●⑯ 告知【2・26(日)「九州・熊本座談会」の式次第】

 2月11日(土)付の聖教新聞では、師匠が前日10日(金)の午前に信濃町の恩師記念会館で、戸田先生の生誕117周年を迎える2月11日にあたり、戸田先生への報恩感謝の勤行唱題を行なったと報道されている。
 またその2面には『池田先生と共に新時代を進む』が掲載され、まるで師匠が書かれたかのように、「戸田城聖先生の生誕の日(2月11日)に当たり、恩師記念会館で報恩感謝の勤行を行った(10日)。」と書かれ、わざわざ字体を太文字にし、日付まで入れてアピールしている。

 ならば私は聞きたい。
 師匠が本当に恩師記念会館を訪れ、勤行を行なったというのであれば、なぜ、その時の師匠のお写真を一枚も掲載しないのか!
 師匠のお写真は、去年の8月のお姿を写した写真以来、実に約半年間も聖教新聞に掲載されていないのである。あっても過去の写真である。
 全国の学会員は、師匠の今現在のお写真を一目でも見たいと願っている。その心を分かられる師匠ご自身が、約半年間もご自身の写真を聖教新聞に載せないとの判断をすることは考えられない。
 あまりにも不自然である。こうした点を考えても、師匠のご健康状態は聖教新聞に載せられない状態であることは容易に想像がつく。

 ところが、不知恩の本部執行部は、「師匠はお元気だ」「執筆活動に専念している」と平然と言い続け、会員同志を欺き続けているのである。
 挙句の果てには、師匠のメッセージを勝手に作出し、まるで師匠が健筆をふるって『新・人間革命』をご自身で書いているとアピールしているかのようである。
 「私のライフワークである小説『新・人間革命』もいよいよ30巻に入り、学会の正義の闘争を綴っていきます。法のため、友のため、社会のため、未来のための言論戦を戦う聖教新聞です。その共戦の『無冠の友』の皆さまの姿を浮かべる時、私のペンを持つ手には一段と力がこもります。」(平成29年1月23日付聖教新聞・3面)
 むろんこのメッセージも本部職員が作ったものであろう。
 お写真さえ出すことが出来ないご健康状態の師匠に、無理やりペンを握らせ、既成事実を作ったのだろうか。
 いい加減に師匠を使い、純粋な会員を欺くのは止めるべきである!
 嘘は、必ず明らかとなる。
 今現在のメッセージや『新・人間革命』が、本部執行部が自己保身のために作出したものであることは、必ず白日の下にさらされる日が来る。

 今、弟子が『新・人間革命』で代筆している昭和54年の歴史は、弟子が師匠を裏切った歴史である。
 かつて師匠は、随筆「嵐の4・24―断じて忘るな!学会精神を」で、当時の最高幹部たちを指してこう言われている。
 「なんと哀れな敗北者の姿よ。」と。
 さらに、昭和54年4月24日(会長辞任の日)の日記にはこう書かれたのである。
 「あまりにも 悔しき この日を 忘れまじ 夕闇せまりて 一人 歩むを」と。
 師匠は不甲斐ない弟子たちによって、一人苦しめられていた。そして孤独な中、ただお一人で創価学会の再建に立たれたのが師匠の真実の歴史である。

 師匠は平成20年の職員全体会議でこう仰った。
 「『第3代は一生涯、会長として指揮を執れ!』これが戸田先生の遺言であった。第3代を守れば、広宣流布は必ずできる。――これが恩師の厳命だったのである。しかし、邪悪に誑かされた当時の最高幹部は、正義を守ることができなかった。」(平成20年2月22日、全国各部協議会での指導)
 これが、真実の歴史である。師匠が語られた真実である。
 昭和54年当時、副会長という最高幹部の一人であった原田会長は一切声を上げなかった。師匠を、正義を守らなかったのだ!
 さらに、今現在もなお狡く臆病の命ゆえに、『新・人間革命』に弟子が裏切った事実を記述せず、「師匠の真実の歴史」を改ざんしている。
 なんと誤魔化しと言い訳の、弱く醜き敗北者の命なのか!
 弟子の仮面を被り師に敵対する悪行に、私は怒りが込み上げてならない!

 私は言いたい!
 失敗は失敗で良いではないか!
 裏切りと過ちの過去、そうした過去はそうした過去で良いではないか!
 絶対にあってはならない失敗があったからこそ、次こそは絶対に失敗を犯さない。そのための自分を築けば良いではないか!
 「もう二度と過ちを繰り返さない!」
 その決意の一念にこそ、師弟の勝利と創価の永遠の発展があるのではないか。

 それにも関わらず、弟子の敗北の歴史を隠そうとしている。
 あろうことか歴史を塗り替え、誤魔化そうとしている。
 原田会長をはじめ本部執行部は、最重要の弟子が師匠を裏切った歴史を誤魔化し、自分たちに都合の良い歴史に塗り替えようとしていると感じてならない。
 未だに「54年の歴史」は続いていると思えてならない。

 私たちが在職当時から学会本部はそうだった。
 本部職員による金銭問題や男女問題が絶えなかった。某編集局長らグループによる金銭横領問題もしかり、某全国男子部長の不倫問題しかりである。
 そうした本部の腐敗堕落の根本原因は、現本部執行部が、未だに「昭和54年の歴史」を正しく総括できていないことにあるように感じてならない。

 人は過ちを自ら認め、心から反省し、傷付けた相手に心から謝罪をすること無しに、自らの命を変えていくことはできない。
 しかし、誤魔化しの命の現本部執行部は、問題を起こした当事者にそれをさせることなく、弱みとして握り、本部に忠誠を誓わせ、問題を終わらせていく。しかし、それは問題の根本解決にはならない。
 問題を起こした人間は己の命を見つめる機会を奪われ、本部に首輪をつけられ飼い殺しの状態となる。
 そして、自らの命を変革することなく、さらなる別の問題を起こしていくことになる。
 こうした学会本部の腐敗堕落した負の連鎖を、今、断ち切らねば、完全に創価は破壊されていく!
 今、変革しなければ、本当に手遅れになるのだ!
 師匠が生き抜いて下さっている今この時に、何としても創価を変革していきたい!

 「弟子が団結して進む。そのために同志がいて、組織がある。
 牧口先生は、組織は上からではなく、下から変革していくのだ、と訴えておられた。
 広布を阻む動きに対しては、勇気をもって声をあげることだ。『おかしい』と思ったら、どんな人間に対しても、厳然と言っていくのである。
 おとなしくする必要はない。言わないのは臆病であり、場合によっては、悪につながってしまうからだ。」
(平成18年1月27日、全国代表協議会での指導)

 師匠が教えて下さった創価変革の要諦は、会員が下から上に君臨する最高権力者に対し、恐れることなく、勇気の声を上げ続ける一人立つ闘いである!
 己が勇気を出し、声を上げた分だけ、創価は変わるのだ!


