第3 誓約しない職員に対する学会本部の動き(H20.12~H21.12)

「常に人間は、人びとの幸福のために、平和のために、勇気の叫びをあげていくべきだ。英知の言葉を発していくべきだ。ともあれ、行動だ。生きるとは戦うということなのだ。」(名誉会長指導)

 決して完璧な人間などいない。
 不完全であるがゆえに、信仰がある。
 不完全であるがゆえに、戦いがある。
 不完全だからこそ、師匠がおられる。
 不完全だからこそ、人生の価値がうまれる。

 組織もまた同じである。
 未完成なるがゆえに、創価三代の不撓不屈の戦いがあった。
 未完成なればこそ発展があったのだ。

 ならば、君よ!
 愚痴を排し!批判を排し!
 未完成を完成へと変革しゆく戦いを起こすべきだ!
 正義と信じる行動を君が起こすべきだ!
 弟子が戦い続ける限り
 創価こそ正義だ!!
 弟子が戦い続ける限り
 未完成こそ完成なのだ!

 ゆえに
 君よ!
 君の中に創価があり。
 君こそが創価学会である。
 君の変革こそが、創価の発展であることを
 片時も忘れてはならない!


 地域組織の問題でありながら、職場での職務審査が始まる。何としても誓約させようとする本部の姿勢を感じた。
 職員規律委員会から要求された陳述書の提出。
 おかしいものはおかしい。覚悟は決まっていた。とにかく誠実を尽くし、自分が正しいと思うことは全て伝えようと誓った。1か月間、全魂込めて陳述書の作成に向き合う。
 決して、自分が全て正しいと考えている訳ではない。いや、むしろ、欠点だらけの自分である。失敗だらけの自分である。
 ゆえに、自分に至らない点が無かったと言うつもりは全くない。
 しかし、自分に至らない点があれば尚更のこと、それを改善していくためにも、具体的に何が問題であったのかを知る必要がある。
 そうでなければ、自分の行為を具体的に振り返ることも、真摯な反省をすることも不可能だ。
 しかし、本部指導監査委員会の審査では、相手方とされた職員幹部たちが私の何を問題として訴え、どのような主張をしているのか、その肝心な内容が伏せられていた。監査から出された書面は何一つ無く、何が認定され、何が否認されたのか、一切不明であった。

 その上、本部指導監査委員会の結論は、誓約書にサインをするというやり方で当事者双方に反省を迫り、喧嘩両成敗で終わらせるという内容であった。
 会員を傷つけた職員幹部には“誓約という形だけの反省”を促し、傷つけられた会員には不条理な反省を迫り、双方の誓約によって問題を終わらせる。
 そして、その誓約書には、この問題には二度と触れるなと。

 一番傷つけられた人間、それは幹部との繋がりを持つ本部職員ではない。何の繋がりも持たない会員である。
 監査の結論は、職員幹部にとっては免罪符であり、会員にとっては“泣き寝入りしろ”との通告である。会員第一の創価の中で絶対に許される判断ではない。
 
 現に、反省し謝罪したとされた静岡男子部長は、その後、私たちの所属する地域組織で、「じきに正邪がはっきりする」「彼らも強がっているだけで、根は弱い。もうすぐ泣きを入れて詫びてくる」と、私たちへの批判を繰り返した。本部指導監査委員会の裁定は、何の問題の解決にもなっていなかった。

 精査された内容が全く見えない監査。監査委員が提示したことにただ黙って頷いてさえいれば終わる監査。
 我々が職員の世界で感じていた点も全く同じだった。上の言うことに従ってさえいれば、どんなに重大な問題を起こしても、伏せられ終えられる。そして守られる。
 反対に、従わなければ、たとえ正論であっても端に追いやられ、排除される。結果的に、上(幹部)の言うことに対して意見すること自体が、問題とされる。
 しかし、正しいものは正しく、間違っているものは間違っている!

 自分の思いと考えを素直に書き出し、職員規律委員会に提出した。どのような処分が下されても悔いはないと思えた。

 平成21年4月15日、職員規律委員会での審査の結果が通知される。
 「職員として問題なし」
 不思議と本部指導監査委員会の判断と相反するものとなったのである。
 「よからんは不思議わるからんは一定とをもへ」 我々は心から喜んだ。

■ 池田名誉会長に報告が届かない学会本部の実態

  「職員として問題なし」との結論が職員規律委員会から出された半年後、突然、最高幹部からの批判が始まる。
 平成21年10月29日、青年部職員の会合に青森副会長が出席。
 そこで「君たち職員の中に本部の決定に不満を持ち、声をあげている者がいる。学会指導をいまだに受け入れない者がいる。これは由々しき事態だ。」と発言。暗に私たちを非難するものだった。
 一刻も早く誤解を解かなければならない。足が震えながらも青森副会長に会いにいった。「一度話を聞いて頂けないでしょうか」と。
 すると「私が会うのはダメに決まっているじゃないか。」「行動に気を付けた方がいいぞ!」と一蹴。
 さらに数日後、今度は正木理事長も職場の朝礼で、私たちを暗に非難する。
 「最近、各組織の様々な問題に携わる中で、一つの共通する問題がある。それは、『自分たちが最も先生のことが分かっていると勘違いをし、池田先生はこう言っていると幹部を批判する点』にある。」と。
 公の場での批判。幹部批判ではない。真実を知りたいだけである。はやく誤解を解かねばならないと思った。
 対話をし、批判をする理由を聞かなければならない。題目をあげ抜き、理事長に会いにいく。
 すると理事長は、「全体には話すけど個別には話さない。」「ダメだ!ダメといったらダメ!」と話し、去っていく。
 
 どの最高幹部も対話を拒否する理由が分からない。話しすらまともにしてもらえない。しかし、最高幹部は公然と批判を繰り返す。職場も同僚も明らかに自分を避けていく。
 おかしい。これは絶対におかしい。
 職員規律委員会では「職員として問題なし」と結論されたはずだ。普段何気なく話せた人も、話すことが危険なのか、あからさまに避けていく。
 自分が自分に負けてしまいそうだった。通勤の途中、仕事の最中、題目しかなかった。

 師匠の言葉が甦ってきた。
 「何かあれば長谷川副理事長(現・理事長)に言いなさい。そうすれば私の所にくるから。ちゃんと調査します。でも嘘があったら厳しくするよ。そうじゃないと公平じゃないからね。」と。
 自らを懸け学会に全てを捧げる覚悟で、監査の問題、そして対話をしてもらえない最高幹部の姿を師匠に知って頂こうと決めた。

 平成21年12月14日、私たちは、長谷川副理事長を訪ねた。やはり自分は弱い。緊張して足が震えた。

 “持参した手紙を読んでもらいたい、読んで一度話を聞いて頂けないでしょうか”と切り出す。
 しかし、長谷川副理事長は、「先生を利用したら駄目だ」と。
 師匠の指示に反し、報告を拒否したのである。

 あってはならぬ!絶対にあってはならない!師の仰せは我が命をかけても守ることが師弟だ!師弟の創価において、これほどの重い罪はないと怒りに体が震えた。
 悔しさに涙が溢れてきた。絶対に諦めない!
 絶対に絶対に断じて諦めない!

