第8 「先生に御迷惑をかけてはいけない」を口実に職員の不正を隠蔽する学会本部の体質(H22.4~H22.8)

「師匠の一言を、私は『その通りに』全力で実行してきたつもりです。
『その通り』に実行するから『師弟不二』なのです」(名誉会長指導)

    尊き我が人生を
    最極の「師弟不二」に生きると
    決めたならば
    師の指導を「その通りに」
    実行することだ!

    嘘と言い訳で己を誤魔化す
    偽善者に
    嘲笑され 馬鹿にされても
    師の仰せ通り
     「師子王は百獣におぢず」と
    一人、厳然と立ち上がるのだ!

    同志(とも)よ!
    立ち塞がる壁が
    強大であったとしても
    「不二にまさる強さはない!」
    「師弟とは『師子』である!」と
    真実の声をあげながら
    不二の心で 
    創価の未来を開くのだ!!


 小平の九州での戦い
 平成22年4月1日、小平は縁もゆかりもない九州・福岡県の九州文化会館事務所に赴任となる。友人、親類は一人もいない。
 九州文化会館の最初の全体朝礼。
 小平は「会員同志のために全力で戦わせて頂きます」と挨拶。今後、いかなる苦難があっても、絶対に自分に負けないとの決意を込めた。
 会館内にある食堂で、同会館に勤める九州青年部の最高責任者である某九州青年部長と初めて対面する。
 小平は、「九州の地で、全力で戦います」との決意を伝える。そこで、平成21年4月1日に男子部役職を全て解任になっていることを伝えた。
 すると九州青年部長はこう話した。
 「君の話は完璧に聞いている。」と。
 学会本部から、どのように九州幹部に伝えられているのかは分からない。しかし、小平は九州青年部長にこれまでの経緯を正確に知ってもらいたいと思った。
 小平、「一度私の話を聞いて頂けないでしょうか」
 青年部長、「まずは生活と仕事だ。時間はかかるが、信用されるようになれ。」と。対話の約束は叶わなかった。
 そして、九州で所属した現場組織の男子部幹部からは、「九州青年部長から話は聞いています」、「座談会と本幹だけ参加してください。・・・仕事を頑張ってください。」と言われ、男子部活動はさせてもらえないことになる。
 事実上、謹慎処分と変わらない状況であった。
 初対面で、一度も自分の話を聞いてもらっていない。しかし、すでに自分がどういう人間なのか判断されてしまっている。
 「認識せずして評価するなかれ」(牧口初代会長)

 これまで学会本部の職員の中で感じてきた、“認識しないで(話を一度も聞かないで)評価を下す”この体質を、この九州の地でも感じた。

 日中の職場では、新しい仕事を覚えることから始まった。会館備品などを購入、管理する業務を担当。地名も道も分からない。しかし、懸命に県内の20か所の会館を自分の車を使って走り回った。
 終業時間になると、同僚たちは組織の活動に駆け出していく。しかし、小平には活動がない。本部職員なのに、組織のために戦えない申し訳なさに、心が痛んだ。
 役職解任となった小平は、連日深夜22時過ぎまで働き、一人暮らしの部屋に帰る。家に戻ると、故郷の会員や同志を想い、深夜まで題目をあげる。

 そもそも、会員たちは「師匠ならばどうなされるか」という一点を考え抜き、本部職員の不正を隠蔽し、会員たちを反逆グループに仕立て上げた偏頗な監査の結論に誓約できなかっただけである。
 しかし、そのことで、組織で反逆者のレッテルが貼られ、会合の連絡すら来ないという不当な扱いを受け続けている。
 だがそれでも会員たちは、師の仰せ通りに行動しようと、題目を上げ抜きながら、必死に誤解や偏見と戦っている。折伏に挑み、 先生の指導を学び続けている。会員たちを思うと、いつでも胸が締め付けられた。
 何としても、純粋な会員たちの無実を証明したい。それが出来なければ、自分は職員でいる意味などない。
 一刻も早く、今の創価の現状を師匠にお伝えし、会員たちの正義を証明しなければならない。