 いよいよ、今年最初の座談会を、約1週間後の2月26日(日)に九州の熊本県で開催していく。
 現在、式次第を以下のように考えています。
 熊本座談会式次第

 滝川の母である滝川光子さんは、昨年行なった関西座談会と東北座談会、横浜座談会で、体験談を話してくださった。それ以降も命を懸け、正義の声、庶民の声を原田会長に伝え続けている。
 光子さんは、去年6月、8月、11月と、原田会長に対話をお願いする手紙を出した。「原田会長が一度も話を聞かないことは師匠の弟子としておかしい。」との血涙の叫びである。
 しかし、必死に祈り抜き、返事を待ち続けてきたが会長からの返事は一度もなかった。
 今年1月30日には14通目となる原田会長への手紙を渾身の力を込め、一字一字書き綴った。
 “我が命に代えても創価を護り抜く”と。
 しかし、今現在で約3週間が経つが、原田会長からは依然として何の返答もない。冷酷無残にも無視し続けているのである。
 ところが、大きな会合の場では、多くの学会員に対して、「人は会ってみなければ、わからない。会いもせず、語りもせずに判断するのは、先入観の奴隷である」等の師匠の御指導を引用し、「先入観を打ち破る『勇気の行動』」を訴え、「対話」「対話」「対話」と繰り返し号令をかけ続けるのだ。
 言っていることと、やっていることが、完全に言行不一致でデタラメなのだ!

 正義の叫びを上げ続ける光子さんは今年1月22日で、ガンの再発を敢然と打ち破られた奇跡の生還から2年が経つ。光子さんは、常に師を想い、死を思う一日一日を、全力で闘い続けている。
 光子さんに、熊本座談会での体験発表をお願いさせていただいた。
 すると光子さんは快く受けてくださいました。
 「この正義の闘いをやり抜くために、一度は死んだ命を御本尊様から与えていただいたんだもの。池田先生のおっしゃる通りの創価 学会に変えるために精一杯やらせていただきます!」と、決意を伝えてくださいました。
 お母さん、本当に、本当に、ありがとうございます。
 そして今、いよいよ闘志を燃やし、師匠の創価に変革していくために、早速、正義のペンを握り、原稿作りの闘いを開始して下さっています。
 「生きる」とは闘うことである!
 「生きる」とは悪との間断なき闘争なのだ!!

 「先駆者とは、一人立つ勇者のことである。真っ先に悪を攻め、撃破しゆく人である。
 そして先駆者とは、最悪の状況のなかでも、決然と勝利への活路を開き、連続勝利の歴史を織りなす『挑戦者』の異名である。
 ゆえに、眼前の課題に全力を尽くせ!
 一日一日が勝負だ。一瞬一瞬が戦いだ。」
 (「随筆・燃える『先駆』の魂」、平成15年10月11日聖教新聞掲載)

 師匠が「先駆」の使命を託されたのが、九州の同志である。
 師匠は九州の同志を心から信頼され、「これほど勇敢で、これほど誠実な、これほど信義に篤く、これほど心が通い合う同志の群像は、世界のどこにもない」と仰られた。
 初代・牧口先生も、九州が大好きであられた。
 二代・戸田先生も、九州を信じ抜いておられた。
 創価三代の師弟は、受難の歴史を刻んだ九州こそ「広宣流布」の先駆の天地にと、祈りを定め、行動されてきた。
 ならば、創価変革の勝利を決する本年の先駆を切る地は、九州以外にない!

 「波よ、来るなら来い!
 風よ、吹くなら吹け!
 前に進む喜び、前途を切り開く充実! それらの財宝はみな、雄々しき先駆者の人生を決めた我らのものだ!
 さあ、さらに決然と進め!
 広布の新たな最高峰を登れ! 必ず勝者となれ!
 わが大九州から、新しき、大いなる希望と勝利と栄光の歌声を、轟かせていってくれ給え!」
(「随筆・燃える『先駆』の魂」、平成15年10月11日聖教新聞掲載)

 九州・熊本座談会から、師匠を利用し続ける学会本部を変革する民衆決起の闘いを、共々に、断固として起こしてまいりたい!

<2・26九州・熊本座談会開催のお知らせ>
 日時
平成29年2月26日(日)午後1時~4時終了予定

 場所
熊本市総合体育館・青年会館2階 第1和室
(熊本県熊本市中央区出水2-7-1)
http://kc-sks.com/soutai/map.html

 座談会参加のご連絡のお願い
 座談会への参加を希望して下さる方は、参加人数をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからお知らせいただけると本当にありがたいと思っています。
 連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前をお伝え頂く必要はありません。一行で構いませんので、「一人で行きます」「鹿児島から2名で行く予定です」など、教えて頂けると本当にありがたく思います。
 もちろん、連絡を下さらなくても参加して頂いて構いませんし、また連絡を下さったからといって参加しなければならないということではもちろんありません。
 なお、施設内の駐車場を確保しておりますので、お車で来られる方はその旨教えていただければと思います。

 地図
熊本市総合体育館・青年会館の地図

 交通アクセス
 市電:「市立体育館前」または「商業高校前」下車、徒歩10分
 バス:「水前寺公園前県立図書館入口」下車、徒歩6分
     「砂取小前」下車、徒歩3分
     「熊本商業高校前」下車、徒歩3分
     「画図道」下車、徒歩4分

 
2・26「九州・熊本座談会」の当日の晴天、絶対無事故、大成功・大勝利を勝ち取るべく、全力で闘いぬき、万全の準備を進めて参ります!

<その他のお知らせ>
 カンパをして頂いた方々へ
 現在、創価変革のための活動諸経費として、同志の皆様にカンパを募らせていただいております。(詳細は「●⑫ 創価変革の勝負を決する『2017年』の決意」「●⑬ 私たちに対する質問について」に書かせていただいています。)
 今日までに、「創価変革」という共戦のお心でたくさんの真心のカンパを頂戴いたしました。御礼のご連絡を差し上げたくても連絡先が分からない方がおられましたので、この場をお借りして一言、御礼を申し上げます。
 真心のカンパをして下さった皆様、本当に、本当にありがとうございます。
 絶対に1円も無駄にせず、全て創価変革のために使わせていただきます。そして、絶対に創価を師匠の仰せ通りの創価へと変革して参ります。









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●⑰【後篇】2・26(日)「九州・熊本座談会」まであと3日!

 以下に、偉大な創価の母、滝川光子さんが原田会長にあてた手紙の全文を掲載します。2月23日現在、いまだに返事はありません。


◆【平成28年1月30日付、滝川の母から原田会長へ14通目の手紙(全文)】

 原田会長

 私は、元創価学会職員滝川清志の母、滝川光子と申します。
 私は、原田会長にどうしてもお伝えしたいことと、話し合いを希望のため、お手紙を幾度も書いてご返事をお願いして参りましたが、お読みになって頂けましたでしょうか。
 御多忙の毎日とは存じますが、どうしてもご返事を頂きたくお手紙を認めさせていただきました。
 最後まで目を通していただき、ご返事をいただけましたらと思っております。

 会長、一度もご返事を頂けないのはどうしてでしょうか。
 私のような社会的地位もなく、組織の幹部でもなく、偉くもない一婦人部員からの手紙だからでしょうか。大会社の社長からの手紙であれば、違う対応なのでしょうか。教えてください。
 「無視、拒否でよい」手紙とお考えなのでしょうか。
 「無視、拒否でよい」者からの手紙だからでしょうか。
 一婦人部員が悩み苦しみの上、「どうしても会長にお伝えしなければ」と必死に考え書かせて頂いた手紙です。
 会長に「下」から話しかけてはいけないのでしょうか。
 「黙って、従いなさい」という無言の「ご指導」なのでしょうか。
 私は会長に「下」を見下す冷たい心を感じてなりません。