 師匠に報告を届けるためには、一体どうすればいいのか、祈りに祈った。

 原田会長、正木理事長、青森副会長は職場の会合を使って私たちを非難し、誤解を解こうと、直接会って対話を懇願するも拒否。
 師匠が全職員に示された報告ルートである長谷川副理事長も報告を拒否。

 それでも師匠に報告を届けるためには、師匠と常に行動を共にされている側近の方にお願いするしかないと思った。
 私たちは池田名誉会長のご子息であり側近の宮城副会長を訪ねることを決意する。
 会ってくれるのか、話を聞いてくれるのかも全く分からなかった。ただ、自分には前に進む以外に方法はなかった。
 さらに誤解されようが、自分が今できることを懸命にやりきる、それ以外に自身の納得する正義の道はないと思えた。
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第2 誓約しない会員に対する学会本部の動き(H20.5~H20.12)

『まことの「誓い」の種は、必ず花と咲いてゆく。 大事なのは、絶対にあきらめることなき執念と、前進ヘの戦闘を続けゆく負けじ魂だ。』 (名誉会長指導)

『「勝つ」とは、決して「あきらめない」ということだ。 烈風に、いや増して燃え盛る、炎のごとき不撓不屈の闘魂が、勝利を開くのだ。』 (名誉会長指導)

 「師匠に報告が届かない本部の体質」絶対に、絶対にあってはならない。
 しかし、それ以上に
 「報告が届かぬ本部の実態を見て、まことの誓いを捨て、あきらめる己の心」
こそ、最もあってはならない!!
  「今の創価」はその心が創ったのだ。
  「今の創価」は己自身が創ったのだ。
   ゆえに、
   断じて負けてはならぬ!
   断じて負けてはならぬのだ!
   未来の創価のために!
   君が変わるのだ!
   君よ頭を上げよ!
   師の理想とする「創価」を創るのは己自身だ!
   創価の正義を!師匠の正義を!
   命ある限り!我は断じて叫んでみせる!!


 本部指導監査委員会の結論通知の場。私たち3名を含む5名の本部職員は誓約を拒否した。
 監査委員の中心者であった岩手副会長は、当時会長の側近でもあった。
 岩手副会長は私たちの職場の上司に対し、私たちに誓約させるよう働きかける。
 地域組織の問題である。職場の人間には関係がない。どんな罰も受ける覚悟はあったが、お世話になってきた職場の上司から説得されることは、この上なく苦しいものがあった。
 誓約しなかった本部職員5名のうちの一人である秋田氏。
 「誓約書は断じて受け入れられない」と語っていた。しかし、度重なる上司の説得に誓約することになる。
 圧力は日を増すごとに強くなった。
 そして、7月22日、名誉会長が不参加の職員全体会議の席上、原田会長は以下のように語りはじめた。

 「最近、若手職員のなかで、組織の中心者の指導を聞かず、職場の上司の忠告も聞かない者がいます。それで殊更に自分の正義を主張する。それは『学会の指導を守り組織の秩序を守る』という学会員としての最低限のルールさえ逸脱した、職員にあるまじき姿勢であると言わざるを得ません。しかも、その己の正当性を主張するために、あろうことか池田先生のご指導を、切り文的、教条的に、都合よく悪用する。これは悪辣な『師匠利用』だと明確に断ずるものであります。」と。
 この会議終了後、滝川は上司に呼び止められ以下のように伝えられる。
 「あれは君たちに対する話だ」と。

 その日以降、滝川は上司から職場の個室に何度も呼び出される。そこには、上司の他に、地元組織の幹部(職員)が待っていた。
 翌23日、説得は朝から始まり、昼食時間も与えられないまま6時間に渡った。
 滝川は「誓約だけはできません。それが正しい事だとは思えないのです。」
 上司「正しいか正しくないかじゃない。会長が決めた誓約書に誓約しないことが問題なんだ。」
 滝川「話を聞いて頂いた上で、判断されるならば分かります。しかし、そういう監査ではなかったのです。だから再監査をお願いしたのです。私はどうしても誓約は出来ません。」
 上司「とにかく明日までに誓約書を書かなければ辞表をもってこい!」

 題目を上げねば、仕事に行けなかった。
 誓約すれば師匠は喜ばれるのか。いや、どうしてもそうとは思えなかった。
 何度語っても、“事実や経緯がどうかではなく、本部の決めたことに従うか従わないかだ”と話す上司。
 翌24日、滝川が仕事を開始するとまた、上司から呼び出された。
 上司「職場的にも、もう置けない。信濃町にも神奈川にも」「北海道の日本図書の新聞輸送(外郭法人)だ。クビには出来ないが合法的にはそこまでは出来る。」「この職場にはいられなくなるのはもう決まっている。」
 さらに、
 上司「僕の言っていることが分かんないんだったら、職員を辞めていいよ。子供みてーなことばっかり言うんじゃねんだよ。」「局長と私の指導が聞けないんだったら、辞めてもらうってこと。」「僕らも厳しいよ。覚悟しとけ。」

 そしてこの日、同じ職場の小平にも上司は、
 「誓約書を書くように。もし書かないのであれば、辞表を持ってきて自分から職員を辞めるべきだ。」と。

 職場の上司からの説得は続いた。もはや、説得と言えるものではなかった。
 しかし、苦しい時ほど、なぜか不思議と、師匠の言葉が聖教に掲載される。師匠の言葉は実に温かかった。
 
 『人生は、すべて戦いです。なかんずく、正しい人生であればあるほど、激しい戦いの連続である。その使命の闘争を、最後の最後まで貫けるかどうか。ここに、人間としての勝負がある。』(名誉会長指導)

 素直に涙がでた。なんて幸せな自分なんだと涙がでた。
 「先生、先生」と何度も自身に問いかけた。

 “自分はあまりに弱い。しかし、その弱い自分は、偉大なる師匠の弟子である。ゆえに、負けてはならない”

 誓約しなかった公明党の職員である福島氏。
 その職場でも説得は続いた。公明党職員福島氏の上司は、連日、福島氏の席に赴き、肩を叩いて個別に呼び出した。
 「学会側からかなり厳しく言われた」「サインしないなら毎日呼び出して説得する。それでもだめなら引っ張ってでもサインさせる」と。
 上司は、平成20年11月28日には一時間半に渡り福島氏を説得する。それでも誓約しない福島氏。
 しかし、上司は福島氏を連れ、福島氏の自宅を突然訪問する。
 両親を前に、「サインを書かせるという折伏をしに来た。お父さん、お母さんの三人で連合を組んで説得しましょう」と語りはじめる。
 福島氏の母親は、会長にも話が及んでいる事を初めて聞かされる。
 問題の重大さに母は泣き叫び、発狂した。あまりの興奮で呼吸困難になった。 福島氏はその母の姿を見つめる。その姿に追い打ちをかけるように、上司は「サインするまで何度でもやる」と語る。福島氏は誓約する。
 誓約するのも自由だ。むろん誓約しないのも自由だ。しかし、監査委員会の「誓約」には、もはや「誓約する」道しかないではないか!!

