■① 安保法制に対する私たちの考えと決意

 私たちは、創価学会の中で8年に渡って、本部職員が行なった不正人事や、本部職員が会員に対して誹謗中傷する行為、そして、それら職員の問題を隠してしまう学会本部の実態を体験してきました。
 正直はじめは現実を受け入れられない時もありました。なぜ、こんなにもおかしなことが起こるのか。もしかしたら、自分の感覚がおかしいのではないかと真剣に悩みました。
 師匠が、対話こそ創価の生命線であると仰っている中で、同じ学会本部に勤める本部職員同士が直接会って話せない。なぜなのか本当に悩みました。
 悩みながらも、対話が出来ない実態や不正を隠蔽する実態を目の当たりにし、私たちは、本部執行部に対話をお願いし続けました。
 そして謹慎処分、役職解任処分、地方への左遷、懲戒解雇処分、さらに除名処分となりました。そして、私は本部職員でも、創価学会員でもなくなりました。

 私は生まれた時から創価学会の中で育てて頂き、人生の師匠池田先生と出会うことが出来ました。私にとって創価学会は生きる意味であり、師匠の築かれた創価学会に尽くすことが私の生きる希望でした。本部職員を志願したのも、その思いからです。しかし、解雇、除名となり、私は生きる意味であった価値を全て失いました。
 しかし、失う中で、最も大切なものを得ることができました。それは、「創価学会とは、師匠と弟子、師匠と会員という絆の世界であり、その間には誰人たりとも入ることはできない。」と心から実感することが出来たことです。私に残ったのは師匠という存在しかありませんでした。
 私は除名となり、創価学会員ですら無くなりました。しかし、会員でなくても、師匠の弟子だと心から思っています。学会員の皆さんと同じように、私も偉大なる師匠の一人の弟子だと思っています。
 「学会員でもないのに、弟子だというのはおかしい。」そう思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私と師匠の間には誰人も入ることはできないと思ったのです。それは、多くの学会員さんがそう思っているように、私もそのように感じたのです。
 私が、一人の弟子だと自覚した時、強く思いました。
 「自身が体験したことを、会員さんに知って頂き、創価学会の問題を共に考え、共に創価学会をより良くしていきたい」と。
 すべて体験した事実を書き、こうした学会本部の問題に真正面から取り組む決意をしました。そして名前を公表し、このブログを始めようと決意しました。
 名前を公表したことで、ブログを見て頂いた方から、多くの励ましのコメントを頂戴するとともに、誹謗もあります。しかし、何を伝えられようとも、私は今の創価の問題を変えなければ、師匠との誓いは守れないと思いました。
 その中で、「安保法案についてはどう考えているのか」「今後はどのような活動を考えているのか」など率直な声も頂戴しました。
 ただただありがたいと思いました。感謝しかないと思いました。関心を持ってくださる会員さんがこれほどいるのかと思ったからです。
 そして今回、改めて私たちの考えをお伝えする回にさせて頂きたいと思いました。次の更新を望んで下さっている方には、本当に申し訳ない思いです。第14回で予定していた「懲罰委員会の出来事」については次回以降、事実を書かせて頂きたいと思います。
 この第14回目は、ブログの「~はじめに~」でも触れましたが、現在の創価学会が直面している安保関連法案について、私たちが思う問題点や考えを、決意を持って書かせて頂きます。

 師の仰せに反する安保法制の動き

 現在、「平和」を標榜する公明党が参加する政権与党によって、「戦争」を容認する安保法制が着々と進められています。
 平成27年9月19日、自民・公明の連立与党は、多くの憲法学者から「憲法第9条に違反する」との見解が示される中で、安保関連法案の強行採決に踏み切り、法案を可決成立させました。
 しかし、この法案は、集団的自衛権を認め、戦闘地域に自衛隊を派遣するなど、日本が世界の戦争に加担することを認めるもので、まぎれもなく憲法9条に違反する法案です。
 歴代の内閣法制局長官、最高裁元長官、最高裁元判事、日弁連と52弁護士会すべてが違憲であると見解を示していることからも、その違憲性は明らかです。
 しかしこの日、公明党は、政権与党の一翼としてこの安保法案の賛成に加わり、そして法案を可決する決定打を打つ役割を担ったのです。

 公明党は師匠が命を削って創られた政党です。それにもかかわらず、創価三代の師弟の歴史に泥を塗るような、憲法第9条に違反する安保法案を強行的に可決成立させてしまいました。
 初代会長牧口先生は、戦争を進める軍部権力に抵抗し、民衆を苦しめる戦争には絶対に反対するとの立場を貫き逮捕され、そして獄中で獄死。
 第二代会長戸田先生は、獄中で軍部権力に殺された牧口先生の仇を討つため、生きて牢獄を出られた。そして、大病を患う中、学会の全青年部に対し、「遺訓」として、反核、戦争放棄の思想を全世界に訴える「原水爆禁止宣言」を残される。
 第三代会長池田先生は、世界平和と人類の幸福を実現しゆくために、冷戦時代には、アメリカ、ソ連(当時)、中国を繰り返し歴訪し、時の実力者と対話に挑み抜かれ、第三次世界大戦が起こらないよう、命を注がれて世界平和のために戦い続けてこられました。
 そして日本では、平和実現に向けて、「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」という立党精神を掲げる公明党を創立されました。
 しかし、今や公明党は立党の精神を完全に見失っているとしか思えません。
 「違憲ではない」、「あくまで専守防衛の範囲内である」などと欺瞞を並べ、国民および創価学会員を騙す弁解に終始している事実は、「平和の党」を自ら放棄するものです。
 「永遠の師匠」(創価学会会則前文および3条)である創価の三代の会長が、文字通り命を賭して築いてこられた「絶対平和主義」の城を破壊した暴挙であると感じるのです。

 そして創価学会本部も、「公明党が、憲法9条の平和主義を堅持するために努力したことは理解しています」(平成26年7月2日付け朝日新聞)、
 「昨年の閣議決定は、憲法第九条の平和主義と専守防衛を踏まえたものであり、それに基づく法案の審議が、現在、進められているものと認識しています。その点の理解が進まず、反対されているのであれば残念です。」(平成27年9月5日TBS「報道特集」)と述べ、公明党の安保法案賛成を容認する考えを示しています。
 しかし、創価学会の歴史とは、創価学会の三代に渡る師弟が築き上げてきたのは、「戦争反対」、「絶対平和主義」という信念を貫く闘争の歴史に他なりません。

 師匠池田先生は明確に仰っています。
 「私どもは、これまで恒久平和主義を掲げた日本国憲法を一貫して守り抜く姿勢をとってまいりました。それは単に日本一国のためというより、平和憲法の精神と理想とを、あらゆる国々、あらゆる民族の心に植えつけ、戦争放棄の人間世界を広げることこそ、恒久的平和への確かな道と信じているからであります。」
 「特定の国と運命共同体的な関係を持ち、強大な軍事力を表にして自国の安全保障を図る行き方は、もはや時代錯誤と言わねばなりません。」(昭和58年1月25日 第8回「SGIの日」に寄せて)と。
 さらに、師匠は平成13年9月25日の毎日新聞のインタビューに対し、
 「私は絶対に第9条だけは変えてはいけないと思います。」と明確に宣言なされています。
 今回の安保法制の動きが、創価学会の「永遠の師匠」である三代の会長が貫いてこられた「絶対平和主義」の思想と行動を、根底から破壊する暴挙であると思えてならないのです。いや、暴挙であると私は断ずるのです。
 
 全国の学会員さんが三色旗を持ってデモに参加したり、独自に勉強会を開いたり、師匠の仰せに反するとして法案の撤回を求めて署名を集めたりするようになりました。
 しかし、そのことに対しても、創価学会広報室は、
 「九条の平和主義と専守防衛を踏まえ、それに基づく法案の審議が国会で進められていると認識しています。法案をめぐる会員の集会や動きは関知せず、公認したものでもありません。当会の名前と三色旗が政治的に利用されることは大変遺憾です。」(平成27年8月30日付け東京新聞朝刊)との見解を表明しました。
 さらに平成27年9月5日のTBSの番組「報道特集」でも、
 「あくまでも個人の立場の行動と理解しています。昨年の閣議決定は、憲法第九条の平和主義と専守防衛を踏まえたものであり、それに基づく法案の審議が、現在、進められているものと認識しています。その点の理解が進まず、反対されているのであれば残念です。」と報道されました。
 まるで学会員の行動が迷惑であるかのようなコメントに、私は憤りを感じてならないのです。今の学会本部はおかしい。私はそう思えてならないのです。

 戦争を経験された世代の学会員さん、戦争を直接知らずとも、創価の三代の歴史と指導を学ばれた学会員さんであれば、この安保法案に公明党が賛成したことに疑問を感じられることは自然ではないでしょうか。

 学会員の皆さんが、三色旗を掲げてデモ等の活動に参加するには、どれほどの勇気と信念が必要であったか計り知れません。一人一人が、苦渋のすえに已むに已まれぬ選択を為されたであろうと思うと、胸が締め付けられる思いです。私たちも国会前のデモに参加しましたが、たった一人であっても声を上げられている会員の皆さんの姿に、本当に勇気を頂きました。希望を見た思いでした。
 安保法案反対の声を上げたならば、組織の中で、色眼鏡で見られるかもしれない。
 そうした様々な不安を乗り越え、ただただ師匠の仰せを胸に弟子として、信念を貫かれる学会員の行動に対し、学会本部は切り捨てるかのような声明を出して非難する暴挙に出ました。