 本年2017年(H29)元旦から開始の新・人間革命30巻「大山」の章。
 舞台は、丁寧な対話や話し合いを拒否し、「僧は上」「従え」とばかりに攻撃する宗門との闘いの中、事態の収拾のため、51才という若さで池田先生が会長辞任を余儀なくさせられた昭和54年(1979年)。

 しかし原田会長、「宗門」が「学会本部」と名前が変わっただけのことで、今も同じことが続いています。いいえ学会本部は、その時以上の末期状態になっています。
 本部自体の内側(精神)から腐敗臭を放ち、崩れ落ちようとしている状態です。
 しかし本部は権力のある、ぬるま湯の居心地があまりにもいいのか、危機感を全く感じていない。

 「会長は上」「従え」という問答無用の振る舞いで会員を見下し、一方的言いがかりでいじめ抜き、あげくは次々と除名連発。除名を申請した職員の地元幹部は、除名にした会員と一度も話したことはないと平然と私に語りました。平然とです。
 会長は「対話が大事」と言いながら、「対話拒否」を繰り返す言行不一致の振る舞いを続けています。その会長の振る舞いをまねて、他の幹部たちは右にならえとばかりに「執行部は上」「従え」さらに「本部職員は上」「会員は下」と際限なくエスカレート。【甲府】総神奈川長は「会長は偉いんです。分かりますか!」と私に迫ってきたこともありました。
 原田会長を守るイコール学会を守ることになるとでも勘違いしているのではないでしょうか。
 さらに本部職員であれば社会的に見ても明らかな犯罪や不正をしても、お互い隠し合い、かばい合う。組織権力や立場を大いに利用し、少しでも本部職員の御機嫌をそこねた会員は、いじめ抜く。
 これらはすべておきまりのように「学会を守るため」「会長の指導に従わない」の大義名分で。
 54年もそうでした。
 「学会を守るため」「時流」との大義名分をとり、原田会長たち本部の最高幹部たちは、大恩ある師匠を守らなかった!
 幹部が、皆臆病だから師匠を守らなかったのではありませんか!!
 原田会長は当時師匠の辞任に対して異議を訴え、声を上げたのですか!
 54年は、師匠自ら望んだ辞任では、けっしてない。
 事態収拾との名のもとに、臆病な弟子達から辞任させられたのです。
 先生も自著で、本部幹部の臆病な弟子達の事実を後世のため書き残されています。
 会員は誰もが、「なぜ先生を裏切った。なぜ学会の本部であるのに先生を守らなかったのだ!」と、今でも怒っています。絶対忘れることはない弟子の敗北の歴史です。
 臆病な幹部の弟子達は、その後も幹部として居座り、今も権力をカサに平然と同じことを繰り返している。89才の師匠を、自分達の都合の良いように利用しまくりながら。

 息子も本部職員として入職し、先生まっすぐの清々しい信仰心で勤務に活動に、生き生きと走り、語り、学び、鍛えられた中で、
 「本部職員は会員の皆さまに尽くす」
 「何があろうと、師匠の仰せ通りの道を貫く!」と徹底して命に叩き込むことができました。
 その中で、目にする本部職員の言行不一致で会員いじめの実態と、苦しむ会員さんの姿を見聞きし、本部職員だからこそ、勇気を出して声を上げたのです。そうしたら、呼びつけと処分が始まった。
 息子達の「話を聞いた」という「形式」にするための場は、「ここは話を聞く場ではない!」との恫喝の場。
 そして、「会長の指導に従わない」との罪名で処分を繰り返す。
 息子達は必死に、一度話を聞いて下さいとお願いするも、会長は怒鳴りつけ、拒否。
 そして、勝手自由に罪名をつけ罪人扱いし、最後は除名。
 本部職員は「偉い」から、口封じのまま会員をいじめる権力まであるのですか。
 原田会長、あなたの振る舞いの通りに本部はこの状態です。
 会長は偉くないんです。
 原田会長を守ることが「学会を守る」ことですか?違います!
 師匠の仰せを守ることが「学会を守る」ことではないのですか!
 こんな本部にしたのは、原田会長、あなたです。

 三代の師弟は、ただただ庶民の幸せを守るため、生涯かけて、命の最後の1秒まで庶民を不幸にする傲慢な権力と戦い続けて下さいました。
 本当の弟子であるならば、この師匠の戦いと大恩は、決して忘れることなどありません。
 私も息子も、先生に育てていただき今があるのだということは、一瞬たりとも忘れたことはありません。

 庶民の幸せを奪い不幸にする権力の悪と戦い続けてきたのが、創価学会ではないでしょうか。
 目の前の一人の苦しむ声に耳を傾け、話し合い、共に進んできたのが創価の魂ではないでしょうか。
 先生のご指導と真逆は、「悪」です。
 その悪と戦うことが、「正義」です。
 先生のご指導とは違う、おかしいことはおかしいと声を上げて、なぜ罪人で処分なのですか。
 おかしいことはおかしいと勇気を出して声を上げることが、「学会を守る」「師匠を守る」ことだと私は思います。
 学会の広布を阻んでいるのは、誰でしょうか?
 本部は今堕落の極みにより、中から魔に食い破られ、保身、傲慢、忘恩、嫉妬、不信、いじめ、対話拒否、無視、職員の犯罪、不正の横行と隠蔽。もはや濁流そのもの。原因は、臆病です。
 先生を都合よく利用はしても、先生のお心を我が心としないからです。
 原田会長、あなたが作り、あなたがその代表です。対話する勇気を持って下さい。
 息子達は、このような創価を憂い、
 「師匠の創価ではない!」と声を上げ、「断じて、師匠の仰せ通りの創価に変えねば!変えてみせる!」と立ち上がりました。
 自分も家族も「師匠の創価のために生きたい」との一心で、生活の糧を奪われようが、構わない。真剣です。必死です。
 会長、息子達青年は、反逆者でも、犯罪者でもありません!
 これこそ本物の弟子の実践ではないでしょうか。創価を心から愛しているからです。

 会長、話を聴けば必ずわかります。
 師匠の精神が忘れ去られようとしています。時間がありません。
 会長がいくら「従え」と命令、号令しても、心の中にまで権力は届きません。
 私も会長と同年代ですので、率直に申し上げます。
 原田会長、まず、あなた自身が、先頭切って、変わることです!
 会長が言行一致で、師匠の心をまっすぐに自ら実践行動で示すことこそ、本当の「指導」ではないのでしょうか。
 「従う」者のみ残してきた会長。意見を言う人間は排除、分断。
 三代の師弟の精神と心を正しく受け継ぐ人材を、全身全霊で育てようと実践しなければ、無責任です。
 今、会長が第一番目にすべきことは、自らを飾らず、師匠にすべてを報告し、謝罪することです。息子達青年の話を一切聴かず、解雇、除名にしたことを。
 そして、息子達青年と直接会い「申し訳ないことをした」と謝罪し、解雇、除名を撤回し、青年たちの話をよく聴くことです。必ず、青年達の正しさがお分かりになります。

 会長、この2つは時間をこじ開けてでも、すぐ実行すべきではないでしょうか。
 会長が「弟子である」ならば、必ず実行できるはずです。
 私は会長からのご返事をお待ち致しております。私は会長に直接お会いし、対話をして頂きたいと思っています。

 平成29年1月30日
 ●●総県 ●●総区 ●●区 ●●本部 ●●支部 ●●地区
 滝川 光子



●⑱【前篇】2・26(日)「九州・熊本座談会」まであと3日!