 そしてついに、2週間後の平成20年12月15日、本部職員である我々を職員として罰するかどうかを検討する職員規律委員会が動き出した。

 発起人となったのは青森副会長。
 「一連の問題について、職員規律に抵触する可能性がある」と。
 そして、「本部指導監査委員会の結論に伏さない理由」などについて、陳述書の提出を求められる。
 職員規律委員会委員長は、名誉会長窓口の長谷川副理事長(現・理事長)だった。

 心は決まっていた。
 「正しいと信じることを為そう。誠実を尽くし、誠意を尽くし、それで罰せられるなら喜んで受け入れよう。」と。

第1 池田名誉会長に報告が届かない学会本部の実態(H14.6~H24.10)

 現在、師匠の教えを守ろうと懸命に安保反対の声を上げる全国の学会員がいる。
 そんな中、先月末の創価学会本部の安保に対するコメントは、
 「法案をめぐる会員の集会や動きは関知せず、公認したものではありません。当会の名前と三色旗が政治的に利用されることは大変遺憾です。」と。
 公明の議員を当選させたのは師匠と共に戦う会員ではないのか!その会員が必死に声を上げている!
 あまりに無慈悲ではなかろうか。今の創価には師匠のお心が、はるか遠くへいってしまったのか。
 いや、絶対に違う!
 必ずや師匠は見守られている!今も、そして未来も!
 我々弟子が、どう正義を為すのか、その戦う姿を!!未来永劫に渡り弟子の姿を見守られているのだ!!
 我は戦う!師との誓いを果たすために!!


 創価学会本部の実態の中で一番の問題であると感じているのは、師匠である池田名誉会長に手紙が届かない(報告が届かない)という一点だった。
 池田名誉会長は、平成14年6月26日の全職員が参加する会議(職員全体会議)の席上、全職員に向かって指導する。
 「次の百年のため、悪い職員がいたら報告しなさい」、「今は学会は事務屋。官庁だ。女子部は手厳しく言いなさい。手紙をよこしなさい。真実の手紙を。間違っていたら絶対に信用しないよ。」と。
 さらに、その後の職員全体会議でも、職員の不正に関しては、
 「何かあれば長谷川副理事長(現・理事長)に言いなさい。そうすれば私の所にくるから。ちゃんと調査します。でも嘘があったら厳しくするよ。そうじゃないと公平じゃないからね。」と指示する。
 その会場にいた私たちは、指名された長谷川副理事長が、「はい」と返事をし、立ち上がる姿を見ていた。
 名誉会長は、最高幹部が大事な情報を隠し、名誉会長に報告しないという組織体質を危惧され(そのことが現実になったのが、女性問題を起こした某男子部最高幹部の更迭事件)、本部職員一人一人に対して、何かあれば直接、名誉会長に報告するよう命じた。
 こうした名誉会長の言葉によって、学会本部の中に、職員の不正を報告する窓口(ヘルプライン)が自然と開かれることになる。
 しかし、池田名誉会長への報告は、“報告内容に嘘があれば報告者に対して厳しく処罰する”とある通り、自らを懸けて学会に尽くす覚悟がなければできない、真剣勝負のメッセージだった。
 私たちは、見過ごせない職員の問題に出会った。しかし、いざ名誉会長に報告しようとの決断に至るまでには、眠れぬほどの葛藤がつきまとう。題目をあげねばその葛藤に押しつぶされそうになった。
 しかし、その問題を看過すれば、名誉会長の弟子としての誓いを破ることになる。苦しさにいくらでも題目はあがった。
 そして、自らの信仰・そして弟子としての生き方を懸け、震える足で長谷川副理事長を訪ねた。
 しかし、窓口の長谷川副理事長は、私たちの池田名誉会長に報告してもらいたいとの懇願を、「先生を利用したら駄目だ」「こうやって君たちと話しているところを見られるとダメなんだ。今はたまたま青森副会長や会長が隣にいないからいいけど、いたらこうやって話すこともダメなんだ」と自らの体裁を語り、報告を拒否した。
 諦めることは、死を選ぶことと同じである。
 さらに、師匠に届けようと動いた。本部の懲罰委員会は、その行為を理由に、我々に懲戒解雇を下していく。

 池田名誉会長に報告しようとした学会本部の問題点

 名誉会長に手紙で報告しようとした本部職員の問題。それは、私たちが平成20年4月29日(監査面談の場)、5月22~24日(通知の場)に体験した、会長直轄の本部指導監査委員会による監査面談の実態についてである。
 私たちは、本部職員が会合の場で1000人近い参加者を前に、特定の会員を名指しで「●●は暗黒時代を作った」「前体制は暗黒時代だった」と誹謗中傷したことがきっかけで起きた学会組織上の問題について、本部指導監査委員会から監査を受けることになった。
 約2週間、仕事が終わってから深夜までパソコンに向かい、監査委員会に提出する書面を作り提出。その後、監査委員会が「提出した書面を基に話を聞かせてもらいたい」と面談の日を指定した。むろん面談の場では話を公平に聞いてもらえると期待し、その場に臨んだ。
 面談室に入ると、私たち当事者1人に対して、副会長など4名の監査委員が囲むように座っている。全員、本部職員の幹部であった。その威圧的な雰囲気に圧倒された。もはや罪人である。震える声を絞り出し、「よろしくお願いします」との言葉で監査が始まる。
 ところが、事情を詳しく説明しようとした途端、監査委員は、「ここは議論する場ではない!」と話を遮った。さらに、「つい最近も神奈川で問題を起こした中心者を除名処分にした」と、除名処分をちらつかせるのである。
 面談に臨んだある会員に対しては、弁護士も加わり、副会長など5人の監査委員が取り囲み、冒頭で「池田先生とつながりがあるのか」と確認する。繋がりがないと分かるや、「君が問題を起こしたんだろ。」と責め立てた。あまりに結論ありきの、偏見に満ちた高圧的な監査面談に我々は衝撃を受けた。

