排除する目的があるように感じてならない。今の本部は、師匠のお心とあまりに違いすぎる。
 そう感じれば感じるほど、師匠の仰せに反すると思うことは、断固言い切っていかなければならない。我が身を守れば、創価が護れぬ。我が身を守れば、師匠が護れぬ。
 御本尊様、どうか我が身を守ろうとする僅かな命も絶ち切らせてほしい。弱き自分を乗り越えたい。
 祈れば祈るほど、師匠への感謝に自然と涙がこぼれてくる。正義のために、正義のために死んでやる!我が命を断じて捧げぬいて!!



■① 安保法制に対する私たちの考えと決意

 私たちは、創価学会の中で8年に渡って、本部職員が行なった不正人事や、本部職員が会員に対して誹謗中傷する行為、そして、それら職員の問題を隠してしまう学会本部の実態を体験してきました。
 正直はじめは現実を受け入れられない時もありました。なぜ、こんなにもおかしなことが起こるのか。もしかしたら、自分の感覚がおかしいのではないかと真剣に悩みました。
 師匠が、対話こそ創価の生命線であると仰っている中で、同じ学会本部に勤める本部職員同士が直接会って話せない。なぜなのか本当に悩みました。
 悩みながらも、対話が出来ない実態や不正を隠蔽する実態を目の当たりにし、私たちは、本部執行部に対話をお願いし続けました。
 そして謹慎処分、役職解任処分、地方への左遷、懲戒解雇処分、さらに除名処分となりました。そして、私は本部職員でも、創価学会員でもなくなりました。

 私は生まれた時から創価学会の中で育てて頂き、人生の師匠池田先生と出会うことが出来ました。私にとって創価学会は生きる意味であり、師匠の築かれた創価学会に尽くすことが私の生きる希望でした。本部職員を志願したのも、その思いからです。しかし、解雇、除名となり、私は生きる意味であった価値を全て失いました。
 しかし、失う中で、最も大切なものを得ることができました。それは、「創価学会とは、師匠と弟子、師匠と会員という絆の世界であり、その間には誰人たりとも入ることはできない。」と心から実感することが出来たことです。私に残ったのは師匠という存在しかありませんでした。
 私は除名となり、創価学会員ですら無くなりました。しかし、会員でなくても、師匠の弟子だと心から思っています。学会員の皆さんと同じように、私も偉大なる師匠の一人の弟子だと思っています。
 「学会員でもないのに、弟子だというのはおかしい。」そう思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私と師匠の間には誰人も入ることはできないと思ったのです。それは、多くの学会員さんがそう思っているように、私もそのように感じたのです。
 私が、一人の弟子だと自覚した時、強く思いました。
 「自身が体験したことを、会員さんに知って頂き、創価学会の問題を共に考え、共に創価学会をより良くしていきたい」と。
 すべて体験した事実を書き、こうした学会本部の問題に真正面から取り組む決意をしました。そして名前を公表し、このブログを始めようと決意しました。
 名前を公表したことで、ブログを見て頂いた方から、多くの励ましのコメントを頂戴するとともに、誹謗もあります。しかし、何を伝えられようとも、私は今の創価の問題を変えなければ、師匠との誓いは守れないと思いました。
 その中で、「安保法案についてはどう考えているのか」「今後はどのような活動を考えているのか」など率直な声も頂戴しました。
 ただただありがたいと思いました。感謝しかないと思いました。関心を持ってくださる会員さんがこれほどいるのかと思ったからです。
 そして今回、改めて私たちの考えをお伝えする回にさせて頂きたいと思いました。次の更新を望んで下さっている方には、本当に申し訳ない思いです。第14回で予定していた「懲罰委員会の出来事」については次回以降、事実を書かせて頂きたいと思います。
 この第14回目は、ブログの「~はじめに~」でも触れましたが、現在の創価学会が直面している安保関連法案について、私たちが思う問題点や考えを、決意を持って書かせて頂きます。

 師の仰せに反する安保法制の動き

 現在、「平和」を標榜する公明党が参加する政権与党によって、「戦争」を容認する安保法制が着々と進められています。
 平成27年9月19日、自民・公明の連立与党は、多くの憲法学者から「憲法第9条に違反する」との見解が示される中で、安保関連法案の強行採決に踏み切り、法案を可決成立させました。
 しかし、この法案は、集団的自衛権を認め、戦闘地域に自衛隊を派遣するなど、日本が世界の戦争に加担することを認めるもので、まぎれもなく憲法9条に違反する法案です。
 歴代の内閣法制局長官、最高裁元長官、最高裁元判事、日弁連と52弁護士会すべてが違憲であると見解を示していることからも、その違憲性は明らかです。
 しかしこの日、公明党は、政権与党の一翼としてこの安保法案の賛成に加わり、そして法案を可決する決定打を打つ役割を担ったのです。