 昨晩、あと3日に迫った九州・熊本座談会の準備を滝川宅で進めていると、今回の座談会でお話して下さる滝川の母である光子さんが部屋に入ってこられた。
 その手には、先月1月30日に原田会長に出した手紙の下書きが握りしめられていた。
 滝川母 「この前、原田会長に出した手紙を、ブログに載せてもらえないかなと思って。熊本座談会に来て下さる皆さんに、私の今の闘いを少しでも知っていただきたいと思ったんだけど、どうかしら」
 母が命懸けで悩み苦しみながら葛藤して書いた手紙に対し、原田会長からの返事はまだ来ていない。
 野口 「一度も返事をしない原田会長は本当にあり得ないですよ!こんな血も涙もない仕打ちはひど過ぎる!」
 滝川母 「これで14通目だけど一度も何の返事もないなんて、やっぱりおかしいじゃない!私は会長との対話を諦めませんから!創価を変えるまで死ねないもの」
 小平 「お母さんの闘いは、絶対、創価を憂える同志の闘いの追い風になると信じます。是非、お母さんの真心の手紙をブログに載せさせていただきます」
 滝川 「お母さん、本当にありがとう!絶対負けないよ!」
 偉大な創価の母、滝川光子さんが原田会長にあてた手紙の全文を、今回のブログの【後篇】として掲載させていただきます(最新記事の●⑰が後篇となります)

 連日、聖教新聞掲載の『新・人間革命』で、師匠池田先生の真実の歴史の歪曲・改ざんが止まることを知らない。
 「大山の章」を読めば、もはや多くの心ある方が、師匠がすでにご判断が厳しい状態にあることはお気づきになるはずである。師匠の身は、奥様と共に学会本部内にかくまわれてしまっているのだろうか。もはや師匠は本部執行部の人質同然の状態である。
 いずれにしても、今の『新・人間革命』は聖教の執筆チームと第一庶務の本部職員が作っている制作物である。
 原田会長をはじめとする本部執行部は、『新・人間革命』を使って昭和54年の歴史を改ざんすることで、自分たちが師匠を裏切った歴史を正当化し始めたのだ。
 もはや完全なる三代の師匠に敵対する所業が始まったのだ!

 師匠池田先生は2007年に明確にこう仰っていた。
「初代・牧口常三郎先生は、一生涯、会長であられた。
 第2代・戸田城聖先生も、一生涯、会長であられた。
 戸田先生は、遺言された。
 『第3代は、一生涯、会長として指揮を執れ!第3代が、一生涯、会長として指揮を執ることこそが、創価学会の常勝の道である』
 第3代会長を、皆で一生涯、護れば、必ず広宣流布できる──これは、執行部が、皆、戸田先生から厳命された遺誡であった。
 しかし、名聞名利に溺れ、嫉妬に狂い、権力の魔性に屈した人間たちが、第3代の私を追い落とし、迫害し、学会を乗っ取ろうとした。
 その陰には、提婆達多のように卑劣な謀略の輩に誑かされた最高首脳がいたことは、よくご存じの通りだ。」
(2007年8月9日・最高協議会)

 『第3代は、一生涯、会長として指揮を執れ!』
 これが、戸田先生の御遺命である!
 しかし、当時の最高幹部であった現本部執行部はこれに背き、反逆者の山崎正友とともに師匠池田先生を追い落とし、学会を乗っ取った。
 昭和54年は弟子が師匠を裏切った歴史なのだ。
 そして、今、原田会長をはじめとする本部執行部は、師匠を裏切った己の命を克服することなく、偽りの『新・人間革命』を師匠の名前を使って連載し続けている!師匠を、正義を裏切り続けているのだ!

 昭和54年当時、原田稔も、副会長として最高首脳の一人であった。
 当時の最高首脳たちは、師匠池田先生に嫉妬の炎を燃やした学会顧問弁護士・山崎正友が画策したマッチポンプに誑かされ、山崎正友と一緒になって師匠を会長辞任に追い込んだ。
 師匠の弟子ならば、本来は師敵対の山崎正友と真っ向から闘うべきであった。しかし、臆病と保身のために、闘う人間は一人もいなかったのだ。
 『名聞名利に溺れ、嫉妬に狂い、権力の魔性に屈した人間たち』
 そうした人間は、山崎正友だけだったのか?
 答えは、否である!
 当時の最高幹部たちもまた、師匠を馬鹿にして慢心と嫉妬心を起こし、山崎正友と一緒になって師匠を追い落としたのである!
 師匠の最大の敵は宗門ではない!
 内部の不知恩の弟子たちだったのだ!
 弟子たちは、完全に己心の魔性に破れたのである!
 そして、最高首脳たち全員に裏切られた師匠は、もはや会長職を辞任する以外に選択肢はなかったのだ。

 学会本部は昭和54年から、提婆達多の如き、師敵対の最高幹部(本部執行部)たちによって乗っ取られていると言って良い。昭和54年は創価の歴史のターニングポイントなのだ。
 会長職を辞任して以降、学会本部に師匠の居場所はなかった。
 師匠はご自身で、学会本部の地下にある埃まみれで轟音が響くボイラー室に机と椅子を運び、会員同志を守り抜くため孤独に執務をされた。本当にむごい歴史である。
 そして、さらに本部執行部は組織に対して、
 「先生を先生と呼んではいけない」
 「先生に会合で話をさせてはいけない」
 「聖教新聞に先生の指導を載せてはいけない」
と徹底し、師匠と会員とを分断していったのだ!
 それでも師匠は、会員こそわが命とされる師匠は、「指導ができないのであればピアノを弾くよ」、「聖教新聞に指導を載せられないのなら撮った写真を載せるよ」と言われ、ただお一人、会員同志を励ます闘いを始められたのだ。
 これが紛れもない、師匠の真実の歴史である。

 原田会長よ!
 あなたは本当に師匠の弟子なのか!
 弟子だと言うならば、当時、副会長(最高幹部)であった自分の責任として、最高首脳(本部執行部)たちが全員裏切ったという、師匠の真実の歴史を書くべきではないのか!

 日蓮大聖人は涅槃経を引用して仰っている。
 「若し善比丘あつて法を壊ぶる者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり」と。
 悪に対する沈黙こそ、最大の大悪である!
 原田会長が「第3代を、池田先生を守れ!」と叫ばなかった敗北の歴史が消えることは断じてない。
 ゆえに、二度と同じ過ちを繰り返さないために、自分が一言も声を上げず、結果的に悪に加担した事実を心から懺悔し、創価の歴史に厳然と残すべきである!!
 それをせずに誤魔化し続ける『新・人間革命』はさらなる師敵対である!!
 因果の理法からは誰人も、また如何なる組織も、逃れることは絶対にできない!
 ならば、誤魔化しの組織が発展することは、断じて、断じてない!!