 九州に来る直前、師匠の側近である山梨女史の娘埼玉さんと会った。そして、脅迫的な監査面談の録音テープを聞いてもらい、監査の実態、職員の不正を伏せる監査の結論、師匠に報告を届けない最高幹部たちの実態について、山梨女史に相談させて頂きたいことを伝えていた。
 埼玉さんは、「母には伝えます。どんな結果であれ、必ずこちらから連絡します。」と約束してくれていた。
 九州に来た小平は、埼玉さんから連絡の電話が来るのを今か今かと待つ。しかし、来る日も来る日も連絡は来なかった。

 1か月が経った。
 平成22年5月5日、小平は、埼玉さんに率直な思いを伝えようと手紙を書く。
 「師匠池田先生は一人の会員を護るために、弟子が勇気を出して声を上げることを、ずっと見守り、待たれています。勇気を出し、先生にありのままをお伝えしたならば、先生は必ず必ず喜んでくださると確信しています。」と。
 埼玉さんに直接関係のない話で埼玉さんを煩わせてしまっていることは重々承知している。簡単に解決する問題ではない。山梨女史への伝言を頼んでしまい、本当に申し訳ないという思いである。
 しかし、師匠と名も無い民衆によって築かれた麗しい創価の世界で、本部職員によって会員が苦しめられ、そのことを師匠に一切お伝えしないどころか、意図的に握りつぶしている現実を見てしまった。この師の仰せに反する創価の現状を何としても師匠にお伝しなければならない。
 「破壊は一瞬」である。
 このままでは師弟の創価が壊れてしまう。師匠に報告できるならば、自分はどんな仕打ちも受ける覚悟である。
 埼玉さんは「どんな結果であれ、必ずこちらから連絡します。」と真剣な眼差しで伝えてくれた。埼玉さんが山梨女史に何も伝えないことは考えられない。埼玉さんが返事をくれることを信じる以外にない。

 さらに1か月が経つ。しかし、埼玉さんからの返答は来なかった。
 埼玉さんは、山梨女史から良い返事をもらえず、こちらに連絡するかどうか葛藤しているのではないかと感じられた。
 しかし、埼玉さんは、監査面談での監査委員の脅迫的な言動のテープも聞いた時、明らかに顔を曇らせていた。そして、「必ずこちらから連絡します」と言ってくれた。埼玉さんを信じたい。
 平成22年5月30日、小平は、もう一度手紙を書く。
 「会員同志は、ただただ『先生のために』と毎日題目を上げながら必死に誤解や偏見と戦っています。それは当事者でなければわからないほどの、もの凄い重圧です。この現状に、私はいてもたってもいられないのです。もうこれ以上、創価の中で会員同志が苦しめられる状況を、何としても食い止めなければならないと思っているのです。」と。
 そして、「埼玉さん、先生の命である創価を、ともに護って頂けると嬉しいです。」と。

 それから約1か月半が経った。しかし、埼玉さんから返事が来ることはなかった。
 この頃、師匠は6月度の本部幹部会に対し、『弟子たちが、本気になり、一丸となって、不惜身命の祈りと行動を起こしてこそ、真実の勝利がある。』『私は、きょうは、あえて出席いたしません。』とメッセージを寄せ、欠席される。
 師匠は、あえて本部幹部会を欠席し、弟子一人一人が戦いの全責任を担って勝利できるよう厳然と指揮を執ってくださっている。 師は一人立つ弟子を待たれている。
 師匠の仰せどおりに正しいと信じることを諦めずに戦い抜くのか、それとも現状に追随し、諦めるのか。
 絶対に諦めてはならない!自分に言い聞かせた。

■ 名誉会長側近の鳥取副会長に相談
 平成22年8月、小平が九州に異動してから4か月が経っていた。埼玉さんからの連絡はなく、側近である山梨女史から師匠に報告してもらうことができずに時間が過ぎていく。
 学会本部では一人残った野口が、何度原田会長に面談を懇願しても追い返され、手紙すら受け取ってもらえない。滝川に至っては、原田会長から「帰りなさい!」と連呼される中で、会長秘書から羽交い絞めにされ、事務所を追い出される事態にまで及んでいた。
 どなたか、師匠に今の学会本部の実態を報告して頂ける人はいないのか。小平、滝川、野口、茨城氏の4人は、祈り、悩み、葛藤し続けていた。そして、皆で話し合う中で、師匠の秘書で信頼できる第一庶務室の鳥取副会長に思いが至った。