 師のお心に反する学会本部の現状

 師匠は、平成22年6月度の本部幹部会を欠席されて以降、創価学会の未来を見据えて弟子を薫陶するため、あえて表舞台に出ることを控えられ、弟子に一切を託そうとされています。
 しかし、その師の心を裏切るかのように、学会本部は師匠の手の届かない場所で、三代の師匠が命がけで築いてこられた平和思想を根底から覆す「安保法制」を推進しています。今の本部執行部は明らかに師匠の仰せ通りではないことを感じずにはいられないのです。
 
 そのような本部執行部ですが、今般の新「勤行要典」制定の際には、「池田先生のご了承をいただいた上で」制定するに至ったことが聖教新聞紙上に公表されました。
 創価学会の根幹である教義、信仰実践、そして「永遠の師匠」に関わる重大な事項であるからこそ、執行部は師匠に内容を報告し、師匠の判断を仰ぎ、「ご了承」を得る行動をとったのだと思います。
 しかし、今般の安保法制を創価学会として推進するという最大に重要な問題については、師匠の「ご了承」を得たという公表は為されていません。

 安保法制は、全国民の命に関わる問題であるとともに、「永遠の師匠」である三代の会長が命懸けで築かれた平和主義の根幹に関わる問題です。
 全国の多くの学会員さんが悩み苦しんでいるのは、この法案が三代の師匠の思想に照らして正しいのか、間違っているのかが明確にされないまま、学会本部が推進していることではないでしょうか。
 弟子が一番知りたいことは、“師匠が安保法案を良しとされているのかどうか”ではないかと思うのです。
 「むずかしいことは良く分からない。しかし、もしこの安保推進を、師匠が了承せずに、学会本部と公明党が推進していたならば大変なことだ。」と考えるのではないかと思うのです。
 多くの創価学会員が、学会本部の見解に相反して安保法案反対の活動を行なっている状況にもかかわらず、師匠への「ご了承」について学会本部として公表しないのは、明らかにおかしいと感じてなりません。

 「政治と宗教は立て分けるべきだ。」例えそう考えても、本部の了承なく、また本部の意向を無視し、公明党が安保推進をすることは到底考えられない。これは、学会員ならば誰もが分かるところではないでしょうか。
 本部執行部が、この重大な局面にあって師匠に判断を仰ぐことが無かったならば、師匠の仰せ通りとは言えない。「永遠の師匠」の精神に基づくものとは言えないと思うのです。

 私は、今の本部執行部は、自分の都合で組織運営をしているように感じてなりません。
 また、そう感じる理由が他にもあります。私たちが懲戒解雇されるまでに体験してきた本部執行部の対応も、師匠の指導を根本とするものではなく、自分達の都合であったからです。
 平成24年1月30日、結婚を前提に婚約者と同居をしていた小林貴子さんという女子部員が経済的な事情から、それまで二人で2部取っていた聖教新聞を1部に減部したいと申し出ました。しかし、聖教新聞社支局の職員である水戸支部長は貴子さんから新聞減部の理由である経済状況について何一つ聞かずに、減部の申し出を拒否した上、貴子さんの信仰心を否定する発言をしたという事件が起こりました。
 この発言をした職員の水戸氏は、聖教新聞社における平成21年ごろに発覚した金銭横領疑惑の関係者とされています。
 貴子さんは、職員の水戸支部長から信仰心を否定されたとして、声を上げました。しかし、地元の総区幹部たちは貴子さんの話を一度も聞かず、貴子さんに対し「水戸氏に対する連絡禁止」という、職員の水戸氏を擁護するような処分を下したのです。それでも、貴子さんが諦めずに声を上げ続けると、貴子さんは除名処分となりました。
 私たちはこの一連の流れが明らかにおかしかったため、然るべき学会本部の部署や担当者、本部執行部の方々に電話、手紙、メールで問い合わせを行ないました。しかし、ほぼすべての方々が私たちの電話を着信拒否して無視し、結果的にどなたも対応して頂けなかったのです。そして、私たちの行為は、懲戒解雇処分の理由とされました(この出来事については、後日ブログで書きたいと思っています)。
 たとえ社会的に許されない不正を犯した人間であっても学会本部の決定に従えば守られ、職員の不正に声を上げた会員は、全く話を聞いてもらえずに処分を下され、除名にまでなる。
 本部の判断基準が師匠(正義)の仰せ通りか否かではなく、本部(権力)に従うか従わないかであるように感じてならない出来事でした。

 学会本部が師匠の了承を得て安保法制を推進しているのか否かの公表を求めること

 新「勤行要典」では師匠の了承が公表され、「安保法制」では師匠の了承が公表されていない。
 今回の安保法制は、創価学会の存在意義、そして師匠の築いてこられた民衆城である創価学会の根本にかかわる問題だと私たちは感じています。
 だからこそ私たちは、安保法制の推進について、私たちの師匠であり、命懸けで「平和主義」を訴えてこられた「創価三代の永遠の師匠」である池田先生の「ご了承」が果たしてあったのかどうか、師匠の弟子として、確認しなければならないと考えています。
 もし学会本部が師匠の了承を得ずに、安保法制を独断で進めているのであれば、断固声を上げなければならないと思っています。
 私たちは自分たちが出来ることとして、まずは平成27年12月21日(月)、学会本部の広宣流布大誓堂前にて、3名によるデモを行ない、「安保法制を進めることを師匠に了承を得たのか否かを公表すべきである」「安保法制は創価三代に違背している」ことを訴えたいと思っています。

 私は除名になっても、弟子として公明党を支援する戦いをします。しかし「師匠池田先生にご了承を得たのか否か」この真実を確かめずに、公明党への支援活動をすることは正しいとは思えません。
 師匠が、全国民の生命にかかわる安保法制を進めることを「了承」していなければ、安保法制を進める公明党の存在は師匠の顔に泥を投げつけることになると思うからです。
 弟子である会員の皆さんが真剣に公明党の支援活動をすることが、知らず知らずのうちに師匠に泥を塗ることになってしまう、そんなことがあってはならないと思うのです。
 師匠が了承されているかが分からないまま、組織の打ち出しに忠実に従い、安保法案に不信を抱く友人や知人に“公明党の正義”を訴える。
 こうした戦いを師匠が望まれているとは思えないのです。
 私たちは本部職員でもなければ、学会員でもありません。何もない私たちです。しかし、人生の師匠が池田先生であることだけは決めています。私は、師匠の仰せに違う創価学会の動きに対しては、一人の弟子として、題目を上げ、弱き命と戦いながら、勇気の声を上げねばならないと決意しています。




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■② 学会本部の師匠利用の実態と私たちの決意

 先日の学会本部前での「サイレントアピール」について

 平成27年12月14日付けの当ブログで書きましたが、私たちは、平成27年12月21日(月)に、創価学会本部の前で「サイレントアピール」を行ないました。
 創価学会が安保法制を容認し続けていることは、創価三代の師匠の精神に違背する暴挙である。そのことを、学会本部と本部職員に訴えるためです。
 初回である今回は、多数の本部職員が出勤する時間帯の朝7時30分から9時までの1時間半、信濃町駅から広宣流布大誓堂に向かう通りの歩道で行ないました。その後、朝9時から9時30分までは、広宣流布大誓堂前の歩道(公道)に立ちました。
 そして自作した2つの「横断幕」に、
『安保法制の容認について「師匠の了承」の有無を公表すべき』
『安保法制の容認は創価三代に違背している』
とのメッセージを掲げました。

 当日、一人でも多くの本部職員に訴えたいとの決意で、3人で横断幕を掲げて立ちました。
 多くの職員が、眉間に皺を寄せながら、私たちとは目も合わせずに横を通過していきました。中には、横断幕を掲げて立っているのが私たちであることに気付くと、途端に、目を背ける職員や、睨みつけてくる職員もいました。私たちと同期の愛知全国男子部長は、私たちを避けるように、途中でUターンして迂回するなど、不審な動きをしていました。
 創価学会の外郭団体である日光警備保障の警備員も複数人来て、終始私たちを監視し続けていました。そのうち2人の警備員は、同じ地元組織の同世代の男子部員でした。
 また、地元ナンバーのミニバンが、私たちの前をゆっくり通過しましたが、その際、後部座席のカーテンの隙間から私たちをカメラで撮影している姿が見えました。本部に都合の悪い人間は反逆者である。だから、その反逆者を監視する。その動きを見つめながら、本部に師匠はいないことを感じてなりませんでした。

 しかし、そうした中でも、私たちの前を通りがかったご婦人は、「ブログを見ています。頑張ってください。」と一言声を掛けて下さいました。また、道端の男性からは「俺も反対なんだよ。最近の公明党は問題だと思っている。」と近づき伝えて下さいました。
 立ち止まって横断幕を見ながら頷く子連れのお母さんや、「チラシは無いの?」と尋ねてこられる年配の方もおりました。
 大きな模造紙を掲げ異様な姿に見えるだろう私たちに、寒い中、励ましの声をかけて下さる。今の創価学会を取り巻く現状の中で、私たちに声をかけることが、どれほど勇気あることか。
 その心に、ただただ感謝しかありませんでした。「師匠は民衆の心の中に厳然とおられる」心からそう感じてなりませんでした。
 そして、職員の中にも、「風邪をひかないようにね」と優しい言葉をかけてくれた先輩職員もいました。本当に嬉しく思いました。
 本部職員の皆が皆、本部執行部の方針に心から納得している訳ではない。師匠が表に出られなくなった今、学会本部の中では、本部執行部の指示に盲目的に従う職員と、そうでない職員の二つに大きく分かれているように感じます。
 今の本部執行部のやり方は、師匠の仰せとは異なると感じている職員が少なからずいるのだと。

 そもそも、安保法制の考え方は、戦力・武力を前提として「抑止力(暴力的手段)」を使い、「平和」を築こうとするものです。
 これは、創価三代の師匠が命がけで訴えてきた「対話(平和的手段)」によって「絶対的平和」を築く考え方とは真逆であり、三代の精神を崩壊させる暴挙であることは明らかです。