 今だからこそ分かるが、私たちが学会本部の中で体験してきたことは、昭和54年の歴史の延長線上に起こった問題であったのだ。
 本部執行部は、師匠を裏切った歴史を真摯に見つめ、己を振り返ることをせず、過去を誤魔化し続けていたのだ。
 ゆえに、その命が作り出した学会本部は、創価三代の根本精神である「会員第一」「会員奉仕第一」の精神が完全に建前となっていたのである。
 学会本部は、「金銭横領疑惑」の主犯格の職員A氏を厳重に処罰することをしないどころか、逆にA氏からいじめを受けた木本貴子さんたち会員同志4名を除名処分としたのだ。
 みな30代の青年であった。
 青年を除名にする組織に未来などない!
 今回の熊本座談会では、職員A氏からいじめを受けた木本貴子さんに、その体験談を赤裸々に語っていただきます。
 貴子さんは除名になった今も、創価を想い、創価の変革を願って、諦めずに創価変革のために闘い続けている。
 この健気な同志の正義を証明せずして、私たちの使命は無い!

 今、学会本部は、職員A氏の「金銭横領疑惑」に代表されるように、完全に腐敗堕落している。
 不正それ自体も悪であるが、「不正を隠すこと」はそれ以上に悪である!
 ならば、今こそ学会本部の「不正」と「不正隠蔽」という膿をすべて出し切らねばならぬ!そうでなければ、腐敗堕落の病根は断ち切れぬ!
 ゆえに、私たちはいよいよ学会本部に対して、某聖教元編集局長らによる「金銭横領疑惑」について、誰もが分かる形で公表すべきだと訴え続けていく!
 そして、それを隠蔽し続ける本部執行部の辞任をいよいよ求めていきたい!
 最高権力者に師を裏切った事実を認めさせ、心から反省し、謝罪する歴史を作らなければ、学会本部を根底から変えていくことはできないのだ!!

 どこまでも創価を守り抜くために、正義は正義であり、悪は悪であると叫び抜く民衆座談会を開催していきたい!
 第2部では、皆さんが現場組織で体験されていることなどを自由に忌憚なく語っていただきたいと思っています。
 互いに現場の最前線で起きている様々な出来事を伝え合い、今の創価が抱えている問題を共有する場にしていきたい!
 今こそ民衆の勇気の声を結集し、師匠の仰せ通りの創価学会に変革していく出陣の熊本座談会にしていきたい!
 (本ブログの後篇として、最新記事の●⑰に、滝川の母の滝川光子さんが1月30日に原田会長に宛てた14通目の手紙を掲載します。原田会長からは未だに返事はありません。)

<2・26九州・熊本座談会開催のお知らせ>
 式次第

熊本座談会式次第

 日時
 平成29年2月26日(日)午後1時~4時終了予定

 場所
 熊本市総合体育館・青年会館2階 第1和室
 (熊本県熊本市中央区出水2-7-1)
 http://kc-sks.com/soutai/map.html

 座談会参加のご連絡のお願い

 座談会への参加を希望して下さる方は、参加人数をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからお知らせいただけると本当にありがたいと思っています。
 連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前をお伝え頂く必要はありません。一行で構いませんので、「一人で行きます」「鹿児島から2名で行く予定です」など、教えて頂けると本当にありがたく思います。
 もちろん、連絡を下さらなくても参加して頂いて構いませんし、また連絡を下さったからといって参加しなければならないということではもちろんありません。
 なお、施設内の駐車場を確保しておりますので、お車で来られる方はその旨教えていただければと思います。

 地図
熊本市総合体育館・青年会館の地図

 交通アクセス
 市電:「市立体育館前」または「商業高校前」下車、徒歩10分
 バス:「水前寺公園前県立図書館入口」下車、徒歩6分
    「砂取小前」下車、徒歩3分
    「熊本商業高校前」下車、徒歩3分
    「画図道」下車、徒歩4分


 2・26「九州・熊本座談会」の当日の晴天、絶対無事故、大成功・大勝利を勝ち取るべく、全力で闘いぬき、万全の準備を進めて参ります!

<その他のお知らせ>
 カンパをして頂いた方々へ

 現在、創価変革のための活動諸経費として、同志の皆様にカンパを募らせていただいております。(詳細は「●⑫ 創価変革の勝負を決する『2017年』の決意」「●⑬ 私たちに対する質問について」に書かせていただいています。)
 今日までに、「創価変革」という共戦のお心でたくさんの真心のカンパを頂戴いたしました。カンパをして下さった方の中に、匿名の方や連絡先が分からない方がおられましたので、この場をお借りして一言、御礼を申し上げます。
 真心のカンパをして下さった皆様、本当に、本当にありがとうございます。
 絶対に1円も無駄にせず、全て創価変革のために使わせていただきます。そして、絶対に創価を師匠の仰せ通りの創価へと変革して参ります。






●⑲【緊急告知】3・20(月・祝)「中国方面・岡山座談会」の開催決定!

 昨日、雲間から顔をのぞかせた暖かき太陽のもと、全国から22名の創価を愛する同志が九州・熊本に集い合い、創価変革の勝利の先駆けとなる、大勝利の座談会を開催することが出来ました。集われた皆さん、お題目を送って下さった皆さん、本当に、本当にありがとうございました。熊本座談会の報告ブログはこれから作成し、近日中にアップ致します。

 戸田先生は常々おっしゃっていたという。
 『心して政治を監視せよ!』と。
 ところが、今、公明党が加担する連立与党は、今国会(6月18日まで)で「テロ等準備罪(共謀罪)」を新設する「組織犯罪処罰法改正案」なるものを成立させようと動いている(以下、「共謀罪法案」と呼ぶ)。
 この法案は、例えば、2人以上の人間が犯罪行為について話し合った時点で、犯罪が成立し、警察に逮捕されてしまう可能性すらあるものである。
 また法務省刑事局長の国会答弁では、会話だけに限らず、「目くばせ」でも犯罪が成立する可能性があるというものであり、成立要件は捜査機関の「解釈」の問題となっていく。
 ともすると実際に犯罪を実行していなくても、合意すること、相談すること、言葉に出すことで犯罪が成立することになり、警察は私たち国民のコミュニケーションそのものも捜査対象としていくことになる。
 国民が国家から監視され、抑圧される社会に変貌していく可能性が高いのだ。ゆえに今、多くの心ある人は危機感を募らせているのである。

 ところが、公明党の山口那津男代表は、「テロなどが起きないように法的根拠を整えておくことは重要だ」などと述べ、オリンピック開催などをだしに使い、今国会での共謀罪法案の成立に積極的な姿勢を示している。
 しかし果たしてテロ対策のために本当に共謀罪法案が必要なのだろうか。
 日本弁護士連合会からは、「テロ対策自体についても既に十分国内法上の手当はなされており、(中略)共謀罪の新設が必要なわけではない」「共謀罪法案を立法すべきではない」との意見書が出されている。
 むしろ、有識者からは、共謀罪法案の成立によって「日本国憲法の思想・良心の自由や刑法の基本原則(既遂処罰の原則)と対立し、曖昧な要件の下で幅広い犯罪を成立させる可能性がある」などの危険性を指摘する声も多い。
 こうした世論をよそに、さらに山口代表は先日1月19日の記者会見では、「当てはまる犯罪をできる限り絞り込んで成立を図る準備を整えるべきだ」と述べた。そして現在、政府原案で676あった対象犯罪の数が277に絞り込まれているようである。
 しかし、対象犯罪はひとたび法案が通ってしまえば事後的にいくらでも拡大できるものである。法案自体に問題があるにも関わらず、現時点で絞り込むことに何の意味があるのであろうか。