 公明党は師匠が命を削って創られた政党です。それにもかかわらず、創価三代の師弟の歴史に泥を塗るような、憲法第9条に違反する安保法案を強行的に可決成立させてしまいました。
 初代会長牧口先生は、戦争を進める軍部権力に抵抗し、民衆を苦しめる戦争には絶対に反対するとの立場を貫き逮捕され、そして獄中で獄死。
 第二代会長戸田先生は、獄中で軍部権力に殺された牧口先生の仇を討つため、生きて牢獄を出られた。そして、大病を患う中、学会の全青年部に対し、「遺訓」として、反核、戦争放棄の思想を全世界に訴える「原水爆禁止宣言」を残される。
 第三代会長池田先生は、世界平和と人類の幸福を実現しゆくために、冷戦時代には、アメリカ、ソ連(当時)、中国を繰り返し歴訪し、時の実力者と対話に挑み抜かれ、第三次世界大戦が起こらないよう、命を注がれて世界平和のために戦い続けてこられました。
 そして日本では、平和実現に向けて、「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」という立党精神を掲げる公明党を創立されました。
 しかし、今や公明党は立党の精神を完全に見失っているとしか思えません。
 「違憲ではない」、「あくまで専守防衛の範囲内である」などと欺瞞を並べ、国民および創価学会員を騙す弁解に終始している事実は、「平和の党」を自ら放棄するものです。
 「永遠の師匠」(創価学会会則前文および3条)である創価の三代の会長が、文字通り命を賭して築いてこられた「絶対平和主義」の城を破壊した暴挙であると感じるのです。

 そして創価学会本部も、「公明党が、憲法9条の平和主義を堅持するために努力したことは理解しています」(平成26年7月2日付け朝日新聞)、
 「昨年の閣議決定は、憲法第九条の平和主義と専守防衛を踏まえたものであり、それに基づく法案の審議が、現在、進められているものと認識しています。その点の理解が進まず、反対されているのであれば残念です。」(平成27年9月5日TBS「報道特集」)と述べ、公明党の安保法案賛成を容認する考えを示しています。
 しかし、創価学会の歴史とは、創価学会の三代に渡る師弟が築き上げてきたのは、「戦争反対」、「絶対平和主義」という信念を貫く闘争の歴史に他なりません。

 師匠池田先生は明確に仰っています。
 「私どもは、これまで恒久平和主義を掲げた日本国憲法を一貫して守り抜く姿勢をとってまいりました。それは単に日本一国のためというより、平和憲法の精神と理想とを、あらゆる国々、あらゆる民族の心に植えつけ、戦争放棄の人間世界を広げることこそ、恒久的平和への確かな道と信じているからであります。」
 「特定の国と運命共同体的な関係を持ち、強大な軍事力を表にして自国の安全保障を図る行き方は、もはや時代錯誤と言わねばなりません。」(昭和58年1月25日 第8回「SGIの日」に寄せて)と。
 さらに、師匠は平成13年9月25日の毎日新聞のインタビューに対し、
 「私は絶対に第9条だけは変えてはいけないと思います。」と明確に宣言なされています。
 今回の安保法制の動きが、創価学会の「永遠の師匠」である三代の会長が貫いてこられた「絶対平和主義」の思想と行動を、根底から破壊する暴挙であると思えてならないのです。いや、暴挙であると私は断ずるのです。
 
 全国の学会員さんが三色旗を持ってデモに参加したり、独自に勉強会を開いたり、師匠の仰せに反するとして法案の撤回を求めて署名を集めたりするようになりました。
 しかし、そのことに対しても、創価学会広報室は、
 「九条の平和主義と専守防衛を踏まえ、それに基づく法案の審議が国会で進められていると認識しています。法案をめぐる会員の集会や動きは関知せず、公認したものでもありません。当会の名前と三色旗が政治的に利用されることは大変遺憾です。」(平成27年8月30日付け東京新聞朝刊)との見解を表明しました。
 さらに平成27年9月5日のTBSの番組「報道特集」でも、
 「あくまでも個人の立場の行動と理解しています。昨年の閣議決定は、憲法第九条の平和主義と専守防衛を踏まえたものであり、それに基づく法案の審議が、現在、進められているものと認識しています。その点の理解が進まず、反対されているのであれば残念です。」と報道されました。
 まるで学会員の行動が迷惑であるかのようなコメントに、私は憤りを感じてならないのです。今の学会本部はおかしい。私はそう思えてならないのです。