 そして、監査結果の通知。
 その場で小平が、事実の正確な理解を求めて弁明すると、監査委員は、「言い訳聞くんじゃないよ」「誓約するかしないかを聞いているんだ。本部が決めたことなんだから。」「誓約できないんでしょ?」「じゃあ以上です。本部の指導に従わないという風に受け取りました。結構です。」と。
 さらに、「重く受け止めろよ。」「それだけの権威あるんだよ、本部指導監査委員会。わかる?」「私たちの認めた学会指導を君が反するんだったら、それなりの処分にせざるを得ないぞ。」「もういいよ帰れよ。」と。面談は終了。
 監査委員は滝川に対し、「君が『受け入れるか、受け入れないか』なんだよ、通知っていうのは。」「誰に文句言ってるんだよ!」「何が聞いて下さいだ!」「認めろ!まず!」「ここは聞く話じゃないんだよ!通知してんだよ!」と。
 そして、
監「このままいけば、派閥で反逆するよ。」、滝「反逆は絶対にしないです」
監「そんな事は、お前分かんないよ」、滝「絶対ないです!」
監「だってもう反逆してんじゃない!」、滝「してません」
監「いいよじゃあ。書けよ、じゃあ誓約書を!」
 最後は、「本部の指導を聞かなかったらもう、それは学会員としても無理でしょ。それだけの腹決めといて。」と告げられ面談は終了。

 監査委員会が出した結論は、会長以下執行部が了承したという誓約書に誓約して提出すること。誓約内容は、今回の問題に二度と触れてはならないとするものだった。 
 問題が隠されてしまうと思った。しかも本部職員から誹謗中傷された犠牲者の会員にまで誓約を迫るという、顛倒した結論には従えないと思った。従えば、師匠を裏切ることになる。しかし、そうは言っても、創価学会の職員として、学会本部の公式機関が出した結論に従うべきではないかという葛藤が無かった訳ではない。
 もし誓約しなければ、懲罰委員会から処罰されるか、もしくは除名処分が下されるか、先の見えない未来が待つことになる。不安だらけだ。
 誓約書を提出するかどうかは、私たち一人一人にとって、信仰を懸けた苦渋の選択になった。正直、誓約する方が楽だった。楽になろうと何度も思った。
 しかし、祈れば祈るほど、数々の罵声や非難、除名や懲罰といった処分をちらつかせ、問題の本質は何も解決されぬまま、強引に誓約書に従わせようとする監査の実態を認めてはならないと思えた。
 学会本部が真剣に考えなければならない本部職員の根深い問題が、地元組織の中にまで広がっているのだ。
 “誓約書を提出させて問題を収める”なんの意味もないこの誓約書に誓約することは、出会った問題の意味から逃げることになる。

 『信仰の世界にあっては清濁併せ呑んではならない!(名誉会長指導)』

 解雇、除名になり、馬鹿にされ、笑われても、師匠にだけは嘘はつきたくない。いかなる処分も受けようと、不甲斐なくもやっとの思いで覚悟し、誓約書を提出しないことを決めた。

 監査委員会の通知の場で誓約しなかった人間は10人。
 その後、学会組織、職場、家族に対する圧力により、一人一人誓約させられていくことになる。



登場人物

■ 登 場 人 物 ■
平成28年2月15日作成
平成28年10月20日更新
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表記人物紹介掲載ブログ記事NO
原田稔創価学会会長、宗教法人の責任役員第2第6
正木正明創価学会理事長(現・参議会副議長)、宗教法人の代表役員第3
長谷川重夫副理事長(現・理事長、宗教法人の代表役員)、学会本部長、第一庶務室総主事、職員規律委員会委員長
池田先生から「本部職員の不正の報告窓口」に直接指名された側近
第1第2第3
青森事務総長、職員局担当責任役員、副会長
平成20年12月の職員規律委員会の発起人
第1第2第3第4第5
岩手本部指導監査委員会副委員長、平成20年の監査の実質的な中心者、副会長
監査当時は原田会長秘書室の責任者、のちに聖教新聞社編集総局長
第2第6
秋田平成20年の本部指導監査委員会で小平、滝川、野口らと共に誓約書の提出を求められた本部職員の1人
職場上司の説得により誓約書に誓約する
第2
福島平成20年の本部指導監査委員会で小平、滝川、野口らと共に誓約書の提出を求められた公明党職員
職場上司の度重なる説得により誓約書に誓約する
第2
宮城師匠のご子息であり側近、第一庶務室室次長、副会長第3第4第5
茨城平成20年の本部指導監査委員会で小平、滝川、野口らと共に誓約書の提出を求められた本部職員の1人
平成22年、聖教本社から広島池田平和記念会館に配転を命じられる
第4第6
栃木師匠のご子息、副理事長、学会本部副本部長第4
群馬第一庶務室室長、名誉会長秘書室の最高責任者、副会長第4第6
山梨師匠の側近であり名誉会長夫人と行動を共にする婦人部最高幹部
埼玉さんの母
第5
埼玉元本部職員
山梨女史のご息女
第5
千葉全国学生部長、平成20年の監査当時は全国牙城会委員長
青年部人事委員会を通さない不正人事を行なった
第6
静岡全国学生部書記長、平成20年の監査当時は全国男子部長
青年部人事委員会を通さない不正人事を行なった
第6第7
長野全国副学生部長、小平の後任として派遣された総県学生部長代行
青年部人事委員会を通さない不正人事に関与した
第6
岐阜全国学生部長(千葉氏の後任)
滝川、野口ら総県・分県幹部11名を一斉に学生部卒業させる人事を行なった
第6
愛知全国学生部書記長(静岡氏の後任)
滝川、野口ら総県・分県幹部11名を一斉に学生部卒業させる人事を行なった
第6
三重元全国男子部長(女性問題を起こして更迭)第6
和歌山総県学生部長(茨城氏、滝川体制の後任)
会員への誹謗中傷を繰り返した本部職員
第6
滋賀東海道学生部長(聖教職員)
人事面接の場で人事案を破棄する手続違反の不正人事を行なった
第6
京都小平総県学生部長当時の総県副書記長(会員)
本部職員の和歌山氏、公明党職員の佐賀氏から3年に渡って名指しで誹謗中傷された
小平、滝川、野口らと共に誓約書を提出せず役職解任処分
第6
福井小平、滝川、野口らの地元総県の最高責任者(本部職員)第6
兵庫小平総県学生部長当時の総県書記長(会員)
本部職員の和歌山氏、公明党職員の佐賀氏から3年に渡って誹謗中傷された
小平、滝川、野口らと共に誓約書を提出せず役職解任処分
第7
島根滝川、野口の後輩の学生部(会員)
本部職員の和歌山氏、公明党職員の佐賀氏から誹謗中傷され、学生部を卒業させられる
小平、滝川、野口らと共に誓約書を提出せず役職解任処分
第7
鳥取第一庶務局局次長、名誉会長側近、副会長第8
山口役員室事務局総務第一部(原田会長秘書室)主任、徳島部長の部下第9
徳島役員室事務局総務第一部(原田会長秘書室)部長、原田会長秘書室の責任者第9
高知神奈川の最高責任者、副会長
小平、滝川、野口ら8名に役職解任処分を通知した
滝川の職場上司
第10
愛媛副理事長、九州の最高責任者
小平の職場上司
第10
大分職員局長、職員規律委員会および職員懲罰委員会の事務局責任者、副会長
職員人事委員会委員長
第10
宮崎四国の最高責任者、副会長
野口の職場上司
第11
佐賀総県学生部長(和歌山氏の後任)
会員への誹謗中傷を繰り返した公明党職員
第12
長崎職員局人事部担当部長、職員規律委員会および職員懲罰委員会の事務局員第12
熊本職員懲罰委員会委員長、本部連絡局局主事、副会長第13
鹿児島職員懲罰委員会副委員長、聖教新聞社編集主幹、副会長第13
沖縄職員懲罰委員会委員、事務センター長、副会長第13
札幌職員懲罰委員会委員、組織総局長、副会長第13
盛岡職員懲罰委員会委員、聖教新聞社事業総局長、副会長第13
水戸聖教新聞社支局職員、地元組織の総区副書記長兼分区書記長兼支部長
女子部員小林貴子さんの聖教新聞減部の申出を拒否した上、信仰心を否定したという
■①
宇都宮四国事務局の最高責任者、副会長
野口の職場上司
第14
前橋九州事務総局の最高責任者、副会長
小平の職場上司
第14
甲府総神奈川長、副会長
滝川の職場上司
■③
名古屋地元総区長(本部職員)
総区運営会議のメンバー
■③
大津地元総区書記長兼分区長(本部職員)
総区運営会議のメンバー
■③
神戸職員局人事部長、職員懲罰委員会の事務局員第17
松江職員懲罰委員会委員、婦人部副総合婦人部長第17
松山連絡局局次長
原田会長の指示で、本部指導監査委員会が取り上げた問題の調査に当たる
第17
那覇連絡局局長
原田会長の指示で、本部指導監査委員会が取り上げた問題の調査に当たる
第17
足立小林貴子さんから水戸支部長のことで相談を受け解決に奔走したところ、水戸氏に対話を求めたことを理由に地元総区運営会議から役職解任処分、のちに除名処分
●②
荒川神奈川の最高責任者の一人、東海道長、副会長
滝川の職場上司
●②