 鳥取副会長は、常に師匠に同行し師のそばで働く激務の人である。それでも時間を見つけては学生や若手職員に声をかけ、一緒に食事をしながら親身に話を聞いてくれる青年部職員にとって良き先輩であった。
 鳥取副会長を尊敬し、慕う人も多く、今後の創価学会にとって最も重要な人だという声もあった。学会本部の中では、皆が一目置く存在であった。
 鳥取副会長は、業務で体力を使うことが多い野口の健康を気遣い、新入職員の頃からよく励ましの声を掛けてくれた。ある時、食堂で同席した鳥取副会長は、野口の母親の体調が優れないことを聞き、すぐに護符を手配してくれた。そうした鳥取副会長の心遣いに野口は感激し、親近感を覚え、信頼を寄せていた。
 鳥取副会長であれば、組織のしがらみに惑わされることなく、正視眼で問題の本質を見て下さるに違いない。そして、自分たちが抱える創価の問題に対する苦悩を理解してくれるのではないか。
 私たちは、鳥取副会長宛てに、すぐに手紙を書く。
 「結局、本部指導監査委員会が誓約書で護っているのは、いち会員さんではなく、組織を使って同志誹謗を繰り返した本部職員および、それに連なり問題を伏せてきた多くの本部職員幹部であると感じたのです。その誓約書に誓約することは職員の不正を看過することであり、私たちの職員生命を自ら断つことと同じであると私たちは感じたのです。」と。
 そして、こう書き綴った。
 「私たちは自分たちがすべて正しいと思っているわけではありません。ただただ『先生であればどうなされるのか』を常に考え、真剣に祈り、行動するよう努めてきました。」、「話を聞いていただけるだけで構いません。私たちはただただ先生のため、創価のために戦う決意です。」と。

 平成22年8月11日の就業時間開始前、野口は手紙を携えて、学会本部の5階の広宣会館で行なわれる朝の勤行会に出席し、鳥取副会長に声を掛ける。
 「すでに聞いているとは思いますが、昨年の4月に全役職解任となり、今は一部員として戦っています。ただ地元組織では、未だに職員の不正に声を上げた純粋な会員さんが、無視をされていじめの様な状況が続いているのです。見過ごすことはどうしても出来ないのです。鳥取さんに是非一度、お話を聞いて頂きたいのですが。」と。
 すると、鳥取副会長は目をそむけ、「また今度にしよう。朝の仕事の準備もあるし。」と答えるだけでその場から去ろうとする。
 ご多忙な人だ。野口は、もともとその場で話ができるとは思っていない。
 事前に用意してきた手紙を差し出し、「お忙しいのは重々承知の上でお願いしています。どうか手紙を書いてきたので受け取ってください。なぜ鳥取さんに話を聞いて頂きたいのか、思いを書いてきました。」と伝える。
 すると、鳥取副会長は語気を強め、「受け取りません。君たちのやり方はフェアじゃない!はっきり言って破和合だ!」と態度を一変させる。
 普段の柔和な鳥取副会長からは想像もつかない姿だった。
 鳥取副会長には、一度も本部指導監査委員会が取り上げた一連の問題について、話を聞いてもらったことがない。それにも関わらず、突然「破和合」と非難されることが理解できない。野口は一瞬、頭の中が真っ白になった。

 野口はその場を去ろうとする鳥取副会長に向かって、必死に尋ねる。
 「どこがフェアじゃないか教えて下さい。なにが破和合か、教えていただきたいので一度話を聞いて下さい。」と。
 しかし鳥取副会長は、「ダメだ!破和合だ!師敵対なんだ!」と繰り返す。
  “師敵対”。師匠は自分の人生の中心軸である。いくら鳥取副会長でも、許せない言葉だった。
 野口は必死に、「師敵対とはどういう意味ですか。監査に誤解があったことを、話を聞いて欲しいのです。」と訴えかける。
 鳥取副会長は一瞬立ち止まり、険しい目つきで、
 「誤解なんかない!破和合だ!野口がそういう事をするとは私だって残念な気持ちなんだ!」と言い、階段を下り始める。
 このままでは終われない!
 野口は、階段を下りながら必死に「鳥取さん、手紙だけでもまずは読んでください。お願いします!受け取ってください!」と懇願する。
 しかし、鳥取副会長は2階に着いた所で、「受け取りません。はい、終わりです!」と付いて来る野口を制し、そのまま第一庶務室の事務所へと向かう。
 もはや、まともに話ができる状態ではなかった。
 野口は、手紙を握りしめたまま、「鳥取さん、鳥取さん、また宜しくお願いします!」と言って頭を下げた。