 戦争を経験された世代の学会員さん、戦争を直接知らずとも、創価の三代の歴史と指導を学ばれた学会員さんであれば、この安保法案に公明党が賛成したことに疑問を感じられることは自然ではないでしょうか。

 学会員の皆さんが、三色旗を掲げてデモ等の活動に参加するには、どれほどの勇気と信念が必要であったか計り知れません。一人一人が、苦渋のすえに已むに已まれぬ選択を為されたであろうと思うと、胸が締め付けられる思いです。私たちも国会前のデモに参加しましたが、たった一人であっても声を上げられている会員の皆さんの姿に、本当に勇気を頂きました。希望を見た思いでした。
 安保法案反対の声を上げたならば、組織の中で、色眼鏡で見られるかもしれない。
 そうした様々な不安を乗り越え、ただただ師匠の仰せを胸に弟子として、信念を貫かれる学会員の行動に対し、学会本部は切り捨てるかのような声明を出して非難する暴挙に出ました。

 師のお心に反する学会本部の現状

 師匠は、平成22年6月度の本部幹部会を欠席されて以降、創価学会の未来を見据えて弟子を薫陶するため、あえて表舞台に出ることを控えられ、弟子に一切を託そうとされています。
 しかし、その師の心を裏切るかのように、学会本部は師匠の手の届かない場所で、三代の師匠が命がけで築いてこられた平和思想を根底から覆す「安保法制」を推進しています。今の本部執行部は明らかに師匠の仰せ通りではないことを感じずにはいられないのです。
 
 そのような本部執行部ですが、今般の新「勤行要典」制定の際には、「池田先生のご了承をいただいた上で」制定するに至ったことが聖教新聞紙上に公表されました。
 創価学会の根幹である教義、信仰実践、そして「永遠の師匠」に関わる重大な事項であるからこそ、執行部は師匠に内容を報告し、師匠の判断を仰ぎ、「ご了承」を得る行動をとったのだと思います。
 しかし、今般の安保法制を創価学会として推進するという最大に重要な問題については、師匠の「ご了承」を得たという公表は為されていません。

 安保法制は、全国民の命に関わる問題であるとともに、「永遠の師匠」である三代の会長が命懸けで築かれた平和主義の根幹に関わる問題です。
 全国の多くの学会員さんが悩み苦しんでいるのは、この法案が三代の師匠の思想に照らして正しいのか、間違っているのかが明確にされないまま、学会本部が推進していることではないでしょうか。
 弟子が一番知りたいことは、“師匠が安保法案を良しとされているのかどうか”ではないかと思うのです。
 「むずかしいことは良く分からない。しかし、もしこの安保推進を、師匠が了承せずに、学会本部と公明党が推進していたならば大変なことだ。」と考えるのではないかと思うのです。
 多くの創価学会員が、学会本部の見解に相反して安保法案反対の活動を行なっている状況にもかかわらず、師匠への「ご了承」について学会本部として公表しないのは、明らかにおかしいと感じてなりません。

 「政治と宗教は立て分けるべきだ。」例えそう考えても、本部の了承なく、また本部の意向を無視し、公明党が安保推進をすることは到底考えられない。これは、学会員ならば誰もが分かるところではないでしょうか。
 本部執行部が、この重大な局面にあって師匠に判断を仰ぐことが無かったならば、師匠の仰せ通りとは言えない。「永遠の師匠」の精神に基づくものとは言えないと思うのです。

 私は、今の本部執行部は、自分の都合で組織運営をしているように感じてなりません。
 また、そう感じる理由が他にもあります。私たちが懲戒解雇されるまでに体験してきた本部執行部の対応も、師匠の指導を根本とするものではなく、自分達の都合であったからです。
 平成24年1月30日、結婚を前提に婚約者と同居をしていた小林貴子さんという女子部員が経済的な事情から、それまで二人で2部取っていた聖教新聞を1部に減部したいと申し出ました。しかし、聖教新聞社支局の職員である水戸支部長は貴子さんから新聞減部の理由である経済状況について何一つ聞かずに、減部の申し出を拒否した上、貴子さんの信仰心を否定する発言をしたという事件が起こりました。
 この発言をした職員の水戸氏は、聖教新聞社における平成21年ごろに発覚した金銭横領疑惑の関係者とされています。
 貴子さんは、職員の水戸支部長から信仰心を否定されたとして、声を上げました。しかし、地元の総区幹部たちは貴子さんの話を一度も聞かず、貴子さんに対し「水戸氏に対する連絡禁止」という、職員の水戸氏を擁護するような処分を下したのです。それでも、貴子さんが諦めずに声を上げ続けると、貴子さんは除名処分となりました。
 私たちはこの一連の流れが明らかにおかしかったため、然るべき学会本部の部署や担当者、本部執行部の方々に電話、手紙、メールで問い合わせを行ないました。しかし、ほぼすべての方々が私たちの電話を着信拒否して無視し、結果的にどなたも対応して頂けなかったのです。そして、私たちの行為は、懲戒解雇処分の理由とされました(この出来事については、後日ブログで書きたいと思っています)。
 たとえ社会的に許されない不正を犯した人間であっても学会本部の決定に従えば守られ、職員の不正に声を上げた会員は、全く話を聞いてもらえずに処分を下され、除名にまでなる。
 本部の判断基準が師匠(正義)の仰せ通りか否かではなく、本部(権力)に従うか従わないかであるように感じてならない出来事でした。