 本来、これほど重大な決断をするのであれば、創価三代の師匠である池田先生の「了承」を取り、その了承された意味を、内外に伝えていくことは必須です。なぜなら、“先生が安保法制を容認することなどあり得るはずがない”と思うのは、弟子として至極当然だからです。
 しかし、学会本部は、「安保法制」に対する師匠の「了承」については一切公表していない。
 それに対し、新「勤行要典」の制定は、宗教の教義についての内容だからとでも言いたいのか、本部は師匠からの「了承」を取ったとして、聖教新聞に公表している。(むろんこの了承についての先生の具体的なスピーチもメッセージもない。)
 しかしどう考えても、安保法制「容認」という創価学会の根幹に関わる問題と、時と共に形を変えてきた「勤行要典」の変更という事案とを比べたならば、安保法制容認は創価の存在に関わる重要すぎる問題である。しかし、これ程重要な問題である安保法制容認については師匠の「了承」は公表しない。

 創価学会の誕生は、初代会長牧口先生・二代会長戸田先生が全生命をかけ「戦争に反対」した、迫害の歴史から始まる。初代は軍部権力に反対し獄死。二代は「悲惨の二字」をなくす大闘争。会員ならば、誰もが知るところである。創価学会は「人間を手段とする」権力の魔性による迫害からうまれた。その権力の魔性の象徴とも言える「戦争」、この歴史を繰り返さぬために、三代である池田先生は平和実現に向けて公明党を誕生させた。
 しかしその公明党は安保法制を推進し、学会本部は安保法制を容認し法案は成立。三代の師匠が命をかけて戦い抜いてきた歴史を、本部は師匠の「了承」なしに容認し、成立させ、破壊したのである。
 もはや、三代の師匠に対する、あってはならぬ弟子の裏切りである。
 しかし聖教新聞には、師匠は今回の安保問題を知ってか、知らないのか、連日に渡って「わが友に贈る」、「新・人間革命」、各種会合への「メッセージ」が掲載される。師匠はご健在であり、御意志も健在であるかのように。
 だが、不思議なことに、師匠の指導、メッセージには、これだけ多くの会員が声をあげているにも関わらず、一切安保法制には触れられない。全く触れないのである。三代の創価の精神を破壊する問題であるにも関わらず。
 もはや、師匠は何をお考えになっているのか、誰の目から見ても不自然すぎる状況である。

 私たちが学会本部に対して、“安保法制容認がおかしい”とのサイレントアピールを計画した理由。それは、本部が安保法制を容認したという結果によって、今現在、師匠の書かれているあらゆるメッセージ(新人間革命・その他出版物など)には、「師匠のご意志が無い」と確信したからです。
 今まで「師匠のご意志がある」中で、師匠に代って代筆されてきたメッセージには、大きな意味と大きな価値、そして厳然たる師匠のお心がそこにはあった。
 しかし、本部が安保法制を容認し、創価三代の師に違背したその瞬間から、師匠のご意志の無い代筆は、師匠を利用し、本部の裏切りを正当化する手段として使われているものになっている。
 なぜなら安保法制に不安を抱える多くの会員さんは、現在、先生のメッセージや写真が、聖教新聞や出版物に掲載されることで、「やはり師匠はご健在である。」「師匠がおられるならば間違いはない。」「政治のことだから、師匠がご健在ならばきっと、大きな意味があるのではないか」と安心される。
 本部はその純粋な会員の心を利用した。選挙に勝つために。
 「師匠は御健在である。ゆえに本部に間違いはない。」
 昭和54年の裏切りを彷彿とさせる本部の「安保法制容認」という問題は、師匠のメッセージが新聞や出版物に掲載されればされるほど、会員の安心と共に風化していく。

 「師匠の意志無き」代筆。
 もはや、師匠を装った代筆は、本部の背信行為を正当化するための先生利用となっている。権力の魔性に命をかけて戦いを挑んだ三代、その精神に違背した「選挙協力」からの安保法制容認。そこに三代のお心は微塵も感じない。

 これまで、師匠の仕事のやり方を見させて頂いてきたこと

 私たちは、学生時代に、師匠の仕事のお手伝いを行なう「池田学校」(グループ)に所属していたり、本部職員に採用されてからは、師匠の仕事を任される「会員奉仕局」という職場に所属したりしていた。そこで、師匠がご自身の仕事を弟子に託されている実態を見て来た。

 小平と滝川が10年に渡って所属した会員奉仕局では、師匠から会員の方々に対して贈られる師匠の「書籍」や「和歌」、「押印和紙」に、師匠の印鑑(「大作」印)やデート印(「2009.3.16」などの日付印)を押すという業務をさせて頂いた。
 一つ一つ、師匠の代わりに押印させて頂く重責を感じつつ、胸中で題目をあげながら貴重な業務をさせて頂いた。
 会員奉仕局への指示元であり、師匠の秘書業務を担う第一庶務には、師匠の代行で、「メッセージ」を作るチームがあった。そのチームは、全国、全世界の会員の方々に師匠からのメッセージを発信する。
 全世界に広がるSGIでは、一日に何百という数の会合が開かれる。日本の組織だけを考えても、全国の分県・総区・分区の組織数を考えれば、創価学会の一日の会合の数がどれだけ多いかは、想像がつく。小平と滝川は、第一庶務のそのチームが会合へのメッセージを作成している現場を見て来た。
 毎日の聖教新聞の「新・人間革命」や「わが友に贈る」も、師匠は弟子に一任されている。聖教新聞社の記者から下書きの内容が送られ、第一庶務の中心者がチェックをして完成させる。
 また、師匠と世界の識者との対談集の作成も、師匠から弟子に任されるようになっている。小平は、師匠と対談集を編まれている、ローマクラブのヴァイツゼッカー博士と平成25年12月17日に名古屋でお会いした。その後、氏とメールでやり取りをし、「池田名誉会長との対談集は、直接名誉会長と会って作っている訳ではなく、ドイツSGIが間に入ってくれて作っている。池田先生とは数年前に創価大学の卒業式で一度会っただけなのです。」と教えて下さった。
 こうした師匠と海外の識者との「対談集」についても、実際は師匠が聖教の局長、部長クラスの新聞記者に著書の大方針を伝え、その後は担当した弟子(記者)が作成している。
 私たちが知る限りでも「会合等へのメッセージ」「新・人間革命」「わが友に贈る」「対談集」などは、師匠が弟子に作成を託されている実態があった。

 師匠の執筆活動や対話の活動、会員への激励のスケールは非常に大きく、百人を超える本部職員が陰で行なっていた。
 師匠が未来永劫に渡る弟子のため、広布のために原理原則を書き遺して下さっている。そこには厳然と師匠の御意志と精神があった。師匠の御意志と精神には「会員の幸福」しかなかった。ゆえに、師匠の御意志のある代筆されたメッセージには、感動と、正義と真実があった。

 師匠が意思表示されているとは思えない学会本部の実態

 しかし、私たちはここ数年、聖教新聞などの内容の変化に、不自然さを感じてきた。
 以前は、師匠の「長編詩」や「随筆」が聖教新聞の2、3面を見開きで使って連載されていたが、今は皆無となっている。

 聖教新聞に連載の「新・人間革命」についても、昔は命から込み上げる感動があった。そこには、師匠のご意志が入っていると感じられるものだった。
 しかし、最近の「新・人間革命」では、過去の事実が淡々と時系列に沿って書かれている印象があり、命が揺さぶられるような内容が少なくなっているように感じてならない。
 大白蓮華の「池田名誉会長の御書講義」も、本年11月号では「退転者に見られる共通点」との小見出しを付けるなど、マイナス面の見出しとなり、威圧的な表現が使われている。内容的にも、歴史的事実の記述や、語句の意味の説明が多くなり、創造的な内容が少なくなってきているように感じてならない。
 また、平成26年以降、本部幹部会が毎月の開催から2カ月に一度となった。師匠が、「勝利のリズムをつくりゆく回転軸が、毎月の『本部幹部会』である」(平成10年8月26日付け聖教新聞掲載、随筆 新・人間革命「本部幹部会とともに」)と言われてきた本部幹部会を理由もなく変更していく流れも明らかにおかしいと感じてならなかった。

 そして、本部に師匠の意思が無いことを確信した今回の安保問題だった。
 平成26年5月17日、学会本部は、安保法制に対して、
 「私どもの集団的自衛権に関する基本的な考え方は、これまで積み上げられてきた憲法第9条についての政府見解を支持しております。したがって、集団的自衛権を限定的にせよ行使するという場合には、本来、憲法改正手続きを経るべきであると思っております。」(平成26年5月17日付け産経新聞)と見解を表明する。
 この学会本部の公式見解は、これまで三代の師匠が築き上げてきた平和思想に適ったものであり、師匠の精神、ご意志が感じられるものだった。
 ところが、その1か月半後の同年7月1日、学会本部は突然、
 「公明党が、憲法9条の平和主義を堅持するために努力したことは理解しています」との見解を表明したのである。
 まるで手のひらを返すように。
 これは憲法9条の解釈を変更して集団的自衛権行使を容認する閣議決定を行なった公明党を擁護する発言だった。

 会員であるならば誰もが、学会本部が憲法解釈変更に対する見解を変えたことを知った時、おかしいと感じたはずである。
 なぜなら、安保法制の容認は、師匠がこれまで貫かれてきた絶対平和主義の思想に明らかに矛盾するものだからです。師の思想に間違いなく違背しているからです。