時系列

■ 時 系 列 ■
平成27年9月1日作成
平成28年10月24日更新

年月日事実掲載ブログ記事NO
平成11年4月~平成14年6月[小平、滝川、野口]
創価学会本部職員となった小平、滝川、野口は、入職当時は学会本部の方針や組織の秩序を最優先に考える典型的な本部職員であった。しかし、学生部活動で会員同志と切磋琢磨させて頂く中で、自らの命に巣食うエリート意識に気付かせて頂き、人間革命に挑戦し続ける。
小平らは、現場の会員一人一人の幸福を最優先に考え、当時の職員である学生部幹部に対しても積極的に建設的な意見を伝えるようになる。すると、先輩職員である学生部最高幹部たちは後輩である小平の変化を快く思わず、「小平は男子部の方があっているんじゃないか」「小平は病気じゃないか」と小平の後輩である滝川や野口らに吹聴し始めるようになる。
第6
平成14年6月26日【池田名誉会長】
職員全体会議の席上、全職員に向けて「次の百年のため、悪い職員がいたら報告しなさい」、「今は学会は事務屋。官庁だ。女子部は手厳しく言いなさい。手紙をよこしなさい。真実の手紙を。間違っていたら絶対に信用しないよ」と指導する。
第1
平成14年6月28日【本部職員の千葉全国学生部長、静岡全国学生部書記長】
小平を創価文化会館3階談話コーナーに呼び出し、2日後に学生部を卒業(男子部移行)させる人事を通達。
第6
平成14年7月21日【本部職員の千葉全国学生部長、静岡全国学生部書記長】
青年部人事委員会を通さずに、長野全国副学生部長を総県学生部長代行とする恣意的な不正な人事を行なう(本部職員の不正人事問題)。
第6
平成16年9月【本部職員の岐阜全国学生部長】
滝川、野口、茨城氏らを一斉に学生部卒業させる人事を行なう。その際、隣の総県の本部職員和歌山氏に派遣を命じ、新たな総県学生部長とする人事を行なう。和歌山氏に対し、滝川、野口らの派閥化問題なるものについて説明し、組織の立て直し、正常化を託す。
第6
平成16年9月5日【本部職員の滋賀方面学生部長】
予定していた人事を面接当日の面接直前に、人事対象者の前で取り消す(本部職員の不正人事問題)。
第6
平成16年9月から平成18年1月【本部職員の和歌山総県学生部長】
前体制の幹部らを会合の場で誹謗中傷する行為を繰り返す。
第12
平成18年1月から平成19年1月【公明党職員の佐賀総県学生部長】
前体制の幹部らを会合の場で誹謗中傷する行為を繰り返す。
第13
平成20年3月17日【本部指導監査委員会】
地元男子部幹部からの報告書を受け、開催される。小平、滝川、野口、茨城氏、秋田氏、福島氏、京都氏、兵庫氏、木本氏、島根氏の10名に陳述書の提出要請。
平成20年3月30日[小平、滝川、野口、茨城氏、秋田氏、福島氏、京都氏、兵庫氏、木本氏、島根氏]
本部指導監査委員会に陳述書を提出。
第6
平成20年4月29日【本部指導監査委員会】 
監査面談の場
第1
平成20年5月22~24日【本部指導監査委員会】
結論通知の場
小平、滝川、野口、茨城氏、秋田氏、福島氏、京都氏、兵庫氏、木本氏、島根氏に誓約書の提出を要請する。
第1
平成20年5月末[本部職員の秋田氏]
本部指導監査委員会の誓約書に誓約。
第2
平成20年6月30日~7月2日[小平、滝川、野口、茨城氏]
原田会長に初めて手紙を送る。
本部指導監査委員会の件で、一度話を聞いて頂き再監査をお願いしたいことを伝える内容。
第7
平成20年7月4日【監査委員】
小平、滝川、野口、茨城氏に対し、「再監査の必要はない」との原田会長の返答を伝える。
第7
平成20年7月22日【原田会長】
職員全体会議で、誓約書に誓約しない小平、滝川、野口、茨城氏たちを暗に非難。
もう一方で、「意見できることは大事です。私にも何なりと自由に言っていただきたいと、心から思います」と発言。
第2第7
平成20年7月23~24日【滝川と小平の職場上司】
滝川および小平に対し、辞職を迫るなどして誓約書の提出を迫る。
第2
平成20年7月25日【本部人事委員会】
小平、滝川、野口、茨城氏に対し、謹慎処分を下す。
処分理由は、“本部の指導に従わない(誓約書に誓約しない)こと”であった。
第4第7
平成20年9月19日[小平、滝川、野口、茨城氏]
学会本部前の通路で、小平が、原田会長に、面談をお願いするための2通目の手紙を手渡した際、原田会長から「了解、わかりました」と伝えられる。
第7
平成20年10月22日[小平、滝川、野口、茨城氏]
学会本部前の通路で、滝川と茨城氏が、原田会長に、面談をお願いするための3通目の手紙を手渡した際、原田会長から、“先輩の言うことを聞きなさい”と伝えられる。
第7
平成20年11月2日【本部職員の福井総県長、高知副会長ら地元組織執行部】
会館に小平、滝川、野口、茨城氏を呼び出し、謹慎処分の期間延長を言い渡す。
このとき、原田会長宛ての手紙が地元組織執行部に回されていたことが発覚。
第7
平成20年11月28日[公明党職員の福島氏]
公明党本部の上司と両親からの説得により本部指導監査委員会の誓約書に誓約。
第2
平成20年12月15日【職員規律委員会】
誓約書に誓約しなかった小平、滝川、野口、茨城氏に対し、“「職員規律に抵触する可能性がある」から職務審査を行なう”として、本部指導監査委員会が取り上げた内容と誓約書の不提出について、陳述書を提出するよう命じる。
委員長は長谷川本部長(現・理事長)、発起人は青森事務総長。
第2
平成21年1月7日から1月29日[小平、滝川、野口、茨城氏]
職員規律委員会に陳述書を提出。
平成21年4月1日【本部人事委員会】
小平、滝川、野口、茨城氏、京都氏、兵庫氏、木本氏、島根氏を全役職解任処分とする。