 学会本部が師匠の了承を得て安保法制を推進しているのか否かの公表を求めること

 新「勤行要典」では師匠の了承が公表され、「安保法制」では師匠の了承が公表されていない。
 今回の安保法制は、創価学会の存在意義、そして師匠の築いてこられた民衆城である創価学会の根本にかかわる問題だと私たちは感じています。
 だからこそ私たちは、安保法制の推進について、私たちの師匠であり、命懸けで「平和主義」を訴えてこられた「創価三代の永遠の師匠」である池田先生の「ご了承」が果たしてあったのかどうか、師匠の弟子として、確認しなければならないと考えています。
 もし学会本部が師匠の了承を得ずに、安保法制を独断で進めているのであれば、断固声を上げなければならないと思っています。
 私たちは自分たちが出来ることとして、まずは平成27年12月21日(月)、学会本部の広宣流布大誓堂前にて、3名によるデモを行ない、「安保法制を進めることを師匠に了承を得たのか否かを公表すべきである」「安保法制は創価三代に違背している」ことを訴えたいと思っています。

 私は除名になっても、弟子として公明党を支援する戦いをします。しかし「師匠池田先生にご了承を得たのか否か」この真実を確かめずに、公明党への支援活動をすることは正しいとは思えません。
 師匠が、全国民の生命にかかわる安保法制を進めることを「了承」していなければ、安保法制を進める公明党の存在は師匠の顔に泥を投げつけることになると思うからです。
 弟子である会員の皆さんが真剣に公明党の支援活動をすることが、知らず知らずのうちに師匠に泥を塗ることになってしまう、そんなことがあってはならないと思うのです。
 師匠が了承されているかが分からないまま、組織の打ち出しに忠実に従い、安保法案に不信を抱く友人や知人に“公明党の正義”を訴える。
 こうした戦いを師匠が望まれているとは思えないのです。
 私たちは本部職員でもなければ、学会員でもありません。何もない私たちです。しかし、人生の師匠が池田先生であることだけは決めています。私は、師匠の仰せに違う創価学会の動きに対しては、一人の弟子として、題目を上げ、弱き命と戦いながら、勇気の声を上げねばならないと決意しています。




第13 職員懲罰委員会の面談の実態(H23.6.27~H23.6.30)

「苦難に遭うことが、不幸なのではない。苦難に負けることが不幸なのだ。ゆえに、何ものにも負けない強さこそが、信心の極意であり、永遠の勝利と幸福の土台となるのだ。」(名誉会長指導)

「瞬間」と「永遠」
「今世」と「来世」
三世を貫く 我が生命

その命を見つめる時
真の幸福とは何かを考える

勇気・勝利・努力・忍耐

何が重要か
考え抜けば抜くほど

むしろ
そのすべては
苦難に負けず
逆境に負けず
宿命に負けない
あなたを創るため

「負けない」それが強さ
「負けない」それが信仰
「負けない」それが幸福

「負けない」あなたに太陽が昇り
「負けない」あなたに師が微笑む

私は今日も永遠なる命をみつめ
「負けない」一歩を踏み出す


 平成23年6月27日、職員局人事部で職員懲罰委員会事務局の長崎担当部長から、小平、滝川、野口、茨城氏に突然、電話があった。電話の内容は“3日後の6月30日に信濃町の創価学会世界青年会館に来るように”と、職員懲罰委員会から招集がかかったというものである。
 私たちは各々、懲罰委員会が取り上げた自分の行為が何なのか、確認した。しかし、長崎氏は、「内容については私には分かりませんが、来て頂ければ分かると思います。」と、それ以上の説明は断わる。