 社会的にも安保法制の話題は広がりを見せる。国会周辺などで12万人ものデモが起こる。日本中で知らない人間がいないほどの問題となっていく。
 そして、創価学会員の中でも、“師匠の仰せに反する”として、創価大学の教員たちが安保法案反対の署名を募る声を上げる。
 また、一人の勇気ある学会員が公明党本部に9177筆もの安保法案の白紙撤回を求める署名を届けたこと、さらに安保法制反対の意思を示して公明党を離党までして師匠の正義を訴え続けている愛知県の町議会議員の方のことなども、大々的に報道されていく。
 しかし、本年8月、学会員が三色旗を掲げて安保法制反対のデモに参加していることが報道されると、学会本部は
 「法案をめぐる会員の集会や動きは関知せず、公認したものでもありません。当会の名前と三色旗が政治的に利用されることは大変遺憾です」(平成27年8月30日付け東京新聞朝刊)とコメントしたのである。
 已むに已まれぬ気持ちで、勇気の行動を起こした会員を、あろうことか冷たく非難したのである。
 学会員は、三代の精神を護るために懸命に声をあげた。絶対に正義である。それにも関わらず、学会本部から遺憾の矛先とされたのである。
 あまりに、おかしい。むしろ、立憲主義に反し、なし崩し的に憲法第9条の解釈変更を行なったことについて、公明党が明解な説明が出来ていないことが問題なのである。本部が遺憾の矛先を向けるべきは、学会員ではない。公明党である。全く的外れと言わざるを得ない。

 もはや、学会本部のこの冷たいコメントには、「会員こそわが命」とされる師匠のご意志が明らかに入っていないと感じざるを得ない。師匠は、完全に意見が言えないところに追いやられているか、御病気のため、ご自身の意志が表明できない状態にあるという危惧を抱かずにはいられなかった。
 
 さらに、平成27年9月2日には、師匠の御友人であり、「平和学の父」であるヨハン・ガルトゥング博士が「安全保障関連法に反対する創価大学・創価女子短期大学関係者有志の会」に対して、声明文を寄せられた。
 安保法案反対について
 「私の古くからの友人である池田大作氏に呼びかけます。」と。
共闘を願うメッセージを送られたのである。
 しかし師匠からは、このガルトゥング博士の呼びかけに対して、未だに何ら反応もされていない。

  (名誉会長指導)「一度結んだ友情は絶対に裏切らない」

 師匠がともに対談集も編まれた「平和学の父」である知己からのメッセージ。一人の会員に命をかけられる師匠が、友人からのメッセージを無視されることなど絶対に、絶対に考えられない。

 さらなる驚きは、平成27年11月17日、執行部の新体制人事が発表され、74歳の原田会長の続投が決定する。
 任期は78歳まで。前の会長であった秋谷氏でさえ、76歳で会長の任を終えている。同時に理事長が、61歳の正木氏から74歳の長谷川氏に交代となり、一回り以上も高齢化する。
 この人事が、師匠が望まれる青年学会の人事なのか。
 その人事を聖教新聞で読んだ時、なぜか自然と涙がでた。一番青年を愛し、青年学会を目指されていた師匠を思い、涙が止まらなかった。

 今、師匠は、ご自身の意志を表明出来ない御容体にあるのではないかと考えざるを得なかった。いや、そうした容体であれ、ご健在であれ、すべては御仏意であり、師匠は弟子に一切を託したのだ。
 ならば、今こそ弟子が声をあげる時ではないか。54年を断じて繰り返してはならない、そう感じてならなかった。

 しかし、未だに聖教では、連日に渡り、池田先生のメッセージが掲載されるのである。
 もはや、これ以上、師匠を利用するのは止めるべきである。師匠を利用するにはもう限界がきている。
 師匠をこれ以上利用することは、師匠の顔に泥を塗りつけることになる。ただただ会員を思い、会員に命を捧げ、会員のために生き抜いた師匠。もう御意志なき代筆はやめるべきである!
 師匠を使うのではなく、三代の精神を護るためにはどうすれば良いのかを考え抜く、その時が来ているのだ!
 これ以上、師匠を使い、自らを護る本部に、師匠の精神はない!!

 学会本部の師匠利用の実態と私たちの決意

 先日12月9日、聖教新聞に師匠が東京の大田池田文化会館を訪問され、展示を観賞されたという記事が掲載されていた。しかし、師匠の御写真は一枚も紹介されない。全国の会員の方々が心待ちにしているのは、お元気な師匠のお姿を聖教新聞紙上で拝見することである。
 それでも、明年2016年の聖教新聞元旦号から、『新・人間革命』の新たな章「常楽」がスタートする予定となっている。新聞には会合などに対する師匠からのメッセージを掲載し、明年の元旦号からは『新・人間革命』の連載も再開するという。

 師匠はご健在で『新・人間革命』の御執筆を再開される。多くの学会員が喜ぶ。
 そして、徐々に本部が三代の精神を裏切った「安保法制容認」を忘れていく。三色旗を掲げデモに参加した会員、公明党を離党した議員、創価大学の教職員や学生ら多くの会員が、師匠の精神を護ろうと「容認」に反対の声をあげたことが風化されていく。
 そして、師匠はご友人への返事もなく、安保法制反対を貫き迫害される会員への言葉もなく、『新・人間革命』の連載を再開。
 師匠を矢面に立たせることで本部への批判をかわす。青年学会を目指された、師匠のお心を失った人事の矛盾すらかわしていく。

 そして、明年夏には選挙がある。支援の戦いがはじまる。純粋に信仰活動に取り組む会員さんに公明党を支援するよう働きかけ、会員さんは支援活動を信仰の戦いと捉え、懸命に友人に支援をお願いする。

 本部はただただ選挙に勝つために。そして創価学会の勢力を示すために。そのために、師匠を表に立たせ、会員の真心を利用する。

 今の私たちは本部職員でもなければ、会員でもない。しかし、本部の前で模造紙を掲げて立った時、師匠はどこまでも我が胸中におられることを感じ、感動が込み上げてきた。このために本部の職員であったのだと思い、感謝に心が震えた。睨みつける職員の姿に、師匠はやはり私たち弟子の胸中で、永遠の師匠として厳然とおられるのだと感じたのです。
 そして、私たちは師匠が築いて来られた正義の歴史に泥を塗るような本部のやり方を、絶対に「容認」してはならないと思ったのです。

 ゆえに、真正面から声を上げる時が来たんだと思ったのです。
 私たちは、これからも学会本部、そして本部執行部に対して、「安保法制を容認することは三代の師匠に違背する」こと、「安保法制を容認することについて『師匠の了承』を得たのかどうかを公表すべきである」ことを訴え続けていかなければならないと思っています。
 もし、学会本部そして本部執行部が、“師匠を利用していない”と言うのであれば、師匠のご意志が分かるビデオメッセージや音声メッセージで『師匠の了承』を示すべきだと考えます。

 それが出来ないのであれば、学会本部の安保法制容認は、選挙協力のために会員を手段とした、権力の魔性に敗北した姿である。ゆえに、師弟の声を上げなければならないと思っています。
 明年も私たちは声を上げ続けます。そして、第2回目のサイレントアピールを、平成28年1月9日(土)に学会本部前にて行なうことを考えています。


先生!
私はまだ本部に師匠がおられると思い
声をあげるべきではないのでしょうか

先生!
師の精神を護るために
会員が傷ついています
誤解をうけ迫害をうけています
私は本部のやり方を
認めるべきでしょうか

先生!
私は師匠がご健在であることに
疑問も不安も抱えることなく
本部のやり方を
認めるべきなのでしょうか

先生!先生!

師匠ならば断じて仰る

あなたが時を創りなさい!
あなたが正義でありなさい!
あなたが創価でありなさい!
あなたが納得して生きなさい!
ならば
今こそ、師匠を胸に行動を起こす時である!
今世の弟子の使命を断固果たす時である!

師は厳然と
わが胸中におられる
師の仰せ通りに生き抜くかぎり
己の中に
「永遠の師匠」が
輝き続ける

真っ暗な闇に覆われようとも
師の一言一句が
私の進むべき道を
照らし出す

「永遠の師匠」
それを決めるのは己である
わが行動である

私は
師が築き上げた
平和の城を守るため
今こそ
三代の旗を掲げて立ち
勇気の声を上げ抜く!
三代の精神を護ることが
私の生きる目的であると
胸を張りながら!
叫び抜くのだ!!
三代の精神を護れ!と力の限り!


第1回サイレントアピール(駅前2)20151221(拡大)



第1回サイレントアピール(大誓堂前)20151221

■③ 【前半】第2回サイレントアピールに参加した会員一人一人の思いと私たちの決意

【前半】
 「第2回サイレントアピール」について

 私たちは第2回目となるサイレントアピールを、平成28年1月9日(土)、朝10時から11時までの1時間、創価学会本部の広宣流布大誓堂前で行ないました。
 今回掲げたメッセージは、1回目に掲げていた、
『 安保法制の容認は 創価三代に 違背している 』
『 安保法制の容認について 「師匠の了承」の有無を 公表すべき 』
の2つとともに、
 新たにもう一つ、
『 北朝鮮の水爆実験 「抑止力」は創価三代に 違背している 』
とのメッセージを掲げました。
 この日の直前の1月6日、隣国の北朝鮮は水爆実験を行ないました。その報道を見たときに、日本の安保法制推進に呼応して、周辺国が「自衛的措置」「合法的権利」を口実に武力、戦力を拡大・誇示することに拍車がかかったように感じてなりませんでした。

 師匠は明確に仰っています。
「不信や恐怖に依拠した抑止論的思考を拒否する──との立場は、核兵器の使用を絶対悪と断じた戸田第2代会長の『原水爆禁止宣言』を貫く思想と相通じています」
「仏法では、生命主体と環境世界とが不可分に繋がり合っているという『依正不二論』を説きますが、その法理に照らしてみても、核兵器による脅しをかけられ、不安に揺れ動く心から、平和がもたらされるわけはないのであります」と。