処分理由は、“「経緯はともあれ」本部の決定に従わなかった(誓約書に誓約しなかった)”ことであった。その際、高知副会長から「一会員として、今後の活動については、しっかりと取り組んでいって頂きたい」と言われる。
第1第4
平成21年4月15日【職員規律委員会】
小平、滝川、野口、茨城氏に対し、「職員として問題なし」との審査結果を通知。
第3
平成21年10月28、29日【職員人事委員会】
滝川に対し、神奈川県の横浜池田講堂への異動を内示。
翌日、職員全体会議で異動人事を発表。
平成21年10月29日【青森事務総長】
本部別館6階創価正義会館で行なわれた青年部本部職員の会合に出席し、小平、滝川、野口、茨城氏を暗に非難。
第3
平成21年11月1日[滝川]
学会本部から神奈川県の横浜池田講堂に異動。
第6
平成21年11月12日【正木理事長】
聖教新聞社編集総局の昼礼で、小平、滝川、野口、茨城氏を暗に非難。
第3
平成21年11月16日【正木理事長】
創価文化会館5階広宣会館で行われた学会本部の職員全体朝礼で、小平、滝川、野口、茨城氏を暗に非難。
第3
平成21年11月24日[小平、滝川、野口、茨城氏]
創価文化会館2階総合センターで、名誉会長秘書の長谷川学会本部長(現・理事長)に面談をお願いする手紙を手渡す。
第14
平成21年12月14日【長谷川副理事長(現・理事長)】
創価文化会館2階総合センターで、小平、滝川、野口、茨城氏からお願いされた池田名誉会長への報告を拒否。
第3
平成21年12月28日[小平、滝川、野口、茨城氏]
第一庶務室フロアーで、名誉会長御子息の宮城副会長に面談をお願いする手紙を手渡す。
第4
平成22年2月8日[小平、滝川、野口、茨城氏]
名誉会長御子息の宮城副会長に手紙を渡すため、第一庶務室を訪れたところ、第一庶務局職員に事務所から強制的に出される。
第4第6
平成22年2月15日[小平]
学会本部の職員全体朝礼開始前、広宣会館で、宮城副会長に手紙を渡そうと声を掛けたところ、連絡局職員2名に組み伏せられ、会場から引きずり出される。
第4
平成22年2月22日[小平]
学会本部の職員全体朝礼終了後、会場を出たところの階段で、宮城副会長に手紙を渡そうと声を掛けたところ、第一庶務局職員から肩をぶつけられ妨害される。しかし、宮城副会長本人は取り囲む職員たちに、「いいじゃないか。私宛の手紙なんでしょ」と話し、自ら手を伸ばして小平から手紙を受け取る。
第4
平成22年2月22日【職員人事委員会】
小平に対し、職員局責任役員の青森事務総長から福岡県の九州文化会館への異動を内示。茨城氏に対し、広島県の広島池田平和記念会館への異動を内示。
いずれも、異動の理由を「方面との業務交流人事」と説明する。
第4
平成22年2月25日【職員人事委員会】
職員全体会議で、小平に対し、平成22年4月1日付で福岡県の九州文化会館への異動を発表。
第5
平成22年3月1日[茨城氏]
学会本部前の通りで、宮城副会長に師匠への手紙を同封した手紙を渡す。
第4
平成22年3月8日[野口]
学会本部の職員全体朝礼会場に向かう宮城副会長に、師匠への手紙を渡して頂いたかどうか尋ねたところ、宮城副会長は師匠への報告を拒否。
第4
平成22年3月8日[野口]
学会本部の職員全体朝礼会場に向かう宮城副会長に、師匠への手紙を渡して頂いたかどうか尋ねたところ、宮城副会長は師匠への報告を拒否。
第4
平成22年3月13日【管理局長】
本部別館4階会議室で小平と懇談し、宮城副会長に手紙を渡してはいけない理由は青森事務総長に直接聞くように小平に伝える。
第5
平成22年3月17日[野口]
学会本部玄関前で、名誉会長御子息の栃木副理事長に、師匠宛ての手紙を同封した手紙を手渡す。
第4
平成22年3月25日[小平]
就業開始前、創価文化会館2階総合センターの青森事務総長を訪ね、宮城副会長に手紙を渡してはいけない理由について質問したところ、青森事務総長から、「宮城さんは大事な人だから」、「本人が迷惑しているから」などと曖昧な理由しか説明されず、その上、アポなしで青森事務総長を訪ねたことを非難される。
第5
平成22年3月29日[野口]
学会本部前の通りで、名誉会長御子息の栃木副理事長に師匠宛ての手紙を渡して頂けたかどうか確認すると、栃木副理事長から師匠へ手紙を渡すことは出来ないと拒否される。
第4
平成22年3月30日[小平]
銀舞会館で、名誉会長側近の山梨女史の娘埼玉さんと会う。
一連の問題について山梨女史に話を聞いてもらえないか相談したところ、埼玉さんから「母には伝えます。どんな結果であれ、必ずこちらから連絡します」と伝えられる。
第5
平成22年4月1日[小平]
福岡県の九州文化会館に異動。
第8
平成22年4月27日[茨城氏]
職場の上司である岩手聖教新聞社編集総局長(本部指導監査委員会副委員長)の席に行き、異動挨拶。
平成20年5月の監査の話題を出すと、岩手編集総局長から「私は会長に言われた通りにやりました。会長に言いなさい!」と伝えられる。
第6
平成22年5月1日[茨城氏] 
広島県の広島池田平和記念会館に異動。
第6
平成22年5月6日[野口]
業時間前に創価文化会館2階総合センターの原田会長の席を訪ね会長に手紙を渡そうとした際、会長から反省を強要され手紙の受け取りを拒否される。
第7
平成22年5月11日[野口]
昼休みに総合センターの原田会長の席を訪ね手紙を渡そうとした際、会長から怒鳴られ、手紙の受け取りを拒否される。
第7
平成22年6月【池田名誉会長】
6月度の本部幹部会に対し、弟子が本気になって立ち上がることを期待し、あえて本部幹部会を欠席するとのメッセージを送る。これ以降、本部幹部会に出席されなくなる。
第8
平成22年6月1日[野口]
昼休みに総合センターの原田会長の席を訪ね会長に手紙を渡そうとした際、会長から怒鳴られ反省を強要された上、手紙の受け取りを拒否される。
第7