 平日の業務時間中、突然電話一本での呼び出し。わずか3日後に学会本部に上京して来るように言い渡される。むろん呼び出す理由の説明はない。「懲罰委員会」からの理由も分からない呼び出し。実に恐ろしいものである。
 また、九州や四国から東京の本部まで行くとなると、1日職場を空けなければならない。それぞれの業務の都合は全く聞かれない。
 「懲罰」という名目で呼び出すならば、せめて懲罰にかけられている内容を書面等で説明するのが社会通念ではなかろうか。「いつ」、「何の行為」が問題になっているのか、懲罰事由が事前に分からなければ、そもそも弁明の準備すらできない。たとえ事実関係を問われても正確な返答すら出来ないではないか。
 平成20年に行われた本部指導監査委員会では、一回の面談だけで結論が出されている。そう考えると、懲罰委員会も一回の面談で懲罰が決まる可能性は否定できない。最低でも何が問題とされたのか、何について質問されるのかだけは知った上で、懲罰されるか、されないかという面談の場に臨みたい。

 6月28日、小平は長崎担当部長から、職員懲罰委員会の委員長が本部連絡局主事で副会長の熊本氏であることを聞き、熊本委員長に電話をする。
 小平が招集の理由、内容を確認すると、熊本委員長は「来て頂ければ分かります。今は答えられません」と返答する。
 小平は訴えた「事前に懲戒の嫌疑がかけられている内容を通知して頂くことは当然の事ではないでしょうか。そうでなければ、懲罰委員会規程に書かれている『弁明の機会を与える』ということにはならないのではないのでしょうか」と。
 しかし、熊本委員長は、「これは業務命令です。職場からの業務命令です。今までもそうしてきました。」と。
 熊本委員長の返答は、小平の質問に対する答えになっていない。
 小平は焦る。そして必死に訴える。「これはパワハラではないでしょうか。処分のために呼びつけ内容すら知らせない、精神的苦痛は相当なものです。」と。
 しかし、熊本委員長は笑いながら、「大丈夫です。大丈夫です。心配なさらないでお出で下さい」と。直後「ツーツーツー」と電話が切れる。

 同日、滝川も、長崎担当部長に「招集理由」の問い合わせ先について相談する。すると、職員局が懲罰委員会事務局であり、問い合わせ先は職員局長であると伝えられる。小平の時は熊本委員長を伝えられたが、滝川は職員局長で副会長の大分氏を問い合わせ場所として紹介される。
 滝川は、大分職員局長に電話し、懲罰委員会の招集理由を尋ねる。
 すると大分職員局長は、語気を強め「だからこれは業務命令なんだ!時間と場所は聞いたでしょ!あとはそこに行くだけでしょ!業務命令なんだから、一方的なものなんだよ!」と言い終わると、電話を切ってしまった。
 電話をかけ直すが出ない。
 ただでさえ「懲罰」と名の付く委員会からの突然の呼び出しである。しかも呼び出される理由は問い合わせても教えてくれない。その理由を尋ねたならば、「業務命令なんだから一方的なものなんだ」との一言で冷たく切り捨てられる。

 滝川は、無慈悲な対応に苦しんだ。なぜ懲罰にかけられた内容すら教えてくれないのだ。緊張で、仕事が手につかない。絶対におかしい。
 一晩中題目をあげ続けた。

「何があっても、負けない。その人は勝っているのだ。なかんずく、自らが青春時代に誓い定めた信念のために負けない一生を貫き通す人は、最も強く偉大である。」(名誉会長指導)

 負けられない!どんな内容かを確認し、準備をしたい!もう一度電話をするんだ!
 翌6月29日昼、滝川は再び大分職員局長に連絡をするのである。
 しかし、連絡が付かない。
 どうすれば良いか熊本委員長に電話をした。しかし、今度は熊本委員長も繋がらない。留守電を残し、折り返し連絡を待つ。しかし、電話は来なかった。

 滝川は題目をあげる。当日までにできる限りのことをしたい。悔いなく、悔いなく生きるんだ。
 滝川は熊本委員長にメールを送ろうと考える。そしてメールを送信する。

 “「懲罰」と聞き非常に驚き、招集理由も教えてもらえず、眠れない。「業務命令」とは言え、社会的にも懲戒理由を通知書なりで明示するのが常識なのではないか。”と。
 しかし、熊本委員長からの返信は無かった。