 軍事力を使った「抑止力」(暴力的手段)では、平和は構築できない。それどころかさらなる暴力を生む。師匠は、平和を構築するためには、平和的手段(非暴力)による以外にないと明確に仰っているのです。つまり、安保という抑止力を師匠が了承することは絶対に、絶対にあり得ない。

 当日は、私たち3名以外にも、地元組織で不当な対応をされ続けている会員同志の方々が参加してくれました。集ってくれたお一人お一人が、今の創価学会に対して危機感を感じていました。本当に心強く思いました。午前10時少し前に大誓堂前に到着すると、その日は大誓堂で大きな会合があり、多数の会員の方々が訪れていました。
 また、その日の午後に豊島区・巣鴨の東京戸田記念講堂で1月度の本部幹部会の本番があったためか、多くの本部職員が大誓堂前を歩いていました。
 私たちは早速、横断幕を掲げてサイレントアピールを始めました。

 多くの会員の方々が、横断幕に掲げられたメッセージを読みながら通過して行かれました。横断幕を見て頷きながら通過する方、立ち止まって読まれる方、「無視、無視」と言いながら通り過ぎる方もいました。
 いろいろな反応がありました。しかし、多くの方々が学会本部の安保法制容認に対して、少なからず疑問を抱いているように感じてなりませんでした。

 しばらくアピールを続けていると、驚いたことに小平が九州で勤務していた時に、対話を懇願し続けていた愛媛総九州長が、前から歩いてくる姿が見えたのです。小平はこんなところで愛媛さんと出会う仏法のあまりの不可思議さを感じてなりませんでした。そして小平は「愛媛さん!」と声をかけました。何度も対話を懇願してきた愛媛さんと“もし会話をすることができたなら”と思ったのです。
 しかし、愛媛さんはこちらに気付いた途端に視線を逸らし、聞こえない様子で足早に去っていきました。
 そして、さらに不思議なことが起こりました。今度は滝川が神奈川で勤務していた時の上司であり、平成21年に私たちに対して役職解任処分を通知した高知副会長が前から歩いて来たのです。
 何度も対話をお願いしてきた高知副会長。滝川は“もし会話をすることができたならば”との思いで声をかけました。「高知さん、お久しぶりです!」と、しかし高知さんは、全く聞こえない様子で、一度も振り向かず目の前を通過していきました。滝川は通過して行く高知さんの後ろ姿を見つめていました。
 すると高知さんを見つめる私、滝川の姿を見て、マスクの奥から声を出して笑っている人がいました。今回「私も参加したい」と駆けつけてくれた私の母でした。
 大勢の会員さんがサイレントアピールをしている私たちを見ている中、私を見て笑っている母。
   滝川 「何笑ってるの・・・・」
    母 「(笑いながら)そうやってずっと“対話をして欲しい”と、話しかけて来たんだなって思って」
   滝川 「だって対話でしょ。万が一でも、対話してくれる可能性があるかもしれないでしょ」
    母 「(笑いながら)だって清志に対する本部の制裁を認めた人なんだから、除名だって認めているんだから、会話なんてしてくれるはずないでしょ」
   滝川 「まぁそれはそうだけど・・・」

    母 「でも清志は絶対に正しい」

 この温かい母は、入会して50年の一婦人部であり、入会当初は両親の大反対に遭いながらも必死に信仰を磨き、看護師として働きながら二人の息子を育ててきた。
 このサイレントアピールへの参加は、師匠のおっしゃるとおりに生きようとする母が、目の前で起こっている学会本部の安保法制容認という現実と向き合った時、自分の命を何のために使うのかを考えた末に決断したものだった。

 母は、今から13年前の平成15年9月、スキルス性の乳がんと宣告され、「年内もつかどうか」と告げられる。突然、突きつけられた余命3カ月。現役の看護師であった母はそれがどれほど厳しい病状であるかを誰よりも理解していた。
 私はもう死ぬ、そう思い遺書を書いた。御本尊に向かい題目を上げなければその不安に押し潰されそうになった。必死に祈る中で湧き起こってくるのは、「私は何のために生まれてきたのか」、「私の人生は何のためにあるのか」という思いだった。
 「私の人生は広布のためにある」そう思いながら生きてきた。しかし、今の自分は題目を上げなければ、死の恐怖に押しつぶされそうになる。心にある何かが定まらなかった。毎日、毎日、題目をあげ続けた。祈らなければ前に進めなかった。
 そして祈り続ける中、ある時こう思う。
 「残りの人生を、師匠のおっしゃるとおりに生き抜こう。それが一番後悔のない、自分が納得できる人生だ」と。
 “偉大なる師匠の弟子でありたい”と心から願う母である。当然と言えば当然過ぎる弟子としての結論である。しかし、その深さが違った。

 平成16年2月、母は乳がんの手術を受ける。手術前後に合計8クールもの強烈な抗がん剤との戦いを経て、長く過酷な闘病生活が始まる。手術は成功した。しかし、がん細胞はすでに全身に散らばっていた。いつ再発するか分からない。
 生きるか、諦めるか、諦めれば死が待っている。母は絶対に勝つと決めた。
 そして、さらなる試練が母を襲う。
 平成20年4月、息子が学会本部に呼び出され、本部指導監査委員会の監査にかけられることを知る。そして、本部が決めた結論に従わなければ(誓約書に誓約しない)役職解任処分となってしまうと聞かされるのである。
 「息子を先生のお役に立つ人間に」それだけを願ってきた母。本部職員である息子が処分されてしまう。病魔だけでなく、次々に容赦なく襲ってくる苦難の嵐に心が折れそうになった。
 祈るしかなかった。ただただ、必死に、必死に。
 そして母はこう思う。
 “自分がずっとこの目で見て来た息子である。そして、「師匠のおっしゃるとおりに生きたい」と誓う息子の同志たちである。何があっても自分は目の前の息子を信じ抜こう”と。

 地元組織の幹部が自宅を訪れた。そして母に伝える。
 「息子さんたちの問題は詳しくは分からないが、会長の決めたことに従うように息子さんを説得してほしい」と。
 しかし、母は幹部の話を聞きながら思う。
 “解任されるほどの重大な問題にもかかわらず、幹部が「私たちも詳しくは分からない」と言う。そんな無責任なことがあるか”と。
 そして、母は勇気を出しこう伝える。
 「私は“誓約して欲しい”と息子を説得することはできません。私は、息子は正しいと思っています」と。
 息子の戦いを見てきた母である。誓約を説得することは自分を誤魔化すことになる。しかし、説得することを断ればこれから起こるであろう難は容易に想像できる。しかし、母はそれでも苦難の人生を選んだ。そして説得を断ったのである。

 誓約書に誓約しなかった息子たちは学会活動を謹慎処分となる。その後、全役職解任処分となった。
 すると、母に対して、某総区長たち3名の幹部が家を訪れる。そしてこう徹底する。
 「息子さんの事を組織に一切話してはならない。聞かれても答えてはならない」と。
 それ以後、母に対して組織からの連絡はほとんどなくなった。会合連絡も、座談会の日程と本幹同時中継の入場券がポスティングされるだけとなる。

 母は、家を尋ねてくれる地元の身近な幹部から、「『(息子さんは)会長の指導に従わなかったから処分された』と聞いた」と聞かされる。
 “ずるい、こんなやりかたは絶対にずるい”

 そもそも、その「会長の指導」とは何なのか、現場の幹部は誰も知らない。事の経緯や内容を一切知らせずに、“「会長の指導」「本部の決定」に従わないことが問題である”とされている。ただ問答無用に従わせようとしているように感じてならなかった。今の創価に公平な「対話」が見失われていっていると思えてならなかった。
 母は負けない。原田会長に手紙を書くことを決意する。
 原田会長に「解任を決めた理由を説明してほしい」「一度話をさせて頂きたい」と手紙を書く。何とか一度でも原田会長と話が出来ればとの思いだけだった。しかし、返答はなかった。
 それでも母は戦いをやめない。
 さらに名誉会長の秘書である長谷川副理事長(現・理事長)や御子息の宮城副会長、某総合婦人部長にも手紙を書くのである。むろん、返事はなかった。
 そして平成23年6月、母は、本部職員の甲府総神奈川長と福井総県長の2人と話す機会をつくることができた。
 その際、その2人に原田会長への言づてとして、“会長が息子たちの解任を決めた理由を説明して頂きたい”とお願いした。
 すると、甲府総神奈川長は、母に対して真顔で言い放つ。
 「会長は偉い人なんです!わかりますか!」と。
 母はとっさにこう答えた。
 「そうは思いません!」
 その言葉に、甲府総神奈川長は絶句し青ざめたという。

 「会長は偉い人」だから身分を弁えて発言しろと言われているように感じた。“池田先生なら、池田先生ならこんなこと絶対に言われない!”悔しさに涙がこぼれた。
 息子たちが学会本部の中で向き合っている、権威化した「対話なき本部」の実態を肌身で実感するのである。
 母は決意する。
 「私は生きて生きて、戦って戦って、『青年達のすべての大勝利を見届けるまでは死ぬものか!!』」と。
 あまりに偉大な創価の母である。感謝してもしきれない。この母から生まれることができたことが私の最大の誉れである。

 平成24年10月、さらなる難が母を襲う。
 学会本部から、息子が話し合いを求める行為を理由に、即時懲戒解雇を下されたのである。
 息子から話を聞いた母はすぐには信じられなかった。対話を求めたら、一度も対話せずに懲戒に掛け、懲戒解雇処分で切り捨てる。そんなことが創価学会の中で現実に行なわれた。怒りと悔しさで御本尊の前で涙が溢れた。