平成22年6月2日[滝川] 
昼休みに総合センターの原田会長の席を訪ね会長に手紙を渡す。しかし、会長はその手紙を机上に叩きつけ、大声を張り上げて滝川に反省を強要する。
第7
平成22年7月8日[滝川]
就業時間終了後、総合センターの原田会長の席を訪ね手紙を渡そうとした際、会長から何度も怒鳴られ反省を強要された上に手紙の受取を拒否され、さらに会長秘書に羽交い絞めされ事務所を引き摺り出される。
第8
平成22年8月11日[野口]
就業時間前に広宣会館から第一庶務室フロアーに向かって歩きながら、名誉会長秘書の鳥取副会長に手紙を渡そうとした際、鳥取副会長から非難され、手紙の受け取りを拒否される。
第8
平成22年8月20日[滝川と茨城氏]
就業時間前に広宣会館から第一庶務室フロアーに向かって歩きながら、名誉会長秘書の鳥取副会長に手紙を渡そうとした際、鳥取副会長から手紙の受け取りを拒否され、“その件は会長のところに行くように”と言われる。
第8
平成22年8月28日[小平]
就業時間前に本部地下1階の廊下で、鳥取副会長に「一度話を聞いて頂けないでしょうか」と懇願したところ、鳥取副会長から「話は聞きません」と拒否され「何度でも会長に会いに行くように」と指示される。
第8
平成22年9月26日【原田会長】
原田会長の席を訪れた小平と茨城氏に対し、役員室で懇談のアポイントを取るよう指示。
第9
平成22年10月19日[小平、滝川、野口、茨城氏]
山梨女史に初めて直接手紙を送る。
職員の不正を隠ぺいする学会本部の体質について言及し、一度話を聞いて頂きたいと懇願する内容。
第9
平成22年11月16日[小平、滝川、野口、茨城氏]
原田会長との懇談のアポイントを申請する書面を作成し、野口が創価文化会館2階総合センターで会長秘書の山口主任に手渡す。
第9
平成22年11月22日【職員人事委員会】
野口に対し、職員局責任役員の青森事務総長から、平成23年1月1日付で四国へ異動の内示。(後日、異動延期が受理され平成23年2月1日付けの人事が決まる。)
第9
平成22年11月24日【職員人事委員会】
職員全体会議で、野口に対し、四国池田文化会館への異動人事を発表。
第9
平成22年12月6日【原田会長秘書の徳島部長】
小平との電話で、原田会長に直接手紙を書くことを提案する。
小平が徳島部長に、平成22年11月16日付で提出したアポイント申請に対する会長の返答を聞いたところ、日程調整が出来なかった旨話し、「急ぎの内容なら会長に直接手紙を書いたらどうか」と小平に話す。
第10
平成22年12月12日[小平、滝川、野口、茨城氏]
山梨女史に手紙を送る。
4人が半年ごとに地方へ配置転換された事実を伝え、一度話を聞いてい頂き、間違っているところがあれば教えて頂きたいとの内容。
第9
平成22年12月15日【九州最高責任者の愛媛副理事長】
小平との面談。
面談の冒頭、「前提で、君が九州で職員を続けるのであれば、再出発の道を歩む意思があるのであれば、君も未来ある青年だから、白紙で見守っていきたいという思いがあって、九州に受け入れたんだよ」と話し、小平の九州異動が『業務交流』『人事交流』ではなく、『制裁人事』であったことが発覚。
第10
平成22年12月17日[滝川]
神奈川文化会館2階事務所で、神奈川最高責任者の高知副会長と面談。
高知副会長は、「解任は私が決めたのではない。学会本部が決めたんだ」と責任回避の発言。
第10
平成23年1月11日[小平]
再度の面談をしてもらうために九州最高責任者の愛媛副理事長に言われた通りに『一連の問題の経緯』を書いた書面を提出。
その際、愛媛副理事長から小平が九州に異動してきた当初に学会本部から送られてきた紙2枚を見せられ、そこには小平が指導され続けてきたにもかかわらず、従わないとの内容が記載されていたことを知る。
第10
平成23年1月19日[小平、滝川、野口、茨城氏]
山梨女史に手紙を送る。
地方への配置転換が制裁的人事であったことを伝え、手紙の返事を頂きたいことと、「無理ならば無理」と一言でも伝えて頂きたいことをお願いする内容。
第10
平成23年1月28日[小平、滝川、野口、茨城氏]
本部別館1階ロビーで、野口が原田会長宛の手紙を会長秘書の徳島部長に託す。
徳島部長のアドバイスにより、原田会長本人に、直接懇談のアポイントをお願いする内容。
第10
平成23年2月1日[野口] 
四国・香川県の四国池田文化会館に異動。
第11
平成23年2月14日[小平]
九州文化会館の食堂で夕食後、九州最高責任者の愛媛副理事長に再び懇談の約束をお願いするが、原田会長への手紙の中に愛媛副理事長とのやり取りについて書いたことを理由に懇談を拒否される。
第11
平成23年2月14日[野口] 四国最高責任者の宮崎方面総合長に面談のアポイントをお願いする。第11
平成23年2月14日[野口] 会長秘書の徳島部長に電話し、以前平成23年1月28日に手渡した原田会長宛てのでアポイント申請の手紙に対する返答を尋ねたところ、徳島部長から会長が返答しないこともあると聞かされると共に返答が欲しいとの内容の手紙を書くことを提案される。第11
平成23年3月21日[小平、滝川、野口、茨城氏] 原田会長本人に直接懇談のアポイントをお願いする2度目の手紙を、会長秘書の徳島部長宛てに送る。第12
平成23年3月27日[小平、滝川、野口、茨城氏]
山梨女史に師匠への手紙を同封した手紙を送る。
山梨女史から師匠に手紙を渡して頂きたい旨懇願するとともに、師匠への手紙には原田会長と対話をさせて頂きたいことをお願いする内容。
第12
平成23年4月27日[野口]
四国文化会館1階応接室で、四国最高責任者の宮崎総合長と面談した際、四国への配置転換の理由を尋ねたところ、宮崎総合長から話題をそらされ、30分で面談は終了。
第12