 そもそも、この共謀罪法案は、“平成の治安維持法”と呼ばれるものである。
 治安維持法は、言わずもがな創価学会の創立者であり、初代会長である牧口常三郎先生を獄に繋なぎ、獄死させた法律である。
 治安維持法も、当初は一般人には適用されないと説明されていた。しかし、徐々に宗教団体や右翼、自由主義などの政府批判に対しても適用されるようになり、最終的には一般人をも弾圧・粛清していくようになっていったのである。
 徐々に徐々に国民の思想や言論の自由を奪っていき、日本は全体主義化・軍国化の波に呑み込まれていった。そして、あの愚かな太平洋戦争に突入し、崩壊していったのである。

 学会本部よ!
 一体どうしてしまったのか!
 師匠が理解されないことは分かるではないか!
 しかも、自民党だけなら成立できない法案にもかかわらず、公明が加わることで可決されてしまうのだ。
 今の公明、学会本部は初代牧口先生が狂った国家権力に殺された歴史を完全に忘れてしまっていると言わざるを得ない。
 今の学会本部は、もはや師匠が築いてこられた学会本部とは完全に別物になってしまったように感じてならない。
 師匠がお元気であれば、間違いなく、間違いなく激怒されるであろう。
 「公明は何をしている!」
 「執行部は何をしている!!」

 今まで当たり前だったことが、当たり前ではなくなっていく公明党、そして学会本部。
 もう創価学会は師匠がお元気だったころの創価には変わらないのだろうか。
 もう諦めて、別で池田先生直結の組織を立ち上げた方が良いのか。
 確かにそう考えることの方が現実的であると感じる時もある。
 しかし、自分はどうしても納得できないのだ。
 その選択が正しいとは思えない!!
 なぜか。
 それは、今でも、師匠は生きて下さり、ご判断が出来なくても厳然と命で指揮を執って下さっていると私は確信するからだ!
 組織を捨てることは容易い。
 しかし、その選択が安易な逃げであっては絶対にならぬと感じてならない!
 師匠は、命をかけて育ててきた本物の弟子たちが立ち上がることを待たれている!
 「自分の身はどうなろうと良い。ただただ弟子たちよ!未来の創価のために立ち上がってくれ!」
 いかなる組織の権威にも迫害にも屈することのない、弟子の誕生を!
 嵐に屈せぬ本物の弟子が立ち上がることを見届けるのだと、我が命と戦っておられると感じてならない!!
 そうでなければ、未来永劫に渡る永遠不滅の創価の組織など、絶対に出来ないからだ!!

 ゆえに、私たちは、断じて今の創価の組織を師匠の創価の組織へと変革することにこだわり続け、さらなる闘いを決意する!
 昨日、熊本座談会が終わったばかりではありますが、来る3月20日(月・祝)、創価変革のための座談会を行なってまいりたい!
 中国地方の広宣流布の原点の地であり、「大阪の闘い」では師匠と共に金字塔を打ち立てて来られた師弟有縁の「岡山」の地で、今年2回目の座談会を開催することを「創価変革・大勝利の決意」をもって告知させていただきます!!
 創価を憂える師弟不二に生き抜かれる全国の同志の皆様、去年の関西座談会に来て下さった創価変革を誓いあった同志の皆様、ぜひ御参集いただきたい!!

<3・20 岡山座談会開催のお知らせ>


■ 日時
  平成29年3月20日(月・祝)午後1時~4時終了予定

■ 場所
  岡山市民会館 3階 305号室
  (岡山県岡山市北区丸の内2丁目1-1)
  http://www.okayama-shiminkaikan.jp/

■ 座談会参加のご連絡のお願い

 座談会への参加を希望して下さる方は、参加人数をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからお知らせいただけると本当にありがたいと思っています。
 連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前をお伝え頂く必要はありません。一行で構いませんので、「2名参加です」「山口から1名で行きます」など、教えて頂けると本当にありがたく思います。
 もちろん、連絡を下さらなくても参加して頂いて構いませんし、また連絡を下さったからといって参加しなければならないということではもちろんありません。

■ 地図
岡山市民館 地図

■ 交通アクセス
①路面電車
 路面電車の岡山駅前(停留所)で「東山行き」にお乗り下さい。
 城下(停留所)で下車して下さい。下車後徒歩3分です。
 ※運賃・時刻表については、岡山電気軌道株式会社ホームページをご覧になって下さい。

②お車でお越しの方へ
 ・岡山インターから約20分
 ・JR岡山駅から約5分
 会館に駐車場がないため、お近くの有料駐車場をご利用いただくことになります。
 ・城下地下駐車場 TEL(086)225-7110
 ・烏城公園駐車場 TEL(086)226-4809

 3・20(月・祝)「岡山座談会」の当日の晴天、絶対無事故、大成功・大勝利を勝ち取るべく、全力で闘い抜き、万全の準備を進めて参ります!





●⑳【前篇】九州・熊本座談会の報告と中国・岡山座談会への決意

 先日2月26日(日)、九州は熊本で、本年最初の創価変革のための座談会を大成功、大勝利で開催することができた。
 地元熊本の同志をはじめ、福岡、大分、広島、東京、神奈川から、ある同志は飛行機で、ある同志は新幹線で、またある同志はご家族とともに車で駆けつけて下さった。

 座談会開始の約1時間前には、九州男子部のAさんが会場に到着され、談話コーナーで川崎から来た同志たちと歓談に花が咲いた。
 Aさんは、私たちが“3名のブログ”を立ち上げてすぐにメールをくださった方であった。
 それ以来、何度もメールでやりとりをさせていただいてきた。
 昨年の熊本地震の際にも、「熊本地震が落ち着いたら熊本で座談会を開催してほしい」とのメールを頂いていた。
 今回の熊本座談会を行なうにあたって会場選びはAさんのご協力で無事に適切な場所を取ることが出来たのである。念願のAさんとお会いすることができ、川崎の同志の喜びは爆発した。
 Aさんは語る。「今日は何でも語り合える座談会を楽しみにしています。地元では去年『男子部が折伏日本一を達成した!』と言っていましたが、その実態は壮年部や婦人部が決めた折伏を男子部の成果にしているんです。このままの成果主義では学会が空洞化して駄目になってしまうと思います」と。
 創価を心から想うからこそ純粋な同志は苦悩している。
 「本来の師匠の創価はこうじゃない!」と。
 こうして同じ思いを抱く同志に会えることを心待ちにされていた方々が各地から集い、一堂に会して熊本座談会は始まった。