 息子が学会本部から懲戒解雇を受けると、母はさらに組織から距離を置かれる。そして経済的にも厳しい状況となる。
次々と襲いかかる難に、見守ってきた滝川の父の心に変化が起きていく。
 「たとえ手紙を出しても会長からの返答はこない。握り潰されて終わるだけで本部は変わらない」と。
 そして戦いをやめるべきだと言い出すようになる。母はさらに苦しい状況に置かれていった。
 父は、入会直後に脊髄腫瘍が発覚し、手術をしても寝たきりになるなど社会復帰は望めないと言われていた。しかし、手術は成功し、数年後には社会復帰を果たし定年まで働くことができた。信仰の力を感じてきたのである。
 その父と母は、人生の苦闘を乗り越えてきた戦友であった。
 「池田先生の言われている通りの学会に私たちがしていかなければいけない」共に原田会長に手紙を書くなど二人三脚で戦い生きてきた。
 その父が「諦め」を口にし始めたのである。
 そして、「諦めない」息子たちを「動いても変わらない」と非難し始めたのである。
 母は、何度も父と話し合う。そのたびに父は、「息子たちを応援する」と変わるが、翌日になると、「やっても無駄だ」とガラリと考えが変わってしまう。
 難を受ける度に変化する父の心に、母は悔しさに涙が込み上げた。
 「私は負けない。絶対に負けない!」
 遅くまで題目をあげる日々が続く。
 母は、夫が息子たちを非難することをやめさせたかった。自分は何の行動もすることはなく、無責任な非難を繰り返していく。そのおかしさを何とか夫に気付いて欲しかった。
 母は、父と何度も何度も話し合う。
 しかし、父は、“どんな苦難にも立ち向かい、何があっても師匠の仰せどおりに生きる”と誓った母と同じ生き方をすることができなくなっていく。
 父は、病を完治し、40年働いた。だから、そこまでやる必要はないとの思いが口に出るようになる。
 常に再発を意識し、生涯戦い続けることを誓う母との間で、いつしか大きな隔たりが生まれる。それでも、母は父との対話を続けていく。
 しかし、父はついにその母をも批判するようになる。
 「こいつ(母)には何もしてもらったことはない。今後も何もしてもらおうとは思わない」と。
 母の存在を知人のいる前で否定するようになっていくのである。
 戦う心を失った父には母に対する感謝の心すら無くなっていた。
 母は、37年間共に生きてきた父と離婚を決断する。
 “私には絶対にやらなければならない戦いがある!”

 自らは病との戦いがある中、息子が懲戒解雇になり、その直後に、37年連れ添った夫と離婚。
 母に、苦難の嵐がこれでもかと襲い続けた。
 しかし、母に悲壮感はなかった、むしろ息子の前では常に笑顔だった。
 離婚を決意した母に、息子は母を巻き込んでしまった申し訳ない気持ちを伝えたことがある。
 すると母は言った。
 「私とお父さんのことです。成人した清志には関係ない!私は私が正しいと思うことをしている。清志は清志の戦いを先生の仰せ通り、最後の最後までやり抜きなさい!!」
 こんな苦しい環境でも気丈に振る舞う母。自分を励まそうとする母。母が一番辛いのに。「やり抜きなさい!!」母の強き言葉に、涙が止まらなかった。こんなにこんなに涙がでたことはない。生涯、絶対に忘れることは無い。

 母はあまりに偉大である。創価の母は何があっても戦いをやめない。
 原田会長に再び手紙を書くことを決意する。
 書いては修正し、修正しては書いた。そのたびに、クシャクシャに丸めた書き損じの草稿でゴミ箱は一杯になった。ペンを持つ指も赤くなりタコが出来た。老眼鏡をかけた目もかすむ。それでも、何とか会長の心に訴えかけようと必死に書き続けた。
 ただただ「青年達の声を一度でも聞くべきである」と。

 しかし、平成26年5月3日に原田会長に手紙を出した直後の5月8日、息子たち3名に創価学会員であることすらも許されない除名審査の呼び出し通知が送られる。そして6月18日に除名処分が決定するのである。
 母は怒りと涙で胸がいっぱいになる。これが会長の返事かと。一度も話を聞かずに除名かと。
 徹底的に息子たちを排除することを目的とした、結論ありきの処分ではないか!!
 母は不当な処分であることを原田会長に訴えようと、7月、11月、息子への処分の不当を訴え、原田会長に必死に手紙を書き続けた。
 しかし、原田会長から返事が来ることは一度もなかった。
 そして、平成27年1月、なんと母に乳がんの全身への骨転移が発覚するのである。一番恐れていた再発である。

「難があればあるほど、信心の炎を燃え立たせていくのだ。襲いかかる難を勝ち越える時、大海のごとき、悠然たる大境涯の自分になるのである」(名誉会長指導)

「人生には、暴風雨があり、暗い夜もある。それを越えれば、苦しみの深かった分だけ、大きな幸福の朝が光るものである。一番、悲しかった人が、一番、晴れやかに輝く人である。運命を価値に転換してほしい。その人が人間としての勝利者である。王者である」(名誉会長指導)

 師匠はいつも私を必ず支えてくれる。師の温かさに涙がこぼれた。
 担当医は、余命について明言を避ける。しかし、スキルス性の場合の症例を調べるとほとんどが3カ月以内に亡くなっている。
 平成16年2月の手術以降、11年が経っていた。それ自体奇跡である。功徳以外ない。
 しかし母は常に死と隣り合わせに生きてきた。もう弱音を吐いている暇はなかった。「やるべきことがある!負けるわけにはいかない!」
 すぐに治療を開始する。次に迎えた診察日、担当医が検査結果を見ながら興奮している。
 なんと劇的に数値が下がり、骨転移した箇所にも改善が見られたのだ。まだ、まだ私は生きられる!!師匠と御本尊にただただ感謝しかなかった。その感謝に涙が溢れた。
 生きれるならば戦える!!
 同年4月28日、手紙を書く母の手に力がこもる。
 “なんとしても原田会長に青年たちと対話してもらわなければならない!”

 しかし、手紙を書き続ける母に、組織の処分の手が、近づいてくるのである。
 3カ月後の7月23日、突然母に、会ったことも話したこともない本部職員の名古屋総区長から電話がある。
 8月2日、指定された会館に行くと、名古屋総区長の他に、本部職員の大津総区書記長や某総区総合婦人部長が同席していた。
 3人に囲まれ面談が始まる。
 名古屋総区長から「除名者と勤行をしているのではないか」と詰問される。
 名古屋総区長は「除名された人は、学会から、“あなたたちは学会に迷惑をかけたので、学会を除名します”と、そういうふうにされた方です。そういう方たちと、一緒に信仰活動するっていうのは、これは問題がある」
 母は「自分が見てきた青年達は除名されるようなことをしたとは考えられない。一度話を聞くべきではないですか。」
 そして3名の幹部は、誰一人、除名になった青年たちと直接話をしたことがないことを話す。会って話したこともない青年を除名審査に掛けて、除名処分を下す。母は、そのあまりに無慈悲な、結論ありきで排除するおかしさを必死に訴えた。
 「会ってもいないのに除名っていうのはおかしい!」と。
 しかし、総区幹部はそれには答えない。
 そればかりか、大津総区書記長は、「学会の正式な機関が決めた除名は間違ってますか!」「学会の判断は間違ってますか!」と、10回以上も繰り返し問い詰めるのである。
 もはや脅しである。組織を使ったいじめである。
 大津総区書記長は、どうしても「学会の判断は間違っている」という言葉、言質を取りたそうであった。
 大津総区書記長は本部職員である。母は、以前、本部職員の甲府総神奈川長から、「会長は偉い人なんです!わかりますか!」と言われた言葉を思い出す。都合の悪い質問には答えず、威圧的な言葉で相手を抑えつける。全く対話にならない。あの時と同じだと思った。
 人間を信じる心も、青年を育てようとする師匠の精神もまったく感じられない。ただ「分断」「排除」の2文字しかない。
 こうして地元地域では、息子も含め次々と除名処分が繰り返され、今では除名者が8名にものぼっている。皆、本部職員が起こした問題に声を上げたがゆえの処分であった。

 母は原田会長への手紙に以下のように書く。
「名古屋さんや大津さんは本部の職員だと聞きました。その二人とも、一度も青年達に会ったことも話をしたこともないのに、除名です。前代未聞です。
 会長、本部の幹部職員の中では、これが『常識』になっているのでしょうか。
 三代にわたる師弟の学会の魂は、『対話』なのではありませんか?『対話』こそ学会の生命ではありませんか」と。
 3名の総区幹部との面談で体験した地元幹部の対話ができない実態は、原田会長が手紙を無視し続けるように“対話なき学会本部の体質”から波及しているように感じてならない。
 母は、息子たちが解雇になって以降、原田会長に9通に渡る手紙を書いている。しかし、いまだに一度も会長からの返答はない。

 母は思う。対話ではなく、力ずくで人間を動かそうとする創価の体質。この体質が政治の世界でも「抑止力」という力で抑えつける考え方を容認することに繋がっているのだと。
 こうした中、息子からサイレントアピールを学会本部前で行なうことを聞くのである。
 母は、語る。
 「『建設は死闘、破壊は一瞬』だ。今こそ具体的な行動を起こさないといけない」と。母は、ただただ悔いなく生きたい。その思いで横断幕を掲げた。
 母の祈りと決意は深かった。
 「師匠が望まれる対話のある創価に変革するまで私は生き続ける!」
 師匠の模範の弟子とはだれか。
 幹部でも、執行部でもない!
 正義を愛する名もなき「母」である!!



  わが母よ
  偉大なる創価の母よ!