 野口は思った。“自分はいくら批判されても構わない。しかし、せめて「破和合」「師敵対」と批判する理由を伝えてくれても良いのではないか。”と。
 正しい指摘であれば真摯に受け止めて反省しなければならない。
 しかし、間違った批判ならばすぐに対話し認識を改めてもらい、真実を理解して頂きたい。
 しかし、その対話が出来ないこと自体に大きな問題があるのだ。
 学会本部の中に率直な対話がない。「分からないから教えてほしい」と話すと「指導に従わない」とされてしまう。その考えが、本部を硬直化させているのだ。

 その日、野口から鳥取副会長とのやり取りを聞いた茨城氏と滝川は、話を聞く前から、野口を「破和合」「師敵対」と批判する鳥取副会長に疑問を感じた。
 ここでも、“認識しないで(話を一度も聞かないで)評価を下す”という、これまで体験してきた職員の体質を感じてならなかった。
 話も聞かずに「君たちのやり方はフェアじゃない!はっきり言って破和合だ!」とまで言う鳥取副会長に、真意を聞かなければならない。

 平成22年8月20日の就業時間開始前、茨城氏と滝川は鳥取副会長宛ての手紙を握りしめ、学会本部の5階の広宣会館へと向かう。 朝の勤行会が終わり、会場を後にする鳥取副会長に声を掛ける。
 しかし、鳥取副会長は、茨城氏と滝川だと分かった途端に顔を背け、「話は聞かない。」、「会長のところへ行きなさい!これは執行部の問題だ。」と言って階段を下り始める。
 茨城氏が、「執行部の問題は鳥取さんの問題ではないのですか」と伝える。
 すると鳥取副会長は、「そうだ!私の問題ではない!」、「とにかく私は関係ない!」と、階段を駆け下りる。
 茨城氏、「鳥取さん、では手紙だけでもお願いします。」
 鳥取副会長、「受け取らない!」
 さらに興奮した鳥取副会長はこれまで見たことのない顔つきで、「攪乱だ!破和合だ!もういい!」と非難する。
 茨城氏と滝川も鳥取副会長の後から階段を駆け下りる。
 茨城氏、「なぜ、一度も話を聞かずにそんなことが言えるんですか」
 鳥取副会長、「話は聞いた!いろんなところから聞いた!」
 茨城氏、「私たちの話を、本人の話を一度も直接聞いて頂いてないではないですか」
 鳥取副会長、「聞く必要はない!聞かない!」
 話を全く聞こうとしない鳥取副会長に対し、茨城氏は、「なぜ、攪乱、破和合だと言えるのですか」と尋ねる。
 鳥取副会長は、階段を下りきった所で足を止め、茨城氏と滝川の方を振り返る。そして、沈黙の後、茨城氏の質問には答えず、突然滝川を指さし、「信頼していたんだぞ!滝川!学生時代から期待してきたのに、裏切られたんだぞ!」と責め立てる。
 滝川は、誤解があるならば解きたいと思った。
 そして、滝川は「鳥取さん、一度でいいんです。一度でいいので話を聞いて下さい!」と必死に懇願する。
 鳥取副会長は、「聞かない!あっちへ行け!2度と私に近づくな!」と、足早に執務場所の第一庶務室に入っていった。