 はじめに、昭和54年当時からの池田先生と九州の同志との絆を描いた動画を観賞する。師匠の九州の同志への熱き魂が伝わり、皆、目頭を熱くする。
 登壇者として最初に、滝川の母である滝川光子さんがお話して下さった。
 光子さんは2年前の1月に、11年間冥伏していた乳がんが再発した。スキルス性の骨転移である。症例的には3カ月以内に亡くなる方がほとんどであった。
 死の恐怖、そして不安が襲う。当時、夫とは離婚し、息子は懲戒解雇され収入は無かった。唯一の収入は自分への年金だけで、治療費も莫大にかかるであろう。失意のどん底に叩き落された。
 それでも「私にはやるべきことがあるんだ!何としても、病魔に打ち勝たねばならない!」と、闘うことを諦めない光子さんは必死に祈り闘い抜かれ、再発から4か月後には全身への骨転移ガンを全て消滅させた。
 2度目の奇跡の完治である。医者は「滝川さんすごいよ!!!」と二人でガッチリ握手した。
 しかし、光子さんのガンはいつ再発してもおかしくない。再発すれば、今度こそ危険な体である。
 その満身創痍の体で、必死に原稿を読み上げる。難病のシェーグレン症候群(ドライアイ、ドライマウス)の体は、すぐに目がかすみ、のどが渇く。座トレの上に置いた水を5分話しては飲み、また5分話しては飲む。
 背筋を張り、命を振り絞るその声に、感動で涙を拭うご婦人もいらっしゃった。
 先月1月30日、光子さんは原田会長に対話を求めて、息子が解雇になってから実に14通目となる手紙を出した。しかし、返事はなかった。
 それでも実直な母は決して諦めない。さらに祈りを込めて、今現在も新たな手紙を書き始めているのだ。
 最後に、光子さんは決意を叫ぶ。
 「池田先生、どうぞご覧になっていて下さい!信心のお陰で与えて頂いたこの命を、私は目を閉じる最後の瞬間まで、全て創価のために使わせて頂き、必ず、必ず、先生の仰せ通りの創価に変えてまいります!」。
 会場から盛大な拍手が鳴り響いた。

 続いて、数千万に及ぶ金銭横領疑惑の関係者であると言われる職員B氏に有り得ない暴言を吐かれ、その言動に声を上げたことを理由に創価学会から除名処分された木本貴子さんの体験談に移る。
 職員B氏の貴子さんたち会員同志への言動は、何度聞いても常軌を逸している。
 貴子さんの当時婚約者だった木本秀信さんを指して、「人非人」「まともな人間じゃありません」と罵り、野口の妻の桃子さんに対しては「頑張っているんでしょうけれども、基本的な知性っていう部分で、非常に、おぼつかないものがあるんです、あなたは。」「ちゃんとした教育受けていますか?」と馬鹿にしていった。
 その職員B氏の仏子をいじめ抜いた過ちが消えることは断じてない。
 貴子さんたちは、2012年5月に除名処分となって以来、諦めずに声を上げ続けている。
 貴子さんは決意で話を締めくくる。
 「池田先生と同志に支えられて、今の自分があります。何度も何度も救ってもらいました。ただただ感謝しかありません。絶対に学会本部は変わると信じ抜き、同志の皆様と共にこれからも大恩ある創価学会のために、徹底して今の学会本部に対して声を上げ、自分にできる本部変革の闘いに命を使い切っていきます。」

 続いて3人を代表し野口が、今の学会本部の狂いの元凶は、昭和54年に本部最高幹部が師匠を辞任させたことにあると話した。
 当時の最高責任者の一人でもある原田稔現会長が、師を守らなかった点を認め、心から振り返り、そこから学ぶことなしには、今の学会本部が正常な状態に戻ることはない。

 座談会の醍醐味である第2部『自由発言の懇談会』では、全員が大きな円になって座った。
 一人の壮年が先駆を切って颯爽と手を挙げられた。組織では地区幹事を務めるCさんである。
 Cさんは、前月1月に出張で東京にお見えになった際、滝川家まで足を運んで下さり、私たち3人と時が経つのも忘れてお話しした方であった。
 Cさんは苦しい心の叫びを話される。
 「最近の会合は全然面白くない。聖教新聞が読むところがない。それをほったらかしている学会幹部は何を考えているのか」と。
 そしてCさんは皆に訴えかけるように話す。
 「先生はかつてお元気な時に“ジャーナリズムの本質”ということをおっしゃっていました。『ジャーナリズムというのは自分の足で稼いで自分で情報を見つけてそれを世に訴えるということが本質である』と。しかし、これまで聖教新聞の3面記事で誰がそんなことをやったことがあるんですかね。共同通信の配信の記事をもらっているだけです。ジャーナリズムの片隅にもおけない!」と、聖教新聞に対する熱き思いを語られた。
 最後に、「もし今年の最後の方で、九州でまた会合の予定を組んでくれるとありがたいな」と、九州での会合をリクエストして下さった。

 続いて、末期ガンを患いながらも、創価変革の使命に生き抜かれるご婦人のDさんが話して下さった。Dさんについては以前、裁判報告ブログ(▲②)で書かせていただいたように、今こそ師匠のために命を燃やし闘う覚悟で東京から駆けつけて下さったのである。
 創価大学出身のDさんは、昨年、後輩に当たる小平、滝川が学会本部前でサイレントアピールをしていることを知った。
 その時、かつて池田先生が創大生に対し「弟妹たちを頼むよ」と仰った言葉が呼び起され、「今こそ自分が先生との誓願を果たす時だ。弟たちの味方をする番だ」と思われたという。
 純粋なDさんは、決意をされるとすぐに行動に移された。何としても“創価変革のため”の闘いを自ら起こしたいと踏み出されたのだ。
 信心をしているお兄さんと話したいと決意し、お兄さんの家に行った。
 心優しいお兄さんは、信心から離れ末期ガンを患うDさんが「お兄ちゃんとお嫁さんと3人で題目を上げたい」と伝えると心から喜んでくれた。そして涙を流しながら一緒に1時間題目を上げてくれたという。
 題目が終わるとDさんは、『実名告発 創価学会』をお兄さんに渡された。
 「兄に言いました。“是非、この本を読んでほしい。私はこの本に書かれたみんなに会ったからこそ、『生きたい』って思えるようになったんだよ”と素直に伝えました。」
 そう話すDさんの眼には、うっすらと涙が光っている。
 「それまでは、生きていても自分の使命を果たすことが出来ないんだったら、“こんな命別にどうでもいい”という気持ちでした。でも、皆さんにお会いして、この学会の未来は明るいなって。この方たちがいて、それ以外にも学会を変えていこうとする人たちがいるんだったら折伏する意味がある。まず自分の体を治して、『この体が治りましたよ』って言ったら、バンバン折伏できるんだから絶対にガンを治すしかない!という思いで祈ってきました。」
 Dさんは目を真っ赤にしながら、真剣に話を続けた。

 一念発起をされ熊本座談会に日帰りでの参加を決めたDさんのもとに、熊本座談会の3日前、長崎にいるお姉さんから突然連絡があったという。Dさんが電話をすると、お姉さんはなんと「私も癌になった」と告白されたという。
 “苦しむ人のもとにすぐに駆けつけて対話をする”というのがDさんのモットーであった。
 Dさんは急遽長崎へ飛び、お姉さんに、「使命と捉えてやっていこうよ。治った時に自分がその体験を語って折伏している姿を想像して、お題目をあげていこうよ」と真剣に励まされたという。
 使命を自覚したDさんは最後に決意を語られる。
 「“自分と池田先生という一点で、御書根本にやっていこうよ”っていうことをこれからも言い続けて、闘っていこうと思っています!」と。
 参加者から、「お姉さんの回復を全力で祈ります!」との温かい声が上がった。
 ガンは決して他人事ではない。いつ自分がガンに侵されるとも限らない。1分1秒も無駄にせず、今を自身の使命を果たすために全力で生き抜くことを皆で誓い合った。