  人生の悲しみや苦しみに
  じっと耐え抜き
  一歩、また一歩と
  困難を切り開く
  そこにはいつも
  あなたの笑顔があった

  宿命に立ち向かい
  同志のために
  師のためにと
  不屈の祈りを重ねる母よ

  民衆を苦しめる悪に対しては
  毅然と声を上げる
  正義の母よ

  あなたの祈りが
  私を鼓舞し
  あなたの声が
  私の勇気を呼び覚ましてくれる

  ゆえに今こそ
  われは母のために
  偉大なる創価の母のために
  あなたが敬愛する師を
  我が命をかけて
  護り抜いて見せる!
  それが
  母への恩に報いる
  正義の道だと信じて!!







■④ 【後半】第2回サイレントアピールに参加した会員一人一人の思いと私たちの決意

【後半】
 「第2回サイレントアピール」と私たちの決意

 私たちは、第2回目のサイレントアピールを、先日1月9日に学会本部と本部職員に対して行ないました。学会本部の「安保法制容認」が創価三代の師匠の精神に違背していることを訴え、さらに学会本部の「安保法制容認」に対する「師匠の了承」の有無の公表を求めるためです。
 お元気な師匠がおられたならば、安保法制に対する師匠のお考えを公表することは決して難しいことだとは思えません。
 連日メディアで報道されていた通り、会員の多くがこの安保法制推進に疑問を持っていることは明らかです。
 しかし、学会本部は未だに安保法制推進に対する師匠の思いを公表することはありません。
 そうした状況にも関わらず、聖教新聞の新年号には、昨年11月に撮影されたという師匠と奥様のお写真や「新年の歌」が掲載され、『新・人間革命』の「常楽」の章が開始されました。
 そして、1月7日の聖教新聞の紙面座談会(4面)では、最高幹部は、「お元気な池田先生・奥様」、「先生は、年末も海外の国々へメッセージを贈られるなどの激励を続けられた」と語るのです。
 「会員こそ我が命」
 師匠の人生が会員を護り抜くための連続闘争であったことは会員ならば誰もが知るところです。戸田先生は亡くなる2週間前に3.16の歴史的な式典に出席し、スピーチまでされている。その弟子である池田先生が今般の安保法制推進について何も語られず、姿も見せない。
 しかし、新・人間革命やメッセージは贈られる。
 私はそこに学会本部の師匠利用があると思えてならないのです。

 “師匠はご健在だ。だから師匠が安保法制容認を了承していないはずはない。”
 悩む学会員に対し、本部執行部が必死に誤魔化しているように思えてなりません。「師匠がご健在であってほしい。」そう願う学会員の純粋な心を利用しているように感じてならないのです。
 本部は目先の「選挙」や「権力」という政治の駆け引きによって、三代の精神である「絶対平和」という根幹を捻じ曲げてしまった。そして、安保法制を容認し続けている。その背信行為を必死に正当化しているように感じてなりません。

 しかし、いくら本部が師匠を利用し、自分達の暴走を正当化しようとも、「集団的自衛権の行使容認」を閣議決定で許してしまった公明党の判断を学会本部が容認した汚点は、断じて消えることはありません。
 だからこそ学会本部に対し、安保法制容認は三代の師匠が命がけで守ってきた「絶対平和」に対する裏切りであると、必死の声を上げることが正しいと思うのです。創価の役職も、創価学会も、師匠の仰せを護り、会員が幸せになるために存在する。その根本である、師匠が命をかけて教えて下さった厳命を、破る戦いに正義も幸福も私はないと思えてならないのです。

 私たちが横断幕を掲げて立っていると、一人の男性が声を掛けてきました。ブログを読んで下さり、駆けつけてこられた学会員の方でした。
 その方は事前に本ブログ宛にメールを下さり、サイレントアピールの時間を尋ねてこられました。私たちは事前にメールで時間をお伝えさせて頂きました。すると当日、遠方よりわざわざ足を運び、飲み物の差し入れまでして応援して下さいました。本当に、本当に恐縮しました。
 その方は仰られました。「御三方だけだと思っていたのですが、こんなにたくさんの方が集っているとは思いませんでした。」「本来は内部の私たちが声を上げなければならないことなのに申し訳ありません」と。
 その言葉を言わせてしまうことに、本当に申し訳なく思いました。自分がもっとしっかりしていれば、問題がここまで大きくなる前に創価の官僚化、権威化をくい止めることが出来たのではないかとの思いに駆られたからです。それと共に、私たちはその壮年部の方の真心に、自分を育ててくれた「創価家族」の温かさ、同苦の心を感じ、胸が熱くなりました。感謝しかありませんでした。

 さらには、ブログを読まれた北関東の婦人部、壮年部の方々が、サイレントアピールの時間帯も分からない中で、わざわざ電車で駆けつけて下さったのです。「3名のブログを見ています。直接お会い出来れば共に立ちたいと思ってきました」と。
 また、都内からも婦人部の方がお一人で駆けつけて下さいました。ここにも、偉大な「創価の母」の姿がありました。純粋に師の仰せのままに行動し、毅然と大誓堂の前に立たれるその姿に、感動と感謝、そして尊敬の思いで胸が一杯になりました。皆さんと共に立つことができ、涙が込み上げてきてなりませんでした。
 気が付けば、私たち3名を含めた16名もの参加者が、広宣流布大誓堂前に立ち並び、学会本部と本部職員に対してサイレントアピールを行なうことができました。
 たった16名と思う方もいるかも知れません。しかし私には、お一人お一人こそが創価であることを感じてなりませんでした。師匠の温かさを感じずにはいられませんでした。

 終了予定の11時に横断幕を片付けると、サイレントアピールに参加された方々の間で自然と対話が始まりました。短時間でしたが、まるで青空座談会のように話に花が咲きました。
 地元組織では安保法制の話がタブーとなっている実態。意見を言うと村八分にされる体験などを伺い、胸が締め付けられました。
 創価学会の中で、本部の方針に従わない人間を排除するといった権威主義が加速度を増して進んでいることを痛感しました。
 その場に集って下さったお一人お一人が、師の仰せを守らず安保法制推進を容認する今の学会本部のやり方を、深く危惧されていました。そして、師匠の仰せ通りに生きたいとの思いを語られていました。
 あらためて師匠は、師の仰せを胸に戦う会員さんお一人お一人の中にいらっしゃることを感じてなりませんでした。「師と弟子」その間には誰人たりとも入ることはできない。それが創価の師弟であると。

 ただただ、師匠池田先生のご恩に報いたいとの一心で戦う同志。
 こうした方々に勇気づけられ、支えられて、私たちは今の創価をより良く変えるための戦いをさせて頂くことが出来るのだと感じてなりませんでした。
 今の創価学会は、民衆を沈黙させ、考えなくさせ、ただ従わせるだけの権威的かつ硬直化した組織になっているように感じてなりません。
 第三文明の本年1月号では、作家でクリスチャンの佐藤優氏が、旧約聖書の一節を引きながら、「今は学会員の方々は『沈黙すべき時』であり、公明党議員を信頼してまかせるべき時だ」と発言しています。
 『沈黙すべき時』
 そんな師匠の指導がどこにあるのでしょうか。師匠はいつ「沈黙しろ」などと言われたことがあるでしょうか。創価の思想は一体どこへ行ってしまったのか。
 むしろ池田先生は明確に言われている。
「戦いにあって沈黙は悪だ!正義は叫ぶものだ!叫ぶことのない正義はありえない!一人の鉄の信念の叫びは、必ずや千波万波に広がるのだ!これが歴史の法則である。」

 さらに、戸田先生も明確に仰る。
「青年よ、心して政治を監視せよ」と。
 心して政治を監視し、悪には容赦なく正義を叫べと。
 それがなぜ「沈黙」なのでしょうか。
 学会員一人一人が、権力の中枢である政権与党に参画した公明党の動きについて、より厳しく監視していくことは当然のことではないかと思うのです。

 学会本部は、選挙に勝つため、公明党が政権与党であるためであれば、創価三代の精神を蔑ろにすることすら辞さなくなっているように感じてなりません。そして、そうした欺瞞を誤魔化そうと、あの手この手を使って躍起になっているように思うのです。
 だからこそ、私たちは、安保法制を容認し、創価三代に違背している学会本部に潜む「権力の魔性」と真っ向から戦わねばならないと思っています。三代の師匠と名もなき会員が創り上げてきた創価を護るために。

「第一歩を踏み出さなければ、目的は達せられない。
 まず『行動』だ。『一歩』を踏み出すことだ。
 『前進』即『勝利』である。」(名誉会長指導)



第2回サイレントアピール(大誓堂前1)20160109

第2回サイレントアピール(大誓堂前2)20160109







■⑤ “師が築かれた、民衆が主役の創価を守り抜く”との私たちの決意

 前回、1月9日(土)に行なった第2回サイレントアピールの様子をお伝えさせて頂きました。それ以降、多くの方から、連日、たくさんのメールやコメントを頂戴しました。
 ブログを立ち上げた時から連絡を下さる会員同志の方からは電話を頂き、「今後、自分にできることは何でもさせてもらいたいので何かあれば声をかけてほしい」と伝えて下さいました。また、第2回サイレントアピールにお一人で駆け付けて下さったご婦人の方は「思いのある人たちは沢山います。是非、集い合える場を作っていきたい。もし集う場があれば、私も行かせてもらいたいです」と話して下さいました。
 そして、ある壮年の方からは長文のメールを頂きました。
 「今後の具体的な活動方針が共有できれば共に行動する実感が持てると思う」「皆が分かり易い具体的かつ明確な目的を掲げて、一人一人がその目的を自覚して力を集結していってはどうか」と。
 心温まるこうした内容に、ただただ感謝しかありません。自分は本部の官僚化、権威化をくい止めることができずに解雇。そして除名になり、会員の資格すらなくなってしまった。それでも「力になりたい」とまで伝えてくださる。その温かいお心に、私は涙がでる思いでした。自分はもっともっと戦わなければならない。もっともっと苦難に挑まなければならないと心から思いました。
 また、「師匠は名もなき会員の中に厳然と居られるのだ」と思えてなりませんでした。

  民衆は強い!
  民衆こそ正義だ!
  偉大なる師の真実の弟子とは
  組織の奴隷となって生きる
  血の通わぬ幹部ではない!!
  名もなき信念の庶民である!
  創価の主役とは
  誰が何と言おうが
  師の仰せ通り
  名もなき偉大なる
  会員である!!