 滝川は、鳥取副会長が私たちと関わること自体を必死に避けているように感じてならなかった。

 鳥取副会長に九州の小平が会いに行く
 小平は、野口、滝川、茨城氏から、鳥取副会長が全く話を聞かず、手紙も受け取って頂けず、さらに、「破和合」「師敵対」であると罵倒した様子を聞いた。しかし、信頼する鳥取副会長が全く話を聞かないということを、どうしても信じることが出来ない。小平は、自分の目と耳で真実を確かめねばならないと思った。
 小平は学生時代に学会本部の人材グループ「池田学校」に所属し、そこで鳥取副会長と知り合う。鳥取副会長は小平と会うといつも激励してくれ、海外短期留学に行く際には個人的に餞別までくれた。
 小平が職員となった後も、小平の父が病気となり、母、妹と共に師匠に報告するために学会本部を訪れた際、鳥取副会長は第一庶務として快く応対してくれた。多忙な中にもかかわらず、小平の家族を学会本部5階の広宣会館まで案内し、一緒に題目を唱え、護符を手配して励ましてくれた。
 小平は、鳥取副会長と10年以上にも渡るこうした関係があった。だからこそ、自分に対しては発言の真意を話してくれるのではないかと思った。

 鳥取副会長が、自分たちに反省するべき点があると感じているならば教えて頂きたい。また、そこに誤解があるのであれば、その誤解は何としても解きたい。そして、なによりも無実の会員が苦しみ続けている一連の問題について何とか相談に乗ってもらいたい。

 平成22年8月28日土曜日、九州から上京した小平は、就業時間開始前の8時15分頃、鳥取副会長に話を聞いてもらう約束を取るために、学会本部B1の常修室に赴く。
 しばらくすると、鳥取副会長が常修室に現れる。20分ほど一緒に題目をあげる。常修室から退出しようとする鳥取副会長に小平は後ろから声をかけ、常修室を出たところで挨拶する。

 小平、「鳥取さんお久しぶりです。鳥取さんにどうしてもご相談したいことがあり、九州から参りました。なんとかお時間をつくっていただき話を聞いていただけないでしょうか」
 しかし、鳥取副会長は小平を指さし、意を決したように、「私は話を聞きません。話はいろんな所から何度も聞いた。本部の決定に従いなさい。はっきり言う、本部の決定に従うんだ!」と言う。
 話を全く聞かずに、「本部の決定に従うんだ!」という鳥取副会長の言葉に、小平は一瞬言葉を失った。
 小平は必死に伝えた。「本部の決定に従うことが当然だと思っています。本部の決定に従いたいのです。しかしその本部の決定が間違っていたのです。本部指導監査委員会の判断に間違いがあったのです」
 鳥取副会長は目を見開き、「そんなことはない。君が間違っている」
 小平、「そうではありません。話を聞いて下さい。僕は先生に誓って間違ったことはしていません」
 すると鳥取副会長は、「そうだ君は先生の弟子だろ!本部職員だろ!だったら本部の指導に従いなさい!なぜ本部の決定に従わないんだ!弟子の行動ではないではないか!君は本部職員なんだろ!」と話す。

 小平は真逆であると思った。先生の弟子であるならば、本部が間違った結論を出した時には、たとえ一人であっても、声をあげることが重要だと師匠は仰っている。
 学会本部の最高幹部たちが話を一切聞かず、師を使い、問答無用に従わせようとするやり方を用いるのであれば、やがて組織は硬直化し、腐敗、堕落する。

 小平は必死に訴える。
 「先生の弟子だからこそです。本部職員だからこそです。先生は会員のために本部職員がいると言われています」と。
 鳥取副会長、「それが違うんだ!先生の弟子だったら本部の決定に従うのが当然なんだ!」
 小平、「僕はそうは思いません。先生はたとえ本部であれ、間違った結論を出せば声をあげろと言われると思います」
 Y副会長、「弟子として先生に迷惑をかけてはいけない!当然ではないか!なぜそれがわからないんだ!」
 小平はその言葉を聞き、学会本部の不正や本部職員の不正に声を上げた会員が不当に処分されている一連の事実が、師匠には伝わっていないのではないかと感じた。
 率直に尋ねる。
 「先生はこのことをご存知ないのですか?」と。
 すると鳥取副会長は、「当たり前だ!こんなことを先生に伝えようとすること自体が狂っているんだ!君がここまで狂うとは思わなかったぞ!師敵対だ!」と即答する。
 さらに鳥取副会長は、「私は君に裏切られたんだ!会長に行きなさい!私には関係ない」、「話は聞かない!何度でも会長に行け!」と連呼する。
 そして第一庶務室に通じる階段を上り始め、「ここからは第一庶務だ!入って来るな!帰れ!」と叫びながら第一庶務室のフロアーへ去っていく。