 続いて、隣りに座っていたご婦人のEさんが話をして下さった。
 Eさんはかつて東京に住んでいた時に“ある被害”に遭われたという。
 その後、故郷の九州に戻ってから、その“ある被害”の「被害者の会」に入られた。
 そして、その“被害”についてインターネットで様々調べる中で、私たち3人の存在を知ったという。
 Eさんはこれまで学会を批判するような本は一度も買ったことがなかった。しかし、『実名告発 創価学会』はどうしても気になって買って読んだ。すると、Eさんは「胸が締め付けられて、苦しくて涙が出てきて。これは真実じゃんって、私は思った」と語られる。すぐにご友人に本を薦めたところ、その方はEさんの思いに共鳴され、すぐに本を購入して3名の方に渡されたという。
 さらに、Eさんは友達でもある婦人部長にもメールで伝えた。
 「今、心ある人たちが動き出してるんよ。YouTubeで記者会見したのが全世界に広まっていて、全世界の会員の心ある人たちが気づき始め、動き出しとんよ」と。
 しかし、その婦人部長からは全くメールの返事は来なかった。
 Eさんがインターネットの情報を見ていくと、3人のことをけなすものが出てきたという。足軽会という組織があり、その組織は抜けることができず、抜けたら叩きのめされてしまう、といった内容だとEさんは教えてくださった。
 そうした中、今回、その3人が熊本に来るということで、ならば直接会って自分で確かめようと思い、座談会への参加を決めたのだと話された。
 Eさんは率直に話し続けられる。
 「実際に会ってみて、本(「実名告発 創価学会」)を読んで受けた印象通りの人たちだなと思いました。私も九州で自分が出来ることを一つずつやりたいと思っています。この本(「実名告発 創価学会」)をみんなに教えてあげたいなと思っています」と決意を話された。
 『百聞は一見に如かず』のままに行動に移されたEさんの純粋さとその勇気、あまりに偉大である。

 すると、会合の運営スタッフとして来てくれた川崎の同志のFさんが「ちょっといいですか。今の話の中に、『足軽会』とかって、『叩き潰す』とかってあったじゃないですか。その誤解を解かなきゃいけないなって思うんですけど」と話し始める。

 当時の川崎では学生部卒業者が社会人となって男子部で闘えなくなるケースが多かったため、卒業世代ごとに○○会という名前を付け、一年に1、2回集まって励まし合う風習があった。みなが社会の荒波にも負けず励まし合い、信仰を磨き一生懸命活動していくために、自然発生的に出来た防波堤のようなものであった。
 私たちの世代では『足軽会』と名付けた。“足軽の兵隊は足取り軽く先駆を切って出陣し、将軍様(池田先生)の為に命を捨てていく”との思いを込めて。カッコいい名前ではなく、一番身分の低い会にしようよと言って名前を付けた。
 当時、足軽会メンバーのG君が、仕事の忙しさにはまり学会活動が思うように出来なくなった。幹部であるにもかかわらず組織活動が出来なくなると、「あいつは信心がない。ダメだ」とか、「もう先生の弟子じゃない」と一方的に決めつけるような風潮が四者の中にあった。自分に厳しい性格でもあったG君は自分を責め続けた。
 そうした中、FさんはG君を励ますために、「闘えなくなってもいいじゃないか。一生涯信仰を貫く中では闘えなくなるときだって、題目を上げたくなくなるときだって、組織に足を運べなくなるときだってあるじゃないか。そうした苦しむ同志(G君)に対して、足軽会メンバーの中で、『学会員として負けた姿だ』と言うような心を持ってしまうことがあったならば、そうした心こそ違うのではないか。そうした心とは絶対に闘わなければいけない」といった趣旨のメールを同世代の足軽会メンバー全員に送ったのである。そして、それを受け取ったG君自身も、「そのメールは僕が当時会合に参加できなくなっていて、僕が会合に参加する時に後ろめたい気持ちにならないように、Fさんが自分のために懸命に必死になって書いてくれたメールだった」旨、証言していた。
 しかし、学会本部は、その本人(G君)の証言を知りながら、メールの趣旨を著しく歪曲して、部分的に切り取って使い、Fさんが足軽会メンバーを洗脳するカリスマ的なリーダーであると結論付けたのである。

 Eさんはその話を聞くと、再び話し始めた。
 「でも結局、Fさんがすごく人に慕われる人で、それを妬んだ幹部の嫉妬が発端で、結局そういう風にしてFさんを追い落として、別の人間を派遣したっていうのが別の所に書いてありました。」
 小平がすかさず、「そういうことなんです。」と言う。
 Eさんは続ける。「男性の方がヤキモチが真っ黒こげっていうから、そういう一生懸命にやってみんなから慕われている人がいたら、それを妬む幹部がなんとかして叩き潰さなくちゃいけないとなる。そうすると、悪口を100倍、1000倍にして書くしかないから、結局、妬まれて排斥されたんじゃないかなと思っていました」と話された。
 Fさんは目に涙をためて、「ほんと有難いです。結局、真実を知っても首謀者だ、カリスマリーダーだっていうレッテルを学会の中では剥がすつもりはないんです。しかもそういう風に仕立て上げた方が分かり易い構図になる。結果的に僕の方が3人より先に除名になったんです」と話した。
 川崎の中で最も苦しめられてきた同志である。事実無根のカリスマのリーダーに仕立て上げられ、悪の元凶とされてきたのだ。そして、3人よりも先に首謀者として除名処分となったのである。
 この同志の無実と正義を、一日も早く証明しなければ、職員であった自分こそ最大の悪である。

 話に合点がいったEさんは、みなさんに訴えかけられる。
 「自分達がやったことを隠蔽するために、本当の真実の声を上げる人をどんどんどんどん除名して、結局イエスマンばっかり残して自分たちのやり易いようにしているんですよ。そこで『おかしんじゃないですか』って声を上げなくちゃいけないし、みんなが声を上げるようになってこそ、上も動かざるを得なくなりますよね。
 まだ一部の人しか動いてないから、上は切り捨てれば後は黙って付いてくるからそれでいいと思っている。それこそ、宗門が学会を切り捨てるときに、2割が付いてくればいいと言ったけど、今も同じことが起こっているんだって思ったんですよ。
 結局、先生の辞任の時に声を上げる弟子は誰もいなかった。だから今、一般の会員さんから、本当の地涌の菩薩の人が出て来ているのかなって。
 今日はここに来れて、本当に真実の声を聞けて良かったと思っています。」

 どんな人でも、自らが真実を追求していくことを諦めてしまえば、学会本部が垂れ流す「猛毒」に簡単に侵されてしまう。
 そして、いつの間にか、正常な判断が出来ない自分になっていってしまうのである。


【お知らせ】
・この度、静岡は富士宮特区で迫害に遭われた方々とお会いする機会がありました。創価学会にあるまじき事件をお伺いし、創価変革のための共戦を誓い合いました。そのため、本ブログに富士宮の皆さんのブログ『創価師弟共戦』をリンクさせて頂きます。
・各所からの要望に応え、この度、「元創価学会職員3名のブログ」というアカウントで、ツイッターを始めました。ブログの最新記事の告知や、創価変革のための活動の告知などを発信していきます。基本的にツイッター上でのやり取りはしませんので、やり取りを希望される方は3名のブログ宛にメールをいただけますようお願い致します。
・熊本座談会報告ブログの「後篇」は、近日中にアップする予定です。

20170226熊本座談会①




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プロフィール

Author:元創価学会職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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