 小平、滝川、野口、茨城氏の4人は最悪の場合は首を覚悟した。眠れぬ不安の中で平成23年6月30日の職員懲罰委員会の面談の場に臨む。

 職員懲罰委員会の面談内容

 平成23年6月30日、STKビル地下1階大会議室にて、私たち4人に対し、各々約30分の面談が行なわれる。対面した職員懲罰委員会のメンバーは、本部連絡局主事で副会長の熊本委員長の他、聖教新聞社編集主幹で副会長の鹿児島副委員長、事務センター長で副会長の沖縄懲罰委員、組織総局長で副会長の札幌懲罰委員、の責任役員3名、そして聖教新聞社事業総局長で副会長の盛岡懲罰委員の計5名であった。さらに職員局長で副会長の大分懲罰委員会事務局長も書記として同席していた。
面談会場は、6名の懲罰委員会関係者が横一列に座り、真ん中に熊本委員長が座っている。机を挟んで対面するように席が一つ用意されている。
 午後2時30分、1人目となる小平の面談が始まる。やはり緊張で体が震えた。
 大分職員局長は、「議事録として残します」と録音を開始する。
 熊本委員長が冒頭説明する。
 「6月22日に懲罰委員会が開かれ、小平秀一さんの言動について、懲戒事由に該当し処分すべきではないかとの意見が出されました。」
 そして、以下の説明がある。
 「懲罰委員会としてはすでに一定の事実調査をした。その事実調査を踏まえ、今後職員懲罰委員会規程第7条に基づき、小平に対して弁明を求める。本日はその前提として、問題となっている事実の有無について確認する。本日の手続きは事実確認のみであり、各言動についての経緯や理由を聞くためのものではない。確認した事実関係について、それが事実どおりか、事実と異なっているか、異なっているのであればどのように異なっているのかという点についてのみ答えて頂きたい。各言動についての経緯や理由等については、別途弁明書を提出することが出来るので、そちらでお願いをしたい。」と。

 小平はまず、伝えるべきは伝えようと話しはじめた。「懲罰委員会という職員の懲戒を検討する公式機関が、3日前に電話一本で、『業務命令だ』といって理由を伝えず招集する方法は、最も人権的かつ民主的であるべき創価学会においてどうなのか。本当に夜も眠れぬほどの苦しい思いをした。」と。
 熊本委員長はそれには答えずに、淡々と小平に告げる。「これから、懲罰の対象となる言動について、今から一つ一つ申し上げますから、それについて先ほど申し上げたようにあなたから、それが事実どおりなのか、事実と異なっているのか、また、異なっているならばどのように異なっているのか、答えて下さい。それを聞くために今日はお呼びしたんです。」と。
 そして、懲罰対象行為を一つ一つ読み上げ始める。
 熊本委員長、「平成21年11月2日の昼、いいですか? 貴殿が茨城氏と2名で、食堂の出口において、青森事務総長(副会長)に対し面談を迫り、青森事務総長が断ってもさらに面談を迫ってきたこと。こういう事実はありましたですね?」
 小平、「『迫る』というか、お願いをさせて頂きました。」と答える。
 すると熊本委員長は、「お願いであろうが、なんであろうとね」と冷たく言う。
 小平は、「この事実認識は、青森事務総長がそう言われている訳だと思うんですけども、その青森さんの話だけで、終わらせてほしくないんです」と訴える。

 この青森事務総長とのやり取りは1年半も前のことだ。突然聞かれても返答に窮する。小平は、日時までは正確に記憶していなかったが、概ね外形的な事実は存在しているとの認識はあった。しかし、小平は至極丁重に「一度話を聞いて頂けないでしょうか」とお願いをしていた認識であった。また、断られた際に青森事務総長に食い下がった記憶もない。自分(小平)の話を聞く前に、初めから「迫る」と評価されていること自体、公平性を感じられなかった。

 すると突然、書記として参加していた懲罰委員会事務局の大分職員局長が話しに割って入る。
 「それじゃあね、小平さんね、ちょっとこの後もあるからさ。今、喋っている内容をあなたには渡すから。」と、書面が手渡される。
 そこには、『懲戒の対象となる言動』との題名で、“小平の言動”なるものが12項目に渡って書かれている。
 大分職員局長は淡々と話し続ける。「一つ一つ確認するので、弁明がある場合は、弁明書を7月の15日までに出してもらうようになる。」と。

 熊本委員長は再び『懲戒の対象となる言動』を読み上げる。
 「3点目、・・・。4点目、・・・。・・・」
 どの項目も事実が歪められている。
 小平は、「これすごい、事実じゃないですよ。」と弁明しようとする。
 しかし、大分職員局長、「だから全部弁明は、弁明は書類で。」と制する。

 おかしい!面談の冒頭で熊本委員長は、「確認した事実関係について、それが事実どおりなのかどうか、事実と異なっているのか、異なっているのであればどのように異なっているのかという点を答えて頂きたい」と言っていた。だから、事実でないことに対し、「事実ではない」と言っている。それにもかかわらず、事実と異なっている点を話す前に、「弁明は書類で」と。
 話が違う。懲罰委員会は、まったく話を聞こうとしていないではないか!