平成23年6月9日[小平、滝川、野口、茨城氏]
山梨女史に手紙を送る。
役職解任となった会員島根氏が、学生部時代に受けた不当な扱いとおかしな監査の実態を、山梨女史に伝え、再び師匠への手紙を届けて頂きたいことを懇願する内容。
第12
平成23年6月11日[小平、滝川、野口、茨城氏]
原田会長本人に直接懇談をお願いする手紙を送る。
役職解任となった会員島根氏が体験してきた本部職員の振る舞いについて具体的に伝える内容。
第12
平成23年6月27日【職員懲罰委員会】
長崎担当部長は、小平、滝川、野口、茨城氏に対し、懲罰委員会として面談を行なうため、3日後の6月30日に学会本部に来るようにと電話で呼び出す。
第12第13
平成23年6月28日[小平、滝川]
小平は熊本懲罰委員長に、滝川は大分職員局長に電話をし、懲罰委員会の招集理由と内容を確認するが、回答は無い。
第13
平成23年6月29日[滝川]
熊本懲罰委員長にメールで“事前に懲罰理由を通知書なりで明示してほしい”旨懇願するが、返信は無い。
第13
平成23年6月30日【職員懲罰委員会】
信濃町STKビル地下1階大会議室で、小平、滝川、野口、茨城氏と、面談。懲罰委員は、熊本懲罰委員長以下6名。4人各々に『懲戒の対象となる言動』と題する書面を渡す。
第13
平成23年7月26日から
7月31日
[小平、滝川、野口、茨城氏]
職員局の長崎氏宛に、各々、懲罰委員会への弁明書を送付。
第14
平成23年7月29日【職員人事委員会】
小平に対し、平成23年9月1日付で九州多宝納骨堂への異動を内示。
第15
平成23年8月16日[小平、滝川、野口、茨城氏]
職員局の長崎氏宛に、懲罰委員会宛の4名連名の追加書面を送付。
第14
平成23年8月19日[野口]
四国最高責任者の一人である宇都宮事務局長との職員面談の際、四国への異動が本部指導監査委員会の誓約書に誓約しなかったことに対する制裁人事ではないかと伝えると、「それは、そうだと思う」と返答される。
第15
平成23年8月21日[小平、滝川、野口、茨城氏]
山梨女史に手紙を送る。
懲罰委員会が『嘘』の内容で懲罰にかけた実態と、創価において『対話』を求める行為を懲罰の対象とすることへの危機感、権力を悪用して懲罰にかける発起人がいることを、山梨女史に伝え、師匠への手紙を届けて頂きたいことを再び懇願する内容。
第15
平成23年9月1日[小平]
福岡県の九州多宝納骨堂に異動。
第15
平成23年9月11日[小平、滝川、野口、茨城氏]
懲罰委員会宛に、4名連名の追加書面を送付。
第15
平成23年9月19日[小平、滝川、野口、茨城氏]
原田会長宛に10通目となる手紙を送付。
原田会長自ら面談のアポイントを取るよう指示したやり取りが懲罰にかけられ証言者は会長だと伝えられたこと、『業務交流人事』が嘘であり「本部の指導に従わないことへの制裁」であることを伝え、今一度、懇談をお願いする内容。
第15
平成23年9月25日[小平、滝川、野口、茨城氏]
懲罰委員会宛に3通目となる、4名連名の追加書面を送付。
第16
平成23年9月28日【職員懲罰委員会】
長崎担当部長は、小平、滝川、野口、茨城氏に対し、懲罰委員会として面談を行なうため、1週間後の10月5日に学会本部に来るようにと電話で呼び出す。
第16
平成23年9月29~30日[野口]
熊本懲罰委員長にメールで“事前に招集の理由、面談時間を書面で明示してほしい”旨懇願するが、熊本委員長からの返信メールには、肝心の「招集の理由(面談内容)」についての返答は無い。
第16
平成23年10月5日【職員懲罰委員会】
創価学会世界青年会館の会議室で、小平、滝川、野口、茨城氏と、面談。懲罰委員は、熊本懲罰委員長以下7名。4人各々に『譴責処分』を下す。10月12日までに始末書を提出するよう命じる。
第17
平成23年10月11日[小平、滝川、野口、茨城氏]
職員局の長崎氏宛に、各々、懲罰委員会への書面『始末書を書けない理由』を送付。
第18
平成23年10月19日[小平、滝川、野口、茨城氏]
松江女史に手紙を送る。
懲罰委員会が松江女史に知らせていない真実があることと、懲罰委員会が『嘘』の内容で譴責処分を下した実態、本部職員の不正を隠す学会本部の体質への危機感を、松江女史に伝え、一度個人的に話を聞いて頂きたいことを懇願する内容。
第18
平成23年10月23日[小平、滝川、野口、茨城氏]
職員局の長崎氏宛に、懲罰委員会熊本委員長宛の書面を送付。返答のない懲罰委員会に対して、あらためて、始末書を書こうにも書けない理由を伝える内容。
翌々日、小平が長崎氏を介して熊本委員長に返答をお願いしたところ、熊本委員長から「わかった」と返答がある。
第19
平成23年10月29日[小平、滝川、野口、茨城氏] 山梨女史に手紙を送る。
山梨女史に本部の実態を知ってもらうため、本部指導監査委員会の面談録音と譴責処分の懲戒処分通知書を同封。
第19
平成23年11月6日[小平、滝川、野口、茨城氏] 懲罰委員会熊本委員長宛に書面を送付。返答のない熊本委員長に対して、あらためて、始末書を書こうにも書けない理由を伝え、返答をお願いする内容。
第20
平成23年11月9日[小平、滝川、野口、茨城氏] 原田会長宛に11通目となる手紙を送付。
手紙とアポイント申請の要望書を10通以上出しても無視し、対話を求めたことを懲罰にかける原田会長に対して、無視をやめて頂きたい旨を伝え、一度返答をお願いする内容。
第21

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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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