 やはり師匠には、一連の問題の報告が一切届いていない。師匠は平成14年6月26日の職員全体会議で、「次の百年のため、悪い職員がいたら報告しなさい」、「手紙をよこしない。真実の手紙を。間違っていたら絶対に信用しないよ。」と仰った。そのことは鳥取副会長が知らないはずがない。
 それにも関わらず、職員である多くの青年部最高幹部が起こした不正について、師匠にお伝えしないということが、師匠の秘書として許されて良いことなのか。

 「幹部は、自分の立場を守るために、悪い報告を握りつぶすようなことがあっては絶対にならない。その体質が最も危険なんです。」(名誉会長指導)

 会員と先生をつなぐべき第一庶務室の中でも、常に師匠の近くで師匠の秘書として仕事をする鳥取副会長が、職員の不正に関する手紙(内部通報)を受けたならば、師匠に報告すべきことは当然である。
 しかし、鳥取副会長は、その報告を受け付けることさえしない。
 師匠は、本部の中に兆す隠蔽体質を最も危惧されているのだ。

 本部執行部も、師匠の側近たちも、本部指導監査委員会が隠した職員の不正と、無実の会員が役職解任となり不当に扱われている実態を、監査から2年経っても師匠にご報告していない。
 この状況を師匠が正しいと仰るとは思えない。いや自分には、師匠が激怒されるようにしか思えない。
 学会本部の最高幹部たちは皆、「弟子として先生に迷惑をかけてはいけない」と言う。さも師を想うふりをして、自らの責任が問われる問題をただ隠したいだけではないか!
 自分はここまで学会本部の実態を見させて頂いた。たとえ身は九州の地にあっても、何としても、師匠に今の学会本部の実態を全て報告させて頂かなければならない。そして、自分が体験した学会本部の問題を改善していかなければならない。
 何としても対話の道を切り拓く!
 そうでなければ、どうして偉大な師匠の弟子であると言えるのか!

■ 小平が原田会長に会いに行く
 第一庶務室の鳥取副会長から、「これは執行部の問題だ」、「何度でも会長に行きなさい」と言われた小平は、原田会長に会いに行くべきか、祈り考えた。
 原田会長は、野口と滝川が面談のお願いをしに行った際、話を一切聞こうとしない。それだけでなく、「反省したのか!」「反省文を持ってこい!」と怒鳴りつけ、手紙すら受け取っていない。
 自分が原田会長に会いに行っても、野口、滝川と同様に、全く取り合ってもらえないのではないだろうか。
 いや、これまでも、たとえ話ができる可能性が低くても、然るべき人には勇気を出して当たってきた。自分が勇気を出して行動した分だけ、創価が前進すると信じ続けてきた。一度で駄目でも、二度、三度と懇願してきたんだ。

 「牧口先生は“下から上を変えていけ”と言われた。上に対しては、どんどん意見を言う。おかしいと思うことがあれば、正していくことだ。もちろん、単なる感情や、自己中心的な考えによるものであってはいけない。互いに建設的な意見を言い合えるところは伸びていく。一度で聞かなかったら、二度、三度と言っていくのだ。それは『ケンカ』ではないし、ただ『逆らっている』のとも違う。」(名誉会長指導)

 原田会長と一度でも話が出来れば、会長の誤解を解くことが出来るかもしれない。そうすれば、自分が見てきた学会本部の問題点、職員の問題点を伝え、解決の端緒としていくことが出来る。自分にやれることがあるのに、もしやらなければ、それこそが師敵対である。
 鳥取副会長の「何度でも会長に行きなさい」との言葉は、妙法が、自分が行なうべき正しい行為を指し示しているのではないかと思えた。
 必要なのは、勇気だ!たとえ拒否され、罵倒されたとしても、諦めずに二度、三度と正しいと信じる行動を貫くことだ!最大の敵は、諦めるという己の弱き一念だ!!
 断じて、原田会長に面談の約束を取りたい!
 小平は、学会本部の原田会長を訪ねるため、福岡空港に向かったのである。


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プロフィール

Author:創価学会元職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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