 そして、会員同志の皆さまからのご意見で一番多かったのは、『今の創価学会が明らかにおかしくなってきている。先生が表に出て指揮をとって下さっていた時の創価ではなくなっている』という点でした。

 公明党が参画する政府与党によって、日本は徐々に軍事化を加速し、戦争を行なえる環境を整えている。
 これまで実施できなかった米軍への弾薬の提供、武器・弾薬の輸送、戦闘前の戦闘機に対する給油及び整備も実施できるものとなった。
 むろん、政府は、“後方支援だから戦争への加担ではない”などと述べているが、これが戦争への加担行為であることは明らかである。そうした公明党を容認する創価学会本部。創価学会はいつから公明党の腰巾着となってしまったのか。いやそうではない、創価学会という体が曲がったことで、公明党という影がななめとなったのだ。
 学会本部は公明党が政権与党であるとの権力に魅せられ、師匠の叫びである「戦争ほど悲惨なものはない」とのお心を忘れてしまった。
 「平和の党」である公明党は、第二次世界大戦で多くの命を奪った悲惨な戦争体験と不戦の誓いを忘れてしまった。
 師匠の仰せに反し「抑止力」を目的とした安保法制を進めれば進めるほど、周辺国の不信と不安が急激に増していることは目に見えている。結果、年頭には北朝鮮が水爆実験を行なっている。
 戦争によって殺された初代牧口先生の「一宗が滅びることではない、一国が滅びることを、嘆くのである」との叫びは過去の話ではない。
 学会本部よ!公明党よ!師の仰せを護るべきだ!
 民の声を、会員の声を謙虚に聞くべきである!
と声を大にして叫びたい!

 そもそも創価学会の原点は、初代会長である牧口先生の殉教である。
 牧口先生は軍部政府に対して真っ向から「戦争反対」を叫び抜き、逮捕、投獄され、獄中での不当な弾圧にも屈せず、国家権力と闘い抜かれ、獄死された(随筆新・人間革命「牧口先生と武蔵野」より)。戦争によって牧口先生は殺されたのである。
 「戦争は絶対悪である」初代牧口先生を死に至らしめた「戦争」と「横暴な権力」に対する闘争こそが創価学会の不滅の原点のはずである!
 創価の原点とは「戦争」と「横暴な権力」に対する名もなき会員と師匠との大闘争だ!

 私自身、平和のために命までなげうたれた牧口先生の清廉潔白な精神と三代の平和主義の戦いに感動し、学会活動に励み公明党を支援してきた。公明党は「平和の党」であり、一人の人間の生命を脅かす魔性の命とは断じて戦う政党であると友人に語り続けてきた。「戦争反対」と「平和」は公明党の原点であり、永遠の使命であったはずである。
 その「平和の党」公明党が、今、戦争に加担する「安保法制」を強力に推進している。
 本来ならば、安保法制に最も反対の声を上げなければならないのは、「絶対平和主義」を掲げる創価学会本部である!そして公明党である!しかし、反対どころか容認し、推進する立場となった。
 さらに、あろうことか師の思想を護ろうと勇気の声で反対する会員には「大変遺憾だ」「残念だ」「あくまで個人の立場」だと対話もなく切り捨てる。ついには、こうした本部のやり方が組織に波及し、安保に反対する会員には会合の連絡すらしなくなることすら起こっている。
 もはや、師の思想を護らず、会員を切り捨てる学会本部に、師匠のお心は通ってはいない!!
 創価は民衆のためだ!執行部のためでも、本部のためのものでもない!民衆のためにこそある!!
 今こそ、今こそ真実の声、民の声を上げなければ、三代の師匠が命をかけて築きあげた民衆城を、弟子の我々が壊すことになると思えてならない!
 牧口先生は我々民衆のために、「戦争反対」と「平和」を叫ばれ、獄中で殉教された。誰のためでもない、我々民衆のためにである!
 その殉教の意味を、民衆創価の原点を、今を生きる我々が壊してしまうと感じてならないのです。

 三代の根本精神を失った創価を憂い、祈れば祈るほど、弟子として池田先生の仰せに生き抜かねばならないとの思いが湧き上がってくる。
 その思いを、同志の方々と共有したい!師の理想とされる創価に変革するための次の一歩を踏み出したい!

 皆さまから、「共にサイレントアピールに立ちたい」「次回の日時を教えてほしい」との声を頂きました。本当に、本当にありがたい気持ちで一杯です。
 正直、私はサイレントアピールに立とうと思った時、心の中にあったのは「とにかく何か行動しなければ取り返しのつかないことになる」という思いだけでした。
 職員を解雇され、会員を除名となった私が声を上げても、「反逆者が声を上げている」と相手にすらされないかもしれない。しかし、今、具体的に行動を起こしていかなければ、創価の問題を体験した自身の使命は果たせなくなると思ったのです。むろん具体的な行動を取ったことで、嫌なメールもたくさん来ました。
 「英雄気取りはもうやめろ!」「ブログをやめろ!広宣流布の邪魔をするな!」「師に違背しているのはお前だ!」等。
 正直、腹を決めているのに、苦しさを感じてしまう弱い自分がいる。それでも、それでも祈り、行動するしかない!
 そうした中、サイレントアピールを通じて、知り合うことが出来た多くの会員の皆さまに、私は生涯忘れ得ぬ温かい励ましを頂きました。
 インターネットのブログは本などの出版物と違い、真実かどうかの判断が難しいところがあるのではないかと、私は思います。
 それにも関わらず「ブログを見て会いたいと思って来たんです!」と駆けつけて下さった創価の父と母。実に誠実で素朴な温かな創価の母の姿、笑顔の優しい創価の父の姿に、私は嬉しくて涙がでてきました。
 私はその父と母に「握手してもらっていいですか」と尋ねました。すると、父と母は笑顔で手を差し出し、私は「ありがとうございます」と強く固く正義の手を握らせて頂きました。その手に師匠の温かさを感じたのです。

 「書き続けて良かった。やはり師の仰せを護ろうと真剣に悩んでいる人がいる。」
 そして、創価の父と母、青年の熱と力を合わせ、「三代の精神を護り抜く創価」、「会員のための創価」へと心を合わせ変革していけるのではないかと思ったのです。創価変革のための大きな力を生み出していけるのではないかと思ったのです。
 そして、そのためにも、今の創価を憂える人が一同に会す「集会を開催」しようと決意しました。
 そこで、三代の師匠に違背した安保法制を容認する学会本部の問題点を共有していく。
 今の創価学会を、師匠の仰せ通りの創価学会へと変えていくきっかけとする場をつくることが今こそ重要ではないかと思ったのです。

「皆さん方、一人ひとりが、創価学会そのものです。それ以外には、創価学会の実体はありえないと確信していただきたい。」(名誉会長指導)

 一人一人が創価学会であり、一人一人の心の中に創価学会があると。ならば一人一人の心の中に、そして戦いの中に、師匠が理想とされた創価学会の実現があると思うのです。
 ならば、憲法の解釈を捻じ曲げ、“後方支援だから戦争への加担ではない”という詭弁に対し、正義の声を上げるべきは、創価三代の真の弟子である「名もなき庶民」でなければならない!
 師匠の精神を守るのは名もなき庶民である!名もなき会員にこそ創価三代の精神はある!!と私は声を大にして叫びたいのです!
 そして、師匠の精神を守るのは他ならぬ自分自身である!その心を同じくする同志の皆様と、私はさらなる正義の声を、師の正義の声を、力の限り叫び抜かねばならないと決意しています!

「善の人が勇気を持つのだ。声を上げるのだ。勝利のために連帯するのだ。
そこに、時代変革の重要な鍵がある。」(名誉会長指導)

「『権力者が上』『民衆は下』ではない。 民衆が主役である。民衆が王者である。
為政者とは、民衆に奉仕していく存在なのである。」(名誉会長指導)

  民衆が主役の創価を!
  師の仰せを護る創価を!
  断じて取り戻したい!!
  ゆえに
  民衆が異体同心で団結し
  正義の前進をするために
  正義は正義であり
  悪は悪であると
  真実を叫ぶのだ!!

  安保法制は創価三代に違背している!
  公明党・創価学会本部は
  師の仰せに違背している!!

  真の弟子である
  名もなき創価の民衆と
  時代を変えゆく
  真の座談会を
  善の力を結合しゆく
  誓いの座談会を
  師への報恩と
  創価への絶大なる感謝をもって
  ここに開催することを
  決意する!!

 
 
■ 集会日時:平成28年2月28日(日)
         午前10時~11時30分
■ 集会場所:西公会堂2階 1号会議室
         神奈川県横浜市西区岡野 1-6-41
         ★「横浜駅」より徒歩10分
■ 連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
※お問い合わせは、上記のメールアドレスか、ブログのメールフォームからお願いします
※集会に参加したいと思って下さる方は、「2名で行く予定です」など予定で構いませんので、教えて下さると本当にありがたく思います。
■ 地図:
西公会堂の地図


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プロフィール

Author:創価学会元職員3名
小平秀一
平成7年3月、創価高校を卒業。
平成11年3月、創価大学を卒業。
平成11年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

滝川清志
平成12年3月、創価大学を卒業。
平成12年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

野口裕介
平成14年3月、東海大学を卒業。
平成14年4月、宗教法人創価学会に入職。
平成24年10月、宗教法人創価学会を懲戒解雇。
平成26年6月、創価学会を除名。

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