 小平は必死に訴える。「ほんとに、信じて下さい。ほんとに。なんでこうなっちゃうんですか?これ、誰がこの『懲戒の対象となる言動』という書面を作ったんですか?この文。」
 熊本委員長、「何がですか?」、「これは懲罰委員会で、事情調査をして、作りました。」と何食わぬ顔で答える。
 小平、「すごいですね。これすごいですよ。先生怒られますよ。事実じゃないですから、本当に。」と。
 熊本委員長、「分かった、分かった。そんならそれで、文書で提出しなさい。」
 そして熊本委員長が、『懲戒の対象となる言動』を読み終える。

 小平は質問する。「どなたがこれを、僕がこういうことをやったっていう風に、どなたが訴えているんですか?」
 熊本委員長、「それぞれの方々から全部、あった話だよ。」

 小平は、“『懲戒の対象となる言動』の書面に書かれた人物が小平を訴えた”と聞き、衝撃を受ける。その人物とは、原田会長、長谷川学会本部長(現・理事長)、青森事務総長(副会長)、宮城第一庶務室次長(副会長)、鳥取第一庶務局次長(副会長)など学会本部の最高幹部たちである。また、「対象となる言動」は、約1年半の間に起ったバラバラの出来事を、箇条書きで列挙されている。そして今、いきなり一括りにされて懲罰事由とされているのである。

 小平は焦った。「それぞれの方々が、いきなり全員で、いきなり懲罰委員会の委員長に訴えたんですか?」
 熊本委員長、「そんなことをね、別にあなたに申し上げる必要はない。こういう事実がありましたかと、これは事実ですかと。事実でないと言うなら『事実でない』、それは事実とちょっと違うって言うなら、『違う』と弁明すればいい。」
 熊本委員長は小平の質問には全く答えない。
 小平は必死だった。自分に負ける訳にはいかないのだ。何もせずにいたならば全てが事実になってしまう。懲罰を与えられ、解雇になる可能性すらある。

 小平は必死に尋ねる。「これを突き付けられて、もし弁明書を出さないとなるとどうなっちゃうんですか?」
 大分職員局長、「認めたっていうことになる」
 小平、「これを認めたっていうことになっちゃうんですか!?」
 大分職員局長、「当然。だから弁明の機会を与えている、一方的にならないように。それが民主主義でしょ。」

 こうして私たちは、平成23年7月末までに、『懲戒の対象となる言動』との書面に対して弁明書を作成し、提出することになる。
 このような懲罰委員会のやり方は、小平だけでなく滝川、野口、茨城氏に対しても全く同様のものであった。

 懲罰委員会は、懲戒対象者である私たちから事実確認をする前に、既に『懲戒の対象となる言動』との書面を作成していた。「調査」の段階であれば「懲戒の対象となる疑い」があるに過ぎない。なぜ、すでに「懲戒の対象となる言動」とされているのか。事前の調査などまともに行なっていないことを感じてならなかった。
 懲戒対象者である私たちに何も確認をせず、もう一方の当事者のみ話を聞き、私たちに“懲戒の対象行為がある”と決めつけていたのである。しかも、その内容を面談の前に知りたいと要請したにも関わらず拒否。そして面談当日に不意打ち的に突き付け、事実の有無の言質のみを取ろうとする。
 初めから“結論ありき”であると感じてならなかった。もはや、私たちを辞めさせようとしている。

 懲罰委員会が作成した『懲戒の対象となる言動』の実態

 面談を終えた私たちは、懲罰委員会から渡された『懲戒の対象となる言動』を何度も読み返した。明らかに事実を歪められている。明らかに不当な評価をされている。なぜこのような書かれ方をされ、懲罰に掛けられなければならないのか、不思議でならなかった。
 懲罰委員会は、この『懲戒の対象となる言動』に対し、私たちが弁明しなければ事実として認定すると明言した。事実が全くのウソか、著しく捻じ曲げられた懲戒事由について、私たちは、懲罰委員会を納得させる効果的な弁明をしなければ、それだけで何らかの懲戒処分を受けなければならない状態に置かれた。伝わる弁明でなければ解雇という最悪の事態も考えられる。

 『懲戒の対象となる言動』には、私たちが役職解任処分を受けた以降の平成21年11月から平成23年5月までの約1年半の間に、私たちが池田名誉会長の秘書たち(長谷川学会本部長、宮城第一庶務室次長、栃木副理事長、鳥取第一庶務局次長)に対して、池田名誉会長宛の手紙の受渡しを懇願した行為が取り上げられている。その他、原田会長をはじめとする本部執行部や最高幹部の方々(原田会長、正木理事長、青森事務総長、岩手聖教新聞社編集総局長(本部指導監査委員会副委員長)、高知副会長)に対して“一度話を聞いて頂きたい”と懇談をお願いした行為もあった。
 しかし、本部執行部に一言声を掛けたことが「面談を迫った」とされ、名誉会長秘書からの叱責を謹聴していたことが「口論になった」とされた。そして名誉会長秘書にただ手紙を渡そうとした行為を「手紙の受け取りを執拗に迫る」と記載され、事実が著しく歪曲されていた。
 さらに、『懲戒の対象となる言動』に記載された内容は、日付が特定されていないものや間違えたものまであり、極めて杜撰なものであった。その場に居ない滝川が居たとされる項目もあった。何を根拠に、誰の証言で、この書面が作られたのかが一切不明の信用性に欠ける内容だったのである。

 そもそも私たちが、名誉会長秘書を介して師匠に手紙でご報告する行動を貫いてきたのは、平成14年から23年にかけて、総勢数十人に及ぶこととなった本部職員が関与する「一連の本部職員の問題」を、本部執行部が隠蔽しようとしている実態があったからである。
 平成20年、本部指導監査委員会は、「一連の本部職員の問題」の発端となった、平成14年6月当時に学生部全国幹部であった本部職員の千葉氏と静岡氏が青年部人事委員会を通さず、恣意的に行なった“長野全国副学生部長の総県学生部長代行人事”などの不正人事を隠蔽した。
 他方で、平成16年9月から平成19年9月の3年に渡り、本部職員の和歌山氏や公明党職員の佐賀氏が会合の場で会員京都氏や茨城氏を実名で誹謗中傷し、名誉毀損する行為を繰り返したことに対し、勇気を出して声を上げた会員(京都氏、兵庫氏、木本秀信氏、島根氏)や職員(小平、滝川、野口、茨城氏)を「問題グループ」と認定し、互いに連絡を取り合ってはならないと徹底するとともに「一連の本部職員の問題」に対して以後一切声を上げてはならないとの誓約書を書かせようとしたのである。そうすることで、「一連の本部職員の問題」に蓋をしようとしたのである。
 会員たち(京都氏、兵庫氏、木本秀信氏、島根氏)や私たち職員(小平、滝川、野口、茨城氏)は、こうした本部指導監査委員会の結論には従えなかった。
 会員同志たちは、不当な誓約書ゆえに誓約出来ないことで役職解任処分とされ、さらに不当な仕打ちを受け続け、それでもなお、己に負けず純粋に信仰を貫いていた。しかし、地元組織の対応は、その会員たちのレッテルを剥がすことなく、村八分の状態にし続けた。
 本部職員である私たちは、そうした状態が師匠の命である創価学会の中で絶対にあってはならないことだと思い続けてきたのである。だからこそ、考えられ得る限りの本部職員の幹部の方々に相談してきた。しかし、本部職員の幹部は私たちの相談に対して、対応するどころか、ことごとく拒否か無視であった。
 こうした経緯から私たちは、已むに已まれず、師匠に手紙で報告することを決意し、罰を覚悟で行動してきたのである。
 それとともに、私たちは原田会長を始めとする本部執行部や最高幹部の方々とも対話をしなければならないと考えた。対話をし、本部職員と学会本部の問題点をお伝えし、官僚的かつ硬直化した本部を変革していく端緒としていきたいとの思いであった。そして、自分たちに誤りがあれば指摘して頂き、人間革命していくことも伝えさせて頂きながら、真実を追求するための対話をお願いしてきたのである。
 しかし、原田会長を始めとする本部執行部や最高幹部の方々は、私たちの懇談のお願いに対して、拒否か無視をし続けたのである。さらには、懲罰委員会が動き、私たちの行為は懲罰に掛けられたのである。
 懲罰委員会は、私たちの行為の動機や目的は度外視し、『懲戒の対象となる言動』に私たちの行為の態様が問題であるかのように記載した。そして、まるで私たちが本部最高幹部たちに迷惑行為を行い続けたかのようなストーリーを作出したのである。

 本部の最高幹部たちは、私たちが九州や四国に配置転換されても名誉会長秘書らに手紙を書き続け、面談を求め続ける行動を目の当たりにし、いつしか師匠に報告が届いてしまうことを危惧したのではないか。そして、懲罰委員会を動かし、懲罰委員会という権力を使って私たちの行為を抑えつけようとしたのではないか。

「一つ言われたら、十を言い返せ!相手が十を言ってきたら、百を言い返すのだ!卑劣なデマや嘘に対しては、痛烈に打ち返せ!この破折精神こそ、正義を守る根本である。」(名誉会長指導)

 師匠の仰せ通り、会員同志に尽くし抜き、間違っているものは間違っていると叫ぶのは、今しかない。
 4人は各々、配置転換先の地方に戻ると、連日連夜、必死の弁明書作成の作業に取り掛かるのである。



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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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